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最後からの二番目の真実

ソニーの「沈黙」9――中身のない「門前払い」回答

このブログの初回(12月10日)で掲げたように、ソニーに対しては11月29日に質問状を送った。音楽CDに搭載されたコピー制限プログラムの問題について、日本のソニー広報センターコーポレート広報部名義の回答を得たのは12月2日である。



拝啓

寒冷の候、益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。また、平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
大変遅くなりましたがソニーBMGの音楽CDに関して先日頂戴したご依頼内容につき回答させて頂きます。弊社法務担当者へのご取材につきましては、社内で検討致しました結果として、現在、ソニーBMGとして係争中の案件であり、取材は辞退させて頂きたく、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。誠に申し訳ございません。本件に関していただいておりましたご質問事項に関しては、以下の通り回答させていただきます。
ご査収のほど、宜しくお願い致します。

敬具





以下、こちらの個別の質問についてQ&A形式で応えていくのだが、まず上記の文面にどんな印象を得ただろうか。「係争中の案件で法務担当者の取材には応じられない」という回答を、私は取材拒否、門前払いと受け取った。フィンランドのブログの告発から1カ月も経ちながら、顧客のパソコンの機能を損じるとまで言われ、テキサス州の州検察にスパイウエア禁止の州法違反で訴えられた問題に、なおダンマリとはあきれるほかない。

製品は出荷も製造も停止、既販売分は回収・換金という措置をとりながら、法廷で不利になるからメディアに対して(同時に顧客に対しても)緘口令というのは、メーカーにあるまじき態度と思える。前会長兼CEO(最高経営責任者)の出井伸之氏が、しばしば口にしたCS(顧客満足)はどこへいってしまったのか。

ソニーに提示した質問自体はおとなしいもので、それほど回答に窮する難問とは思えない。広報の辛い立場を慮ったのだが、むしろそれがこういうそっけない回答になったのか。たとえばQ1は「テキサス州が州法違反で訴えたこと、米国での集団訴訟(クラスアクション)に対するソニー本体としての見解、および製造物責任(PL)と著作権との整合性をどう考えますか」である。これに対しソニーの回答はこうだった。



A1:テキサス州が州法違反で提訴した件、また米国でのクラスアクションは、本件のビジネス責任を負うソニーBMGを対象として行われており、同社が対応しております。なお、本件に関するカスタマーへの対応は米国のソニーBMGが責任を持って対応しており、日本国内については、該当CDの輸入販売元であるソニー・ミュージック・エンターテインメント(SME)が対応しております。



そんなことはとっくに承知である。ソニーは何が言いたいのか。アメリカの合弁企業がしでかした不始末だからと海の彼方にボールを投げ、本社は口をぬぐっていたいという意図が透けて見える。輸入版CDの回収についても日本のSMEは輸入販売元に過ぎず、米国と同じ措置をとったと言うだけで、外堀で延焼を食い止めようとしているのだ。

テキサス州がソニーBMGを訴えたのは11月21日。アボット州司法長官は「消費者に対してテクノロジー版のスパイ行為を働いた」と非難している。ニューヨーク州では「泣く子も黙る鬼検事」スピッツアー州司法長官率いる州検察と、ラジオ局への楽曲不正売り込みで罰金を払って和解したばかりだが、新たに勃発した疑惑にスピッツアー長官のスポークスマンが「調査中」としたのが不気味だ。

カリフォルニア州では電子フロンティア財団(EFF)が集団訴訟を起こしたほか、他州でも消費者団体などが提訴の動きを見せている。訴訟社会のアメリカで「悪者」ソニーの足元をみて、弁護士たちが雲霞のごとく訴訟を仕掛けてくる可能性もあり、ソニーは内心戦々恐々で舌が凍り付いたというのが実情ではないか。

第二の質問「最終的な責任は、XCPを開発した(英国の)ファースト4インターネット社にあるのか、ソニーBMGにあるのか、どちらとお考えでしょうか」に対する答えには、もっと失望させられた。



A2:本件に関しましては、現在ソニーBMGが係争中の案件につき、コメントは控えさせて頂きます。



直接取材の申し入れと同じく門前払いではないか。第三の質問は、カミンスキー氏が発表したサーバー“汚染”の驚くべき数字(56万8200台)を前提にして、「ネットメディアでは憶測が乱れ飛んでいますが、ルートキット(コピー制限プログラムXCPに仕込まれたスパイウエア)感染パソコンは世界で何台、日本で何台とソニー自身は推定していますか」と聞くものだった。



A3:ソニーBMGとして現時点でXCPソフトウエアがインストールされたPCの数量の推計はしておりません。



そんなはずがない。スパイウエアが感染パソコン内で得た個人情報は、“密告”通信としてソニー・ミュージックのサイト、またはコピー制限ソフト開発企業のサイトに発せられたはずだ。その件数を集計すればいいし、集計していないはずがない。パソコンユーザーが誰かを突き止め、コピー頻度がどれだけかなどの情報を密かにストックしていたのではないかという疑惑に、これでは応えたことにならない。

大企業病の典型である「慇懃(いんぎん)無礼」が、ここに見えないか。ソニーの回答はあすも続報を書こう。

ソニーの「沈黙」8――「E.T.」の目で眺めた惑星“汚染”

忘年会の連チャンで風邪を完治する暇がない。「髪に寝癖が」と言われるから、よほどヨレヨレなのだろう。いつのまにか風邪っ気を忘れた。そろそろソニーの話に戻ろう。

きょうはブロガーの怖いユーモアについて。11月15日、シアトル在住のフリーのセキュリティ専門家ダン・カミンスキー氏が、「ウェルカム・トゥ・ソニー・プラネット」(いらっしゃい惑星ソニー)と題したブログを掲載した。これは笑える。冒頭を翻訳すると、

ソニー。
ソニーにはルートキットある。
ルートキットおうちでんわする。
おうちでんわするにはDNSへのクェリーひつよう。
DNSクェリーキャッシュされる。
キャッシュがいぶからテストできる……

「おうちでんわ」が「phones home」で、何をパロディにしたか、お分かりだろうか。そう、スピルバーグ監督のSF映画「E.T.」である。アルファベット学習玩具で人語を覚えたE.T.が、空を指さして「phone home」とつぶやく場面を覚えている人は多いにちがいない。わざわざ青字にしてある「がいぶからテストできる」(externallytestable)も、「extraterrestrial」のもじりであることは容易に分かる。

だが、書いてある内容にソニーは凍りついたに違いない。音楽CDに付けたコピー制限機能が実は「ルートキット」と呼ばれるマル(悪質)ソフトで、パソコンに忍び込んで姿をくらまし、パソコン内の動静を探ってその情報をソニー側に勝手に発信して“密告”している(「おうちでんわする」)というフィンランドのセキュリティ専門家からの告発は、半月後のこの「E.T.」の告発で頂点に達した。

カミンスキー氏の手法は、この“密告”通信の宛先が
ソニーミュージックのデジタル著作権管理サイト(connected.sonymusic.com)
ソフトを制作した英国のF4I社(update.xcp-aurora.com)
マック版ソフトを制作した米国のサンコム・テクノロジーズ(license.suncom2.com)
になっていることを利用する。これらの“密告”通信はドメイン名を持つサーバー(DNS)を通過するから、サーバーのキャッシュ(使用頻度の高いデータを高速な記憶装置に蓄えること)に保存される。それを外部から問い合わせる(クェリー)ことは可能で、カミンスキー氏はサーバーに影響を与えない「DNSキャッシュ・スヌーピング」という手法を使って、300万台以上のサーバーに対し、上記の宛先に覚えはあるかと問い合わせたのだ。サーバーが「あり」とこたえたら、そのサーバーの傘下にあるパソコン群のうち少なくとも一台は「スパイウエア」に感染していて“密告”されたことになる。

高速道に設置してある警察の監視カメラの原理と同じである。犯罪車両のナンバープレートを、撮影画像の中から探すようなもので、ここではサーバーのキャッシュが監視カメラの役割を果たしている。ただ、警察と違って、外部から誰でも照会できるのがネット空間のよさであり、また怖さである。ウォークマンのヤラセ「体験日記」ブログのサイトが、消したあとでもキャッシュに残った記憶で再現され、ソニーがいつまでも恥をさらしつづけるのと同じで、ネット空間を通るとどこかで足がつきかねないのだ。

その結果には慄然とする。カミンスキー氏の問い合わせに、56万8200台のサーバーが“密告”通信の通過に「イエス」と応えたのだ。サーバー6台に1台である。「ワイアード」誌によれば、全世界にはDNSのサーバーが900万台あると言われる。その勘定でいくと、170万台のサーバーに“密告”通信の足跡があり、そのサーバーのネットワークにぶら下がっているパソコンなどが最低170万台以上、「スパイウエア」に感染していることになる。

遊び心に富んだカミンスキー氏は、もうひとひねりする。この“感染”サーバーの位置を光点にした地球の画像をグラフィック化したのである。

USA
欧州
日本

カミンスキー氏はため息を漏らす。「これを何と言おう。きれいな絵である。データはおぞましい、でもきれいな絵」。あたかも宇宙空間から「E.T.」か「スターチャイルド」(「2001年宇宙の旅」)が、ソニーBMGの「スパイウエア」に汚染された地球を見下ろしているような光景である。

この視覚的衝撃は、グーグルの「マップ」で地球のはるか上空に浮かんで、自分の住む地域を眺めるような奇妙な分裂感である。自身はあの地面にへばりついているのに、まるで宇宙人のような視点に浮遊しているというシュールな錯覚。しかしこの「惑星ソニー」にはだんだん驚きと怒りがこみあげてくる。

ここまで「スパイ」をはびこらせたのか、と。

このグラフィックの裏に隠されたもうひとつの現実が浮かびあがる。盛大に光っているのはソニーBMGが主力市場とするアメリカだが、カミンスキー氏が発表した国別のサーバー“感染”トップは日本なのだ。上位10カ国を挙げると、

日本21万7,296台
アメリカ13万0,519
英国4万4,421
オランダ2万7,838
スペイン2万7,527
韓国1万2,061
ペルー1万0,351
フランス8,857
オーストラリア8,145
スイス7,989

この数字を日本のソニーはどう考えているのだろう。次回はその回答を書こう。

「コンパウンド」の報道2――言葉狩りのヴェールを破る

まだ風邪が癒えない。もう少しバグダードの話を書きたい。

米軍など駐留軍部隊やイラク移行政府要人、さらに多数派シーア派を標的にした反政府武装勢力のテロ活動を、英語では「insurgency」「insurgence」と呼んでいる。なぜ「revolt」「rebellion」「uprising」という日常語を使わず、ラテン語の「surgo」(立ちあがる)を語源とする難しい言葉をつかうのか。やはり「革命」や「蜂起」を連想させる言葉では正当化もしくは非難の響きがあり、それを無意識に避けようというバランス感覚が編集者や記者に働いて、ラテン系の難解な語彙で「韜晦」(とうかい)するのだろうか。

優れたイラク報道でピュリッツアー賞をとったアンソニー・シャディド記者(ワシントン・ポスト紙)もそこは変らない。でも、彼の著書「夜は近づく」の第5章「insurgency」の言いようのない暗さは、「言葉狩り」のヴェールを破ってイラクの現実を突きつけてしまう。ファクツ(事実)の前でレトリック(形容)は非力なのだ。たとえば、こういう会話だ。

「神に誓って言うぜ。おれたちは殺されるだろうな」
「みんな同意見だ」
「100パーセントだな」
「うちの一家は、おれを埋葬する墓地をとうに予約してるよ」

米軍の教官が戦闘の基礎訓練や治安警備を教えるイラク人市民防衛部隊第三パトロール隊の面々の会話である。教官のアメリカ人中佐は、アラビア語を解さない。呼び名は「ベイビー」や「スモーキー」など米国流。人材を選ぶ暇などない。「できるだけ速く、できるだけ多く」イラク人を集めるのが最優先だ。拙速では?と聞かれて「その質問は万鈞に値するな(thousand-dollar question)。何が拙速だ?」と言い返すタイプである。

命令をいかに実行するかだけ考える米軍将校が、気迷いの表情を見せるイラク人にアピールできるのはただひとつ、「家族」である。「これは君の家族を養うみちなのだ。職を得るみちだ。誰だって、家族を養う仕事が必要なんだ」。しかし中佐は、イラク人たちが所属する部族、宗派、さらに「あいつの先祖が百年前にうちのヤギを盗んだ」といったヴェンデッタ(報復)関係など何も知らない。

食うためにパトロール兵に応募したイラク人たちは、一族郎党から「裏切り者」と白い目を向けられるばかりか、外を歩けば石やトマトが飛んでくるし、イスラムの断食などでも仲間外れにされる。「アメリカ人は好きじゃない。でも、カネが要る。つらいけど、ほかに手がない」とほとんど自暴自棄である。米軍が去ったら「村八分」の彼らはたちまち抹殺されると思っているのだ。焼け跡闇市時代の日本人の目にハリウッドが極楽のように映ったごとく、彼らの目に隣国はパラダイスと映る。その嘆息が悲しい。

「クウエートみたいになりたいな。豪勢な暮らしをしたいよ」
「スーパーカーが欲しい。おれたちのボロ車じゃなく」

ブッシュ大統領は12月18日夜の演説で「この戦争を負け戦という人がいるが、私は信じない。テロリストたちも信じないだろう」と早期撤退を重ねて否定した。15日にイラク国民会議選挙の投票が行われ、ボイコットしてきたスンニ派の参加で愁眉をひらいた形だが、それでも米軍がたやすく撤退できないのは、イラク治安部隊の地域社会からの孤立という深刻な事態があるからだろう。

シャディド記者は「insurgency」の温床となった地域社会にも接する。ハリディッヤーの町でテロリストとして射殺された男の家を訪れ、その兄に話を聞くのだ。シャディドはレバノン系とはいえアメリカ人だから、かなりの危険を冒したのだろう。見せられたのは、弟の射殺体を収納したボディー・バッグからはぎとった死亡証明書である。

英語で「Multiple GSW」(複数銃創)とある。GSWとは「gunshot wounds」の略。それだけでもリアルだが、「死因」の箇所はもっとすさまじい。

「extrusion of brain matter」(脳部噴出)

これが現実なのだ。死者は熱心なムスリムだが、地元に住む平凡な大工である。ムジャヒディーン(聖戦士)を自称したが、プロのテロリストではない。それでも襲撃を試み、頭蓋を吹き飛ばされた。その殉教を部族社会が簡単に忘れるはずがない。

拙著「イラク建国」で「救済者として降臨したはずのアメリカ」の最大の罪は「国家の本源にある非歴史性」にあると書いたことがある。永遠に成熟しようとしないネオテニー(幼形成熟)国家。ブッシュ政権が信奉した民主主義「布教」の蹉跌について、シャディド記者も私とほぼ同じ見方をしているように思える。失われた栄華を忘れかね、幻のノスタルジア(ハニン)に懊悩するバグダードを、アメリカは理解できなかったのだ。

「いまや想像することしかできない過去に、現在をさかのぼらせることができないとき、この往古の栄光の都で失望は絶望に変る。その空隙を記憶が、ときには幻影が埋めるとき、この現実はいよいよ耐えがたくなる。際限のない悪循環。バグダードはこんなはずがない、と」

ゴーストタウンに似たバグダードの本質を、これほど正確にとらえた言葉はない。そしてこれがバグダードでなく、明日のTOKYOになってもおかしくない。

厳重警備の「コンパウンド」に守られる報道

風邪をひいた。喉が腫れて、節々が痛い。日曜は一日寝ていた。青く澄んだ空と、燦々とそそぐ日の光を、窓からふり仰ぐ。きょうはソニーの話はやめよう。

アンソニー・シャディド(Anthony Shadid)の「夜が近づく」(Night Draws Near)を読み始めた。シャディドはAP通信や「ボストン・グローブ」などの記者を経たのち、現在はワシントン・ポスト紙の記者である。2003年の米英軍イラク侵攻とその後の米軍進駐時、優れた現地ルポルタージュを送り続け、2004年にはピューリッツア賞、米国新聞編集者協会賞などを受賞した。

オクラホマ生まれだが、その名からしてアラブ系で、先祖はレバノンのマジューン出身だから、「中東は故郷であり、私はアラブのルーツを抱擁し、その言語を学んできた」という。「人種の坩堝」のアメリカで、亡国のバックグラウンドを持つ人間は少なくないに違いない。しかし、ワシントン・ポスト紙で一読したときから、彼の文章に魅せられた。

なぜだろう。説明できないもどかしさ。ルポが本になって出版され、年末の「The Economist」誌の2005年の良書の一冊にも挙げられたのを見て、アマゾンで買ってみた。読み始めてわかった。彼の魅力は、その耳にあると思う。

彼はしばしば、アラブのポップスなどを引用する。本のタイトル自体、アブデル=ハリム・ハフェズという歌手の歌から採っているのだ。

それは長い旅。
そこで私は異邦人。
夜は近づき
日はそそくさと家路につく。

私自身も1997年に恐怖政治下のバグダードに入り、それが端緒になって英国のケンブリッジで80年代イラクの武器調達網を追跡取材した経験がある。いちめん何もないイラクの砂漠を疾走する車のなかで、悠揚と流れていたアラブの歌が記憶によみがえった。当時から街道筋は日が暮れたら強盗が出没するため、夕日が沈むのと競うように車を急がせた。カーラジオから流れていた歌は一語もわからなかったが、あの悲調はそんな歌詞をのせていたのか。イラクでもっとも人気のあるカジム・アル・サヘルの「シャーラ」もシャディドは使うが、ここでも恋歌になぞらえて何か違う現実が表わされる。

愛は死んだ。五官は死んだ。行く手を指す光は死んだ。
われらの胸の奥で、人間らしさが死んだ。死んだ、死んだ。

あなたが旅に出た日、わたしはさよならを告げた。
涙が頬をつたう。あなたが帰った日、私は冷たく迎えた。

わが涙はいずこ、いずこにありや。
あなたの涙はいずこ。

私はイラク調査取材の序章だけを、雌伏を余儀なくされた2004年に中公新書「イラク建国」に書いた。イラク侵攻の1年後で、「イラクの今」に接したかったが、環境と体力がそれを許さない。米軍同行を許された(embed)大手メディアの日本人記者が、それを得々と書いて本にしているのを見て吐き気を催した。「今」を書けない自分が腹立たしい。が、この歌詞には「イラクの今」が、その悲傷が息づいている。

シャディド自身は米軍に同行していない。チグリス河畔のパレスチナ・ホテルに残り、サッダーム政権崩壊の目撃者たらんとし、恐怖と困苦の板ばさみになったバグダードの市井の声を伝えようとした。それでも、彼は謙虚である。

「ジャーナリズムは不完全だ。記者として知れば知るほど、ストーリーは複雑になり、職業の本性上、言論にふさわしい正義感や厳格さで身を鎧えなくなる」

先日、あるテレビ局の外報部デスクを知り、彼がバグダードで取材に苦労した話――テロや誘拐の標的にならないよう、厳重な護衛に囲まれたコンパウンド(掩蔽区画)から一歩も出られなかった話を聞いた。危険な市街の取材はすべてイラク人スタッフに任せ、そこで集めた情報をもとに「こちら、バグダード」とマイクを握って報道したという。

笑った。いや、絶望的した。自分は安全なコンパウンドの中にいて、リスクを現地人に押し付ける「傲慢」に気づかない。「こちら、バグダード」とクレジットを入れるだけのアリバイづくり。リアリティの操作を恥と感じないで、がんじがらめの官僚組織を批判するなどおこがましいと思う。つい激した。

「象徴的ですね。国内でも国外でもあなたがたは、いつもコンパウンドに籠もっているだけなんだ。バグダードで死ね、とはいわないけど、すくなくとも他人の不幸を証言する資格が自分にあるかどうか自問すべきでしょう。命を懸けたくないなら、ジャーナリストなんてさっさとやめればいい」

すべて自分に返ってくることは承知である。なぜなら、気がついたからだ。ウォークマンのヤラセ「体験日記」とどこが違うのか。ファクタ(事実)は往々にして捏造されている。それを喝破するのは、あなたの「いい耳」「いい目」でしかない。

ソニーの「沈黙」7――ツギハギに追われる蟻地獄

ワシントン・ポストの論調が、ソニーBMG製音楽CDのコピー制限プログラム(XCP)問題の帰趨を決めたといっていい。悪意はなかったと弁明しながらも、ソニーBMGの下請けであるソフト開発会社F4I(ファースト4インターネット)が、XCPの「覆面」機能を外すパッチ(修正プログラム)を無料配布しはじめたのは、「パソコン内にもぐりこみ、検知されないよう“雲隠れ”するなんて、一流企業にあるまじきハッカーの手口ではないか」と指摘されたのが利いたのだろう。

が、これがイタチゴッコの悪循環の幕開けになる。CDに仕込まれた「スパイウエア」を最初に暴いたフィンランドのセキュリティ専門家、マーク・ルシノビッチ氏が、11月4日に早くもこのパッチに噛みついた。またプリンストン大学コンピューター科の教授も、ブログでその脆弱性を指摘したのである。

このパッチを入手する際、ユーザーがオンラインでフォームを送り、パソコンを修正可能な状態にするプログラムをダウンロードする仕組みだが、このときに「ソニーBMGやF4I以外に、ユーザーがアクセスした全ウェブサイトが、何でも好きなコードを送ってパソコンを乗っ取れるようになってしまう」。パッチ自体の出来も悪く、作動させるとパソコンがクラッシュ(機能停止)する可能性さえあるという。

傷口を消毒してバンソウ膏をはったら、かえって化膿してショック症状を起こすようなものだ。しかし、ハッカーにとっては朗報だった。感染したパソコンは外堀も内堀も埋められた大阪城のようなもので、防御の弱点がわかるから、やすやすと乗っ取れる。F4Iはパッチ配布の中止を余儀なくされた。案の定、このアキレス腱を突く「トロイの木馬」型のウイルスが現れ、その進化型まで出現したから、当然の措置だったろう。

「誰がこのパッチをつくったにしろ、ウインドウズのドライバー作成の経験に乏しい人だろう」とルシノビッチ氏は天を仰ぐ。システム管理者に与えられるルート権限と同等のアクセス権を握って、コンピューターを乗っ取ることを可能にするパッケージ「ルートキット」という禁じ手を使ったこと自体、このXCP開発者の良心を疑いたくなるが、その修正もずさんなうえ、プログラムにはオープンソース(無償で公開され、改良して再配布が可能な共有知的資産)のソフトを無断使用したと疑わしめる部分がある。

XCPのうち五つの機能が、オープンソースのソフト「LAME」と同じだ、とドイツのセキュリティ企業の開発者に指摘されたのだ。共有資産(コモンズ)のソフトを無断借用して、著作権を守る「覆面」ソフトをつくるという皮肉。この開発者はよほどのシ
ニック(ひねくれ者)なのだろうか。共有資産を利用するなら、後に続く開発者のためにそれを明示するのがルールであり、そうやって開発したアプリケーション(応用ソフト)もオープンソースにすべきだろう。だが、ソニーBMGとF4Iはその最低限の礼儀も守らなかった。

XCPの「覆面」性は、その意味で「二重の大罪」なのだ。ユーザーに対する背信行為というだけでなく、公共の共有資産に「ただ乗り」(フリーライド)して私的利益を追求した企業のエゴイズムとして。XCPが一躍脚光を浴びたため、世界中でプログラムの中身を検証され、次々と恥部が明るみにでたのは皮肉である。

ソニーBMGは、指摘された脆弱性を克服した新しいパッチの配布を約束(実施は12月4日)する。だが、火の手は広がるばかりだった。ウインドウズの根幹部分に侵入し、勝手に書き換えてしまうとあっては、巨人マイクロソフトも無視できない。「悪質プログラム対策技術チーム」のマネージャーが11月12日、自分のブログで、自社の「有害ソフト除去ツール」に12月からソニーの「ルートキット」を載せる方針を表明した。

「問題の(XCP)ソフトを分析した結果、顧客を保護するために、ルートキット・コンポーネントの検出および削除に必要な識別情報を、現在数百万人がテスト利用しているウインドウズ・アンチスパイウエア・ベータ版に追加すると決定した」

死刑判決にひとしい。音楽著作権という知的財産と、基本ソフト(OS)の知的財産の正面衝突、と先にも書いたが、まさにそれが目に見える形となったのだ。マイクロソフトによって、ソニーのコピー制限プログラムXCPは「スパイウエア」と同じ扱い、指名手配の「おたずね者」になった。シマンテック、マカフィー、トレンド・マイクロなど大手アンチウイルス・ベンダーも、遅ればせながら追随する。

ソニーBMGは白旗を掲げた。コピー制限機能付の音楽CDの製造と出荷を中止するとともに、11月16日には市場に出た470万枚を回収する措置を発表した。販売済みの210枚については郵送でXCPなしのCDに交換するか、コンテンツ保護機能のないMP3方式のファイルをダウンロードさせるというものである。

ツギハギのあげく全面屈服。謝罪のタイミングさえつかめなかった。ダメージを最小限に食い止めようとして、糊塗に糊塗を重ねてあげく瓦解する――不祥事の危機管理では、もっとも避けるべき被害甚大な殿(しんがり)戦の禁じ手である。

ソニー広報部門の失態に見えたが、日本のメディアは沈黙していたにひとしい。日本のソニーの音楽部門、ソニー・ミュージック・エンタテインメント(SME)が11月18日に「米ソニーBMG製の音楽CDを回収・交換する」と発表したのを小さく載せただけだ。だれが見ても、19日のウォークマンAシリーズ発売に遠慮したとしか見えない。

日本では騒ぎにならないと見たか、ソニー本体もツギハギを重ねる愚を犯す。ソニーの「沈黙」1~3で書いたAシリーズのお粗末は、アメリカのソニーBMGの失態と同根、いや、シャム双生児と思えてならない。失態だけは確かにグローバル企業である。

ソニーの「沈黙」6――さすが早耳、ワシントン・ポスト紙

念のために一言。前回書いたルシノビッチ氏のソニー音楽CDを告発するブログの内容は、邦訳文を転載したものではない。読み比べれば分かると思うが、セキュリティ専門家である彼がどんなツールを使ってスパイを突き止めたかには触れていない。それは彼独自の専門知識とノウハウに属する。ただ、彼がこのスパイウエア開発者に感じた怒りとアイロニー、その仮面をはぐ執念に的を絞った。それは、なぜこのブログがかくも共感を呼び、あっというまに世界で轟々たるソニー批判が噴出したかを実証しているからだ。

アメリカではこうしたスクープに敏感に反応する層がネット空間に存在する。日本でブログといえば私的日記の色合いが濃く、そこで飛び交うのはどこかの情報の孫引き……「2ちゃんねる」語でいう「コピペ」とリンクで循環しているにすぎない。海外では、ルシノビッチ氏のブログのようなプロが、単なるコメントだけでなく、「金無垢のファクツ(事実)」を提供するニュース系ブログが盛んである。新聞や雑誌など既存の商業メディアは、往々にしてそれを拾ってニュースに仕立てるのだ。

ルシノビッチ氏のブログ掲載の2日後、11月2日付のワシントン・ポスト紙がこの騒ぎを大きく報じたのがいい例だろう。私の管見する限り、有力紙ではこれがもっとも早い。ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件の調査報道で有名な同紙は、そのヒーローであるボブ・ウッドワード編集局次長が「権力の番犬化」ですっかり評判を落としているが、さすがに早耳の伝統だけはいまも継承しているらしい。

この記事によって、ソニーBMGのスキャンダルはネット空間の外に広がった。最近、ワシントンから来た人に聞いたら「ああ、あの記事ね」と記憶していたから、紙媒体の読者にも衝撃を与えたのである。書き出しはこうだった。

「ソニーの海賊行為防止ソフトが突然包囲網を敷かれ、怒り心頭に発した音楽ファンはこのソフトを使い続ける限りソニー製CDなど二度と買うものか、と何十ものオンライン・ブログで断言しているが、きょうこの憤激の一部が報われるかもしれない」

当初、「問題のコピー制限機能(XCP)付きCDは20タイトルにすぎない」(実際は52タイトル)、「XCPは巷間言われているような悪質なものではない」「XCPが組み込まれたパソコンがクラッシュする可能性など単なる憶測」と軽くいなす姿勢を見せていたソニーBMG側が、事態の深刻化にあわてて、XCPをパソコンから除去するプログラム(パッチ)の配布に動きだしたことを指している。

無理もない。同紙が伝えるのは、ルシノビッチ氏の属するフィンランドのセキュリティ企業「Fセキュア」社の研究部長のショッキングなコメントである。次期ウインドウズの試験版「ウインドウズVista」がソニーBMGのXCPを取り込むと、「基本ソフト(OS)が壮大に(spectacularly)にぶっ壊れる」と指摘しているのだ。

そればかりか、ボストンのセキュリティ・コンサルタントの言葉を借りて、ソニーBMGがまいた火種を的確にとらえている。「この地球上でもっともビッグ・ネームの企業のひとつが、他の環境のもとでは多くの人がハッキングと考えるようなことに手を染めたんだ。こいつは受け入れ難い」。ソニーBMGが音楽CDに忍びこませた「スパイウエア」がけっして単なるソフトのバグ(欠陥)や、下請け開発会社の手抜きなどではなく、ソニーが抱える矛盾から必然的に由来した不祥事であることを示唆している。

その矛盾とは、音楽部門の知的財産権を守るためのコピー制限機能のプログラムが、パソコンに“侵入”し、その基本ソフトを勝手に書き換えることによってウインドウズなどの著作権を侵害することである。これは知的財産権を守るために機器のユーザーの利便性を制約する、という範囲を超えて「侵害的」(invasive)と言うほかない。

さらに、パソコンのユーザーが自分のパソコン内で何をしているかを探り、それをひそかに知るにいたっては、明らかなプライバシー侵害である。また、この「スパイウエア」を検知させないよう「覆面」機能を備え、基本ソフトに「穴」をあけてウイルス感染の恐れを強め、除去すればCDドライバー機能を失うよう設計されていること自体、パソコンの財産権を侵害している。しかも、使用許諾契約では「本プログラムを除去または消去するまで、小さなプロプラエタリー(専売権付き)ソフトがインストールされます」としか断っていないのだから、ほとんど「だましうち」である。

知的財産権と利便性は「あちら立てればこちら立たず」の二律背反の関係にあるという議論は、これまでも耳にたこができるほど聞かされてきた。全米レコード産業協会によれば、海賊行為による損害は世界で年間42億ドルに達するというが、ソニーBMGはその二律背反を大胆にも踏み越え、企業が「資産」とする音楽コンテンツの権利を守るためとあらば「何をしてもいい」かのように振舞っていると見える。

ソニーの沈黙が許されていいはずがない。批判にこたえる義務がある。すくなくとも「グローバル企業」を標榜するならば。

(次の更新は月曜日です)

ソニーの「沈黙」5――暴かれた“密告”プログラム

ソニーBMGの音楽CDに仕込まれたウイルス性の「マル(悪質)ウエア」を暴いた、フィンランドのマーク・ルシノビッチ氏のブログは、それ自体が潜入した敵工作員を摘発するスパイ小説のようにスリリングである。

ルシノビッチ氏はコンピューターへの不正侵入をガードするセキュリティの専門家なのだ。ハッカー(クラッカー)の多くは、不正侵入を検知されないようログを改竄したり、裏口を設けてそこから出入りするなどの手口だが、そのための一連のソフトをまとめた「ルートキット」(rootkit)と呼ばれるパッケージがあって、ウインドウズなどの基本ソフト(OS)の中核部分であるカーネルに忍びこむから始末が悪い。ルシノビッチ氏はこの「ルートキット」に詳しく、力作リポートも書いている。

ところが、灯台もと暗し。ルートキット検知ソフトを自分のマシンで試してみたら、なんと「陽性」と出たのだ。おかしい。ふだんからスパイウエアやウイルスを拾わないよう、不審なウェブサイトには近づかず、用心してきたはずなのに、なんとしたことか。「元カレの元カノジョの元カレ……」と果てしなく続くエイズ防止の政府広告があるが、身元の知れた相手と付き合ってきたのにエイズ検査で「陽性」と出たようなもので、ルシノビッチ氏は一瞬バグかと思ったし、疑心暗鬼にも駆られたのである。

彼は自作のプログラムを使って、稼動中のマシンの内部を探った。内部監察官を放って潜入スパイの足跡をたどるようなものだ。彼はウインドウズAPI(プログラム間の通信のためのインターフェイス)の一部ファンクションを乗っ取っている隠しファイルを見つけた。$sys$filesystemディレクトリー内にあり、「$sys$」で始まるファイルやディレクトリー、レジストリーキー、プロセスをすべて隠すよう仕組まれている。

ルシノビッチ氏は「オブジェクトを見境なく隠蔽する」この覆面機能を見て、「洗練されたプログラマーの仕事ではない」と評している。とにかく彼は仮面をはぎ、再起動してこの「スパイ」の正体を見極めようとする。すると「$sys$DRMServer.exe」のファイルに「publisher」名が現れた。「First 4 Internet Ltd.」とある。正体見えたり、である。こうも簡単に馬脚を現すようでは、まさに「洗練されていない」のだ。

「DRM」とはデジタル著作権管理(Digital Rights Management)の略称だろう。この時点で、ルシノビッチ氏はまだ「ファーストFインターネット」(F4I)という会社を知らない。ブラウザーにこの社名を入れると、確かに英国に実在することがわかった。CDのコピー制限機能(XCP)のソフトを販売している会社らしい。なぜ、F4IのDRMプログラムがルシノビッチ氏のマシンに潜入してきたのか。

彼は誰もが考える手を使った。検索エンジン「グーグル」でF4Iを調べたのだ。ソニーなど数社と契約したというニュースを拾ってきた。ははん、とルシノビッチ氏は膝を打った。あれか!最近、アマゾンで買った音楽CDである。最大三回しかコピーできない。CDを探すと、やはりソニーBMG製だった。カントリー・ロックの「ヴァン・ザント」(Van Zant)兄弟のアルバムで、タイトルは笑える。

「あいつとちゃんとやれ」(Get Right with the Man)

ルシノビッチ氏自身が「なんと皮肉なタイトルだろう」とつぶやいている。Get rightには「正しく把握(理解)する」「計算などを正しく行う」という意味があるからだ。彼はこのCDが本当に「ルートキット」の感染源かどうかを確かめるために、マシンのCDドライブに入れて、再生ボタンを押してみた。例の「$sys$DRMServer.exe」のCPU(中央演算装置)の使用率がぴんと跳ね上がる。まちがいない。

このファイルが稼動している間に「プロパティ」を覗くと、まるでウインドウズのサービス名のように「Plug and Play Device Manager」と出てくる。このスパイは身を隠すだけでなく、変装用の名札も用意しているのだ。

プレーヤーを停止させた。「$sys$DRMServer.exe」のCPU使用率はストンと落ちたが、まだ何か動いている。何だろう。調べてみて「このソフト開発者に対する敬意は急激に薄れた」という。マシンで動いている実行ファイルを2秒ごとに走査し、そのたびにファイルのサイズなどの基本情報を8回も問い合わせていたからだ。そこで得た情報は、ユーザーの知らぬ間に「connected.sonymusic.com」「updates.xcp-aurora.com」などのアドレスに送信されていることがわかった。

これらはソニー関連、またはXCP開発関連の部門だろう。パソコンのユーザーが何をしているかを“密告”するにひとしい。歴然たるスパイ行為である。

ルシノビッチ氏はこの「スパイ」を除去しようとして悪戦苦闘する。どうにか外すと、隠しドライバーが作動してCD-ROMデバイスの機能が消えてしまうのだ。彼はかっとした。しかもこの隠しドライバー、「Crater.sys」と名づけられている。「穴があく」「完全に壊す」という意味である。ほとんど、ユーザーを馬鹿にした命名である。

CDのジャケットを見てみた。「コピー制限機能付き」と大きく謳ってあるが、使用許諾契約(EULA)には、除去できないようなプログラムが仕込まれ、除去すればマシンが損なわれるなどとは一言も書いてない。ルシノビッチ氏は、しめくくりに「ソニーが行き過ぎたDRMを行っている明白な事例である」と結論づけている。

このブログの告発は、ウェブ空間を通じて世界を駆けめぐった。わずか2日後の11月2日、有力紙ワシントン・ポストが「ソニーの海賊防止ソフト騒動」(ブライアン・クレブス編集委員)と題する長大な記事を書いた。警鐘は鳴った。が、ワシントン・ポストの特ダネをいつもキャリーする日本の新聞は、どこもそれを報じなかった。

ソニーの「沈黙」4――音楽CDの“無間地獄”

いつまでも道草をしていると、変に勘ぐられるので、そろそろソニーの本論を再開しよう。発端から書くことにする。

11月半ばの週末だった。場所は東京・飯倉のロシア大使館近くのライブハウス。ポルトガルの哀愁を帯びたファドの歌が流れる暗がりで、だしぬけに「知ってる?」と言われた。

「ソニーの輸入盤音楽CDに“ウイルス”が仕込まれていて、パソコンが感染すると機能不全になるんだって。シリコンバレーは騒然としていて、ソニーが憎まれっ子になっているのに、どうして日本では報じられないんですかあ」

相手は国立系研究機関につとめる通信の研究者で、同じライブを聴きにきていた知り合いだが、せっかく赤ワインと音楽で陶然としているのに無粋なヤツ、と思いながらも、単なる素人の聞きかじりではないので聞き流せなかった。

「知らないな、そんな話。日本のメディアが萎縮しているのかもね。つい先日、『ソニー金融部門売却』と書いて外したトラウマもあったんじゃないの」

今思えば無責任なコメントだった。ただ、微かにカンが働いた。「詳しくはメールで教えてちょうだい」と付け加える。後日、そのメールが届いた。専門家たち同士でやりとりした議論である。はっとした。ソニーの根幹を揺るがす事態が起きていると直感した。

かいつまんで言うとこうである。ソニーの音楽部門とドイツのベルテルスマンの音楽部門の米国合弁会社、ソニーBMGが、05年3月から音楽CDの一部にコピー防止のプログラム(XCP)を搭載しだした。このCDを通常のCDプレーヤーに入れても何の支障もないが、パソコンでデジタル音声データをファイル化(リッピング)してコピーしようとすると、コピー回数を3回に制限するなどの機能が作動する。そこまでは正当な著作権保護に見えるが、このプログラムの機能はそれだけではなかった。

こっそりウィンドウズなどの基本ソフトを書き換え、ウイルス感染を防ぐガードに「穴」をあけてしまう。しかも、パソコンのユーザーに追跡されないよう「覆面機能」(クローキング)を持ち、ユーザーに無断でパソコン内の個人情報をソニー・ミュージックなどに“密告”する。気づいたユーザーがこのプログラムを除去しようとすると、パソコンを機能不全にするなど「抵抗」するので除去が難しいという意地の悪さだ。

機能だけ見れば「トロイの木馬」型などのコンピューター・ウイルスの特性とそっくりで、「ソニーが音楽CDにウイルスを仕込んでいた」という衝撃的なニュースとなって、世界を仰天させた。ネットを通じて不用意にアクセスすると、知らないうちにユーザーのパソコンに「スパイウエア」や「マル(悪質)ウエア」と呼ばれるプログラムが送りこまれ、勝手に居座って情報収集や干渉を行う往々にして企業のサイトが蔓延し、誰もが手を焼いているだけに、怒りが爆発したのも当然だろう。

このエピソード、どこかデジャビュ(既視感)を感じないだろうか。とっさに連想したのは、香港暗黒社会を描いた映画「インファナル・アフェア」三部作である。原題は「無間地獄」という(念のために「ムケン」と読む。「無限」ではない。仏教用語で痛苦がひっきりなし(無間)に続く地獄のこと)。人気香港俳優トニー・レオンとアンディ・ラウが主演していてヒットしたが、とにかく複雑なシチュエーションで「???」の連続である。悪玉善玉の仮面が入り乱れて、「エヴァンゲリオン」級の難解さが人気の秘密らしい。

いかにも何がFACTAか容易に見極められないバーチャル時代にふさわしい。ちょっとプロットを紹介すると、警察学校出身の2人の男が、かたや落ちこぼれて町のチンピラ、かたや警察のエリートとなっている。チンピラは町のヤクザ組織の親分の側近だが、実は警察の秘密捜査官で、命がけで動静を探っている。エリートは逆にヤクザが警察に送り込んだスパイで、皮肉にも内務監察官として内通者をあぶりだす立場にある。だが、それを利して、ヤクザ組織に潜入した秘密捜査官が誰かを突き止めようとするのだ。

ウイルスそっくりのソニー音楽CDのコピー防止プログラムは、この「内通者」のようにあなたのパソコンに忍びこみ、組み込まれるやたちまち姿をくらまして、寄生虫のようにパソコンの内部に身を潜め、あなたがどんなCDをコピーするかを探っては、ギプスに潜ませた無線機を使う映画のトニー・レオンのように発信する。

だが、レオンもラウもいつか正体を暴かれる日が来る。ソニーの「スパイウエア」の場合、その運命の日は10月31日だった。場所は北欧のフィンランド。コンピューター・セキュリティ企業「F・セキュア」のブログで、専門家のマーク・ルシノビッチ氏が徹底追及のリポートを載せたのが始まりである。これが無類に面白い。

ぜひ一読をお勧めする。邦訳は「@IT」というサイトの「Insider’s Eye」に「畑中哲」の訳者名で載っている。ちょっと専門用語が多いが、慣れれば、探偵役のルシノビッチ氏が何をやろうとしたかが分かるのだ。

なぜなら、これは単なる調査ではなく、推理を重ねて「謎のウイルス」を追い詰める上質のミステリーになっているからだ。新聞が資本の論理に屈してコストのかかる「調査報道」は見る影もなくなったが、企業の見えざる闇に捜査官のように潜入し、正体を突き止める「調査報道」が、ブロガーとマシンと検索エンジンの組み合わせで可能だとは朗報である。凡百のジャーナリストは、このブログの鮮やかなスクープに脱帽すべきだろう。膨大なコメントとトラックバックを見ても凄まじい反響に驚く。そして、ソニー経営陣も貝のように口を閉ざしていないで、素直にそれにひれ伏すべきだと思う。

次回、この「フィンランドのトニー・レオン」の快挙を詳述しよう。

「最初のジャーナリスト」とトマス福音書

サーバーの容量アップにしばらくかかるので、ソニーの話題に戻るのにもう少しお時間をお借りします。

ソニー論のブログを読んだ読者のなかに、「直あたり」という言葉を理解していただけない人がいたらしい。どうもマスコミの業界用語を不用意に使ったようで、要すれば「取材」という意味である。その延長線でジャーナリスト論を試みよう。

人類の歴史で一番古い職業は「娼婦」、二番目は「スパイ」と、おおよそ相場が決まっている。では、ジャーナリストという職業はどれくらい古いのか。

そんなことを考えて私の眼前に思い浮かぶのは、蒼穹としか言いようのない、底なしの青い天蓋の下に広がる荒涼とした砂漠である。そこはナグ・ハマディ(正確には「ナグゥ・アル・ハンマーディ」)、ナイル河の河口から1000キロさかのぼるあたりだ。

有名なルクソール(古代エジプトではテーベ)の遺跡の手前八〇キロほどの西岸にその小さな町があり、対岸には紀元4世紀ごろ、キリスト教の修道士共同体ケノボスキオンが開かれた。船でナイルをさかのぼったことのある人はどんな風景かおわかりだろう。

先の大戦が終わってすぐの1945年12月、このケノボスキオンの北の山岳地で一人のアラブ人農夫が肥料となる軟土を採集中に、密封された素焼きの壷を掘りあてた。中からコプト語(古代末期のエジプト語)で記された13冊の羊皮紙の古写本が出てきた。これがのちに「ナグ・ハマディ文書」と呼ばれるようになる。一冊はこういう書き出しだった。

「これは、生けるイエスが語った、隠された言葉である。そして、これをディディモ・ユダ・トマスが書き記した」

現行の新約聖書のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4福音書とは微妙に記述の違う、イエスの114節の言行録があとに続く。はじめは新発見の福音書として世界を震撼させたが、調べていくうちにこの「トマス福音書」はマニ教徒の間に流布し、キリスト教正史から異端として排斥された幻のグノーシス派の文献であることが明らかになった。

トマスはイエスの十二使徒の一人だが、新約4福音書(共観福音書)では印象が薄い。ヨハネ福音書でのみ「ディディモ(双子)のトマス」と呼ばれている。東大名誉教授の荒井献によれば、この「双子」には「イエスの双子」という含意があるらしい。

印象が薄いといっても、教団を継承したとするペテロなどに比べた頻度の話であって、ヨハネ福音書20章24節のエピソードは、私には一読忘れられないものだった。十字架上で死んだイエスが復活する場面である。マグダラのマリアが墓をあけると死骸がない。遅れて来た使徒ペテロは、空っぽの墓を見て驚き立ち去る。マリアだけ残って泣いていると、イエスが現れる。彼女ははじめ墓守と思うが、「マリアよ」と呼ばれて、つい「師よ(ラボニ)」とこたえた。彼女はイエスの復活をわれ知らず信じたのだ。

イエスはやがて他の弟子の前にもすがたを現し、手と脇腹(の傷跡)を見せた。トマスはその場にいなかったため、師の復活を容易に信じない。

「我はその手に釘の痕を見、わが指を釘の痕にさし入れ、わが手をその脇にさし入るるにあらずば信ぜじ」

八日後、戸を閉ざしていたトマスの前にも、イエスが現れる。こう言った。

「汝の指をここに伸べて、わが手を見よ。汝の手をのべて、わが脇にさし入れよ。信ぜぬ者とならで信ずる者となれ」

トマスが「わが主よ、わが神よ」と言うと、イエスはこう言うのだ。

「なんじ我を見しによりて信じたり。見ずして信じる者は幸福なり」

私自身はクリスチャンではないから、こういうエピソードを逆さまに考える。トマスこそ、最初のジャーナリストではないか、と。イエスに向かって、釘の痕を見せろといい、傷口に指を入れて確かめていいかと迫るのは、あっぱれいい根性ではないか。

いざイエスが眼前に現れると、その奇跡に圧倒されて舌が凍りつき、「主よ神よ」としかつぶやけなかったのが残念だが、ここはもう一押し頑張って、傷口をあらためてくれれば、後世はイエスの復活は幻影か伝説かで悩むこともなかったろう。

「見ずして信じない」者は不幸かもしれない。でも、信ずることの甘やかさを自らに禁じる存在があってもいい。そう思うと、「不信の使徒トマス」が、メシアたるイエスの分身(アルターエゴ)、双子であり、ジャーナリストの祖であってもおかしくない。「ディディモのトマスのように」――いつか、それをジャーナリストの合言葉にしよう。

「求める者には、見出すまで求めることを止めさせてはならない。そして、彼が見出すとき、動揺するであろう。そして、彼が動揺するとき、驚くであろう。そして、彼は万物を支配するであろう」(トマス福音書)

見るまで信ずるな。

自分の恥部に「ぼかし」を入れるジャーナリズム

このブログに「想定外」のアクセスが殺到、サイトにつながりにくくなっていることをお詫びします。サーバーの容量を上げるなどの対策をとります。

少し湯ざましに道草をしよう。本当はソニーBMGの音楽CD「スパイウエア」問題を続いて取り上げる予定だったが、このまま過熱状態だとアクセス障害が続くので、「本物のスパイ」の話に寄り道したのちに本題に戻ることにします。

とは言っても、生ぬるいネタにはしたくないので、日本のブログ、とりわけニュースの断片に飛びついて過激なコメントを書き連ねるブロガーに苦言を呈する内容にしよう。

少し前のことになる。9月19日、旧ソ連の諜報機関KGB(国家保安委員会)の元要員で英国に亡命した故ワシーリー・ミトロヒンとケンブリッジ大学教授クリストファー・アンドリューの共著「ミトロヒン文書Ⅱ」(The Mitrokhin Archives Ⅱ、米国版はThe World was Going Our Way)が出版された。KGBの秘密文書係だったミトロヒンが亡命の手土産に持ち出したメモをもとに書かれた「KGB秘密工作の全貌」という触れこみで、「Ⅰ」が対西欧工作、「Ⅱ」がアジアを含む対第三世界工作を扱っている。

対日工作は「Ⅱ」に出てくるのだが、日本の新聞では産経の蔭山実、通信社では共同通信の倉田佳典記者が、「東京湾で破壊工作」「日本の外交官2人が多数の機密文書を渡した」など、一部をつまみ食いした記事を送信した。幾多のブログで引用されたから、覚えている人も多いだろう。スパイ天国ニッポンと、国賊外務省への非難のコメントがついた。

しかし、これらの記事は600ページ余もある大部の原著を一日で通読したうえで書かれたはずがない。私もロンドン駐在経験があるからよく分かる。せいぜいが斜め読み、おおよそは出版社が販促プロモーションの一環として配る要約版のプレスリリースを翻訳するか、英国の有力紙に出た協賛記事を横流ししているだけだろう。

日本の特派員は出不精である。私のオフィスの階下には共同通信がいたが、人手が足りないことを理由に終日オフィスにいて、現地の新聞記事をせっせと切り抜きし、翻訳しているだけだった。こういう「翻訳ジャーナリズム」に明日はない。あえて記者の名を挙げたのは、彼らが書かなかった肝心の部分があるからだ。

米国版「ミトロヒン文書Ⅱ」の302ページには、1970年代にKGBに協力した「少なくとも5人」の日本人ジャーナリストのコードネームが挙げられている。

BLYUM(朝日新聞)
SEMYON(読売新聞)
KARLまたはKARLOV(産経新聞)
FUDZIE(東京新聞)
ODEKI(主要新聞のシニア政治記者)

さらに、79年に亡命したレフチェンコKGB少佐のインタビュー記事(「週刊文春」83年)で名が出て辞任した産経新聞編集局長、山根卓二氏も出てくる。「SEMYON」は渡邉恒雄回顧録(中央公論)で、当時の後藤田官房長官にナベツネが解雇を迫られた記者だろう。とにかく、「山根スパイ説」を社説で「まったく虚偽である」と気負いこんで否定した産経にとって、このくだりは「レフチェンコの亡霊」をまたぞろ蒸し返すものに違いない。蔭山記者の記事はなぜか一行も触れていない。故意か、保身なのか。

なぜなら、共著者のアンドリュー教授はソ連情報工作の研究では第一人者で、私自身がケンブリッジで会って歓談したことがあるからだ。その堅実な性格は信が置けると思ったが、産経・共同など現在の特派員たちは会っているのだろうか。また、故ミトロヒンの協力を得たこの二巻本は、英国(さらに米国の)情報機関のチェックも通ったはずで、そこではっきり明記されたことは否みがたい重みを持つ。レフチェンコの個人プレーではなく、KGBに記録があることが証明されたと思えるからだ。

産経のみならず、スパイとされた記者のコード名を挙げられた新聞社は目を背けたい光景に違いない。が、幸い、このリストに名の挙がらなかったわが古巣の新聞社でさえ、70~80年代のモスクワ駐在記者の中にKGBの「蜜の罠」にかかった記者がいたのは内部でも周知の事実である。このリストはむしろ氷山の一角ではなかったか。

しかし、悲しいかな、今のブロガーはこういう記事にスクランブルの「ぼかし」が入っていることを知らない。産経のロンドン電を真に受けたブロガーはこう怒った。

「問題は、KGBは日本の外務省内で協力者づくりに成功し、60年代から少なくとも79年までは2人の外務省職員が多くの機密文書をKGB側に提供したということだ。また70年代後半には外務省の電信官から重要情報の提供を受け、政界やマスコミにも協力者がいたとしている。おいおい、害務省・・・・・それでいいのかぁーっ!? このスパイはまだ生きているだろうし、たっぷり退職金も貰って悠々自適の生活しているんでないか」

やれやれ、自分が目くらましをかまされていることに気づかない、ほんとにガキである。ここに安直な陰謀史観が生まれる。それはまた自分の恥部に「ぼかし」を入れて去勢してしまう、隠微な日本の新聞ジャーナリズムの鬼っ子でもある。今度、内調(内閣情報調査室)の連中に会ったら、この5人のリストの実名をきっちり教えてもらおう。

ソニーの「沈黙」3――血祭りになったヤラセ「体験日記」

ウォークマンAシリーズの発売4日前に始まった「メカ音痴の女の子のウォークマン体験日記」は、近来まれに見る企業広報の壮大な失敗だった。ブログをつかった安手の世論操縦が、どれだけ痛烈なしっぺ返しを食うかを思い知るべきである。

致命傷は写真だった。pinkyというブログの主人公が、届いたウォークマンを手にした写真をネットに公開したのである。いかにも素人っぽく撮ってあるが、ネット空間にはいくらでもプロがいる。影がふたつあることから、タングステンハロゲンランプとスタンドを使っていると見破られた。そんな重装備で撮影するなんて素人であるはずがない。

このpinky嬢、自分の顔は見せない(一度、写真が載ったそうだが本物?)。それにしてはあざといことに、「早速音楽をダウンロードする予定が、自分のパソコンがmacだったことに気づき、撃沈。。。 windowsのパソコンを買って、やっとダウンロードしてみました」と書いた。ウォークマンを使うのに、パソコンを買い換えるなんて不自然。しかも、ウォークマンの不倶戴天の敵iPodのメーカーであるアップル製のMac パソコンをけなすにひとしい。ところが、写真の背景に映っているキーボードはウィンドウズのもので、それを指摘されて狼狽した。

嘘は重ねるほどボロが出る。

「先日写真は会社でこっそり撮ってたんです。自宅PCはMACのPOWARBOOKで、しかも1年以上放置状態でした。 なんだかいろいろと、ヘンな誤解を与えてしまったみたいで、本当にすみません。写真も削除しました」

と言い訳の文章が載ったが、時すでに遅し。別人の名を使った、やはりヤラセらしいサイトの

「前はVAIO-Wシリーズをデスクトップにリンゴマークのノート、という組み合わせで使っていたんですが、リンゴマークのノートは自分的にちょっと使いづらくて。。。 いかんせん重かったので。。。持ち歩いているうちに、2年ちょっとで破壊してしまいました」

というくだりとともにキャッシュでとられて、無残なことに今もネットでソニーの恥部をさらしている。

この「体験日記」には怒涛のような抗議が押し寄せ、わずか数日で閉鎖になった。世にいうネットの「祭り」(血祭り)で、サイトは「炎上」したのである。私の問い合わせに寄せたソニー広報センターの回答では、「ソニーマーケティング(株)が企画、So-netの場を借りて実施した、ブログ形式のモニター体験レポート」「ウォークマンのプロモーション活動の一環」であることを認めている。

ただ、「カタログなどでは伝えきれない“実際に使用した体験”をお伝えすることを意図していました。この企画を実施するにあたり、ソニーマーケティング(株)より製品の貸与は行いましたが、ブログ内の体験レポート記事はあくまで“各モニター個人の体験”に基づくもので、pinkyさんの体験によるコメントに、ソニー側からのコントロールや『ヤラセ』を行った事実はございません」と言い張っている。

さてね、プロモーション狙いのブログって、ヤラセ以外の何ものでもないと思うがどうだろう。どうみてもプロが手伝っている写真といい、「坊主憎けりゃ」とライバル製品をけなす隠微な性格のモニター嬢の顔が見てみたい。このブログ制作に関わった周辺に聞いてみると、広告の予算が乏しく、ブログなら安上がりですむという安易な発想だったらしい。pinkyさんの出演料はウォークマンの現物支給(貸与ではなかった?)だそうだ。

おお、まさに安上がり。だが、「貧すれば鈍ず」である。

エレクトロニクス部門の赤字で青息吐息のソニーは、確かにこのところ、新製品の発売当初しか大々的な広告を打てない。ウォークマンですら短命で、薄型テレビの「ブラビア」だ、パソコンの「VAIO」だ、とあちこち手を広げていることが裏目にでて、日本軍の敗因である「戦力の逐次投入」さながらの半端なキャンペーンばかりである。そういう根源的な広告戦略の誤謬に目をつぶって、ソニー本社の“大本営”では「ソニーマーケティングのドジ」を責める声があがっているという。

ああ、ソニーはガダルカナルか。


※お断り:下線部分は読者のご指摘により加筆しました。正確を期すためです


ソニーの「沈黙」2――切込隊長の辛らつな「抑制」

前回の続き。ソニーの尻尾をつかむために、取材で一歩一歩問い詰める第二編である。

質問状で触れたウォークマンAシリーズの「コネクトプレーヤー」とは、パソコンに組み込む楽曲転送ソフト(iPodではiTunesにあたる)で、その不具合がAシリーズへの不満の中心だった。その改訂版提供の発表は質問状を送った11月29日に行われ(実施は12月2日)、ソニー自身が認めた「問題点」は以下のように10項目と多岐にわたる。


  • 再生中や録音中にコネクトプレーヤーで他の作業を行うと“不正な処理のエラー”が表示されたり、フリーズすることがある。

  • CDEXTRAを認識しない。

  • 大量の曲の転送を何度も実施した後に、コネクトプレーヤーのライブラリの曲が表示されないことがある。

  • コネクトプレーヤー上でウォークマンAシリーズ内の曲のメタデータを編集しても、ウォークマンAシリーズに反映されないことがある。

  • 約1000曲のチェックアウトを連続して行うと、転送が正常に完了しないことがある。

  • 「GracenoteCDDB(r)の登録」に失敗すると、その後登録ダイアログが表示されない事がある。

  • Windows2000環境で、曲にジャケット画像を登録するとコネクトプレーヤーが動作しなくなることがある。

  • コネクトプレーヤーでウォークマンAシリーズのフォーマット中に、アプリケーションエラーが発生することがある。

  • ライブラリで曲の並び順を変更後にほかの分離を表示すると、変更した並び順が反映されない。

  • その他の改善



ボロボロじゃないの。これだけ多いと、やはり「欠陥商品」と言われてもしかたがないのではないか。ここから浮かび上がるのは、ソニー技術陣のソフト開発力がえらく低下していること、製品発売前の事前のチェックがおざなりなことである。ある関係者にいわせると「1000曲以上の転送ができない」なんて致命的なバグ(欠陥)は、チェック段階で数百曲の転送しかしなかったことを示すもので、ソニーのMP3の旧ソフト「ソニックステージ」で1万曲保存などザラという現状を自覚していなかったのではないかという。ソニー信者が怒り心頭に発したのも無理もない。

たまたま1日発売の文藝春秋社の月刊誌「諸君」で、知人の投資家兼ブロガー山本一郎氏(「俺様キングダム」の切込隊長)が書いた「ソニーの遺伝子『消失』の危機」という記事を読んだ。読んでいない人のために、要旨を掲げると、


  • 本業のAVで落ちた利益率をゲームと金融で補っているのが現状で、牛丼を売れない吉野家がカレーで息をついているにひとしい。

  • 今期売上高7兆2500億円、経常益400億円の見込みだが、事業部としてみると中堅クラスのメーカーがひしめているにすぎない。

  • 大賀時代にメカトロニクス(ハード技術)終焉を見抜けず、出井時代に「デジタル・ドリーム・キッズ」を唱えたが、笛吹けど踊らずに陥ったのが今日の苦境の原因

  • サムソンに比べ資本調達力も研究開発費も見劣りし、自力回復は絶望的。いま必要なのはストリンガー・中鉢路線の縮小均衡でなく、規模拡大である。



いちいちもっともである。見出しは陳腐なだが、これは編集者が考えたのだろう。中身はしごくまっとうな分析で、昔ならこういう財務分析は新聞の証券面あたりできっちりやっていたはずだが、いまはそういう伝統が薄れた。彼のような32歳の多才な書き手に“領空侵犯”されても、指をくわえて見ているほかないとは既存ジャーナリズムも情けない。

切込隊長は「2ちゃんねる」の裏の裏までよく知っていて、ブログで一声かければファンを大量動員できるが、今回はあえてソニーのIR(投資家向け広報)資料と新聞・雑誌などの資料だけで書いたという。ソニーOBの現体制批判が聞こえてくる立場にあるらしいから、こういう抑制はかえって恐ろしい。「満腔の賛意」と賛辞をメールで送ったら、切込隊長から「汗顔のいたりです」と返事が来た。あえて尊大な文体をつかうブログと違って、生身の彼は丁重である。

ソニーを包む「奇妙な沈黙」

新雑誌「FACTA」で何をめざすのか。一例をあげよう。「2ちゃんねる」などネット掲示板ではソニーが袋叩きにあっている。携帯オーディオ市場で6割のシェアを奪ったアップルの「iPod」に対抗し、かつての王者ウォークマンが巻き返しの決め手として11月19日に発売したばかりの「Aシリーズ」に対する怨嗟の嵐が、ネットで吹き荒れた。

不思議なことに新聞・雑誌はそれをほとんど報じない。広告主ソニーに気兼ねしているのかと疑われてもしかたがない。この奇妙な沈黙はまた、ソニー自身が演出しているのだろうか。苛立ってネットに殺到するクレームはほとんど一方的に「ソニー憎し」で、返品をあおるばかりだ。同情的な声があっても「おまえはGK(ゲートキーパーの略語、「仮面をかぶった回し者」の意味)か」と一刀両断である。

ブログは怖い。ネットの“蛮人”たちは落ち目のブランドと見るや、ここぞとばかりに痛めつける。だが、なぜソニーに直あたりしないのだろう。「臭いものにフタ」式なら日光消毒になるし、意識的または無意識の世論操作装置と化している既存ジャーナリズムを破って風穴をあけられる。落書きみたいなソニーの悪口を掲示板に書きこむだけではあまりに悲しい。対象からのフィードバックを欠いたネットは、対人恐怖症の裏返しである。

それなら、と思った。幸い、人に会って喜怒哀楽を引き出すのは苦にならない。どんなジャーナリズムも、取材と回答の往復運動から生まれる。それをネットで見せればいい。ソニーの「沈黙」を俎上にのせよう。だが、ウォークマンAシリーズやコピー制限機能付き音楽CDという、ソニーにとって致命傷と思える問題が続いたせいで他意はない。

たまたま12月4日(日)付で熊本日日新聞の「論壇」面に「ソニー蝕む“ウイルス”」という記事を書いたら、即日、2ちゃんねるに「阿部重と熊本日日を称える」と題したスレッドが立ってしまった。だれかが提灯スレッドを立てたのかもしれないが、私のヤラセではない。面映いのと罪滅ぼしのつもりで、取材経過をこのブログで逐一さらしてしまおう。それが「FACTA」のめざす方向と一致していると信じるからだが、次第にソニーの「沈黙」の裏にあるものも浮かびあがってくるだろう。

ソニーに質問状を送ったのは11月29日である。そして12月1日、エレクトロニクス広報部O氏からその返答が来た。返答に窮す様子がありありと思い浮かんだ。つくづく広報とは気の毒な商売だなと思う。しかし、こういうやりとりは、ネット掲示板の一方的情報よりはましだと思う。彼らが誠実か不誠実かは、一目瞭然だから。


取材のお願い


ジャーナリスト阿部重夫



拝啓

暮秋の候、貴社ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。お電話で申し上げましたが、新潮社月刊誌「フォーサイト」の連載コラム「最後から二つ目の真実」(12月中旬掲載)、および熊本日々新聞の外部寄稿コラム「論壇」(12月4日掲載)の取材のため、下記の件につきよろしくご手配いただけますようお願い申し上げます。

1)ソニーBGMの音楽CDに搭載されたXCP問題について
・テキサス州が州法違反で訴えたこと、米国での集団訴訟に対するソニー本体としての見解、および製造物責任(PL)と著作権保護の整合性をどう考えますか
・最終的な責任は、XCPを開発したFirst4Internetにあるのか、ソニーBMGにあるのか、どちらとお考えでしょうか
・ネットメディアでは憶測が乱れ飛んでいますが、rootkit感染PCは世界で何台、日本で何台とソニー自身は推定していますか
・MediaMaxの感染度合いについてはなお詳細が不明ですが、ソニーはどう推定していますか
・日本での輸入版CD返品、交換は直近時点で何件に達していますか。PC感染についてのクレームはきているでしょうか

2)ウォークマンAシリーズについて
・「コネクトプレーヤー」のフリーズや、「ソニック・ステージ」との不連続など「価格ドットコム」などではかなりクレームが集まっていますが、顧客の返品要求は発売後直近まで何件くらいに達していますか
・ソニー・スタイルのサイトには、設計者辻本旬氏のインタビューが掲載されていますが、ドーナツ状の基板が「電気的に不利」「強度面でそうとうな無理」と語っています。これは具体的にどう不利で、強度は何を犠牲にしたということでしょうか
・So-netに載っていたpinkyの「ウォークマン体験記」は、ヤラセと指摘されたのち閉鎖されました。このサイトはソニーグループ社員または広告代理店と関係があったのでしょうか

質問のあらましは以上でございます。恐縮ですが、1)については12月6日までにできれば法務担当の方にお会いしてお話をうかがえたら幸いです。2)については熊本日日でとりあげるため、今週中に電話かFAXでもご回答がいただけたら幸甚です。

上記の連載コラムは加筆修正のうえ、将来書籍として出版される可能性があります。なお、小生は98年まで日本経済新聞記者で、99年から03年まで「選択」編集長でした。

敬具






ソニー広報センターの回答書



拝啓

寒冷の候、益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。また、平素は格別ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

さて、先日お問い合わせいただきました2件のうち、ウォークマンAシリーズに関するご質問について、取り急ぎご回答申し上げます。ご不明な点などございましたら、いつでもご連絡いただきたく存じます。なお、ソニーBMGの音楽CDに関するご依頼に関しましては、弊社・コーポレート広報部より、別途ご連絡いたしますので今しばらくお待ちいただければ幸甚です。

敬具


―記―



(1)ウォークマンAシリーズ発売後直近までの返品要求

ウォークマンAシリーズは、初月生産では50万台強を、日本国内および欧州など一部海外向けに出荷致しました。しかし、誠に恐縮ながら、商品個別の現時点での販売台数や、お客様から販売店様への返品件数などの数字の公表は控えさせていただいております。なお、発売以降、コネクトプレーヤーのバグにより、一部お買い上げいただいたお客様にご迷惑をおかけしておりましたが、12月上旬にインターネットによる改訂版ソフトウエアへの自動更新を実施する予定です。下記URLおよび添付コピーをご参照ください)
http://www.sony.jp/support/p.audio/contents/information/info_cdextra.htm

このソフトウエア更新により、現時点で一部のお客様からご指摘いただいている問題は、解決するものと考えております。

(2)ソニースタイル・インタビュー中の「電気的な不利」「強度面の無理」について

基板に穴を開けることで、不要輻射と呼ばれる不要な電磁波が発生しやすくなります。これを電波障害法の規定の範囲内に押さえこむノイズ対策に、通常以上の設計パワーを要しました。もちろん、発売中の商品では解決されており、全く問題ございません。

また、商品としては、強度は何も犠牲にしておりません。基板に穴を開けることで、物理的に基板自体の強度は若干低くなります。しかし、危機は金属製の外装に守られ、落下衝撃の社内基準をクリアしておりますので、発売中の商品は全くございません。

(3)So-netの「ウォークマン体験記」について

「ウォークマン体験記」は、ソニーマーケティング(株)」が企画、So-netの場を借りて実施した、ブログ形式のモニター体験レポートです。ウォークマンのプロモーション活動の一環として、カタログなどでは伝えきれない“実際に使用した体験”をお伝えすることを意図していました。

この企画を実施するにあたり、ソニーマーケティング(株)より製品の貸与は行いましたが、ブログ内の体験レポート記事はあくまで“各モニター個人の体験”に基づくもので、pinkyさんの体験によるコメントに、ソニー側からのコントロールや「ヤラセ」を行った事実はございません。

しかし残念ながら、pinkyさんのコメントや画像が一部の方々に誤解を与え、それに対する様々な憶測のコメント、議論が急拡大する結果となりました。最終的には、当初の企画趣旨とは全く異なる方向へと発展したため、企画しましたソニーマーケティング(株)の判断で、「ウォークマン体験記」は終了させていただいた次第です。

以上、宜しくお願い申し上げます。


※一部の表記につきましてはウェブの形式に変更しています