EDITOR BLOG

最後からの二番目の真実

再び戦闘モード1――懺悔の遅配

次号の編集期間がもうきてしまった。前回まで電通とのやりとりを公開してきたが、これから先の応酬は次号に委ねるほかない。電通も含めたみなさま、お楽しみに。

しかし、その前に編集発行人として、きっちり反省してお詫びしなければならないことがある。創刊号の遅配である。このウェブサイトでもお知らせしたが、弊社スタッフの不慣れと印刷・発送体制の手違いにより、想像以上の遅配が発生した。全容はいまだ把握できていないが、一部地域とか一部読者とかにとどまらず、発行日から1週間たっても届いていない人がいたのには唖然とした。責任者として深甚なるお詫びの意を表したい。

雑誌の使命は、そのコンテンツとともに時間であることは重々承知している。その片方を欠いては欠陥商品と言われてもしかたがない。遅配が致命的であることははなから自覚していた。この日曜に幹部で鳩首協議し、体制の見直しとともに、次号でも同じ過ちを繰り返し、読者のみなさまの信用を失っては、雑誌が存続できないくらいの覚悟で臨むことにした。

万が一遅配を起こしたら、編集長は丸坊主でしょう。まだ生涯マルコメミソになったことはないが、これは赤ん坊時代に寝相が悪く、頭の片方が絶壁になっているからだ。実は五円ハゲとかもあるし、この年で恥をさらしたくないが、それはスタッフ一同の獅子奮迅に期待するほかない。おーい、編集長に恥をかかさんでくれ。

その懺悔に、読者のお一人からいただいた抗議のメールを載せよう。一部の固有名詞は省略しますが、痛烈な批判だった。けっこう長文でその執着心には頭が下がる。



拝啓阿部重夫さま

貴誌「FACTA」に期待し、定期購読を申し込みました。
編集長で在られる貴兄の表現活動に深く敬意を表する読者の1人であります。
Webに於いての「電通」に関する貴兄の記述も、
その彼等の心智(attitude mentality)の卑しさを慨嘆してきた小生は、
諸手を挙げて賛同するものであります。

然し乍ら、
「ファクタ出版のSと申します」なる題名のメールを頂戴し、
些か困惑しております。
以下に、再録致しました。

拙い文章を紡ぐ事を今猶、生業としております小生とて恐らくは用いぬであろう
表記や弖爾乎波や語法が幾つも登場しております。
別けても、個人で申し込みを致しました小生を「貴行」と呼ぶのは、
これぞ日本語の新しい用法が誕生したと思料すべきか否か、
後学の為にも是非、御教示頂きたくお願いする次第です。

加えて、御照会申し上げたい点が御座います。
下記メールの「データ管理の欠損の発見が遅れまして、大幅に送付が遅延」と、
HP上に記されております「一部地域で創刊号の着荷に遅れが生じ」は、
浅学をも省みず小生の拙い認識を披瀝すれば、
それぞれ異なる状況を説明したものと思われますが、
果たして如何に捉えるべきか、御示唆頂けると幸甚です。

加えて、今回頂戴したメールは、小生も含めた複数人への同時発信かと思われます。

仮に、鉤括弧で採録させて頂きました2つの文意が同意であるならば、
「データ管理の欠損」は「一部地域」に居住する購読者のデータにのみ限定された発生事象だったのか、御説明願います。

将又、「送付が遅延」と「着荷に遅れ」も同義と捉えて差し支えないのか、
同じく乏しき小生の思考回路では、発送者に起因するのが前者の表現で、
配送者に起因するのが後者の表現かと存じます。
この点も併せて御回答頂けます事を、定期購読を申し込んだ1人として期待申し上げます。



これで前半である。彼の言は正しい。再録された「お詫びメール」は以下のような内容だが、読者が怒るのも当たり前の誤字誤用だらけのずさんな文章だった。



月刊「FACTA」送付遅延のお詫び

拝啓貴行ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、 4月上旬Webにてご購読のお申し込みをいただきました月刊 「FACTA」ご送付が遅れておりますことをことを深くお詫び申し上げます。
データ管理の欠損の発見が遅れまして、大幅に送付が遅延することとなりました。遅ればせながら、ここに至ってご送付の日程のめどが立ちまして、貴行へご報告をいたしました次第です。
つきましては、遅くとも4月25日夕刻までにはお届けできるです。お急ぎと は存じますが、いましばらくのご猶予を賜りたくお願い申し上げます。
なお、来月号より、通常の標準ご送付をいたしますで、今後ともご愛顧よろしくお願い申し上げます。



抗議メールの後半はあす載せるが、申し開きがきかないというのはこれを言うと思う。とにかく、このメールを受けた方々に、心からごめんなさいと申し上げたい。そう詫びないと、戦闘モードになれないので、あえてここに掲載した。

電通を撃つ7――クレタのパラドクス

口裏をあわせているとしか思えないサイバーエージェントとシーエー・モバイルの回答にいつまでもかかずらってはいられない。オプトも基本的には「インサイダー取引の認識はない」との回答だった。FACTA本誌にあるように、ネットプライスの佐藤輝英社長だけが、インタビューにこたえた。

さて、いよいよ本丸の電通の回答である。質問は広報室、小林光二氏に宛てたのだが、担当が途中で代わって(逃げた?)、ベテランらしいコーポレート・コミュニケーション局次長兼広報室長、佐藤和信氏となった。i記者が会ったが、こういうトラブル案件向けなのか、ぺらぺらといくらしゃべっても何の実もない話しかできない人だった。白く塗りたる墓。聖書にそういう言葉があったのを覚えていますか。


電通に告げよう。調査報道記者はこういう無内容な対応に本能的な嫌悪感を抱く。時間のムダ。からっぽのコメントでいなせると思うのなら、まったく逆効果である。クレタ人エピメニデスが言ったという真偽決定不能のパラドクス「すべてのクレタ人は嘘つきである」と同じだ。バートランド・ラッセルはそれを「私は嘘をついている」という一文に凝縮してみせたが、電通のコメントは「私は何も言わない」という裏返しのパラドクスだからである。

「何も言わない」とは、それ自体がメッセージであるという矛盾をはらむ。そこに電通が「メディアにあらざるメディア」であるというトートロジー(同義反復)の本質が現れる。おわかりですか、電通さん。わからなければ、ラッセルとホワイトヘッドの「プリンキピア・マテマティカ」をご参照ください。とにかく、数理に明るくない佐藤氏の空疎なおしゃべりでは記事にならないので、正式に文書で回答を書くよう求めた。4月3日に届いた文書は以下の通りである。



電通広報室

回答

貴社のご質問を整理すると以下の5点かと思います。その点につき回答させていただきます。

Q1.ネットプライスと御社、及びCCIとの業務・資本提携につき、電通が正式に業務・資本提携の機関決定をしたのはいつの時点で、どの場(たとえば投資委員会とか取締役会とか)で行われたのか。その決定に関与した役員数及び役職者数、その機関決定の責任者は誰か。

A1.本年1月中旬に然るべき機関決定を行っております。また、社内で実務遂行上事前に情報に接したすべての関係者が情報受領ならびに株式売買禁止について、所定の確認書に署名しております。



これだけでよく分かる。「いつの時点で」とは何月何日何時を聞いている。株価の値動きと付き合わせるためである。1月中旬なんて曖昧な返答では、東証だって証券取引等監視委員会だって通らない。「然るべき機関決定」?こういう答えを慇懃無礼という。こちらは投資委員会、(常勤)取締役会と具体的に名称まであげて問い合わせている。そこに付議されたという情報を踏まえてのことだ。それになぜ答えないのか。

あとの設問は無視された。役員数、役職者数、機関決定の責任者を絞りこむことは、インサイダー取引疑惑の有無を決定する際に不可欠だと思うが、回答しないのはなにかやましいことでもあるのだろうか。



Q2.ネットプライス株の上昇について、電通内ではこの機関決定との連動の有無を社内調査したのか。電通は彼らに対し、家族も含めた株式取引の有無などを調査したのか。またその周辺で機関決定や協議内容を知りうる立場にいた社員の社内調査は行われているのか。行われていないから、なぜなのか。

A2.情報管理、モラル管理を徹底しているので、ご質問のような調査は行っておりません。



いたちの穴をいぶりだしたら、屁をひったというわけか。やれやれ、厚顔とはこれを言う。「インサイダー取引があったという認識はありません」という回答と同じである。「ファイアウォールはあるからある」というに過ぎない。まるきりトートロジーだが、ご自慢の防止策の内実たるや、ほとんど噴飯ものというべき陳腐さである。



Q4.業務・資本提携案件を数多く抱える電通が、どんなインサイダー防止策をとり、コンプライアンスにどんな手を打っているのか。

A4.社員コンプライアンス教育や、インサイダー取引防止を含む「情報管理ガイドライン」の配布など、モラルの維持・向上に努めております。



電通社員のために笑ってさしあげよう。誰がそんなガイドラインなんかまじめに読んでいるものか。それでこと足りたら管理職なぞ要らない。経営陣の自己満足だろう。



Q5.モバイル広告やネット広告の成長に伴い、御社は数多くの提携で先手を打とうとしていますが、出資案件が増えるにしたがい金融資本化していけば、将来的には「1業多社」制の維持が困難になると考えているかどうかについても、ご意見をお聞かせください。

A5.当社の行う提携はその多くが事業シナジーの創出・発展を図るものであり、現在の広告取引への影響は無いと考えております。



事業シナジーなるものがどれだけ危うい橋を渡っているか、電通の本質が分かっていない(あるいは空とぼけている)空論である。影響が皆無と思うなら、ファイアウォールの存在を証明してからにしてほしい。

電通を撃つ6――シーエー・モバイルの回答

ブログは1日休ませていただいた。26日夕は、渋谷の「玉久」で久しぶりに翻訳家の柳瀬尚紀氏、河出書房の編集者、小池三子男氏と会って久闊を叙した。柳瀬氏はジェームズ・ジョイスの「フィネガンズ・ウエイク」を翻訳しており、その縁もあってロンドンでご一緒したり、東京で酒を飲んだりしてきた。

そのあと、水道橋の「あき寿司」へ。さすがに疲れが出て眠くなった。帰りの電車は乗り過ごしてばかり、ずいぶん放浪して家にたどりついた記憶がある。

さて、無料公開の記事はいかがでしたか。FACTAという雑誌のめざすところは、ある程度察せられたかと思う。電通提携先にぶつけた質問状の回答の続きを載せていこう。きょうはシーエー・モバイルだが、親会社とすりあわせしたらしく、広報担当の日下部祐介氏の回答はほとんどサイバーエージェントの宮川園子氏の回答(「電通を撃つ5」掲載)と変わりばえがしないのだが、一部だけ違うのであえて再録する。



シーエー・モバイル
日下部祐介

弊社外川への質問書に関して

お世話になっております、株式会社シーエー・モバイルの日下部です。表題のFAX拝見させていただき、以下、ご質問におこたえさせていただきます。ご不明点等ございましたら、日下部までご連絡いただけますようお願いいたします。

1.インサイダー取引との認識は持っておりません。

2.シーエー・モバイルとしてご指摘頂いた点に関して問題視しておりません。

弊社は2005年4月のISMS取得以降、社内の情報資産に関して徹底した管理体制を整えております。本件の情報に関しても限られた関係者にて取り扱い、漏洩することのない情報管理体制を敷いています。



ISMSとは「Information Security Management System」の略称で、「企業や組織が自身の情報セキュリティを確保・維持するために、ルール(セキュリティポリシー)に基づいたセキュリティレベルの設定やリスクアセスメントの実施などを継続的に運用する枠組みのこと」と@ITのサイトでは説明されている。サイバーエージェントがISMSを取得したというのは、日本情報処理開発協会(JIPDEC)が2002年から始めた「ISMS適合性評価制度」で認定されたという意味だろう。
しかし、情報セキュリティにサイバーエージェントが無関心ではなかったとは言えても、経済産業省あたりの外郭団体に認定料を払って得た資格だけでインサイダー取引が無かったという証明にはならない。確認書の署名で情報管理は万全と言いはる電通と五十歩百歩である。CAモバイルの外川社長は、電通とネットプライスの折衝に出席しているが、何のためなのか、本人に直接質したいという要請にはほっかむりしたままだ。

あとの回答はサイバーエージェントの回答とまるきり同じである。企業広報が親会社広報の回答をコピー&ペーストするだけでは誠意を感じられない。



また、親会社サイバーエージェントにおきましては、12月9日(金)に大和総研より「フロンティア企業レポート」12月12日(月)に同総研より「インターネットセクター(WEB2.0関連企業)」において推奨していただいておりました。

同様に、サイバーエージェントより12月12日(月)にドリコム社とのブログの広告配信サービスにおいて提携の発表もさせて頂いております。株価が不確定要素により変動しておりますので、想定される事項としてご認識頂ければと思います。

以上、ご理解の程よろしくお願い致します。



大和総研の「フロンティア企業業績見通し」には経常増益率ランキングがあり、2005年度予想の第21位にサイバーエージェント(54%増)の名がある。06年度予想では第15位(40.7’%増)になっている。これであの出来高急増と株価上昇を説明できるとは思えない。無理に上げ要因を探し出してきたように私には見えるが、みなさんはどう思うだろうか。

電通を撃つ5――回答状

本日、このサイトで無料公開されるフリー・コンテンツは、このところ精彩がない竹中平蔵総務相についての政治記事です。通信・放送をめぐる竹中総務相の私的懇談会(通称・竹中懇)の報告が、IT業界の注目を集めているだけに、こういう政治サイドからの分析も必要なのですが、セミプロ向けのITサイトでは逆立ちしても読めない情報でもあります。FACTAのカバーする幅を示すために公開しましょう。

さて、電通の続き。3月31日日にサイバーエージェント広報・IRグループのシニアマネージャー、宮川園子さんから質問に対する回答をいただいた。



お世話になっております。サイバーエージェントの宮川でございます。昨日お電話にてお伺いしていた質問書のFAX拝見いたしました。下記、回答をご確認頂ければと思います。

回答――――

ご質問1)
12月15日(木)の前、12月12日(月)から出来高を伴って急騰しているのは、インサイダー取引を疑わせるものですが、認識があるか?

回答1)
インサイダー取引という認識はございません。


ご質問2)
発表前の株価急騰は社内で問題にならなかったか。問題になったならどのような社内調査をしたか。ならなかった場合は、なぜ問題視しなかったかを教えてください。

回答2)
12月12日(月)からの株価及び出来高の変動は、社内にて問題視しておりません。

理由は、12月6日(火)野村證券主催の海外機関投資家説明会「THE INVESTMENTフォーラム2005」への参加、12月9日(金)に大和総研より「フロンティア企業レポート」12月12日(月)に同総研より「インターネットセクター(WEB2.0関連企業)」において、当社を推奨していただいておりました。

別途、12月12日(月)にドリコム社とのブログの広告配信サービスにおいて提携の発表もさせて頂いております。株価が不確定要素により変動しておりますので、想定される事項としてご認識頂ければと思います。

以上、ご不明な点がございましたらおっしゃって頂ければと思います。



「認識していない」となれば、その理由あるいは根拠が必要である。すくなくとも子会社シーエー・モバイルと電通の提携発表に先立って株価が上昇した事実があるからである。それが回答2の証券会社の投資家説明会や投資家向け資料で推奨銘柄になったことで上がっているとしているのだが、その因果関係の立証は十分とはいえない。とにかく提携当事者のCAモバイルからの回答も同日届いたので、それと併せて評価しよう。

電通を撃つ4――第2質問状

昨晩は同業の編集者諸兄、さらに企業広報の方々に神田錦町で励ましの会を設けていただいた。宮嶋副編集長ともども激励にお礼申し上げます。いささか飲み過ごしたので、このくだりは朝書き足している。

本日も新たに一本、創刊号から記事を無料公開(フリーコンテンツ)して、このサイトに載せました。題して

宇野USEN「救世主」の焦燥

フジテレビから問題のライブドア株を個人で購入した宇野康秀社長のバックグラウンドを調べた記事です。評判のGyaOが800万人も契約者がいながらアクセスログを公開しないのはなぜか、光ファイバー事業を売ろうとしていた事実などが書いてありますので、ご精読ください。

さて、電通の続きである。第一回の取材要請に対し、広報室の小林光二氏から電話があり、質問項目の詳細を求めてきた。こちらの手の内を知りたいのだろう。ここは駆け引きである。あまり大ざっぱでは足元を見られるし、あまり手の内を明かしては事前に防御策を講じられてしまう。向こうがドキッとする内容をにおわせながら、とどめは会ってからでないと言えないというニュアンスを漂わせるのがいい。

これは広報の基礎知識です。こちらはさんざん調査報道を試みたのだ。馬脚をあらわすようなへまはしない。3月27日、第二質問状をファクスで送った。



金曜日は、突然のお願い事にも関わらず、連絡をいただきありがとうございました。

おうかがいしたいことを一言でいいますと、モバイル広告戦略の一環として、昨年末から今年初めにかけて、御社が実施した3社との業務・資本提携において、それに絡むオプト、サイバーエージェント、ネットプライスの株が、出来高を伴って上昇しているのはなぜか、そこに情報漏洩はなかったか、コンプライアンス上の問題としてこれを御社が意識しているか否か、といった点であります。

そこで、以下を質問致します。

(1)サイバーエージェントの子会社であるシーエー・モバイルと電通グループが、業務・資本提携を発表したのは昨年12月15日です。これよりサイバーエージェントには17億7750万円の子会社売却益が発生、同日付でサイバーエージェントは通期業績予想を上方修正しております。

シーエー・モバイルは未上場なので、この提携と上方修正に反応するのはサイバーエージェントの株価であり、事実、同社株は値上がりするのですが、問題はその3日前から値上がりを始めていることです。送付資料のように12月9日の株価19万9000円、出来高5877株は、12月12日終値で21万7000円、出来高3万2120株となり、発表前の12月15日には24万4000円を記録、4営業日で18%の値上がりでした。

(2)オプトとの業務・資本提携は、昨年12月22日の発表です。オプト株は、送付資料のように、12月8日までは出来高500株前後で推移、価格も50万円台でした。ところが12月9日に、突如、3265株の出来高を記録、終値は53万9000円となり、22日の発表まで出来高を伴いつつ上昇、22日は70万3000円でした。発表の後、連休をはさんだ12月26日の終値75万円はわかるとして、この10営業日の相場は、あまりに不自然です。

(3)ネットプライスと御社との業務・資本提携の発表は今年1月19日ですが、16日の夕方からライブドアへの東京地検特捜部による家宅捜索があり、17日、18日といずれの市場も大暴落、このため上記2社との単純比較はできません。また後述する理由によりネットプライス株については、長いスパンで検討したいと思っています。

ただ、ライブドアショックの前日の1月16日、前営業日(13日)の終値57万8000円、出来高294株が、終値64万円、出来高1081株となっている点には注目をしております。



ここまでは前段である。添付した株価の終値一覧を参照すれば、株価の動きが不自然であること、そこにインサイダー取引の疑惑が生じることを淡々と指摘している。質問はこのあとに列挙されている。



(4)ネットプライスと御社、及びCCIとの業務・資本提携につきましては、東証が関心を寄せ、照会しているとの情報を入手しております。御社とネットプライスとの協議が始まったのは昨年11月からと思われますが、株価の動きは11月15日の終値41万1000円から1月16日の最高値64万円まで上昇しています。この値動きと、インサイダー情報を知りうる立場にあった関係者の取引の有無を、東証は調べていると思われます。そこでお尋ねしたいのは、御社が正式に業務・資本提携の機関決定をしたのはいつの時点で、どの場(たとえば投資委員会とか取締役会とか)で行われたのでしょうか。その決定に関与した役員数及び役職者数、その機関決定の責任者が誰かを把握していたらお教えください。

(5)ネットプライス株の上昇について、御社内ではこの機関決定との連動の有無を社内調査したのでしょうか。ネットプライスと御社との本格的な議論が始まるのは12月9日午後、御社で行われたミーティングからだと認識しております。この席には、シーエー・モバイル外川社長、ネットプライス佐藤社長のほか、御社からは長沢IC局長、MC局主務ら7名が出席しています。御社は彼らに対し、家族も含めた株取引の有無など調査したでしょうか。またその周辺で機関決定や協議の内容を知りうる立場にいた社員の社内調査は行われているのでしょうか。行われていないなら、なぜなのか理由をお教えください。

(6)略

(7)ご承知のように、日本の広告業界はアメリカなど世界の大勢である「1業1社」制ではなく、「1業多社」制を取っております。その生命線は、御社内のファイアーウォールであり、インサイダー取引など言語道断のはず。業務・資本提携案件を数多く抱える御社が、どんなインサイダー防止策をとり、コンプライアンスにどんな手を打っているのか、お教えいただければ幸いです。モバイル広告やネット広告の成長に伴い、御社は数多くの提携で先手を打とうとしていますが、出資案件が増えるにしたがい金融資本化していけば、将来的には「1業多社」制の維持が困難になると考えているかどうかについても、ご意見をお聞かせください。



以上である。説得的でしょう?電通のファイアウォールに対し本質的な疑問符を投じているだけである。同じ問いを株主が発したとしたら、当然、上場企業たる電通は回答する義務があるはずだ。インサイダー疑惑は株主の利益を損なうからである。答えられないなら、電通に上場企業としての資格はない。

では、電通など関係企業はどう回答したか。次回以降、それを順次掲載していこう。すでに電通内部からは、IC局の情報管理のずさんさを認めるメールが寄せられている。電通が社内調査に踏み切らないなら、それもいずれ公開しよう。

閑話休題――ニューメディアと新聞

月曜は「FACTA」創刊号に載った記事のうち、無料公開する「フリー・コンテンツ」第一弾を掲載したのでご覧ください。題して

「ソフトバンク携帯」の侮れぬ隠し玉

もちろん、ボーダフォンを実質2兆円で買収した孫さんが、11月のナンバーポータビリティー乗り切りにどんな秘策を凝らしているのかを追ったものだが、アップルの創業者にして、iPodのカリスマであるスティーブ・ジョブズと3月に東京で密会したことを本誌はスクープしている。そこから何を読み取るか……。

さて、この日曜は充電につとめた。家に届いていたThe EconomistのNew Media Surveyを熟読して、いろいろアイデアを温めた。最先端ではないが、手際よくまとめてあって、ボリュームたっぷり。辛抱して丹念に読めば、「ウェブ進化論」が一面的であることがよくわかる。

しかし改めて感じたのは、もう70歳を過ぎた新聞王、ニューズ・コーポレーションのルパート・マードックの鋭さである。昨年、SNSのマイスペースを買収して業界をあっと言わせたが、買収直前の新聞界に発した警告はさすがというべきだろう。この爺さん、かつて孫正義と組んで、テレビ朝日株を買って朝日グループを震撼させたが、やはりタダモノではない。同誌に載っていたマードックの発言を引用すると、



一産業として、われわれ(新聞界)の多くは、明らかに理不尽なほど自己満足に浸っている。若い読者は、上から人を見下ろして、何が大事かの説教を垂れる、神のような存在に頼りたくない。もうすこし宗教のたとえを敷衍させていただくと、彼らは福音のように提示されるニュースを欲していないのだ。新聞のウェブサイトは会話の場所にならなければならない。生まれながらのデジタル育ちは、もはや編集部に投稿の手紙を送らない。オンラインに入ってブログを始めるのだ。われわれはブロガーの行先にならなければならない。



誰よりも嗅覚の鋭い資本家マードックにまで見限られたとなると、新聞の没落はやはり時間の問題なのかね。全国紙も地方紙も、中川秀直自民党政調会長から福島瑞穂社会民主党党首まで動員して、宅配制度の維持を名目に特殊指定を守ろうと国会でキャンペーンを張っているが、これこそ究極の「抵抗勢力」であることがよく見える。

FACTAはどこまでも在野のメディアである。再販や宅配で守られていない新興メディアが、新聞を凌駕できることの存在証明でありたい。彼らを出し抜けば出し抜くほど、新聞の再販の論拠が消えていくと信じる。いくら私が新聞出身でも、特殊指定護持には与しない。公正取引委員会の特殊指定見直しを支持しよう。

わが古巣の友人は、滅びゆく再販に対し新聞がサバイバルするためには「だからこそ独占しかない」と言いきったが、知恵としてはあまりに寒々、かつ露骨である。パイが増えないなら、共食いしかないと言っているにひとしい。カニバリズムには付き合えない。われらが味方は、マードックのような嗅覚のいい資本である。衰退産業に流れるカネはいずれ細る、というのが歴史の教訓であることをお忘れか。

電通を撃つ3――事前に腰が引ける?

電通に取材要請の質問状を送った3月24日、ほぼ同内容の質問状を他の関係者にも送った。細部に異同はあるが、前回掲載した電通に送ったものと重複する部分が多いので、ここでは割愛する。送った相手先と表題だけを列挙しよう。



ネットプライス社長室長伊藤直氏宛て
佐藤輝英社長への取材のお願い

サイバーエージェント広報・IRグループ宮川園子氏宛て
取材のお願い(事実関係の確認を含め担当者への取材要請)

シーエー・モバイル経営企画室小野田美香氏宛て
外川穣社長への取材のお願い

オプト広報担当大野氏宛て
鉢峰登社長への取材のお願い



宛先に個人名が挙がっているのは、電通の場合と同じく提携の際のプレスリリースで、広報の窓口とされているからである。オプトはリリースでは窓口が取締役CFO小林正樹氏になっていたが、通常の広報窓口を通した。

残念ながら、予想通り取材要請に個別に応じる“勇気”があったのはネットプライスの佐藤社長だけだった。あとは広報窓口から「インサイダー取引があったとの認識はない」という返答が来ただけで、当事者が表に立つことはなかった。要するに「臭いものにフタ」の姿勢が顕著だったのである。

かかる重大問題について外部から問題提起があったにもかかわらず、ほとんど対処できなかったことの証明である。その広報体制とともに、サイバーエージェント、オプトとも上場企業(マザーズまたはジャスダック)の適格性を疑わしめるに足ると思う。

ネットプライスの佐藤社長のインタビューの要点は「FACTA」の記事に載せたとおりだが、事前にはシーエー・モバイルなどについても一括してこたえるとしていたのに、実際には他社のことについてはほとんど答えられなかった。最初は上記4社の代表として答えようとしたが、どこかで翻意したのかもしれない。これらの関係企業間で事前にどう回答するか協議し、口裏あわせをしたことがあったのではないだろうか。

「誠意ある対応」を約束した電通は、取材の日時指定の前に、詳細な質問項目の提出を求めてきた。どこまでこちらが知っているか、瀬踏みしたいのだろう。第二質問状はやや長いので次回に譲るが、送ったとたんに及び腰になった。長沢局長とのインタビューどころか、数日間は音なしになり、締め切り時間が迫ってきたこちらは督促せざるをえなかった。それも向こうの読みだったのかもしれない。ここでも「臭いものにフタ」を感じた。

電通を撃つ2――質問状

「顔のない企業」と前回書いた。汐留であの本社ビルを振り仰ぐたびに、とりとめのない気持ちになるのは私だけではないだろう。むしろ社員自身がそうではないのか。



ロビーはたいていしんとしていた。僕はいつもそんな沈黙の空間に浮かぶ光の粒子を見つめながら、自分の心を見定めようと努力してみた。誰もが誰かに何かを求めていた。それは確かだった。しかしその先のことは僕にはわからなかった。僕が手をのばしたそのほんの少し先に、漠然とした空気の壁があった。(村上春樹「蛍」)



まだ彼が干涸びる前の、ほとんど20年前の文章だが、そういう空漠たるものが汐留のあの宗廟のような建物にはある。その壁に声をかけてみよう。どういう答えが返ってくるのか。木霊のようにうつろな響きなのだろうか。i記者を通じて質問状を送ったのはこの3月24日だった。



電通広報室小林光二

取材のお願い

先程は、電話で失礼いたしました。

(中略)このほど信頼できる業界関係者から、御社とネットプライスとの業務・資本提携の発表前に不可解な株の高騰があり、それに関心を寄せた東証が、ネットプライスに一連の経緯の説明を求めたという情報を入手しました。

調べましたところ、確かに1月19日の発表前からネットプライス株は出来高を伴って高騰しており、その事実は、昨年11月から始まったという業務・資本提携(交渉)の情報が、何らかの形で外部に漏洩したことを疑わせるものでした。また、取材の過程で、ネットプライスが東証に報告した内容も把握、不自然さの裏づけも取れております。

御社のモバイル広告戦略は時宜に適っているのですが、ネットプライス問題だけでなく、(創業当初、サイバーエージェントに出資を仰いだ)ネットプライスと同じく、サイバーエージェントの子会社のシーエー・モバイルとの業務・資本提携の発表(昨年12月15日)、ネットマーケティング会社オプトとの業務・資本提携の発表時(昨年12月22日)にも同じような動きが見られます。

インサイダー取引は、マーケットを健全に保つために、あってはならないことであるのはいうまでもないことです。もちろん御社に疑義があるというつもりはありませんが、モバイル広告戦略の過程で御社が結ばれた業務・資本提携において、発表前にサイバーエージェント、オプト、ネットプライスの株が急騰しているという事実、そして東証がネットプライスに説明を求めたという事実は、広告業界をリードする御社のような企業にとって、あってはならないことではないかと思っております。

つきましては、この問題についてのお話を、おうかがいできませんでしょうか。(後略)



電通コポレートコミュニケーション局広報室の小林氏の名を挙げて問い合わせたのは、上記3社の提携発表にあたって問い合わせ窓口が彼になっていたからである。小林氏から折り返し電話があり、説明に誠意をもって対応するむねの返答をいただいた。

にもかかわらず、質問状で要請したインタラクティブ・コミュニケーション局の長沢秀行局長とのインタビューは今日まで実現していない。長沢局長は上記3社との提携の直接当事者である。インサイダー取引の疑惑が生じているときに、当事者が説明に出てこないのでは「誠意ある対応」と言えるだろうか。

以下、電通がどのような対応をしたかを順を追って書いていこう。他企業の広報担当者にとっても、いいレッスンになるだろう。

電通を撃つ1――顔のない企業

4月20日創刊の新雑誌「FACTA」は、「電通インサイダー疑惑」のスクープ記事を掲載している(「創刊号の読みどころ」を参照)。その書き出しはこうである。



闘病中の直木賞作家、藤原伊織は「広告代理店のガリバー」電通の社員だった。その電通をモデルに、昨年書いたミステリー『シリウスの道』にはこんな文章がある。

「この国の広告業界を特徴づける一業多社制は、彼らに話すまでもない。ある代理店がA電機をクライアントに持つなら、その代理店はけっして同業種B電機の広告作業を請け負うことはない。こういった一業一社制が、欧米ではビジネス上の常識だ。競争企業への情報漏洩リスクを恐れるからである。だが日本の広告代理店には、この国固有の歴史的な特殊事情がある。だからこそ、(中略)IDカードがなければ他の営業局に出入りできないし、PCではアクセス可能な範囲限定といった各種のファイアウォールが設けられている。競争する企業間の情報流通を内部で遮断するこの壁の存在は、日本の広告代理店の生命線といってもいい」

電通に問う。あなたがたはその生命線を守っているのか、と。



ファイアウォールとは企業内に設ける比喩的な「防火壁」のことで、ある顧客の新商品などの重要情報が、別の顧客を扱う部門に流れると、そこからライバル企業に情報漏洩が生じる可能性があるため、相互に情報が流れないよう社員同士を遮断して顧客を守ることだ。金融機関でいえば、社債発行部門とディーリング部門でこういう「壁」が必要になる。広告代理店も1業1社制ならそうした心配はないが、1業多社制ならファイアウォールが前提でなければ、顧客は信用できない。

電通内でインサイダー(内部者)取引がみつかったら、内部情報が隔離されていないザル状態だということになる。電通は分割するしかない。だから、生命線なのである。

問題になっている疑惑はこうだ。昨年暮れから1月にかけて電通が提携を発表したシーエー(CA)モバイル、オプト、ネットプライスの三社について、CAモバイルの親会社サイバーエージェント(マザーズ上場)、オプト(ジャスダック上場)、ネットプライス(マザーズ上場)の3銘柄の株価が、発表前に不自然な急騰を見せている。東京証券取引所の売買審査部は関係者に照会して、その“異常”の原因を調べている。

電通内で3社との提携に関わった顔ぶれはインタラクティブ・コミュニケーション(IC)局を中心に重なっており、もし情報漏洩があったとすれば、提携を電通内で機関決定する過程のどこかで起きた可能性がある。電通はその可能性を否定し、社内調査によって絞り込む作業をしていない。彼らに代わって「FACTA」編集部が絞り込みを行った。

提携交渉や起案に関わった役員・局長クラスで名前が判明しているのは、森隆一常務取締役、杉山恒太郎常務執行役員、長沢秀行IC局長である。彼らの顔写真は共同、時事通信社のほか、新聞社の写真アーカイブに在庫がない。両通信社とも電通の株主であり、戦前は同盟通信として一体だった。その一事をもってしても電通の特殊な地位が明らかになる。上場企業であるにもかかわらず、社長らごく一部を除き役員でさえも世間に顔をさらすことはめったにない。彼らは「顔のない企業」なのだ。

だが、油断大敵である。その「顔」が見えたのだ。電通自身のサイトに上記3人が現れた。FACTAはそれを見逃さない。彼らの濡れ衣を避けたいなら、なぜ電通が社内調査をしないのか、理解に苦しむところである。

言葉のピンボール4――ハーメルンの笛吹き

一部地域ではすでに「FACTA」創刊号が届いたと思います。まだ届かない読者のために、正式の発刊日20日朝をもってこのサイトを一新する予定です。サーバーも切り替えるので、その作業中の20日午前零時から5時までサイトは「工事中」になりますが、悪しからず。トラックバックなどのリンクは新サイトに継承されます。

新サイト開始とともに、このブログではひとつの実験を始めたい。いずれパスワードによるID認証で有料読者にテキストの全文ダウンロードをサービスしたいと考えていますが、創刊時はまだ間に合いません。当初はありきたりですが目次と一部「フリー・コンテンツ」(無料公開記事)を参照できるようにするにとどめます。

とりあえず実験したいのは、このブログとFACTA誌面掲載の記事とのコラボレーションである。

それによって、ディックのLies, Inc.の「読心の本」のような、磐石に見える現実にいくつも開孔してみたい。土台になるのは、「FACTA」のテキストである。ただしテキスト自体のコピーではなく、記事の取材経過、いわばサブテキストをこのブログで公開していこうと思う。「読心の本」のように、数多くの異本が存在し、どれも優劣がないまま、次々と書き換えられていく流動的なメタテキストをつくってみたいからだ。

それはすでに試行したことでもある。このブログのオープン当初、音楽CDのスパイウエア批判記事を報じつつ広報セクションとの質問状と回答のやりとりを公開していった。それを踏襲しよう。いわば公開取材である。これは官庁や企業の担当部署に対する新しいタイプの接し方になると思う。

もし、剣もほろろの対応をされれば、そのままネットで公開しよう。ガチガチにガードを固める企業のサイトは、下手をすると“炎上”させられかねない。その代わり取材側も、へたな取材をやればヒンシュクを買う。また、搦め手からの押さえ込みに屈すれば致命傷となる。そういう緊張を取材の場に持ち込んでみたらどうだろう。

もちろん、取材源の秘匿を要するものについては公開取材の手法を使わない。このサイト、いや、このブログを、ディックの「読心の本」と同じく、同時進行の調査報道にしてみようというのだ。観客は、FACTAの読者とこのブログの読者である。彼らの耳目を誘導して、ネットを闊歩する「ハーメルンの笛吹き」役をつとめてみよう。

王様の耳はロバの耳。だれもが嘘と知っていながら、大人は誰も口にしない嘘がある。そういう鉄壁の嘘(Lies)をブログサイトで暴けるだろうか。それが可能だとすれば、それはネットが本来、インタラクティブ(双方向)だからである。一方通行の体系が拒否されているところでのみ、ドリルは貫通し開孔できる。

現にそういう虚構がある。そういう「Lies, Inc.」がある。宣戦布告しよう。大義名分はただひとつ、調査報道である。FACTAはハーメルンの笛吹きのように、そこにネットで光っている千の耳、万の目を動員したいだけだ。

われわれが「Lies, Inc.」と思うのは電通である。

言葉のピンボール3――メタテキスト

本日から、刷り上がった「FACTA」創刊号の郵送作業が始まる。早い地域では発刊日より1日早い19日中に届くところもあるだろう。

さて、SF作家P・K・ディックの失敗作(といっていいだろう)Lies, Inc.(「嘘」株式会社)に出てくる「読心の本」の話をつづけよう。このタイトルが、創刊号の売り物記事にちょっと関わってくるので、すこしこだわってみたいのだ。

ディックのこの作品では、悪が三つ巴になっている。24光年彼方の惑星「鯨の口」に15分で人間を電送してしまうテレポート装置を独占し、「あちら側」を密かに強制収容所国家にしている悪玉企業THL。このテレポート装置を厳重な管理下において片道切符の移民をせっせと惑星に送らせている「こちら側」の悪玉国連。そして「鯨の口」の秘密を探ってTHLの独占を崩し自前の警察国家を築こうとする「こちら側」の“ちょい悪”私警察LIES。いわば三悪なのだ。ディックも梅田望夫氏と同じくサンフランシスコのベイエリアに暮らしていたが、「ウェブ進化論」と違い、彼の「あちら側」はディストピアである。

先に挙げた「読心の本」とは、この三悪のひとつ国連の洗脳専門家がつくりあげた発明品なのである。

主人公が本を手にとってみると、行方を捜す恋人の名が索引にある。彼女が「鯨の口」に着いてどうなったかが書いてあるのだ。ふるえる手でページを繰る。見知った誰もがそこにいる。どうなったかが書いてある。索引で自分の名を探した。あった。死ぬことになっている。予知しているのだ。彼はもう目を離せない。

それが実は洗脳専門のマッドサイエンティストたちの新しいガジェット(小道具)であり、本の形をした異星の生命体(蹴飛ばされるとギャッと悲鳴をあげる)なのだ。読む人の心理を読んで、それにあわせて言葉が並ぶように仕組まれている、鏡のような読心術の生物。だが、スクリーンを通して、読者は洗脳専門家に監視され、操作されている。



「あなたがたに好都合なものの考え方をさせておくため、あなたがたが利用しているたくさんの忌まわしい玩具」(と、なかば捏造されたテキストのなかでミス・ホルムが決めつけたもの)の一つを使い、彼女の精神構造を再構築する。それは、やさしいことではあるまい――すくなくとも現時点では容易でない。


それが人を魅了するのは、自分が本のなかで言及されるからだ。宇宙全体を収納する一冊の本。キリスト教社会でかつて、聖書はそういう存在だった。あたかもグーグル・アースで、宇宙の高みから自分の家を睥睨するかのような錯覚、一種の離魂症だが、この誘惑には誰もが抗しがたい。バーチャルな自分との出会い。単なる虚栄ではない。たとえ、嘘とわかっていても覗きこまざるをえない。

われ有るがゆえに思う(Sum ergo cogito)。混乱したプロットのなかで、この洗脳の本が妙に記憶に残るのは、それがメタテキストとして機能しているからである。初稿から脱落し、のちに発見された箇所でディックはこう説明する。



あの書物には多くの異本が存在している。そのどれもが正しいわけではないのは確かだ。パラワールド同士の関係とおなじで、複数のテキストが同時に真であることはできない。ひとつの版が以前の版にとってかわって、古いものは排除され、あたらしいものに置き換えられる。ちょうどかつての『大ソビエト百科事典』が何度も何度も修正されては、破棄された内容のひとつひとつが“存在しなかったもの”として忘却の国へ放り込まれていったように。



今なら誰しも「ウィキペディア」を連想する。だが、その先駆としてこのディックの予言(1964年に書かれた)を手放しで褒めるのは躊躇せざるをえない。大ソビエト百科が持ち出されるように「改竄される歴史」の比喩だからだ。しかしディックの作品では、地の文から引用、引用から地の文にエッシャーの絵のような入り子状になり、勝手に言葉のピンボールを始めてしまうのだ。

こういう感覚を何にたとえたらいいのだろう。テキストの写像としてのメタテキスト。ただし原テキストから垂直に演繹されるのではなくて、テキスト相互に対応を持つ写像の関係だから、メビウスの環のようにどうどうめぐりになる。スポンジ状の孔だらけの現実。どこかに開孔部がぽっかりあいて、「どこでもドア」から勝手に出入りできる。何も固定せず、すかすかの空隙ばかり。惑星「鯨の口」で別れ別れになった主人公とヒロインも、おかげで本を通して互いの運命を読み知ることができる。

ここではユーモアも脱臼したみたいになる。



The book business is hidebound.
(本屋の商売は強情っ張り)





I am not in a position to enjoy sexual relation.
(私は性的関係を楽しめる立場じゃない)



これも英語のニュアンス(hideboundが革張りという意味であり、positionに体位という意味がある)を承知していないと、まるで笑えない。

こういうジョークを執拗に繰り出すのは、世界を脱臼させたいからに違いない。

言葉のピンボール2――LIES

ディックから話を書き起こしたついでに、もうひとつ別の作品を取り上げよう。そこにでてくるSF流のガジェット(小道具)が気に入っているからだ。読心術を持った本というアイデアで、これはなかなか奥が深く、使えるのではないかと思う。

私が英語のペーパーバックで読んだとき、この作品はThe Unteleported Manというタイトルだった。ところどころ原稿が抜けている不完全稿で、サンリオ文庫では「テレポートされざる者」(1985年、鈴木聡訳)として翻訳された。のちに脱落部分が発見されたらしく、それを補ってLIES, Inc.という新タイトルで新調され、それを訳した創元SF文庫版も「ライズ民間警察機構」(1998年、森下弓子訳)というタイトルとなった。

「テレポート」というのはSFのジャーゴン(隠語)で、瞬間電送とでも翻訳すればいいのだろうか、「スターウォーズ」でも海賊ハン・ソロの乗船「ファルコン」が星系間移動を行うときハイパードライブに切り替えるが、あれと同じようなものである。何十光年の彼方にも瞬時に飛んでいけるから、SFには必須かつ好都合な道具なのだ。

それを知らないと「テレポートされざる」と言われても何のことやら分からない。惑星間宇宙航路の船会社を経営していた父が、テレポート装置の登場で破産して自殺、残された息子の主人公が「債鬼バルーン」という借金返済をせっつく浮遊ロボットに追いかけ回されるシーンから始まる。テレポート装置を独占する企業THLは、人口過剰の地球から24光年離れた居住可能な惑星「鯨の口」へ4000万人もテレポートで送り届けて新植民地を経営しているのだが、なぜか片道旅行で行ったら誰も戻れないという。その惑星はこの世の天国と宣伝されている。が、それはTHL社の一方的なPRで、誰も真相を知らない。

これは魅力的な設定である。THLの秘密を探る私警察Lies, Inc.のオフィスに座っている主人公の頭の中で声がする。



「そこには、素晴らしい土地がある(There lies a wonderful place.) 。そこには、おいしい食べ物がある(In it lies very fine food.)。そこにはある(In it lies)…そこにはある(In it lies)…ある(lies)」



動詞lie(横たわる)と名詞lie(うそ)は、英語のもっともプリミティブな洒落のひとつだが、それをここでディックはあられもなく使う。作中ではLIESはListening Instructional Educational Servicesの略とされているが、いいかげんなこじつけである。やはり「嘘」株式会社を連想させたかったに違いない。

片道切符しかない「鯨の口」は明らかに来世や彼岸の寓意と思えるし、その入口を司るTHL社は宗教法人とも見えてくる。旧約聖書のヨナの暗喩もあるのかもしれない。また、ドイツを統一し、中国を滅ぼして国連事務総長になっているドイツ人が、ナチス親衛隊(SS)の武装部隊(アインザッツグルッペ)出身と描かれるなど、「鯨の口」はアウシュビッツやブッヘンワルトなど強制収容所の比喩にもなっている。「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」をはじめとしたディックの描く暗い未来が常にそうであるように、ヨナを飲み込む鯨のように絶えず移民の輸血を必要とする巨大国家は、アメリカそのものの暗喩でもあるに違いない。

ここまではSFの道具立てである。が、ディックはおもちゃ箱をひっくり返したように、ありったけの思いつきをばらまきながら、自分であと片付けをしようとしない。ストーリーは脱線また脱線の連続となる。

主人公ラクマエルは、父を死に至らしめた「鯨の口」の真相を、テレポート装置を使わずに自ら行って確かめようとする。そのためには、たった一台残った父の会社の宇宙船に乗って、18年かけて宇宙空間を旅しなければならない。チェーホフを下敷きに伊東静雄が書いた詩「秧鶏(くいな)は飛ばずに全路を歩いて来る」のイメージだが、SFのストーリーはそん悠長な旅など待ってくれない。私警察LIES, Inc.の社長の愛人フライアに恋心を抱き、彼女が「鯨の口」に潜入して行方不明となると、彼自身も彼女を救いたい一心でテレポートに応募して「鯨の口」に飛ぶのだ。

そこで見た「あの世」は……やはり収容所の地獄だった。先に潜入したLIESの隊員たちの交戦に主人公も巻き込まれ、LSD入りのダーツを打ち込まれて幻覚に陥る。そこから先はディック得意のパラレルワールドの世界になり、どこまでいっても出口が見えない錯乱のなかで、ラクマエルは「弓形の口に埋め込まれた、半ば噛みつぶされた眼球」のような頭足類みたいな生物を幻視する。

この生物が薦めるのが先の「読心の本」なのだ。金箔押しの分厚い本で「ブラッド博士の偉大なる主著の第17版」と銘打った「真説新植民地政治経済史大全」なのだが、どうせ「鯨の口」の宣伝本かと思いきや、植民地の通史と称して実は自分たちが登場人物で次々とでてくる同時進行、あるいは未来まで書いてある本なのである。読む人は誰しも自分の名を索引で引いて、おのが運命の先行きをたどらざるをえない。しかも内容が固定されておらず、みるまに改版されていく「インタラクティヴ」(双方向)な本で、そこには洗脳の機能が隠されている。

書き換え可能な本という意味では、ちょっとウイキペディアに似ている。このいわば「Wikihistoriae」(HistoriaeとはHerodotusの歴史のラテン語タイトル)はまた、壮大な虚構、Liesにもなりうる。ディックのアイデアに沿って次回からその可能性を追っていこう。

言葉のピンボール1――ちょっと訂正

先日、私がおよそ20年前に翻訳したSF作家P・H・ディックの2作品「あなたを合成します」と「ブラッドマネー博士」を放出しますと書いたが、そのなかでちょっと事実誤認があったので訂正します。1987年にサンリオ文庫から出版した「ブラッドマネー博士」は、「文中にサリドマイド薬害を連想させる設定が出てくるため、新しい訳本はまず出ないだろうと思われる」と書いたが、昨年1月21日に創元SF文庫から「ドクター・ブラッドマネー――博士の血の贖い」(佐藤龍雄訳)として刊行されていました。ご指摘をいただいたので、新訳が出ていることを明記します。

新訳の訳者付記には、先行する私の翻訳への挨拶があり「そのすぐれた訳業に教えられるところ多く、記して感謝申し上げます」とあるので、気づかなかったことをお詫びしたい。すでに書いたが、あの翻訳は遊びがすぎたかと今の私は思う。しかしあの時期にはそれはそれで必然があったと思っている。たとえば、擬音語。サンフランシスコが核ミサイルで壊滅するくだりを、私はこう訳した。



「来るぞ」スチュアートが囁く。いまだ。わかるぞ。原爆が炸裂する。ありありと――直観だ。頭が灼熱の火の玉と化す。

どっどど、どどうど、どどうど、どどう。

爆撃だ。いや、たぶん、国防軍の応射だ。原爆を阻止しようとしてるんだ。きっと防衛の弾幕だ。伏せろ。スチュアートは思った。できるだけ身を低く。



新訳では



スチュアートが教えた。「もうすぐだ!」彼はそうと察していた。爆弾がまもなく爆発する――そう感じとっていた。自分の体内で起こることのように感じられた。ドカン、ドカン、ドカン、とくるのが。敵襲なのか、もしくはそれを防ぐためにアメリカ軍が発射したミサイルかもしれない。そうだ、応戦弾の可能性が高い。とにかく、なるべく低い位置にいることだ、と自分にいい聞かせた。



問題は「どっどど」の擬音だろう。もちろん、宮沢賢治の「風の又三郎」から借用していて、ディックは知るよしもない。しかし擬音は英語でネコの鳴き声がミュウミュウとなるように、本来言語の分節の根幹に属していて、これをニャーニャーと翻訳しても違和は消えない。それを利用して「賢治語」に寓話性を託したのだ。

なぜ賢治だったかといえば、やはりこの作品が触れるタブーをその童話性の衣にくるんで救いたいという本能が働いたからだろう。この翻訳ではほかの箇所でも賢治の擬音語を使っていて、木炭自動車には「がたんこ、がたんこ、しゅうふっふ」という擬音をあてている。今思い起こせば、「春と修羅」の語彙、泉鏡花の修飾句を短冊状に切り刻んで、訳文を構成していった記憶がある。核戦争勃発の同じ光景を大気圏外の宇宙飛行士が目撃するシーンも拙訳はこうである。



身をよじる。革紐をはずした。舷窓に飛びつく。下界を覗いた。雲海。大洋。地球だ。地表のそこここで発火する燐寸(マッチ)。キノコ雲と閃光。戦慄。血が凍る。無音の宇宙を飛びながら、俯瞰しているのだ。またたくまに散開する榴火(りゅうか)。紅蓮。阿鼻叫喚の生き地獄。なにが起きたか、見ればわかる。

死の饗宴。そう思った。点々と燦(きらめ)く滅亡。死が、全世界の生命を、刻一刻、灼(や)きつくしていく。



新訳は



体を起こし、座席ベルトをはずした。舷窓から眼下を覗き見る。雲の隙間から海が見え、地球の全容がうかがえる。そのあちらこちらにマッチの火のような光が点在している。煙と炎まで見えるようだ。戦慄を覚える体験だ――静寂の宇宙をとびながら、日が燃えあがる災厄が散在するさまを見下ろすというのは。それがなんなのかがわかるから。

それは、死だ。死が火の点となって散らばり、地球の生命を燃えつきさせていくのだ。ひとつまたひとつと。



訳文の巧拙ではない。翻訳というのは必ずこういうぶれがある。私が翻訳から遠ざかっていったのは、こういう遊びの試行錯誤の果てに、自力で一から文章を組み立てたくなったからだ。フィクションではなく、ジャーナリズムとして。あるいは言葉の狩猟として。

編集期間終了

やっと「下版」の声を聞いた。ようやく創刊号が完成である。あとは刷り上るのを待つだけ。

とたんに疲れが襲ってきた。いくつか夜の約束もあったが、胸が苦しく血圧も上って頭痛もする。できあがったとたんに昏倒、ではあとが続かない。ここは養生することにした。いまは何を考えても休むに似たりで、ろくなアイデアもでてこない。休養第一である。といっても上気していて眠れないので、睡眠導入剤をつかい、泥のように眠った。

あすから、このブログを正常化しよう。


編集期間突入10――なごみ系

バンコクに電話した。相手はもう5年ほども会ってない。そのメール・アドレスを知って、短い近況報告を送ったら、返事が来たからだ。「雑誌を立ち上げたとのこと、その情熱に頭が下がります」。これだけで目がうるうるしてくる。

私はタイに行ったことがない。東南アジアはインドネシアとシンガポールだけだ。なぜだか行く機会が乏しかっただけで、嫌っているわけではない。相手の彼はひたすらタイに惚れた。ほとんど職をなげうって行っている。こちらこそ、その情熱に頭が下がる。

札幌からも申し込みとともにお便りをいただいた。日経の整理部にいた時代の先輩である。「ブログではお疲れのようなので心配しています。アベジュウがんばれ」と励ましの言葉が書いてあった。

差し入れをせびっているわけはないが、きょうも来訪者が何組か。ありがたや。

一人は「食べ物では何だから……」とお香を持参してきた。さっそく焚いてみる。ジャスミンの香り。ううむ、気が休まりますなあ。まさしく、なごみ系は有り難い。

さあ、ラストストレッチ。もう一息である。

編集期間突入9――遅咲きの桜

オフィスの前の道灌道に桜並木がある。ソメイヨシノはとうに盛りを過ぎたのに、ここの桜はきのうの春雨で目がさめたように、ようやく花開いた。

人に会いに帝国ホテルに行く。地下鉄千代田線の日比谷駅からとんとんと駆け上がると、嬌声が聞こえた。わーっと盛り上がって拍手。ヅカファンが誰かをお見送りらしい。さあっと通り過ぎた車の窓から手だけが振られていた。

春の一点景か。

フィナンシャル・タイムズのイブセン記者がストックホルム転勤で、きょうが最後だと聞いた。もう5年も東京駐在で、「選択」時代はジリアン・テット前支局長ともどもお世話になったこともある。いつだったか、銀座のライオンでビールを飲んだっけ。新任の地での健闘を祈る。


編集期間突入8――他策

「他策」という聞き慣れない言葉がある。手嶋龍一氏のコラムの文章を校正した人から、「『策』でいいのではないか」とチェックが入った。無理もない。だが、手嶋氏があえてこの言葉をつかった事情を知る身からは、受け入れるわけにはいかなかった。

「他策」とは、もともと明治の外相、陸奥宗光の「蹇蹇録」(けんけんろく)にある言葉。列強の脅威が見えない国内の拝外主義を押さえて不平等条約の改正に成功したことを「他策なかりしと信ぜんと欲す」(ほかに選ぶ手はなかったと信じたい)と述懐したものである。それを遺著のタイトルにしたのが、沖縄返還の日米交渉で佐藤栄作首相の密使をつとめた国際政治学者、若泉敬氏だった。それを下敷きにした「他策」なのだが、校正の方が知らないのは無理ない。

いや、こちらはむしろ1カ月前に京都産業大学の大学史編纂室主幹という方からお電話とお手紙をいただいたことを思いだした。

今から8年前、1998年に私は「日経ベンチャー」の編集長を辞したが、そのとき「編集長の名刺箱」と題する連載コラムで最後にこの若泉氏のことを取り上げた。若泉氏は京都産業大学の教授を長くつとめ、96年に逝っているから、三回忌のおりに記事にしたことになる。大学史を編纂するにあたり、故人について書かれた文献を渉猟していて、私の拙文をみつけたらしい。大変丁重なお手紙だった。



若泉先生は「真の日本の独立完成」を実現し「自由自尊の顕現」をはかることを心から念い、憂国の至情から沖縄の祖国復帰に尽力されました。先生は「生者は死者を忘れてはならない」と信条とされていました。



沖縄の普天間基地移転問題は、額賀防衛庁長官がV字型滑走路という奇妙な案で島袋名護市長を説き伏せ、強引に決着をはかろうとしている。こういうところでも根回しをはしょって、後先を考えない小泉政権の政治手法があらわである。これが「死者を忘れぬ生者」なのだろうか。靖国参拝でもそうだが、あの頑なさは「英霊」を忘れないからではなくて、それが政治的に有利だという徹底した現世御利益主義に基づくものに見えてならない。

98年7月27日、ホテル・ニューオータニで若泉氏を「偲ぶ会」が開かれた。事実上の三回忌で、自民党総裁選挙に立候補して敗れたばかりの小泉氏も出席していた。私は二言三言、彼と言葉を交わしたが、気もそぞろの様子だった。故人を偲ぶというよりは、総裁選敗北後でも人に忘れられないよう顔を出したといった風情である。若泉氏のことも、その遺著のことも、ろくに知らないのに失望した記憶がある。

彼はもう覚えていないだろう。私には忘れられない。会社に辞表を出したばかりだったからだ。

編集期間突入7――最後の胸突き八丁

いよいよ大詰めに入ってきた。目次を固め、いちばん人騒がせになりそうな原稿は、弁護士の方に来てもらって、訴訟リスクをチェックしていただいた。新聞広告などのデザインに着手し、どうにかトンネルの出口が見えてきたような気がする。

曜日の感覚がなくなってきたが、そういえばきょうは月曜だった。リクルート・ルックのういういしい男女を街路でみかける。オフィスにこもって仕事ばかりしていると、外気にふれるだけで浦島太郎のような気分になる。

昨日の日曜は手嶋龍一氏が、陣中見舞いに見えた。私のブログに差し入れに感謝した一文があるのを奥さんが見て、「あなたも行かないと、と言われて」と笑っていた。せびったつもりはないのだけれど、おいしいシュークリームをいただいた。これを読んだ関係者がまた、暗に差し入れをせがんでいるととらなければいいが。別れ際、「ウルトラ・ダラー」の売れ行きを聞いたら、20万部を超えたとか。単行本ではなかなかのヒットである。このブログでも応援したから、慶賀に耐えない。

やはりコラムを書いていただく筆者から電話。この週末は、吉野に桜を見にいったという羨ましい身分である。天気はよかったけど、山だから満開にはすこし早かったそうだ。ああ、いちど全山桜の吉野を見てみたい。

願はくは花のしたにて春死なんその如月の望月のころ(西行)

編集期間突入6――早々スクープ!国際協力局長人事

4月20日に創刊する雑誌「FACTA」が、大手新聞やテレビなど既存メディアを出し抜いてスクープを打てるという力を証明しよう。注目の霞が関人事である。

私も記者クラブ詰めの記者をやったことがあるから、よくわかる。どれほど地味でも、人事はクラブ記者の生命線なのだ。たとえベタ記事であっても、彼らはそれを抜かれないためにいる。どこの馬の骨とも知れない雑誌に、その大事な人事をスクープなどされたら、目もあてられない。その屈辱は察するにあまりある。

しかも月刊誌は月に1回しか締め切りがないから、スクープなぞ至難のわざ……と思うのが甘い。いまや朝夕刊しかない新聞より、ネットのほうが24時間いつでも打てるから有利なのだ。そのためにこういうブログを始めたのだ。で、雑誌掲載に先立ち、このサイトで「ちょい見せ」します。



国際協力銀行を解体するなどのODA(政府開発援助)改革に伴い、外務省は経済協力局を改組・強化して国際協力局とするが、その初代局長に総理秘書官の別所浩郎氏(53)が内定した。

霞が関では珍しく、外務省が財務省の主導権を奪う形となったODA改革だけに、外務省内で国際協力局は総合政策局に次ぐ主要局となる。その局長には「フレッシュかつ大物」をあてたいというのが外務省の意向で、1952年生まれ、75年入省組でアメリカン・スクールの別所氏に白羽の矢が立った。就任は9月の予定。



霞が関ウオッチャーは、ここに幕引き間近の小泉政権の裏側を透かし見るだろう。このスクープにどんな反応があるか、楽しみである。素直に新聞が追っかけ記事を載せれば、それは首相官邸からの逆襲がなかったことになる。新聞が追っかけず、この人事が消えれば、首相官邸の飯島勲秘書官と丹呉泰健秘書官(財務省)コンビの横やりが入ったことになる。

どちらにしても事後談が書ける。さあ、霞クラブのご用聞き記者の面々よ。どうする?無視するか、「一部報道によると」とフォローするか。ちょっと愉快犯的だが、霞が関と永田町にはせいぜい踊ってもらおう。

編集期間突入5――夢遊病

もうろうとして夢遊病のような日々。起きているんだか、寝ているんだか、よく分からない。これが創刊ってもんなのか、好きでやっているから文句は言えないが、凡ミスを警戒しなければいけない。

現にきのうは電車で二度も乗り過ごした。ぼーっとして離魂症にかかったみたいだから、自分がいまどこにいるのか分からない。だから、このブログも一回書いて、保存せずに消してしまった。これも乗り過ごしと同じである。

何を書いたか、思い出せない。いや、著者から献呈された本のことだ。一冊は朝日新聞記者でいまはAERAにいる大鹿記者の「ヒルズ黙示録検証・ライブドア」である。いまはとても通読する時間がないが、ぱらぱら拾い読みしてみたところ、現在進行形の事件なのによく調べて書いてある。

彼にはFACTA創刊のことをAERAに書いてもらった恩義があるから言うのではないが、フットワークが軽く、ガッツもあるいい記者だと思う。民主党の迷走で事件の本質が見失われようとしているとき、「自社株食い」のからくりをもう一度検証し、それが回復したといわれる日本の資本主義にとって何だったかを考えるには、この本の一読をお勧めする。

もう一冊は、内田優香さんが翻訳したジャネット・ワラックの「砂漠の女王」。私が2年前に出版した「イラク建国」の主人公、ガートルード・ベルの伝記である。私も参考にした本の一つだが、そのあと内田さんとお会いする機会があり、現在翻訳中だとうかがった。ようやくそれが形になったのは喜ばしい。

ベルの人生は「アラビアのロレンス」の栄光と挫折に重なり、読み物としても面白いので、誰か翻訳してくれないかと思っていた。内田さんは父親がイスラエル駐在大使だったそうで、中東のあの強い日差しと風光がわかるらしい。ワシントンのSAISなどで研究生活を経たのち、いまは民主党国際局のスタッフである。

これまた通読している時間がないが、一読、こなれた訳文で原文との違和感がない。これはいい翻訳の証明である。これもお勧めする。

もうひとつの推奨は英語で出たばかりの本。エフライム・ヘイルヴィーの「影の男」(Efraim Halevy "Man in the Shadows")である。まだ読みさしだが、ミステリーではない。イスラエルの情報機関モサドの長官だった人の自伝である。もちろん、機密の開示はないが、中東の裏側で彼等が何を考えているかを知るには格好の本だろう。

ヘイルヴィーはロンドン生まれで、英国の碩学アイザイア・バーリン(ロシア系ユダヤ人)の親戚だそうだ。バーリンの辛辣なハンナ・アーレント批判を知る身には、ヘイルヴィーの知性がどうなのかにも興味がわく。読み終えたらこのブログで報告しよう。

いまは編集を終えるのが最優先。しばし読書はお休みである。