EDITOR BLOG

最後からの二番目の真実

写真掲載ミスのお詫び

最新号の巻頭記事「新国立競技場の森・石原『密約』」で、河野一郎JSC(日本スポーツ振興センター)理事長の顔写真は、竹田恆和JOC(日本オリンピック委員会)会長の誤りでした。お詫びして訂正します。


やっぱりライナスは「ホラ吹き」、株価が暴落

ほらね、やっぱり「ホラ吹き」だった。豪州のレアアース開発会社、ライナスのことです。

同社は中国以外では世界最大級のマウントウェルド鉱山(西オーストラリア州)を保有し、経済産業省傘下の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が約200億円を出融資しています。本誌は「レアアースの脱中国依存」を口実にした経産省の血税浪費を追及してきたから、ご存じの読者も多いでしょう。

ライナスはレアアース相場の低迷やマレーシアに建設した精錬所の稼働遅延がたたり、経営危機に瀕しています。資金ショートで破綻するのを防ぐため、今年5月、既存株主に新株を割り当てるなどして約4000万豪ドル(約38億円)を調達。その際、「6月末までに精錬所をフル稼働させ、営業キャッシュフローを黒字にする」と吹聴していました。

ところが、7月31日に発表した今年4~6月の四半期決算では、営業損益は2300万豪ドル(約22億円)の赤字。精錬所の稼働率は7割にも届きませんでした。そのうえ、レアアース製品の販売単価が前四半期より20%も下落。黒字化どころか、破綻リスクがますます高まっている現実が明らかになったわけです。

泡を食った投資家が一斉に逃げ出したのは当然でしょう。ライナスの株価は31日と8月1日の2日間で一気に30%も暴落しました。

ライナスはJOGMECに対する債務を2016年にかけて分割返済する契約になっており、今年9月末には3500万ドル(約36億円)の期限が来ます。ところが、6月末時点の現金および等価物は3810万豪ドル(約36億5000万円)しか残っていない。そこで同社は、野村ホールディングスの豪州子会社にJOGMECへの債務を肩代わりしてもらうべく交渉中と称しています。昨日の四半期決算では「具体的進展があった(Substantial progress has been made)」と明言しました。

しかし、これもまたホラである可能性が高い。7月29日付のウォールストリートジャーナル(WSJ)は、ライナスと野村の交渉は難航していると報じています。しかもWSJによれば、野村側の交渉窓口は香港のチームだという。おそらく、野村が2008年に買収した旧リーマン・ブラザーズの「ハイエナ部隊」です。ライナスの弱みにつけ込み、骨までしゃぶる腹づもりではないか。

伝え聞くところでは、経産省やJOGMECは「ライナスの債務を野村が代わりに返してくれる」と喜んでいるそうです。甘いにもほどがある。ライナスとの交渉がまとまらなくても、野村は痛くもかゆくもありません。交渉が不調に終われば、ライナスは即破綻でしょう。

見え透いたホラを鵜呑みにして血税200億円をパーにしたうえ、マウントウェルド鉱山の閉山で脱中国にも失敗。そんな悲惨な事態になった時、経産省は国民にどう釈明するのでしょうか。そろそろ白旗を掲げ、お詫び会見をして頭を下げたほうがいい。



夏休みクイズ――息絶え絶えの「今は昔」企業

前回、前々回と当コラムでは、社名を伏せてあるハコ企業とそれに群がる人物たちを報じたが、月刊誌FACTAでは固有名詞を出したから、このハコ企業がどこかはご承知の方も多かろう。

その後、さらに内部文書が手に入り、新しい疑惑が浮かび上がってきたが、事態は流動的であるうえにこの手の話に食傷気味の読者も多いだろうから、今回はいったんお休みにして、代わりに別の上場企業A社を取り上げ、その名をあてる「夏休みクイズ」の趣向でいこう。

これも時代の流れなのか。景気の回復で企業の倒産件数が低水準で推移するその陰で、深刻な経営不振に悩まされている企業がこのA社なのだ。国内に展開する工場の一つを訪ねてみた。

海べりにたたずむその工場は倉庫(と言うよりは土蔵)に社名と屋号が書かれ、敷地の一角には杉の焼き板を使った木造の建物が軒を並べている。焼き板を使った外装材は耐久性が強いだけでなく、その会社がかなりの老舗であることを物語っている。

一定の人数をそろえたうえで事前申し込みを済ませておけば工場見学をさせてもらえるが、閑散としていてそうした人々が集まっている様子はうかがえない。

東京・銀座に行けば、その会社の製品にお目にかかれる店がまだある(筆者も何度か訪れた)が、同業他社に駆逐されて、今は地元でも製品を置いている商店は驚くほど少なく、地元住民が集まる大型商業施設にも同社製品はほとんど置いていない。

この会社はM&Aによっていくつもの中小企業がまとまってできた事業体で、経営トップはその一角をなす企業の創業家出身だ。A社がただそれだけの企業であれば、当コラムでピックアップしなかったかもしれない。しかしこのA社がなければ、日本人なら誰でも知っており、あのスティーブ・ジョブズも憧れたという日本のエクセレントカンパニーは今頃存在していなかったという由緒ある会社なのだ。

戦後の焼け跡から立ちあがって、ブランドを世界に知らしめたその大企業の草創期には、老舗A社からの資金援助が大きな支えになっていたから、少なくともA社が日本のモノづくりに大きく貢献したことは間違いない。

しかしA社は前期で大きく躓いた。本業が振るわなかったうえに、のれん代の減損処理などで財務内容が大幅に悪化。優良資産は食いつぶし、株価は超低空飛行が続いている。今では取引金融機関の審査姿勢が厳しくなり、企業が存続していくうえで危険な兆候と言われる債権譲渡契約も結ばされたというから、Xデーに向けてカウントダウンが始まったとみられても何の不思議もない。

経営トップが自宅代わりに使っている都内の有名ホテルからは、宿泊料が未払いであるとして訴訟が提起されているそうで、資金繰りの厳しさをうかがわせる。

A社と創業家一族は今も地元の尊敬を集めており、深刻な経営不振に陥っていることを知る者は、消費者を含めて少ないのではないか。

この会社は規模こそ小さいが、創業家のつながりで大株主には非上場の有力食品メーカー群や総合商社が名を連ねている。A社に一朝事があれば、株式を持ち合う地元企業群が支援に回るのかもしれない。

しかし、かつてA社が支援して大きく育ったエクセレントカンパニーも、いまは経営に失敗して「追い出し部屋」のリストラ続き、全社が疲弊しきっている。両社は違う畑を歩んでいるとはいえ、日本の製造業の本格的な回復はまだほど遠いと言えるのではないか。

さて、このエクセレントカンパニーとA社はどこでしょう。ヒント――エクセレントカンパニーの創業者の一人は、寛文5年創業の老舗の長男。一時は経団連会長の候補と目されたが、それも今は昔。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

金融庁がお灸を据える「駆け込み寺」監査法人

最近になって一部の監査法人や公認会計士が、金融庁の影に怯えているという。

お行儀の悪い公認会計士らが金融庁に呼び付けられ、ある者は厳しくお灸を据えられて、またある者は厳しい処分が避けられなくなったからだ。金融庁が会計士浄化運動に力を入れているのには、一部の会計士の不行状がそれだけ目に余るようになっていたためであろう。

例えば6月13日に金融庁の公認会計士・監査審査会が、金融庁長官に対し処分するよう勧告した清和監査法人。昨年6月に民事再生法を申請したインデックス(その後清算に移行)などの監査を行ってきた。その処分勧告は、過去の同様の処分勧告に比べて明らかに厳しい調子で難詰している。

同社ホームページによれば、シニアパートナーの井堂信純氏ら公認会計士12人がパートナー。監査関与企業は84社で、インデックスのほかに、これまでにマルマンやシルバー精工、澤田ホールディングス、アジア・アライアンス・ホールディングスなどの監査法人を務めているから、玄人好みの銘柄の「駆け込み寺」として知る人ぞ知る監査法人と言える。

処分勧告では、具体的にどの上場企業に対する監査が問題であったのかには触れていないが、関係者によると、実は特定の上場投資会社の監査を問題視した。日本公認会計士協会が行った「監査の品質管理レビュー」には金融庁の意向が色濃く反映され、箸の上げ下ろしまでびしびしと厳しくチェックされたという。

過去の処分勧告では「当該監査法人の運営は、著しく不当なものと認められる」という淡々とした定型文が使われてきたが、清和の場合は「当該監査法人の運営は、著しく不当なものと認められ、理事長をはじめとする当該監査法人の社員は、監査法人の運営に当たり、監査法人が実施する監査の公益性及び社会的責任の大きさを強く認識する必要がある」とかなり踏み込んだ表現になっている。

しかもこれはまだ序の口で、監査の具体的な問題点についてはさらに辛辣な評価のオンパレードだ。監督機関である金融庁の公認会計士・監査審査会が清和に対して厳格な姿勢で対峙しようとしているのかが目に浮かぶようで、厳しい処分が下る公算が大きいとみて間違いないだろう。

一方、清和に処分勧告が出たのと前後して、別の会計事務所が金融庁に呼び出され、やはりたっぷりと油を絞られた。この会計事務所が金融庁の逆鱗に触れたのは、問題企業の怪しげな資金操作や新株予約権の譲渡にダミー会社を提供するなどして幇助していたため。この会計事務所は問題企業の内部資料を証拠として突き付けられたというから、言い訳に苦しんだに違いない。

もともとこの会計事務所は、財務的に行き詰ったハコ企業が苦し紛れに発行する新株予約権のスキーム評価に特化し、反市場勢力の片棒を担ぎ続けてきた。一般投資家を手玉にとってこれを食い物にする株取引の温床を、公認会計士がお膳立てしてきたのだ。

しかもこの問題企業の新株予約権を保有していた海外投資ファンドは、4月に別の投資ファンドにこれを譲渡すると開示されたが、会社登記によるとこの海外ファンドは昨年6月に解散している。存在しなくなった海外ファンドが、なぜ新株予約権を譲渡できるのか。そして情報開示や監査に問題はなかったのか。

ファクタ編集部には例によって内部資料を添付したメールがジャンジャン集まり始めている。事の真相が白日の下にさらされる日は近い。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

LINE森川亮社長の抗議について

弊誌最新号の「韓国国情院がLINE傍受」について、同社社長、森川亮氏が個人ブログで「本日報道の一部記事について」と題して「そのような事実はございません」とする否定コメントを出しています。

一部新聞社等から、このブログについて弊社のコメントを求められましたのでお答えします。

LINEからの抗議は正式にいただいておりませんが、形式的に抗議せざるをえなかったのだろうと考えています。しかしながら、「事実はございません」とする確証をLINE社はどこから得たのでしょう。システム内でもシステム外でも安全なのは、「国際基準を満たした最高レベルの暗号技術を使っている」からだそうですが、それが破られているというのが本誌の認識です。「最高レベル」とは自己満足の弁で、それは甘いと申し上げざるを得ません。

それとも、LINEは国情院から「大丈夫ですよ、おたくの暗号は破っておりません」とのお墨付きを得たのでしょうか。北朝鮮と対峙する韓国の国情院が、その程度では朝鮮半島の国防は大丈夫なのか、と心配になりませんか。これはカウンターインテリジェンス(防諜)の問題であり、民間企業には手の届かない世界であることはよくお分かりのはずです。

もう一点、この否定コメントの矛盾点を申し上げましょう。もし抗議するなら、LINEは国情院に対して傍受に抗議すべきでしょう。日本国憲法のように「通信の秘密」が守られていない国で国家が傍受しても、非合法とは言えません。その意味ではLINEも被害者の立場に立つと考えます。

弊誌は前号で「『韓国籍』を消すLINEの覆面」という記事も掲載しております。そこで指摘したように、LINEは日本の会社ですか?韓国の会社ですか?国情院に抗議しないのであれば、自ずからどこの国の会社か、馬脚を現すようなものと考えられませんか。

弊誌は調査報道を旨とするメディアです。掲載した記事は確証があるとお考えください。

FACTA編集部

断末魔ハコ企業と逃げ回る札付き会計士

東証二部市場に上場する投資会社が内紛に揺れ、断末魔の叫び声をあげている。もとは冴えない倉庫会社だったのが、外資系出身の「ハイエナ」が乗りこんで投資ファンドに大化け、次々と投資案件を手がけたが失敗、4年前に香港企業と提携したのを機に社名まで変えてしまった。

だが、いったん「ハイエナ」の道具に身を落としたら、そこから容易に抜け出せなくなる。現在の社長にも会社の財産を私物化して特別背任の疑いが浮上しているうえ、2年余り前に発行された新株予約権のやり取りにも不明朗な点が多いとして、これらが社内で問題視されているという。

ファクタ編集部は“strictly confidential”と書かれた内部文書を入手した。現社長に退陣を迫る一派が作成したもので、新株予約権がどこの誰に譲渡されたのかが図で示されているほか、会社から外部の会計事務所に支払われたファイナンシャル・アドバイザー(FA)手数料が、社長の親密先にキックバックされていることも「事実関係図」として記載されている。

さらにはこれらの取引が抱える問題点も具体的に列挙されており、内部文書というよりも告発文と呼んだ方がいい内容だ。それをここに書き記すと現時点では伏字にしなければならない箇所が多くなり過ぎるため、避けるしかないのが残念だ。疑惑の社長にもこの文書が突き付けられ、4月にも話し合いの場が設けられたが、落としどころは見つかっていないという。

同社が新株予約権を第三者割当で引き受けてくれると期待している海外投資家もそっぽを向いているというのだから、株式市場で破綻観測が浮上するのも当然だ。

この投資会社の株価はすでに“倒産株価”と言われるほど低水準で、株式市場への影響も社会全体に与える影響もほとんどないだろう。しかしエクイティ・ファイナンスのスキーム作りに公認会計士が濃厚に関わったり、その周辺の政治家に怪しげなカネが渡っているとなれば話は別だ。

この投資会社の周辺では以前にも政治家との癒着が指摘されており、関係者の証言によると、最近もこの投資会社の会長は投資会社から5000万円を受け取り、そのうちの1000万円が東京都知事選に立候補した人物(落選)にも選挙費用として渡っている。

新株予約権のスキーム作りに関わった公認会計士も札付きの人物らしい。新株予約権の譲渡を受ける香港の投資ファンドは、実はこの会計士が用意した“ハコ”で、昨年6月に民事再生法を申請したインデックスの不透明な資金のやり取りにも間接的に関与していることが会社登記などから読み取れる。こんなハコを自ら用立てる会計士など、資本市場のゲートキーパーの風上にもおけない。

インデックスの事件に絡んで一部のテレビ局は、この会計士に取材を申し込もうと追いかけているが、当の会計士は逃げ回って出て来ないという。この会計士は日本公認会計士協会のIFRS監査会計特別委員会の委員に就いていたというのだから、協会もよほど襟を正さなければなるまい。

スクープ一粒で二度しゃぶろう

落ち着きを取り戻した株式市場からは想像もつかないが、どういうわけか、4月に入って様々な上場企業を巡ってきな臭い観測や噂話が駆け巡っている。

ファクタ編集部の周辺にも、各種メディア関係者や信用調査機関、株式市場関係者などから「こんな話が出回っている。何か知らないか」といった問い合わせが引きも切らない。新年度入りしたからと言う訳でもあるまいが、水面下で様々な動きが始まっているに違いない。

4月24日付の日経朝刊が「旧経営陣が循環取引への関与や認識について東京地検特捜部から任意の事情聴取を受けていた」と報じたインデックス(昨年6月に民事再生法を申請しジャスダック上場廃止、同9月にセガに事業譲渡)も様々な情報が飛び交っている企業の一つだ。警視庁や国税庁、司法担当などの記者クラブで「特捜部が立件に動きそうだ」との観測がしきりに立っていた。

実はインデックスの周辺では循環取引以外にも、融資先や子会社の売却先を巡る不可解な資金の流れが多い。本コラムでも何度か取り上げたことがある。

最近も、インデックスとの間でM&Aの実績があった投資会社が破綻したばかりだ。両社の間でやり取りされた50億円余りのカネが“溶けて”しまって行方が分からない。この投資会社の代表は香港にかなりのカネを移していたと言われるが、真相はやぶの中だ。

インデックスと言えば、2010年に経営破たんした日本振興銀行との不明朗な資金の循環が多かったことを覚えている人は多いだろう。振興銀行事件では日銀出身で竹中平蔵元金融担当相のブレーンにもなった木村剛元会長らが逮捕され、12年3月に懲役1年執行猶予3年の有罪判決(控訴せず確定)を受けたが、容疑は検査忌避という“微罪”でしかなかった。複雑な資金の流れを解明しきれなかったのだ。

しかし捜査当局は日本振興銀行や、その傘下でボロ企業を多数抱えこんだ中小企業振興ネットワークが絡んだ不明朗な資金循環につい、て真相究明をまだまだ諦めていない。インデックスを徹底的に洗いなおせば、両社がどのようにもたれあい、もつれ合っていたのか解明が進むかもしれない。マスメディアの間で駆け巡った観測は、こうした動きを嗅ぎ取ったものであったのだろう。

一方、東証二部市場に上場する、悪名高いハコ企業の破綻観測まで囁かれているそうだ。「資金繰りが悪化しており、首尾よく資本を調達できなければ5月にも破綻する」――といった内容だ。こうしたハコ企業の破綻は、経営陣や大株主らが利用価値を見限ったうえでの計画的なものも少なくないから、「資金繰りの悪化」というのは投下資金を回収するための方便ではないかと疑ってかかる必要がある。

日本振興銀行は本誌のスクープから1年余で事件になったが、同じくひた隠しの巨額の「飛ばし」を本誌がスクープして3カ月余で追い詰められたオリンパスだって、すでに過去のものとなったわけではない。経営陣やその協力者はいまや被告台の身だが、海外へと消えた1200億円の行方と関係者追及は道半ば。やはり4月に入って水面下で新たな展開が始まっているようだ。

ある捜査関係者は「半年先、1年先に向けて、何か(経済事件の)ネタはないかと仕込んでいるところ」ととぼけてみせるが、意外や足元から鳥が飛び出すようにして大掛かりな捜査が始まるかもしれない。

スクープ一つで得られる達成感など高が知れている。悪事は繰り返されるのだ。スクープハンターは二匹目のドジョウを狙って、同じケモノ道に身を潜めて待ち構えている。

半年遅れアコーディアの日経“スクープ”

3月28日付日本経済新聞夕刊のアタマ記事は、国内で130カ所以上のゴルフ場を所有する最大手アコーディア(東証1部)が、約100カ所、1000億円を売りに出すという記事だった。

弊誌が昨年10月号(9月20日発売)で報じた「アコーディア『S‐REIT』浮上」の6カ月遅れの後追い“スクープ”である。当然ながら、弊誌報道には何の言及もない。

小保方さんの博士論文のコピペもそうだが、STAP細胞なら袋叩きなのに、新聞記事なら知らん顔で済むんですかね。ま、大人げないから、人知れずほほ笑まん、でいきましょう。


しかも事実関係で、シンガポールでREITを上場させるという方式を、「シンガポールの投資法人に売却する」という表現にしていた。わかりやすくしたようでいて、投資法人が何なのかが不明で、かえって不正確にしている。

しかも市場縮小に備えて、運営に特化することを理由としているが、パチンコ大手の平和を親会社とするPGMとの敵対的TOBが失敗して膠着状態となり、漁夫の利を狙った村上ファンドのダミーと見られるレノが大株主になっていることに触れていない。S-REITを使ったレノ保有株買い戻し資金づくりなのはミエミエなのに、「自社株買いも実施するもよう」とは何とも的外れと言うほかない。

これに対しアコーディアは当初、決定した事実はないというリリースをだした。白々しいので引用しよう。



当社に関する一部報道について

本日、一部報道機関より、「アコーディア、ゴルフ場 1000 億円売却 運営に特化」との当社にかかる報道がありましたが、当社より発表した内容ではございません。

当社は、2013年10月31日付プレスリリース「当社の経営戦略に関する検討状況について」においてお知らせしておりますとおり、当企業グループにおけるゴルフ場等のアセットライトの施策についての検討を継続的に進めておりますが、現時点で決定した事実はありません。公表すべき内容が確定した場合には、速やかに公表いたします。



しかし、シラを切れたのは1日だけ。リリースもよく読めば、否定コメントではなく、発表したものではないと言うだけで、28日に正式発表した。その日経記事は勝利宣言みたいだが、どうも前日の原稿の的外れを修正しているのが目立つ。

とにかく、日経の記事だけでは、この資金調達を主導する森・濱田松本法律事務所の石綿学弁護士の意図がよく読めないだろう。そこで、弊誌が載せた先の記事とその続報(13年11月号、「レノが牙剥き『石綿アコーディア』は驀進中」)をフリー記事としよう。

事実上、大半のゴルフ場を売り払って空っぽに近い運営会社だけとなるアコーディアの株主や会員に、6月株主総会に向けてちゃんと現実を見極めてもらいたいからだ。

「反社」と「反市」と暗夜の一灯

「反社」とか「反市」と言われてピンとくる人は、まず金融関係者だろう。前者が暴力団やその追随者などの「反社会的勢力」、後者がハコ企業などで株価を吊り上げて売り逃げる「反市場勢力」の略である。いずれも後ろ暗い連中だが、定義が難しい。

公表こそしないが警察にそのリストがあり、そこに弁護士や記者が照会をかければ、それなりにカンがつかめた。ところが、鳴り物入りの暴対条例が腰折れになってから、警察もリスト照会に慎重になり、判断に困るケースが出てくるようになった。

山口組6代目の母体、弘道会への徹底した摘発で、暴力団はどこも地下へ潜り始めていて、反社も反市も警察の目の及ばないゾーンへ身を沈めている最中だ。それゆえ、世間一般や株式市場が考えている以上に、彼らの表社会への浸食は激しさを増している。

先日、ジャスダック市場に上場するA社について情報提供があり、「A社の取締役は反社の構成員だった経歴の持ち主」という内容だった。この取締役について調べてみると、東証マザーズ市場に上場する別の企業の代表取締役も兼任している。

そこでこの取締役の反社との関わりを調べたところ、金融機関のデータベースではこの人物が反社との関わりまでは確認できていないが、仕手筋などの“反市の一派”としてブラックリストに載っていることが判明した。反市の一派に名を連ねていれば、金融機関に新たに口座を開くことができなくなり、この取締役も金融機関の窓口に行くと「大変申し訳ありませんが」と丁重に口座開設を断られる。

この人物が役員となっている2つの上場企業は、すでに実体の乏しいハコ企業になっているとみられており、その点からも上場を維持させれば弊害も出てくるだろう。

そればかりではない。昨年から経営統合を目指していた中堅証券2社が、今年に入って統合を延期することを決めた。1社は上場企業で、もう1社は非上場だが、いずれも老舗で社会的な信用も低くはない。

ニュースリリースには「経営統合の諸条件について協議を継続する必要がある」とだけ記されており、統合延期の具体的な理由については一切沈黙し、広報担当者も「具体的な理由については開示していない」と言葉を濁すだけだ。

しかしこれは、すでに月刊誌FACTAで疑義を呈したとおり、片方の証券会社の株主に社会通念上、好ましくない個人株主が紛れ込んでいることがネックになったからだろう。この個人株主が、風俗業で大きな財を築き、その傍らで営む不動産業で大きな火災事故を起こして逮捕歴のある人物だったのだ。

この人物が株主に名を連ねていたのは、2つの証券会社のうち非上場会社の側である。非上場企業だから定款で株式の譲渡には制限が設けられている場合が多く、この証券会社の取締役会で株式譲渡の承認を受けていた公算が大きい。つまり“風俗王”が株主に加わることを、取締役会で承認していた可能性があるのだ。

反社会的勢力や反市場勢力を排除しなければならないはずの証券会社がこれでは、市場で示しがつくまい。中堅証券とは言え、経営統合によって規模が大きくなる金融機関が「株式市場で怪しげな勢力の意を汲んで動いているのではないか」と疑われただけで大きな問題だ。

同時に上場企業が反社や反市に食いつかれている現状を放置している取引所の審査体制も問題なしとしない。警察が知らん顔をして、新聞などのご用聞きメディアも沈黙、FACTAだけ「暗夜の一灯」というのはあまりに異常である。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

進学塾「粉飾」の裏のハコ企業

東証1部上場の進学塾運営会社(東証1部)の周辺が慌ただしくなっている。過去数年間にわたって80億円余りの売上高を不正に水増ししていたことが明らかになり、当局は本格的な捜査に乗り出そうとしているようだ。すでに「この会社の本社所在地近くの警察署を拠点に内偵捜査が始まっている」との情報が飛び交うとともに、水面下では各マスメディアも動き出している。

第三者機関の調査結果によると、この進学塾が粉飾決算を始めたのは2007年だという。さらにこの進学塾が監査法人を変更したのも粉飾決算が始まったのと同じ時期だった。企業が監査法人や取引銀行を乗り換えるというのは、何か大きな問題が浮上し、対立が深刻化したと見てまず間違いないから、監査法人の交代と粉飾決算は何らかの関係があったとみるのが自然だろう。

粉飾決算の発覚を受けて社長以下、3人の役員が引責辞任したが、売上拡大の旗振り役だった会長は会社に残り、社長を兼務することになった。しかし会長の責任の取り方が不十分なうえ、対外的な説明も満足のいく内容ではなく、捜査が本格化すればマスメディアの取材攻勢が強まるのは必至だ。

ここでもうひとつ気になるのは、粉飾が始まったのとちょうど同じ時期にハコ企業との接点もできていた点だ。2007年にあるIT企業と資本・業務提携を結んで株式の持ち合いを始めており、不健全なもつれ合いがスタートしていたのだ。

このハコ企業はもともと業績も財務内容も散々な内容で、特定の海外投資家を相手に苦し紛れのエクイティ・ファイナンスを行って株主構成が大きく変わったり、監査法人をころころと変更したり、事業内容をがらりと変えたり、経営の迷走ぶりが目立っていた。

最近になって筆頭株主である非上場の投資会社から代表取締役を迎え、近く投資会社に合わせて社名変更もするそうだから、実質的な裏口上場であり、怪しい会社の条件の多くを備えていることになる。

現在、進学塾とハコ企業の関係は当初に比べて薄れているもようだが、売上至上主義に走るあまり、提携相手をよく知らないまま無理な提携を急いだのか。売上高の水増しをしていたくらいだから、提携効果は上がっていなかったのだろう。

進学塾や語学学校などは同族経営の会社が多いこともあって、経営陣の暴走が始まると歯止めが利きにくく、さまざまなトラブルを抱え込んでいることが少なくない。ここでガバナンスの重要性を改めて説くつもりはないけれど、企業経営の落とし穴はどこで口を開けて待ち構えているか分からない。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

映画「オリンパス事件」は喜劇の結末か

オリンパスの損失隠し事件で指南役を務めたとして金融商品取引法違反などの罪に問われている横尾宣政、羽田拓、小野裕史の3被告に対する公判が昨年末からようやく始まった。逮捕から約2年も裁判が始まらなかったのは、3被告が「オリンパスが損失を隠し、簿外で処理しようとしていたとは知らなかった」などとして容疑を否認し、公判前整理手続きが長引いたためだ。

今もオリンパス事件に対する関心は高いようで、初公判に予想を超えて傍聴人が集まり、傍聴席に収まりきらない人であふれた。裁判は開始早々、被告側と検察側の間で激しく攻防の火花を散らしている。

昨年12月25日の公判では、横尾被告が無罪である理由を15分にわたって演説すれば、すでに執行猶予付きの有罪判決を受けた山田秀雄元監査役が1月8日の公判に検察側の証人として出廷。「残った損をどうするか、横尾被告らに何度か相談した」「損失を穴埋めするために横尾被告らに頼んだ。簿外にいくらあるのか、質問を受けた」など、横尾被告らの主張を覆す内容の証言をした。

その中では「損失隠しに使われたファンドのひとつ、TEAOの名称は(横尾被告らとの打ち合わせで)テーブルの上にあった紅茶の名前からとった」「ITXの買収には痛恨の念を持っており、横尾被告には『ITXのせいで損をした』と皮肉を言ったことがある」「(オリンパスのせいで損失隠しを手伝うことになったのだから)菊川剛元社長からは横尾被告らに対して十分に報いるようにと言われていた」といった生々しい証言もしているから、ウソを言っているようには見えない。

公判は来年1~2月までほぼ毎週開かれるスケジュールでびっしり埋まっているというから、判決が下るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

以前、このコラムで書いたように、損失隠しに使われたファンドを提供するなどして違法な利益をむさぼっていながら罪に問われていない人物に対しては、海外の捜査当局が捜査を継続中だから、こちらと並行して推移を見守る必要がある。

そうそう、オリンパス事件と言えば海外で映画化が少しずつ進められているそうだ。一昨年にはオリンパスの社長を解任されたマイケル・ウッドフォード氏の著作を映画化する権利の争奪戦が繰り広げられたが、当初は「実際に映画化される可能性はかなり低い」(関係者)とみられていた。映画プロデューサーがどのように映画化するのか悩んでいたこともあって、キャスティングはおろか、実際の撮影にもこぎつけていないようだが、最近になって制作スタッフの人選も始まったと聞く。

オリンパスの旧経営陣に対しては、社員も警察関係者も驚く執行猶予付きの有罪判決が下った今、横尾被告らまでも無罪になれば、オリンパス事件は「史上最大の軽犯罪」ということになりかねない。映画は企画そのものが喜劇になり、なにより「あれだけ大騒ぎさせておいて、日本は何をやっているのか」と世界中から失笑を買うことになるだろう。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

KKRへの公開質問状と回答

パナソニックが米国のファンド、KKRに子会社「パナソニックヘルスケア」を1650億円で売却した件で、本誌最新号(2014年1月号)は「『津賀パナソニック』黒字転換に陥穽」という記事を掲載した。

ヘルスケア社が国内の電子カルテやレセコンのトップシェアなため、そのビッグデータ(診断書や処方箋などプライバシーにかかわるため「センシティブデータ」とも呼ぶ)が海外、とりわけ中国に流出する恐れがあると指摘したものだ。

これついてはパナソニックに質問状を送ると同時に、買う側のKKRにも質問状を送った。パナソニックは文書で回答したが、KKRジャパンは平野博文社長が12月10日に編集部に会い、インタビューに応じる形で回答した。

公平を期するため、同社への12月3日付の質問状と、回答にあたる12月10日のインタビューの要旨をここに掲載する。



KKRジャパン
代表取締役社長
平野博文

パナソニック・ヘルスケアの株式譲渡について



ファクタ出版発行人阿部重夫
同嘱託記者山口義正



拝啓

師走の候、貴社ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。弊誌は調査報道を中心とする月刊誌で、一昨年のオリンパス粉飾事件のスクープで、あるいはお見知りおきかと存じあげます。創刊の草創期には日興コーディアル証券やベル24の増資問題も取り上げさせていただきました。

弊誌は現在、9月に発表されたパナソニック・ヘルスケア社の株式譲渡契約について取材を進めており、いくつかお尋ねしなければならないことができました。ヘルスケア社は三洋メディコムを合併した結果、レセコンと電子カルテ部門が事業の約3割を占める重要な柱となっています。ここは血圧計や血糖測定などの医療機器とは異なる医療情報(ビッグデータ)の塊で、これを外資に売却すれば、電子カルテによって蓄積された病歴などの個人データも売却され、この先どのような先に転売されるか見通すことは困難です。政府内および医療関係者から危惧する声があがっており、御社のお考えをうかがえれば幸いです。

1)1650億円の値付け

パナソニック・ヘルスケア社の株式譲渡にあたっては、二次入札で御社の価格が他の2社を大きく上回りました。その根拠はレセコン、電子カルテ部門(旧三洋メディコム)がもつ医療情報(ビッグデータ)を高く評価したと考えていいのでしょうか。

2)個人データ保護と転売

電子カルテによって蓄積された病歴などの個人データについて、現時点において国内では医師にしか守秘義務がありませんが、今後KKRが転売した場合、その守秘はどのように担保されているのでしょうか。パナとの合意にはその条項がありますか。

3)第三国への転売

KKRは内々に転売先を決めているとの情報があります。それが中国の可能性はありますか。国益上、日本政府が待ったをかけたらどうしますか。

4)米国内での転売と二次利用

電子カルテによって蓄積されたデータは、それをどのように二次利用するかによって、価値は大きく変わると思われますが、そこに歯止めはありますか。

5)ヘンリー・クラヴィス氏

KKR本体の共同創業者クラヴィス氏は来日して各方面に「ハゲタカ」ではないことを強調しておられましたが、9月の安倍訪米時はヘルスケア株式譲渡発表の前日(9月26日)に行われたハドソン研究所の昼食会で、総理の隣の席に座りましたね。そのとき、ヘルスケア買収の件を総理にそれを説明しましたか。

6)西武ホールディングス

平野氏は西武ホールディングスの社外取締役を務めておられます。対サーベラスでは後藤高志社長にさまざまなアドバイスを授けていると伺います。「外資に鉄道を買わせるな」という排外主義の片棒をかつぎながら、日本人数千万人の個人データを外国に売り飛ばすのは矛盾しているとお考えではないですか。

以上でございます。御多忙中とは存じますが、締切の都合もございますので、12月9日(月)までに、文書、メール、FAX、直接取材いずれの手段でも結構ですので、ご回答下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。

敬具

12月3日



これに対するKKR平野社長の回答は、一応こちらで録音したものの要旨をまとめ、KKR側に十分意見を反映しているかどうかみてもらったうえで、以下の通り掲載します。



1)1650億円の値付け

――PHCは診断薬事業、メディコム事業、バイオメディカ事業の主要三事業の全てにおいて大幅な成長を見込んでいますが、その中でもグローバルに成長余力のある血糖値測定システムを収益の柱と高く評価しております。純負債と現金残高を差し引いた価格は1,650億円より相当低いし、14年3月末のEBITDAは赤字の部門を外した金額を想定している結果現状より大幅改善すると判断しております。したがって、買収価格がEBITDAマルチプルの9倍以下というのは世界のヘルスケア業界平均からするときわめてリーズナブルな値付けとなるはずです。

2)個人データ保護と転売

――レセプトコンピュータや電子カルテの上の医療情報・患者情報に関しては、そもそもPHCは保有しておらず、医療データの転売は(PHCと顧客間の)契約の中でやらないと謳っています。他のシステム同様、保守メンテナンスの際に情報にアクセスすることは可能ですが、情報はきちっと保護する条項があります。(収集の禁止・秘密保持・許可なく第三者への提供・開示の禁止)。KKRではPHCに株式公開させることを考えており、報道されているような転売は全く検討しておりません。EXIT(投資資金の回収)に平均で7年半かけており、中には10年以上、株式を保有している投資先企業もあります。

3)第三国への転売

――内々にでも転売先を決めているということはありません、ましてやそれが中国の云々ということは当然ながらあり得ません。

4)米国内での転売と二次利用

――レセプトコンピュータや電子カルテ上の医療情報・患者情報に関しては、そもそもPHCは保有しておらず、医療データの転売は(PHCと顧客間の)契約の中でやらないと謳っています。そもそもメディコムはそれぞれの国でのローカルなビジネスです。

5)安倍総理とヘンリー・クラヴィス氏


――個別案件についての具体的な話はしなかったと聞いています。

6)西武ホールディングス

――私が西武ホールディングスの社外取締役を務めていたのは2006年までです。同社とサーベラスによるTOBをめぐる対立が報道された時期には、西武ホールディングス、サーベラスの関係者に会ったことはありましたが、私は後藤社長に対してアドバイスを提供する立場にはなかったですし、質問にあるようなコメントを言ったこともありません。



上記のように本誌の指摘、および懸念に対し全面否定である。本誌記事で書いた“台湾の受け皿”については別ソースから取材した。KKRの否定とすれ違いになっているのは、本誌がこの別ソースから得ているからである。

パナソニックは静観の姿勢だが、続報でそれを突き崩そう。お楽しみに。

パナソニック「投げ売り」の見境なさ

パナソニック内部がざわついているそうだ。旧松下寿電子工業と三洋メディカルを合体させた子会社のパナソニック・ヘルスケア(PHC)売却で、売却先に選んだ米国のファンド、KKRが台湾・中国企業連合への転売を前提にしていることを、FACTA最新号(14年1月号)がスクープとして報じたからだ。

純債務を含め1650億円で売却し、共同持ち株会社をつくって20%出資するという津賀一宏社長の判断が軽率なものだったのではないかという批判が噴出しているのに加え、関係省庁への詳しい説明が必要になったためだ。売却先の選定をやり直した方がいいのではないかという社の内外から出ているという。

パナソニックの経営中枢さえ知らなかった裏側を本誌が報じたのだから、それも当然だろう。1650億円で売れてホクホクしていたのが、そんな高い値の裏に何があるのか、考えをめぐらす知恵もないとは情けない。

医療データがどういう価値を持っているのか、センシティブデータの扱いがどれほど難しいかが少しでも分かっている金融関係者は、一様に眉をひそめて「(PHCの売却を)どうにかして止めさせないとね」と危機感を表すほどだから、今回のPHC売却がいかにお粗末な経営判断であるかが分かる。

一方で売却される側のPHC側は、経済産業省や厚生労働省など関係省庁への説明さえつけば、そのまま売却は成立するだろうと楽観しているという。山根健司社長ら「四国組」(松下寿の本拠が愛媛だったことから寿出身者を指す)は医療事業の三洋メディカルを抱えているだけで、その知識もなければ新規事業を切り開く力もない。そんな素人の説明で目をくらまされないよう、経産省の商務情報政策局情報通信機器課には本誌がいくらでも情報を提供しよう。

もともとPHCは松下寿時代からパナソニックとの折り合いが悪く、売却されることで自分たちが生き延びようという魂胆が出発点になっているから、今回の売却がもたらす国家的な損失など目に入らない。

パナソニック本体の門真の経営陣もそうだ。津賀社長の出身母体、AV(音響・映像)部門で固めているから、切り売りによる黒字転換しか頭になく、「選択と集中」が実は「選択と破壊」であることに気づかない。経営理念も哲学も見失った経営者は、自分たちが生き延びるためにはどんなものでも引き換えにしてしまう危うさがつきまとう。

9・11テロ後の混乱と、りそな銀行への公的資金投入などで日本経済が地獄の淵に立たされていた2003年、つまりパナソニックの社名がまだ松下電器産業だった頃、口の悪いベテラン証券マンは投資家に「松下株は割安です。カミさんを質に入れてでも買っておくべきです」と強く推奨していた。

このとき松下株は約10年ぶりに1000円台を割り込んでいたが、日本そのものが沈没してしまうイメージと重なっていた面も大きく、松下の中身と株価は大きくかい離していた。

時代は流れて昨年の11月、パナソニック株は底が抜けたようになり、1000円どころか400円台をも割り込んだ。業績見通しの下方修正により、二期連続の大幅な赤字転落が避けられなくなり、投げ売りが止まらなくなったのだ。財務の健全性も2003年当時に比べて大きく劣化しているから、パナソニック株の400円割れは当然である。

昨年11月の衆院解散後、パナソニック株は1200円台まで回復しているが、これが経営手腕の評価によるものではないことくらい、パナソニックの経営陣もよく分かっているはず。ところが黒字浮上や有利子負債削減、さらには攻めの経営への転換を目指す跳躍台にしようというPHCの売却に対して、外為法による中止命令が発動されるかもしれないのだから、経営陣は頭が痛くなって当然だが、その危機感すら乏しく、当面は静観と「砂に首を突っこむダチョウ」状態だ。

PHCの売却にしても、イスラエル企業への半導体工場の売却にしても、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの見境のない事業売却といった印象が強い。売れる物がなくなって、手詰まり感が漂い始めたパナソニック株が1000円台を割り込む日は近いと思える。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

パナソニックへの公開質問状と回答

本誌最新号(2014年1月号)は巻頭に、「『津賀パナソニック』黒字転換に陥穽」というスクープ記事を掲載した。米国のファンド、KKRによるパナソニック子会社「パナソニックヘルスケア」を1650億円で買収した件で、そこに潜むビッグデータ問題を指摘したものだ。

その過程でパナソニックに対し質問状を送り、FAXで回答を得た。雑誌は誌面の制約があって全文を公開できないので、このブログでそれを公開します。



パナソニック株式会社
代表取締役社長
津賀一宏

パナソニック・ヘルスケアの株式譲渡について



ファクタ出版発行人阿部重夫
同嘱託記者山口義正



拝啓
師走の候、貴社ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。弊誌FACTAは調査報道を中心とする月刊誌で、御社が一時買収を検討されたオリンパスの粉飾決算をスクープしたことで、あるいはお見知りおきかと存じます。

弊誌は現在、9月に発表されたパナソニック・ヘルスケア社の株式譲渡契約について取材を進めており、いくつかお尋ねしなければならないことができました。ヘルスケア社は三洋メディコムを合併した結果、レセコンと電子カルテ部門が事業の約3割を占める重要な柱となっています。ここは血圧計や血糖測定などの医療機器とは異なる医療情報(ビッグデータ)の塊で、これを外資に売却すれば、電子カルテによって蓄積された病歴などの個人データも売却され、この先どのような先に転売されるか見通すことは困難です。政府内および医療関係者から危惧する声があがっており、御社のお考えをうかがえれば幸いです。

1) 日本医師会の懸念について

津賀社長は12月5日、駒込の日本医師会を訪ね、ヘルスケア売却の説明を行う予定と聞きました。ここで提起される懸念に津賀社長はどう答えるのでしょうか。

2) 株式譲渡契約について

医療情報については国内では医師にしか守秘義務がないのが現状です。契約にはレセプトや電子カルテのデータの守秘条項が含まれていますか。

3) 漏洩責任

データが転売された場合には情報漏洩の責任は御社に及ぶとお考えでしょうか。

4)ヘルスケア社のシステム設計

弊社の取材では、ヘルスケア社の医療情報関連のシステムは、日々の更新やメンテナンスで守秘できる設計になっておりません。現状のまま売却するつもりですか。

5) 政府への説明責任

弊社の取材では、パナソニックは株式譲渡契約発表後に、厚生労働省と経済産業省に事後説明を行っています。が、データ守秘はどう説明しましたか。

6) 売却後のイグジット

KKRはすでにヘルスケア社の第三国譲渡を内々に決めているという情報があります。これが中国だった場合、国益を損なうと政府が判断する可能性があり、御社は譲渡を中止しますか。

以上でございます。御多忙中とは存じますが、締切の都合もございますので、12月9日(月)までに、文書、メール、FAX、直接取材いずれの手段でも結構ですので、ご回答下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。敬具

12月3日



質問状の日付は、本誌主催のシュレーダー前ドイツ首相講演と討論会の前日。この質問状の送付は編集部に任せ、シュレーダー前首相のアテンドではりつき、首相官邸やグランドハイヤット東京(六本木)などを行ったり来たり。記事に官邸が出てくるのもそんな事情があった。

5日までは取材を中断し、イベントにかかりきりで、6日から仕事に戻ったが、週明けにパナソニックから届いた回答は、なんというか、まったく危機感のない内容で、こちらが調べ上げていることなど、知らぬが仏のノホホン回答。広報にはまるで危機管理の嗅覚が感じられない。

回答はこの通り。



2013年12月9日
ファクタ出版株式会社
編集部御中

パナソニック株式会社
広報グループ



いつも大変お世話になっております。
ご質問の件、以下にてご回答申し上げます。
ご査収賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

1) 日本医師会の懸念について

A1)12月5日に日本医師会幹部と面談いたしております。レセコン等を扱うメディコム事業への外部資本導入による影響などをご質問いただきましたが、津賀からは、一定の比率の株式を保有し当面社名およびブランドも維持・継続していくこともあり、今後もパナソニックとして責任を持つ旨、ご説明しています。

2) 株式譲渡契約について

A2)株式譲渡契約の内容についての回答は差し控えさせて頂きますが、医療情報について、パナソニックヘルスケアはお客様との契約の中に「収集する行為(禁止事項)」、「情報漏洩の防止(秘密保持)」、「承諾なく第三者への提供・開示の禁止(個人情報の取扱)」の条項を記載しており、他目的での活用はありえません。

3) 漏洩責任

A3)お客様との契約に従い、お客様の同意を得ることなく患者情報、医療情報を第三者に提供することはありません。

4) ヘルスケア社のシステム設計

A4)保守メンテナンス上のセキュリティ管理、アクセス制限等の機能、規程については、パナソニックの情報セキュリティ基準に則り、厳格な規程を設けております。

5) 政府への説明責任

A5)A1)と同様、社名やブランド継続も含めたパナソニックとしての考え方について官庁にはご説明させていただきました。

6) 売却後のイグジット

A6)KKRとは、パナソニックヘルスケアの「数年後の上場を目指していく」という方向性を共有しております。ご指摘の「第三国譲渡」は想定しにくいものと考えております。

以上


内部告発者をおびきよせる「誘蛾灯」

このところ内部告発をきっかけに不正が明るみに出るケースが増えた。新聞やテレビを見ると企業内部から出てきたとしか思えない文書が映っているケースも少なくない。しかしちょっと待ってほしい。もしかすると内部告発者にとっても企業にとっても、とんでもない落とし穴が潜んでいるかもしれないのだ。

企業内に設けられた内部告発者用の「目安箱」が、実は内部告発者をおびき寄せる罠だったのではないか、という事例は、オリンパスで上司の違法行為を通報した内部告発者、浜田正晴氏を配転し、その無効訴訟で会社側が敗訴したケースでも垣間見えた。

こうした通報窓口に潜む「罠」は、まだほかにもあるのではないか。

オリンパス事件に関わった反市場勢力の取材を継続するなかで、最近になって奇妙なコンサルティング会社の存在が浮かび上がってきた。

現段階では社名は伏せるが、主に上場企業を相手にした経営コンサルティング業務を手掛ける会社である。企業が社会的責任を果たせるよう助言しつつ、こうした企業への投資を促進する活動も行っているという。

このコンサルでは社長が広告塔の役割を果たしつつ、会長兼CEO(最高経営責任者)が営業に回るという役割分担だが、この会長について同社は対外的に経歴などを一切公表しておらず、信用調査会社のデータベースにも情報はない。

しかしネットで検索していくと、アクシーズ・ジャパン証券という証券会社の役員一覧にその名前が残っていた。オリンパスの損失隠し事件で指南役となった幹部2名が逮捕された、あの会社である。巨額の粉飾の片棒をかついだ疑いで、アメリカのアクシーズはFBIの捜査対象にもなった。

さらに調べていくと、広告塔の社長もアクシーズでの勤務歴があるそうだ。アクシーズは既に解散してしまったが、その根っこは今も地中に残っているのだろうか。

当局が気にしているのは、このコンサル会社が内部通報の外部窓口業務を行っている点だ。つまり、「目安箱」のアウトソーシング、その下請けというわけである。社内「目安箱」が人事で報復するための情報収集のツールに過ぎないと見られるなら、第三者のコンサルに任せて、という安直な解決法が問題だ。

反市場勢力とのつながりが疑われるこのコンサルに、そうとは知らない会社員が内部通報すれば、企業の秘密は「闇の住人」に筒抜けになりかねず、そうして得た情報をネタにゆすられる企業が出てくるかもしれないというわけだ。

直接の監督官庁もこれについて把握してはいるが、内部告発もうかうかするとこうした勢力の餌食になりかねない。

今のところこのコンサル会社が何らかの不正に関わって捜査線上に浮かびあがっているわけではないし、今もアクシーズ・ジャパンの人脈とつながっているのかどうかは不明だ。しかしこのコンサル役員二人は過去の経済事件で上場企業の株式を横領して逮捕されたことのある人物との接触が確認されているだけに、その背後関係は疑ってかかる必要があるだろう。

それだけではない。このコンサル会社の役員には、大手証券系の投資信託会社元役員も名を連ねており、オリンパス事件で多くの関与者を出した野村証券OBともよく似ている。OBとは言え、大手証券の役員経験者がこうも不用意に再就職先を決めてしまうようでは、証券市場の信頼回復はおぼつかないだろう。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

「シュレーダー講演と討論会」一般公募締めきり間近

11月21日(木)いっぱいで締め切らせていただきます。残り期間が間近ですので、ふるってご応募いただきますよう、お願い申し上げます。

おかげさまで先月の募集開始以来、お問い合わせが相次いでおりますが、会場の都合もあり100名様限定ですので、締め切り後は抽選を行わせていただきます。まだお手続きを済ませていらっしゃらない方は、募集要項をご覧のうえ、事務局(ファクタ出版ではなく企画会社クリエイティブ・ネット内に設置)のほうに応募手続きをとっていただくようお願い申し上げます。

「シュレーダー講演と討論会」主催ファクタ出版株式会社


みずほ処分、社外取締役と監査役の責任

オリエント・コーポレーションとの提携ローンを通じた暴力団員への融資を放置していたみずほ銀行が、佐藤康博頭取(みずほフィナンシャル・グループ社長)ら役員の大量処分を決めるそうだ。各紙によれば常務以上の30人を超える役員が減給や更迭などの受けるという。しかしあまり報じられていない視点があるのではないか。社外取締役と監査役の責任である。

暴力団員への融資は、発覚すれば経営トップの進退に及ぶ問題であることは誰にでも容易に想像がつくはず。そうした問題について、たとえ持ち株会社の社外取締役であっても知らせていなかったのなら、みずほでは社外取締役の制度の趣旨や精神を生かしきれていなかったことになる。社外取締役を持ち株会社だけに置いて傘下の銀行には置かなかったというのは、外形だけを整えて実質を伴わなかったとの批判を免れない。

みずほには持ち株会社の社外取締役としてJXホールディングス名誉顧問(社外取締役には07年6月就任)、昭和電工相談役(同05年6月就任)、日産自動車元副会長(07年6月就任)の3人がおり、社外監査役には公認会計士(社外監査役には06年6月就任)、旧大蔵省出身の元官僚(同08年6月就任)、元最高裁判事の弁護士(同11年6月に就任)の3人が就いている。

持ち株会社の社外取締役・監査役であって、問題の融資を実行していた銀行のそれではないとはいえ、いずれも行内で問題が認識される何年も前に就任していた。それでも知らなかったというのなら、みずほは行内で情報の共有ができていなかったとの誹りは免れないし、社外取締役と監査役は「お客さん」「飾り物」と言われても仕方がない。

さらにつぶさに見ていくと、前述の元最高裁判事は持ち株会社に加えて、問題のみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の監査役も兼任。もう一人の弁護士はみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の社外監査役を兼任している。彼らがきちんと監査を行っていたのか、あるいは適切な監査を行いうるだけの情報を得られていたのか、その情報を社外取締役・監査役の間で共有できていたのかは検証されなければなるまい。

10月28日に提出される業務改善計画に記される詳しい経緯や真相を待たねばならないが、「知らなかった」ではすまされない時代が到来しているのだ。

そして彼らがきちんと問題を把握して取締役会で融資を問題視する意見を表明していたのなら、これを生かしてこなかった組織の体質が問題になるのだから、どう転んでもみずほは責められるしかあるまい。

法務省は今国会に会社法改正案を提出する方針で、社外取締役の導入はその眼目になるはずだが、それを骨抜きにする小知恵や浅知恵ばかりを発達させている日本では社外取締役の制度は根付きにくいのだろう。

東証の調べでは、東証1部上場企業のうち社外取締役を導入している割合は前年比7ポイントも上昇して62・3%(8月時点)になったが、日本では社外取締役の導入は根幹から揺らいでいると言わざるを得ない。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

畏友タニトモさんの『市に虎声あらん』書評

『市(まち)に虎声(こせい)あらん』フィリップ・K・ディック著、阿部重夫訳
『市に虎声あらん』
平凡社、2013年8月、550ページ

本書が一見手を出しにくい難物みたいに見えたとしたら、多分に訳者の衒学趣味からついた題名(「市に虎声あらん」)のせいだ。原題Voices from the Streetを、例えば「あの街路、その声、また声」くらいに訳しておいて、「いま甦る伝説の青春小説」とでも惹句を腰巻に振っておけば、高等学校の司書たちが、新着図書へ加えたがっただろう。

後述するように、本書は翻訳の技芸で一個独自の境地をつくった。訳の当否巧拙を言うことは、本書に限っては当を得ない。「訳文込み」で、味わうべき一書である。

鑑賞対象とはこの場合、作者フィリップ・K・ディックの描いた人物、その懊悩、生きる時代と空気であるだけではない。これを、時として明治漢文調の語彙に置き換え、なおかつ青春小説の香気を保ち得た訳文の妙、少なくも、その独自さに存する。

読者はいち早くそのことを知り、受け入れるべきで、頻出する難読字に気圧されるなどして巻を措いてはならない。漢字に振られた振り仮名の夥しさ、強引さが煩わしくならなくなる頃、小説本来の流れに身を委ね、作品世界に没入している自分が見つかるだろう。

主人公と、登場する同世代の友人たちは二十歳代半ば。半分以上大人になっている。そのくせ、大人になりつつある現在進行形を生きる彼らは、大人になった完了形の自分を、いまある自我の延長上に思い描くことができない。それを想像すること自体が、嫌悪や恐怖を催さずにいない。

大人になってしまったわれわれは、そうした生理的防御の機制とは、未来が予見できない=予想リスクの範囲を限定できないところに芽生えるものだと知っている。「僕は、どんなになってしまうのだろう」という不安は、何にせよ、どんなにかなってしまった後振り返ったところで、空無の問いだったと思えるに過ぎない。

本書に青春小説として不滅の輝きを与えるものとは、いつにかかって、人を否応なく大人にしていく時間という不可逆な暴力が、青年の肉体を通過していくその痛み、恐怖を、なまなましい肉体の律動を感じさせつつ定着させた一点にある。

引用に値する章句は随所にあるが、典型的には主人公スチュアート・ハドリーによるモノローグからなる、次の一節――。



「ぼんやりと思った。僕はどこにいるんだろう…いま何時なのか。スチュアート・ハドリーの人生の鎖をたぐっていくと、これはどのスチュアート・ハドリーなのか。幼児、少年、青年、セールスマン、中年の父親…眠気を誘う夢のきぬずれ。曲がり角や袋小路で攪拌され、野心と恐怖が渾沌りあっていた。あちらこちらと漂い、満ちたり干いたり、それがつねに彼の一部になってきたのだ」(287ページ、「攪拌され」は「かきまわされ」、「渾沌りあって」は「まじりあって」と振り仮名がある。「いま何時なのか」は原文では「when he was」。「どの時点にいるのか」と訳すべきところ)。



しかも小説の舞台アメリカとそれを包む世界とは、何重もの層にわたって変化のただ中にあった。自我における疾風怒濤は、アメリカそれ自身の激動と共振し、増幅し合う関係にある。

日本との死闘は終わったばかり。水爆ができ、朝鮮で戦争が始まった。大量殺戮と大量死の実態と恐怖を、アメリカ人たちが、身体的恐怖とともに生々しく感じていた時だ。戦後アメリカを襲った心的外傷後ストレス障害ともいうべき赤狩りマッカーシイズムは、ちょうど猖獗を極めている。

メディアは、テレビ時代の劈頭にある。疑似環境としてのメディア空間は、まだ極めて狭い。それゆえに知識人が占める地位は逆比例して高く、主人公ら青白いインテリたちには、おのおのに崇拝対象がある。

受信機は、テレビ、ラジオともすべて真空管式だ。これがトランジスターとプリント基板になって初めて、ユニット当たり輸送コスト・同破損リスクとの見合いで日本製品は圧倒的競争力を得、米国市場に流入するけれども、作中時代設定はその前、半田ごて1本あればいくらでも修繕がきいた頃だ。主人公スチュアート・ハドリーは、そんな時代に個人経営の電器店、都市中心商店街の一角に間口を構える店舗で、売り子として働いている。

ところが作品世界では、チェーン・オペレーションの浸食が早くも始まっている。ロード・サイドの大型店によって、街中の小規模店舗はやがて駆逐されていく。そんな運命が暗示されている。

人並みに学歴はあり、容姿に恵まれてもいるというのに、斜陽産業の一店主に収まって、若くて神経質な妻と、どこか他者としてしか感じられない乳呑み児の世話に時間を費消して、それでいいのか。僕は、いったい何者で、これからどこへ行くのか。

そんな悩みなんか、毎朝決まった時間に歯を磨き、通勤電車に揺られて定時出勤するうち消えてなくなるさ――。かつて江藤淳は座談会で大江健三郎をそう言って大いにやり込めたけれども、本書執筆当時25歳の著者には、懊悩を誘う問いであるに違いない。

主人公スチュアート・ハドリーの前途には、主人公自身意識はしていないかに描かれつつも、3つの世界が入口を開け手招きしている。1つは最も平凡な道。いまの勤めに精を出し、オーナー店主の多店舗展開を追って、責任を増していく道だ。

もう1つは高校時代の友人で、インテリになり損ねたか、これからなるつもりのユダヤ人の男とその妻が生息する拗ね者の世界。ここには後の、ヒッピー風ライフスタイルがその臭気とともに萌芽を覗かせている。

しかし主人公を自己破壊の衝動に突き進ませる強烈な磁力は、巨躯を揺する黒人宗教者からやってくる。

日本における新興宗教教祖たちが生きた時代を思っても諒解されることだが、宗教は、社会における変化の振幅周波数が高ければ高いだけ、新しく生まれ、力を獲得するのだろうか。本書には、巨魁の黒人伝道者が圧倒的動員力と禁忌を破る妖しさ(黒人に帰依すること自体がタブーだった)をまとって登場する。

それは米国という流転を常とする社会でなぜキリスト教に新興宗派が現れ、扇動的影響力を保ち続けたかを思わせて示唆的であるけれど、小説はむろん、そんな分析には及ばない。黒人宗教者にしても、主人公スチュアート・ハドリーの揺曳し続ける自我をいっとき強烈に射抜き、またしても大人になる痛みを感じさせる主体として現れるに過ぎない。

スチュアート・ハドリーは、自己破壊へいかに突進するのか。その終局に、大人になる瞬間は訪れるのか。訪れるとしてそれは、甘美な体験なのか。小説の大団円は、ここらに現れる。ページを繰るのさえ、もどかしくなる。

米国が、幾重にも曲がり角を迎え、巨大な変化のただ中にあって未来を予見しにくい時代にあったことを、作者ディックはまさしくその渦中にありながら、自覚的に記録し得たのだとは思えない。後にSFで一家をなす著者の観察眼は、期せずして米国の――ということはある程度まで普遍的に資本主義・大衆民主主義国家の――変化を、その渦中において定着させた。巧まざる天才であろう。

これと、青年が大人になるときの通過に伴う痛みと発熱を重ね合わせ、織り合わせ、後半に及ぶにつれ疾駆する筆致でスピード感の中一編の物語としてしまった手腕に、ディックの天稟はその本領を発揮している。

主人公が生きる世界と、未来が分からないこと――何が分からないかさえ分からないこと――への恐怖を描いて、次のパッセージは美しくも象徴的だ。やや長いけれど、訳文解読への橋渡しとするつもりもあり、読んでみてほしい。



彼の心に生き生きとしたイメージが浮かんだ。燦々と明るい夏の朝、お店を開ける光景だ。すがすがしい湿った大気は、夜露の香りがして、クルマや歩道に瀲灎(きらきら)と光を散らしている。小走りの秘書たち、日よけを巻きおろす商店主。ゴミ屑を暗渠に押しやる黒人。人々の市声(ざわめき)と物音。町が息づいて、あわただしい日常が始まる。ヘルス・フード・ストアのコーヒー…電話がりんと鳴って…オルセンがその日の修理品を携えて、不機嫌な顔でトラックに乗りこむ。

「そうなんだ」と彼は破れかぶれになって言った。足を速めた。暗闇が怖い。マーシャと遠出した晩を思い出した。あの蕪(あ)れはてた道。駐めた車。蟋蟀(こおろぎ)の音色。あからさまに索漠とした孤独と荒廃。「家に帰って寝よう――あしたは早起きしなくちゃ」

「寒いわ」とエレンが言った。彼に肩を寄せて、からだを震わせ、遅れまいと急ぎ足になった。「ねえ、ちょっとピートを抱いてくれる?」

ハドリーは息子をひったくるように受け取った。赤ん坊はびくっと動いたが、目を覚まさなかった。頭上の寒々とした星辰(ほしぞら)が、刻一刻、遠ざかっていくようだ。広大無辺の宇宙。一箇の人間が取っ組み合うには、巨きすぎる。いったいどうして危険を冒して、そこに飛びこみたいなんて思えたんだろう。不毛にして猖獗を極める宇宙。無限の涯まで延々と続いて、人の煩悩にはまるっきり無関心だ。いまでも彼の憧れは、心温まるあの店にあった。人手で建ててあって、行き届いている。そしてあれこそ、彼に披(ひら)かれた唯一の世界だった。あそこに浸かって、すっぽり身を沈めていたい。



ぬくぬくと浸れば浸れる日常があって、手の届かない広大無辺な宇宙がある。これを二元対立ととらえる図式が、著者の描く若さの凝縮である。なにか、違った自分、どこへだか、わからないところへ行く自分。そんな自分を想像することは、寒々として、かつ魅了してやまない。怖いけれども、見ずにはすまされない。

サリンジャーの「ライ麦畑」(とその翻案、本邦の庄司薫)を読んで、自分のことかと思った若者は、評者の知る限り1970年前後において少なくなかった。本書にも、読み手をしてそう思わせる力があるだろうと信じたい。残念ながら、もはや若さと縁を切って長い評者には、主人公がしでかす自分探しの彷徨とそのエクセントリシティは、しばしば付き合いきれない嫌悪感を催させたが。

いま長い引用をしたには、もうひとつのワケがあった。本書は先刻示唆の通り、原典に対する翻訳という中性的地位に甘んじようとしない。量において圧倒的、その用法において異端的といえる語彙の豊富さが、訳書にそれ自身として屹立することを要求している。そこを、ごくかいつまんで見る用にも供したかった。

原文と照らし合わせたところ、引用範囲において誤訳と言えそうな箇所は一点のみ。「宇宙」の形容として現れる「不毛にして猖獗を極める」は、原文においてarid and hostileで、ここは「不毛にして人を寄せつけない」くらいにしておくべきだったか。

が、重箱の隅をつつくのはさておいて、荒蕪の蕪に「荒れ果てた」の意味を与え、星辰に「ほしぞら」とルビを振る訳者のこだわりはどうだ。市声をざわめきと読ませるその出典は、どこに。

極めつけは「瀲灎」であろう。レンエンと読むことと、その語義を知っていて、初めて「きらきら」なるルビが振れる。こういう箇所を見て評者にすぐ想起されたのは、小林秀雄がその初期に「人生斫断家アルチュル・ランボオ」という評を書いたとき、東大仏文同期だった中島健蔵(だったと思う。いま再確認するゆとりがない)が、「シャクダン」という字をどう読むべきかわからず、閉口したと告白した故事だ。

小林訳のランボーは専門家から誤訳の数々を指摘されながら、安岡章太郎など「旧制高校生の気風が漂う」独自の訳だと愛好する読者が絶えないゆえ、今日なおその価値を失っていない。ディック処女作の阿部重夫訳は、誤訳曲解において甚だ少なく、当て字難読字の頻用において際立ち、それゆえに一個の独自世界をつくった。

いま任意に412ページを開いてみると、こんな表現がある――「噪々たる万竅怒号(ばんきょうどごう)の音。あたりを圧する鼓鼙(こへい)の轟き」。実は怒号の「号」には口扁がついているのだが、パソコンにそんな字は備わっておらず、略字で済まさざるを得なかった。さだめし、版元は作字に神経と多少の追加出費を払わざるを得なかったことだろう。

ところが原文においてこの一節は単に、the continual shuffling tramp of feet above him, the disturbing roll and boomと、ごく平易な文章だ。それなら訳者が見せた漢字の選定はただの大仰、衒学趣味に過ぎないかといえば、そうと言い切れない。

辺りを圧するような足音の発生源は、例の黒人伝道者につき従って祈りの集いに集まろうとする群衆である。聞き手はそこに、畏怖や恐怖を感じ取っている。そのニュアンスまで表そうとしたとき、訳者には、明治時代に生きていた漢字が蘇った。と、言うのでは物足りない。こういう場合に、漢字のみのもつ象形性、図像イメージを湧き上がるに任せる観念世界をもつ訳者を得て、初めて、ディック処女作は日本語に置き換えられたのである。

評者がひそかに推察するところ、この訳者は、表意・象形文字としての漢字が喚起する脳内図像に対し、定期的な捌け口が必要な類の人物なのではないか。なかんずく、それが思想の言葉となった場合、言葉それ自体が命を得て、他の言葉と交流し、触発しあうさまに、汲めども尽きせぬ魅力を感じる人であるに違いない。

訳者は本書本文において、いま述べた段落前半の欲求にカタルシスを与え、後段の志向には、巻末解説をもって満足を与えたかにみえる。訳者には、近代思想それ自身を主人公としその大河ドラマを描く類の、壮途というほかない未完作(『有らざらん壱』、『同、弐』、オンブック刊)がある。汲み取れる疑いもない特徴とは、天才たちの頭脳が胚胎する言葉と、それが実人生のドラマによって意想外の交流を果たし、化合し昇華して新たな何かに変異していく様を、ことのほか面白いと思ってやまない強い性向である。

してみると本書は、訳者の語の真の意味における道を楽しむ業、すなわち道楽であろう。多用な中よくもできたものだと訳業に驚く人は少なくあるまいが、訳者にとっては寝不足が重なる以外、苦にならない。むしろ欠くべからざる一種の代謝機能を、訳業に果たさせているかにすら思える。

(たにぐち・ともひこ内閣審議官・慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授)

「いつかはゆかし」やっと処分勧告

本誌4月号(3月20日発売)で批判した「いつかはゆかし」で知られるアブラハム・プライベートバンクに対し、証券取引等監視委員会が、ようやく金融庁行政処分を勧告すると報じられた。

うーむ、三歩どころか、半年も早く本誌は「『いつかはゆかし』の化けの皮」の記事で報じたのに、今ごろ当局が動くとは、ちと遅いなあ。

ネットを使った派手な宣伝で、本誌の批判にもかかわらず、ここまで生き延びたのは残念でならない。6月末で746億円の契約と豪語しているらしいが、ほんとかね。アルファ・ブロガーの「やまもといちろう」君も公開質問状を送るなどして突き上げていたが、なかなか動かない当局にこちらもハラハラしていた。

日経の報道によれば、「投資助言業は逸脱していない」とまだ言い張っているらしいが、助言のアドバイス料だけで、あの派手な広告費を賄えないのは誰が見ても分かる。英系運用会社からのキックバックがあったからで、そのからくりを見破ったのは「やまもといちろう」ブログの功績である。

アブラハムの内部資料によれば、投資好きの個人が開いているかのような複数のサイトを操って、巧妙に「いつかはゆかし」を売り込むステルスマーケティングの手法を駆使しており、金融庁はネットを使ったアブラハムのいかがわしい商法を暴いてほしい。




「内部告発」のマグマ

ある証券会社の会長は心配そうな面持ちで「まだあるの!?まだあるの……?」と念を押すように二度繰り返した。損失隠しを続けている会社のことだ。

弊誌のもとにはオリンパス事件以降、今も様々な会社から内部告発が届くことは、これまでに当コラムで触れたとおりだ。そうした情報提供の中には、オリンパスよりも大きく、しかもアタマに“超”がつく優良企業についての情報も含まれている。当然、外国人投資家も少なくないから、記事になれば株式市場への影響は小さくはあるまい。

例えば、あるメーカーの関係者からは海外の関係先に有価証券投資に絡んだ損失を隠している、との情報が寄せられている。損失隠しに関連してのことか、金融機関との間で通常なら考えにくい金融取引契約を結び、有価証券報告書への記載義務が生じない形で巨額の担保を差し入れているから、そこには何らかの意図が働いているのだろう。これに伴って財務諸表には不自然で不可解な資金の出入りがあったことを疑わせる痕跡も数字として残っている。

こうした企業の通弊なのか、この会社もオリンパスと同じく風通しが悪いようで、2ちゃんねるには社員たちの不平不満がぶちまけられている。情報開示も積極的とはいえず、アナリストの間でも「こうした開示姿勢と企業統治上の問題は根っこがつながっているのでしょう」との指摘がある。

オリンパスがそうであったように、問題にいったん火が付けば、社内外の不満分子から堰を切ったように情報が寄せられるに違いない。議決権助言会社のように、日本企業の不祥事を虎視眈々と狙っている海外勢も、ここぞとばかりに牙をむくだろう。

メーカーばかりではない。

ある大手金融機関では隠し損失をロンドン現地法人にトバしておいて、孫会社のノンバンクに損失を移し替えたという。のちに子会社(このノンバンクの直接の親会社)同士の合併に際して、ノンバンクに対して1000億円ほどの資本注入をこっそり行い、急場をしのいだ。しかし関係者によると「1000億円の増資では到底足りなかった」というから、トバした損失額はそれよりもはるかに大規模だったのだろう。

相場に追い風が吹いていた局面でも、この金融機関だけは他に比べて有価証券のディーリング益が見劣りした。97年に自主廃業に追い込まれた山一証券がそうであったように、ディーリングで稼いだ利益を損失の穴埋めに使っていたのだろう。「1000億円では足りなかった」という証言とも符合する。

今回、少しだけ手の内を明かしたのは、こうした情報提供の中にはいずれきちんとした形で記事にできそうなものや、捜査関係者たちが「ここの財務諸表はいつもどこか変だよね」と言い合う会社も含まれるからだ。

さらに言えば、監査法人の責任が改めて問われかねない問題を含んでいる。本誌最新号ではオリンパス事件で問われたはずの監査法人や日本公認会計士協会の責任がうやむやになってしまったことも触れたが、そうはいくものか。

(この記事は本日ロイターに配信したものです)