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最後からの二番目の真実

井上久男『メイドイン ジャパン 驕りの代償』のススメ

安倍政権の「三本の矢」に期待が集まっている。一本目の矢が金融政策(思い切った量的緩和)、二本目の矢が財政出動(補正・本予算での公共投資増大)、そして三本目の矢が成長戦略である。

一本目、二本目の矢は実はそう難しくない。日銀と財務省の尻を叩けばいいからである。が、三本目の矢は霞が関ではどうにもならない。それを勘違いしているのが、3・11で閉門蟄居の身となっていたのに、安倍官邸では一転して政務秘書官を送りこんで、捲土重来と鼻を膨らましている経済産業省である。

経済産業政策局長、石黒憲彦氏の「志本主義のススメ」のブログがその典型ですな。どうせ部下に書かせているのだろうが、四人組時代の石黒氏を知っている身としては、ちゃんちゃらおかしい。当時の産政局長解任に走り回ったのはたった1週間、衆寡敵せずと見るや、たちまち洞ヶ峠だった。

そんな彼に、産業再生なんて語る資格があるとは思えない。たとえば、1年前、エルピーダ会社更生法申請のときに、「志本主義のススメ」で何て書いたか。



「危機対応業務」の損失担保制度の創設をはじめ政策の立場から当該企業に係わりがあった者として心苦しく思っております。127回で詳しく書きましたが、リーマンショック後は、大企業ですら資金繰りに窮し、一時的に資本まで大きく毀損して財務制限条項(コベナンツ)に抵触し新たな借り入れが困難になる企業が出る怖れがありました。このため危機対応業務の一環として、当時の異常な空気に支配された経済状態の中で、雇用やサプライチェーンの維持の観点から連鎖的な影響を与えるような企業に対して、他の民間金融機関の協調融資を前提にこれを補完する呼び水としての政策投資銀行の出融資に対して、政策金融公庫が一部損失補填できる仕組みを非常時の資金繰り対策の一環として措置しました。

エルピーダは、その後危機的状況を脱し、2年間は業績も回復して昨年夏までは自力で市場からエクイティファイナンスができるようになっていましたから当初の目的は達したのですが、昨年夏以降欧州危機等でPC需要が低迷する中での歴史的円高ウオン安で業績が悪化し始め、タイの洪水が追い打ちをかけ、今年に入って急速に業績が悪化してしまいました。この間、国際再編を通じた構造的な取り組みもトライされてきましたが、今度こそという土壇場で相手企業のCEOが航空機事故で亡くなるという不運に見舞われ、運にも見放された感がありました。

結果として国民負担が発生するような事態が起こったことは誠に残念ですが、事ここに至っては国内の事業と雇用を残すことが最も重要で、傷を深くせず、根本的な再生プランを策定するまで暫く時間を稼ぐという意味で、エルピーダの経営陣が会社更生法申請を早めに決断して良かったと思っています。



残念とは言うけれど、我田引水、ほんとは反省してない。

さて、井上君の著書『メイドイン ジャパン 驕りの代償』だ。日本企業が敗退したのは、政策の誤りだけではないことが分かる。パナソニックの「口下手な独裁者」中村邦夫の雷のエピソードは笑える。朝日でパナ担当だった井上君自身が中村に落とされたのだが、ほんとうはAERAの記事のそば杖で、そのAERAの記事もまた、私が当時いた雑誌のアタマ記事の半年遅れの記事だったから、他人事とは思えなかった。

朝日の場合は当時の箱島信一社長が全面降伏、ドッコイショ記事で広告を載せてもらい、あげくの果てに大坪時代に三洋電機買収という暴挙も、プラズマテレビへの過剰投資も批判することができなかった(ちなみにFACTAはちゃんと批判しています)。

中村―森孝博副社長ラインが、今日のパナの惨状を招いたA級戦犯であることを井上君の本は明示している。大坪前社長の「まるごと戦略」も、幸之助の水道哲学の焼き直しに過ぎないことがわかる。

この本ではパナソニック、シャープ、トヨタ、日産自動車とかつて彼が新聞記者として密着した企業の現場から論を組み立てているから、石黒局長みたいなお経には陥っていない。

成長戦略は机上からは生まれない。それがついに分からなかったのが、民主党政権で成長戦略を担当した近藤洋介衆議院議員である。経産省の手玉に乗せられて、山のようにペーパーを与えられていたが、ついに現場を理解していなかった。

その安倍政権版が甘利明・経済再生担当相(経済財政担当・社会保障と税の一体改革担当)である。これまた、「志本主義のススメ」とそっくりのことを言っている。こりゃダメだ。

現場に立ち返る気があるなら、井上君の「驕りの代償」を読めばいい。「他山の石」のヒントはいくらでもある。1月26日、2月2日、2月9日と三週連続でNHKが「メイド イン ジャパン」を放映しているが、日本立て直しの出発点はここにしかないと思う。

日経のレアアース報道のお粗末

思わず苦笑してしまいました。1月31日付の日経朝刊の国際面に載った『中国レアアース輸出額、12年は66%減価格低迷で』と題する記事のことです。中国の通関統計から、2012年のレアアース「輸出額」が前年比66.1%も減少したことが判明。しかし「輸出量」は同3.5%しか減っておらず、輸出額の激減はレアアース価格の低迷が原因という内容です。

ポイントは価格低迷の理由。記事にはこう書かれています。



価格低迷の背景には、レアアース需要の急増にかけていた投機筋が損失覚悟の売りに動いたこともある。日本企業の技術開発などでレアアース需要の急激な増加が見込めなくなった。中国でもレアアースが高騰する11年夏まではエアコン向けなどに、レアアースが必要な高性能磁石を採用する動きが広がった。しかし、価格高騰を受け、急速に高性能磁石の使用を控えるようになった。



おやおや、と思いましたよ。この記事は中国特派員の署名入りですが、日経は昨年10月25日付の朝刊に同じ記者の署名で『中国、政治利用が裏目にレアアース生産停止』という記事を掲載。価格低迷の理由を次のように解説していました。



(中国政府が)供給を絞ったためにレアアース価格の暴騰を引き起こした。日本企業は代替品の開発で使用量を削減し、オーストラリアや米国など調達先の拡大にも動いた。この結果、中国産の需要が急減。11年夏をピークに価格が下落に転じた。



3カ月前は「日本企業の技術開発と調達先多様化」が理由だったのに、昨日の記事では「調達先多様化」がどこかに消えています。さらに、投機筋の投げ売りと中国企業の買い控えという新たな理由が加わっている。なぜこっそり変えたのでしょうか。

これは本誌2月号の記事『レアアース「脱中国」の大嘘』の影響に相違ありません。2011年のレアアース暴騰の正体は、中国の業者による輸出許可証の投機から生じたバブル。レアアースを大幅に節減できる新技術はまだ開発途上であり、需要激減の最大の理由は日本企業の在庫積み増し一巡です。調達先の多様化は見せかけで、中国産レアアースが第三国経由で日本に入っているだけ。経済産業省が540億円の税金を投じて権益確保に動いている中国以外の海外鉱山からは、まだ1kgのレアアースも日本に輸出されていない――等々、日本の大手紙が全く報じていなかった事実を本誌が明らかにしましたからね。この期におよんで3カ月前と同じ説明では、さすがにまずいと日経も考えたのでしょう。

とはいえ、レアアースバブルの発生と崩壊は1年以上前の出来事。なぜ3カ月前に正確な報道ができなかったのか、腑に落ちません。2つの記事に署名した記者を小生は直接知りませんが、伝え聞く話では現場を地道によく回るタイプだという。中国のレアアースバブルの実態を知らなかったとは考えにくい。

日経を含めて、新聞の多くは海外発の記事を記者の署名入りにしています。しかし、実際には複数の記者が分担して書くケースも多いし、日本の本社デスクの意見も反映されるのが普通です。

実は最近、海外駐在の記者から「本社デスクに記事を勝手に書き換えられた」「両論併記の記事を送ったら、片方の論だけ落とされた」「署名を外してくれと頼んでも無視された」などの愚痴をよく聞かされます。先の日経の記事も、レアアースで日本が中国に一矢を報いたという“美談”に仕立てたいがため、本社が手を加えたのではないか――。そう勘ぐりたくもなります。

もしこの憶測が事実なら、小生も短くない期間、籍を置いた新聞社ですから、悲しくなりますね。あなたがたは新聞をつくっていない。事実に基づかない自分の偏見と独断を読者に押し付けているだけです。記者の取材を改竄する担当デスクや局番、そして岡田直敏編集局長の奮起を望みたいところです。

それにしても、日経は中国の苦境を報じるのもよいが、バブル崩壊で高値づかみしたレアアースの過剰在庫を抱える日本企業の不都合はなぜ伝えないのか。また、相場暴落で市場環境が一変したにもかかわらず、経産省は血税1300億円を投じたレアアース対策を見直そうとしない。特定の産業に補助金を集中投下する「ターゲティング・ポリシー」の欠陥そのものなのに、なぜそこを突かないのか。“一流(?)経済メディア”としての地力が問われていますよ。

「ハコ企業」の相棒逮捕で鬼の居ぬ間の猫ババ?

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

最近「ハコ企業とは何ですか?」という質問を受けることがある。オリンパス事件に関わっていたとみられる人物が過去に、この「ハコ企業を悪用して怪しげな増資を行ったり、社債を一般投資家に引き受けさせて損失を被らせたりしたことを、我われが散々記事に書いてきたためだろう。

仕手筋やいかがわしい投資ファンドが上場企業を乗っ取ってこれを器(=箱)とし、資産を食い散らかしたり一般投資家のカネを巻き上げたりする。まっとうな投資を心掛けて銘柄を選んでいる投資家ほど馴染みのない言葉だから、「ハコ企業とは何ぞや」という質問が出てくるのは当然だ。

こうした企業は単なる容れ物に過ぎないから、資産や事業の有無はどうでもいいのかもしれない。上場企業という金看板を使い、実現しそうにない新規事業立ち上げを発表、株価がポンと上がって、デイトレーダーなど何も知らない“素人”筋が食いついてきたところで、こっそり売り抜けるという手口である。

ハコ企業になったときには、すでにめぼしい資産がほとんど空っぽになっていることもある。乗り込んできた仕手筋や投資ファンドが、法外な安値で買い取ったり、外部に叩き売ったりするからだ。このコラム第一回でも、オリンパス関連の海外“飛ばし”の道具となったファンドの運営者、チャン・ミン・ホン容疑者(台湾出身)がロサンジェルスでFBI(米連邦捜査局)に逮捕されたことを報じたが、その相棒として数々のハコ案件で“共闘”してきた日本人Mの動きが慌ただしい。

シンガポールの金融筋によると、チャン容疑者がFBIに逮捕された直後から、Mはスイスに預けてあった過去の儲け分1億ユーロ(約120億円)をシンガポールに移そうとして、資金の出どころを聞かれて難航しているという。

株や不動産の投資運用で儲けた資金として、金融機関への書類にはベネフィシャリーはMの名前になっていたが、それだけでは足りずに運用記録や証券会社の売買記録書類などまで提出を求められ、あわてて金融機関やファンドに当たっているとの話が流れている。あげくに、チャン逮捕をこれ幸いと、ふたりで一緒に稼いだものを、一人でネコババしようとしているのではとの噂も流れる始末である。

Mは今でも国内にハコ企業を抱え、そのCOO(最高執行責任者)に就いている。自らの保有株をはめこもうと個人投資家を引っ張り込んでいるというから、ハコは現在進行形なのだ。それもこれも、上場企業とは名ばかりの企業を野放しにしている証券取引所の責任である。

餌食になる企業は何らかの理由で業績が悪化し、手の施しようがないほど財務内容が悪化している場合が多い。資金繰り倒産を避けようと苦し紛れに出所の怪しげな資金を受け入れ、それとともに出資者を役員として迎えてしまう――というのがハコ企業に転落する一つのパターンだ。Mのハコ企業もその例に漏れない。

オリンパスは、投資の失敗を隠すためにバランスシートを二重底にしなければならなかったほどだから、仕手筋や投資ファンドが食いついてハコ企業にしてしまう可能性が十分過ぎるほどあったわけだ。飛ばしという弱みも握られており、「怪しげなファンドを便宜的に使ってみただけ」という話では済まなかったに違いない。

現に社外取締役の中にはオリンパスが得ていたはずの投資利益を仲間で山分けにしていた者もいたから、会社の資産が蚕食されていたという点ではオリンパスはハコ企業になりかけていたのだろう。問題が発覚していなければ、社内には怪しげな連中がさらに多く蔓延っていたのではないか。

日本を代表する精密機器メーカーであり、日経平均株価の採用銘柄でもある企業が、実はハコ企業に転落しかけていたとは身の毛もよだつような話だ。バブル期にも闇の勢力が上場企業から巨額の資金を吸い上げてしまったイトマン事件に似ていなくもない。

こうしたハコ企業になりかけている企業は少なくないし、ハコ企業を手に入れた金融のゴロツキたちは、次のハコを手に入れようと新たな金融犯罪に手を染める。しかもハコ企業を使って得た資金は犯罪性の強い場合も多く、これを反社会的勢力が放っておくはずがない。なにしろ巻き上げても警察に被害届が出ない資金なのだ。

ハコ企業を操って暗躍する金融のプロたちは今も増殖中で、これまでよりもきな臭い連中が集まっている。彼らはICT産業や人材派遣業、一部の小売業など、カネの臭いがするところには業種の壁を乗り越えてどこにでも現れ、捜査当局も虎視眈々と狙っている。

西武HDへの質問と回答(2)

FACTAの質問と西武HDの回答の後半です。



6) サーベラスは西武HDの代理人を務める森田健二弁護士に不信感を募らせているようです。プリンスホテルの日教組宿泊拒否についても、森田弁護士の強硬方針に後藤高志社長が従って、プリンスホテル社長らの書類送検(起訴猶予)を招いたと聞いております。事態打開のため、森田代理人を解任するお考えはありますか。

(回答)
当社は一般的な企業と同様、様々な事象に対して複数の弁護士から法的な側面でアドバイスをいただいております。それらのアドバイスは参考にしつつも、当然のことながら最終的な判断は当社の経営判断として行っております。特定の弁護士に関わることについては通常コメントはしておりませんが、森田弁護士について敢えて申しあげますと、その専門性の高さから、日頃から様々な事案について適切なアドバイスをいただいております。また、ご質問に記載されている過去に訴訟となった日教組との関係については、高輪・品川地域の近隣住民、学校、病院等へのご迷惑、損害の発生を避けようと、また何より当日の受験生への悪影響を回避するために、当社グループの経営判断として行ったものです。

7) 西武HDが発足した2006年当初、後藤社長は2008年度中の株式上場を公言していましたが、いまだ実現していません。13年中に上場が実現できるのかどうか、御社の見通しをうかがいたい。また、サーベラスとの関係がこじれて上場できない場合の後藤氏の経営責任をどう考えますか。

(回答)
当社は、早期にかつよい形での上場を目指し、全力を尽くしてまいりました。上場の時期については引き続き未定ですが、今後も企業価値の向上に取り組み、そのように全力を尽くしていくことが後藤の経営責任であると考えております。なお、西武HD発足後に上場時期について、正式に発表したことはございません。

8) 後藤氏はかねて親しい斉藤惇・東証社長に橋渡しを依頼したといわれていますが、斉藤社長とこの件についてどんな話し合いをしたのかご説明ください。

(回答)
ご質問に記載の事実はございません。

9) 解体が始まった赤坂プリンスホテルの再開発「紀尾井町計画」は総事業費980億円とされています。上場の見通しが立たないなかで、連結有利子負債8470億円(12年3月末)の御社は主取引銀行のみずほ銀行などから資金調達できるのでしょうか。

(回答)
資金調達に問題はないと考えております。
なお、ネット有利子負債残高につきましては、2005年3月時点では13,500億円であったのに対し、2012年9月末時点では8,242億円と大幅に改善している状況です。

10) 西武HD傘下の「西武総合企画」がプリンスホテルのリストラ社員の受け皿になっていて、レストランのシェフが駐車場の管理係などに配転されることが頻発していると言われていますが、それでもプリンスの赤字が解消しないのはなぜですか。

(回答)
ご質問の趣旨の事実はありません。当グループとしては、グループ全体で人材の適正配置を行っております。

まず、西武総合企画につきましては、当初、特定旅客自動車運送事業を営むことを目的として、1983年9月1日に設立し、平成2年以降「警備業」「清掃業」にも事業を拡大してきました。2012年10月には送迎バス事業と清掃事業・警備事業という性質の異なる事業を分割し、それぞれの事業に特化することでより質の高いサービスの提供と効率的な運営を図ることを目的に分社化をいたしました。特定旅客自動車運送事業・受託管理業部門を新設分割して、新たに「株式会社西武総合企画」に、また清掃事業・警備事業につきましては、「株式会社西武SCCAT」とし、清掃、警備に限ったサービスのご提供のみならず、清掃、警備と施設管理をパッケージにしたファシリティマネジメント事業に取り組んでいます。両社ともグループ内の戦略会社であり、ご質問に記載されたような会社ではありません。

次に、株式会社プリンスホテルの業績についてですが、リーマンショック、東日本大震災がホテル・レジャー事業に大きく影響しましたが、財務体質の強化に粘り強く取り組み、徐々に確実に収益を上げられる体質となってきました。2013年3月期第2四半期決算で発表させていただいたとおり、2012年9月末では営業利益41億円、経常利益21億円、四半期純利益18億円となっており、現状、通期でも黒字を確保できる見込みです。



回答は以上であるが、8)については補足したい。質問に対し、「記載の事実はございません」と返答しているが、これは斉藤惇・東証社長に「橋渡しを依頼したといわれている」に対する回答と考える。後段の「どんな話し合いをしたのか」については説明を避けていると解釈した。

FACTAは別途取材で、後藤・斉藤両社長が会っていること、そこで西武HDの上場問題が話題に上がったことを確認した。「話し合いをした」事実はある。だとすれば、そこで何が話し合われたかについて、両者には説明責任があると思う。

西武HDへの質問と回答(1)

FACTA最新号は、西武鉄道やプリンスホテルなどを傘下に持つ西武グループの持ち株会社、西武ホールディングスの再上場が、なぜこじれて暗礁に乗り上げてしまったかを報道しています。昨年12月の週刊文春報道で、筆頭株主サーベラスとの間で資本提携契約解除をめぐってトラブルが起きていることが明るみに出ましたが、FACTAは西武HDとサーベラスの応酬の全容を掌握、オーナーの堤家を封じ込めてきた後藤高志社長のもとで、西武グループに何が起きたかの「決定版」報道と言えるものです。

カリスマ堤義明逮捕後に、メーンバンクのみずほコーポレート銀行から送り込まれた後藤社長が、堤家封じに米ファンドを引っ張り込み、今度は「東証の指導により」という名目でファンドを切り捨てようとしたのは、銀行管理会社でよく起きる「株主殺し」の典型と思えます。上場仮申請を受けた東京証券取引所も含め、企業立て直しの過程で浮かぶ日本の「間接金融の病理」に光をあてました。

FACTAは西武HDに対し10項目の質問状を送り、年明けに同社から返答をいただいた。西武HD広報は「上場準備中の会社として情報の開示に制約がある中、最大限回答させていただく方針で対応させていただきました」との前置きしており、弊誌も記事には可能な範囲で反映したが、その誠意に呼応してここにその質問と回答の全文を掲載します。各項目の前段がFACTAの質問、後段が西武HDの回答である。



FACTAの質問と西武HDの回答

1) 御社は12年5月18日に東証に上場の予備申請を行い、その後で6月8日付でサーベラスに対して、05年に締結した「資本提携に関する契約書」および「合意書」の解約申し入れ書を送付しました。予備申請前に行うべき筆頭株主との協議を後回しにした理由は何でしょうか。

(回答)
一般に上場を目指す会社は、法令等により、情報の開示について多くの制約を受けており、当社もそれに則って対応しておりますため、大変申し訳ありませんが、上場準備に関わる具体的事項、申請事務に関する具体的な手続の進捗についてお答えすることはできません。但し、ご質問に「予備申請前に行うべき筆頭株主との協議を後回しにした」とございますが、そのような事実はございません。当社といたしましては、上場廃止株の再上場であることもあり、上場準備にあたっては、法令や東証のガイドライン等に従い、関係機関からご指導をいただきながら、公正・適正に手続きを進め、コンプライアンス上、万全を期して臨んでいます。

2) 同申し入れ書には本申請の予定日を7月18日としています。この本申請はサーベラス側の解約不同意により延期されたと見られますが、東証自主規制法人上場審査部に対し御社もしくは幹事証券のみずほ証券は仮申請を行ったのでしょうか。行ったとすればいつであり、東証は受理して審査を開始していないということでしょうか。

(回答)
大変恐縮でございますが、上記(1)の回答と同様の理由により、上場準備に関わる具体的事項、申請事務に関する具体的な手続の進捗についてお答えすることはできません。また、東証の対応についても、お答えできる立場にございません。

3) この申し入れ以降、御社はサーベラスと文書のやり取り以外の協議を拒絶し続けていますが、筆頭株主との協議をなぜ行わないのでしょうか。サーベラス側は上場審査部との相談に同行したいとの希望も断られたとしていますが、なぜでしょうか。

(回答)
個別の株主との関係に関わる具体的な事項にはお答えできませんが、当社は、公正な手続上許容される範囲での協議は拒絶しておりません。ご質問の内容は事実と相違しています。また現在も、当社よりサーベラス社に対して上場に向けての具体的な協議の開始を要請しておりますが、応じていただけておりません。

4) 10月29日までに、契約書解約に関する合意書のドラフトにサーベラスが合意しなければ「本契約は当然に解約されて終了」としたことから、サーベラスは、法的措置(訴訟)も辞さないとしています。関係改善の意思はありますか。

(回答)
個別の株主との関係に関わる具体的な事項にはお答えできませんが、当社としては、上場廃止株の再上場であることもあり、上場準備にあたっては、法令や東証のガイドライン等に従い、関係機関からご指導をいただきながら、公正・適正に手続を進め、コンプライアンス上、万全を期して臨んでいます。例えば、手続きを進めるにあたり、上場障害事由となる特定の株主に特別な権利を付与するような契約や条件提示があれば、当然のことながら諸規則・ルールに則り契約解消を求め、提示条件をお断りするのが原則であり、そのような対応を含めて、いささかなりとも公正・適正さが疑われることがないように手続きを進めていかなければならないことを、サーベラス社にも理解していただくべく努力していきたいと思っております。

5) サーベラスは投資銀行が昨年10月と今年4月の2回にわたって実施した西武HD株式の評価 について、わずか半年で評価額が大きく下落していることに疑問を表明していますが、評価額下落の理由について説明してください。

(回答)
ご質問の主旨は上場時の株価に関することかと推察いたしますが、上場時の株価は、IPOの価格設定プロセスに基づき、企業の事業価値、市場動向、投資家の実際の需要など、様々な要素を勘案して決定されるものであり、特定の株主や発行体企業の思惑で動かせるものではありません。また、ご質問の投資銀行による一定期間の株価評価には当社は一切関知しておりません。
また詳細は申しあげられませんが、当社の想定株価に対するサーベラス社独自の考え方は、まだ具体化していない事業についての評価を過大に織り込む等、公正な株価形成を損なうものであると考えております。



以下、次回。

逃げるな! 日銀

本日(1月22日)、日銀は政策決定会合で、あれだけ抵抗していた物価目標2%を呑み、パンツを下げてしまう。FACTAは日銀総裁会見に出ても、オブザーバー参加で質問権がないから、参加しない。しかし、日銀記者クラブの諸君は、ちゃんと質問すべきである。

総裁、あなたは安倍政権に無理を押し付けられた顔をしているけれど、自らから望んだでしょ、と。

そしてまた、それを指摘されるのが怖いんでしょ、と。

その証拠をお目にかけよう。

12月29日、わが古巣の日本経済新聞は、1面アタマと中面を使って、白川総裁の独占インタビューを載せた。見出しはこうである。



物価目標、政府と連携日銀総裁インタビュー
2%議論へ 「緩和・成長策で」



その日、FACTAは日銀政策委員会室にメールを送った。



日経1面アタマとは恐れ入りました。御用メディアでのアポロギアでは意味がありません。どうしても正当化したいなら弊誌以外にないでしょう。

白川さん、FACTAのインタビューに応じる勇気はありますか。1月の政策決定会合後でも結構ですけど。

ちなみに総裁会見だとオブザーバー扱いで私に質問権がないので、出ても意味がないのです。それゆえ単独会見を要望します。



半ば覚悟の上、返事が来なかった。少なくとも2012年中は。12月29日では、もう仕事をしていなかったのかもしれない。

そうしたら、1月7日に日銀から返信のメールが届いた。



新年明けましておめでとうございます。

大変ご無沙汰しておりました上に、お返事が遅くなり大変申し訳ございませんでした。

小生は引き続き広報担当および経済団体渉外担当をしておりまして、日々メディアの皆様からご指導頂いております。

ご提案ありました総裁へのインタビューの件につきましては、同様のご要請が他社からも数多く寄せられておりまして、それらも踏まえながら考えさせて頂くことになると存じますが、総裁、副総裁の更迭時期まで間もないことを勘案しますと、ご提案をお受けすることは難しいかと存じます。

事情ご推察の上、よろしくお願いいたします。

日本経済にとって今年が素晴らしい年にすべく、日本の中央銀行として全力投球で参りたいと存じます。ご指導、ご支援、よろしくお願い申し上げます。



ていのいいお断りと思わない人はいるまい。これぞ慇懃無礼の最たるもの。落城したのち、その城主に一番槍を突きつけた当人が、訊問するとはあんまりだ、ということだろうか。

いいですよ、白川さん、退任した後、お暇になってから、ご自宅に夜回りかけましょう。ストーカーと言われようが、何だろうが、FACTAは諦めません。

ニクソンだって、フロストの番組に出たのです。出る勇気のない人間には、終生烙印が押されます。砂に頭を突っ込んだダチョウだと。

で、本日は考え直す時間はないでしょうから、日銀がいちばん嫌う宿敵、高橋洋一・嘉悦大学教授がFACTAの誌面で、いかに批判してきたかを公開しましょう。

日銀記者クラブの諸君にも、本日の会見の前に精読して頂きたい。以下の寄稿で、白川日銀の失態がどこにあったかを、ご本人および山口副総裁、中曾理事もわきまえてください。

http://facta.co.jp/article/201211016.html
http://facta.co.jp/article/201203001.html
http://facta.co.jp/article/201104013.html
http://facta.co.jp/article/201103053.html
http://facta.co.jp/article/201003049.html
http://facta.co.jp/article/201001053.html
http://facta.co.jp/article/200911061.html

緊急公開 「サハラの人質」を5カ月前に予見した記事

アルジェリア東部のイナメナスにある天然ガスのプラント建設現場が、イスラム過激派の武装勢力に襲撃され、日本人を含む多数が人質となった事件で、アルジェリア軍が攻撃を開始、多数の死亡者が出たと報じられています。原発事故でエネルギー不安を抱えた日本の資源調達の最前線で不幸な事件に巻き込まれたことは、安倍政権にとっても最初の試練でしょう。

「三歩先を読む」FACTAは、昨年9月号でサハラ砂漠におけるテロの危険を指摘した記事「アル・カイダが制したサハラ古代都市」を掲載しています。インテリジェンス・ジャーナリストのゴードン・トーマス氏が寄稿したもので、その書き出しはこうでした。





アフリカ大陸の最貧国のひとつ、西アフリカのマリ共和国北部に、国際テロ組織アル・カイダの紋章をつけた新しい旗が翻った。この北部一帯がついにアル・カイダの手に落ちたのだ。灼熱の砂漠にはためく旗は、北方の隣国アルジェリアに暗い影を落としている。



トーマス記者の指摘は、ほとんど今日のプラント襲撃を予見していました。リビア崩壊によりカダフィの傭兵だった剽悍なトゥアレグ族が、武器を持ってアルジェリア南部やマリ北部に帰り、台頭する「イスラム・マグレブ地域のアル・カイダ」(AQIM)のもとで、重大な脅威になるとしていたからです。

アフリカの砂漠で展開されるこの力学、けっして他人事ではないことが証明されました。古代都市トゥンブクトゥーをご存じない方々にもぜひこの記事を読んでいただければ。

「居眠り磐音」と三菱東京UFJ

会社の経営者がどんな本を読んでいるかは、一昔前ならサラリーマンたちの関心事だった。懐かしい森繁の「社長シリーズ」の映画を思いだせばいい。1956年の「へそくり社長」に始まり、「社長太平記」や「社長漫遊記」などなどと続いて、70年の「続社長学ABC」まで延々33本もつくられた東宝の人気シリーズだった。チョビ髭の森繁社長のまわりにはべるサラリーマンたちの生態は、まさに鼻息をうかがうヒラメたちだったから、社長の話題に合せるためにその愛読書をせっせと読んだのだ。

今はもう、サラリーマンの大半は、社長が何を読んでいようが、何を「座右の書」としているかは、自分の関心事ではない。忙しい経営者が、どうせろくな本を読んでいるわけがない。愛読書と言ってもたいがいは時代小説――かつては山岡荘八とか、海音寺潮五郎とか、司馬遼太郎と相場が決まっていた。信長や家康、信玄や謙信、竜馬や海舟を繰り返し巻き返し特集にしていたビジネス誌も、とうにその手が効かなくなったことを悟っている。

そんな時代に珍しいものを見た。

日本経済新聞1月15日付朝刊の全面広告である。クロスメディア営業局(旧広告局)の企画広告で「ビジネスに生かす時代小説対談」なるものが載っていて、時代小説作家の佐伯泰英氏と、三菱東京UFJ銀行の元頭取・会長で現相談役の畔柳信雄氏が対談している。

おいおい、ほとんどアナクロだぜ、この感覚。下に佐伯氏の「居眠り磐音」第42巻の広告が載っているから、1500万部を売ったという人気シリーズにあやかった連休明けの穴埋め協賛広告なのだろうが、そこにメガバンクの元頭取をかつぎだすという感覚が、なんというか致命的に日経は古い。

しかもMUFGグループの方々はがっくりしたのではないか。「なんでウチの元トップが、時代小説家の客引き、または人寄せパンダをやらにゃいかんのですか」と天を仰いだに違いない。もう少しレベルの高い作品のファンであってほしかったのではないか。これでは、ウチの元頭取は、あんまりものを知りませんと公言するようなものだ。

いくら売れたといっても、佐伯氏の時代小説は、どう見ても濫作である。こんなに量産したら、質が劣化するのはあたりまえで、初期にあれだけ優れた競馬小説を書いたディック・フランシス、女性検死官という斬新なミステリーの主人公をつくりだしたパトリシア・コーンウェルですら、後になるとダレて惰性になっているのだから、佐伯氏のようなペースで書いたら薄味になるのは決まっている。

ところが畔柳氏、のっけから「家にある佐伯さんの本を数えたら、161冊ありましたよ」とモーレツに濫読してきたことをを明かしている。ふむむ、いくら読みやすいからといって、同工異曲のあの時代小説を161冊も読むほど、頭取って楽な商売なのかね。



最近、テレビを見ていてもホッとしません。ホッとするものを探していたら、佐伯作品に行きつきました。(中略)私は中学から大学を卒業するまで、サッカー一筋の「体育会系」なので、「チームのため」という生き方に特に共感を覚えます。しかし現代社会では「自分のため」というスタイルが主流です。それでは社会はうまく回らないと思うのですが……。



三菱銀行という「組織」に入って、「フォア・ザ・チーム」でやってきたことを自画自賛、それが「自分のため」であったことに何も気づいていない。メガバンクの頭取が、この程度のオツムとは驚きである。なるほど、自ら「体育会系」と称して、ものを考えないことを自慢してきたのも道理だ。

彼が坂崎磐音に見るものは、「あそこまで稽古をする主人公には、出会ったことがない」の一点。つまりプロに徹するサムライに感心したというのだ。しかしそのプロに自分を重ねて見ているらしい。システム部長として手がけた三次オンラインが、いくら陳腐化しても自慢のタネで、部下を辟易させてきたという。勘違いした“プロ”ほどはた迷惑なものはない。

だいたい、稽古好きと言ったって、作者の佐伯本人が「自分がスポーツしないものですから」とすぐそれがフィクションであることをバラしてしまう。チャンバラのシーンにはほとんどリアリティーがない。



琴平は、剣を炎暑の空に突き上げるように八双に立てた。

「うおおっ……」

雄叫びとともに琴平が疾走してきた。

間合いに入った瞬間、琴平の上体が伸びあがり、鎌首を持ち上げた大蛇のように磐音の肩口に剣が振りおろされた。

磐音の斜に構えられた剣が、伸びきった琴平の胴を薙いだ。

二人は睨み合うように静止した。

琴平の剣は肩口で止まっていた。



マンガである。こういう剣劇の描写を読んで、元頭取は「常に自分の役割の中でベストを尽くすことがプロ」と我田引水に持っていってしまう。ちなみに私も体育会系の端くれだったが、先祖が北辰一刀流の千葉道場門弟と聞かされて育ったから、むしろ武道は逃げ回った。すぐ近所に剣道の道場があったが、あの汗臭いお面をかぶることを考えただけでもまっぴらご免である。

そもそも「居眠り磐音」なんて、幾多の時代小説を下敷きにしたパスティーシュ(模写)小説にすぎない。佐伯氏が第一巻のあとがきに書いているように、『雄呂血』などの古い時代劇映画にイメージを借りていて、その残像だけで書いている。ほとんど江戸時代の文献や研究書、歴史書を下敷きにしていないから、お家騒動も、藩政改革も、恐ろしくワンパターンの変奏である。

経営者に「知」など必要ないというなら、下手な時代小説案内などしないほうがいい。佐伯氏だってスペインを舞台にした冒険小説の書き手だったが、うだつがあがらず、編集者に時代小説かポルノに転向を迫られて、やむなく時代小説を書き始めたというから、このジャンルは付け焼刃なのだ。

しかし、あの剣戟の描写力では、ポルノも難しかったろうと思う。彼が売れたのは出版社のリピーター戦術が奏功したにすぎない。それにうかうかと乗せられて気が付かない銀行経営者は情けない。どうせ愛読書なんて茶目っ気と割り切るなら、岩波書店の大田南畝全集(全20巻、別巻1)を愛読書にあげた潮田洋一郎リクシル会長の爪の垢でも煎じて飲んだほうがいい。

鳥居民氏を悼む――未完の 『昭和二十年』シリーズ

30年がかりで「敗戦の年の日本」を宮中から疎開先まで網羅した1年間のドキュメンタリーに凝縮しようとする『昭和二十年』シリーズを書き続けてきた鳥居民氏の訃報がとどいた。1月4日、心筋梗塞で亡くなられた。享年84歳である。

このブログでは、09年2月に「鳥居民『昭和二十年』第一部12巻のススメ」を掲載(本来は熊本日日新聞に載せた書評の転載)したから、早いものであれからもう4年経っている。

完結していない大部のシリーズであるため、新聞などメディアの書評の対象にならないことを惜しみ、あえて途中で応援歌を書いた。ご本人からは丁重な礼状をいただき、さらに弊誌の読者になっていただいたことは望外の喜びだった。賀状もいただくようになったが、今年は賀状の代わりに逝去の知らせになってしまったのは残念である。

その書評で私はこう書いた。



これは戦勝国の政治意図にまみれた東京裁判に代わって、自国による検証を通じて昭和天皇から庶民まで責任の所在を問う「もうひとつの東京裁判」の試みではないか。



さらにこうも書いた。



偶然だが、この日(第12巻は6月14日時点)は「ブルームズデー」――ダブリンの1日にアイルランドの過現未を凝縮したジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』の日でもある。

ジョイスは完成に17年かけた。鳥居氏の昭和の『神曲』も、せめて終戦の詔勅までの第一部は書きあげてほしいと思うが、せかすのは失礼だろうか。



この予感があたって、『昭和二十年』は昨年刊行された第13巻「さつま芋の恩恵」が最後となってしまった。12巻から半月ほど時計の針が進んで、7月1日と2日の時点になっている。が、第一部のフィナーレ、8月15日の終戦の日まで届かなかった。

嗚呼、と天を仰ぐほかない。こういう大長編――『大菩薩峠』や『ガラスの仮面』のような作品は、流れる時間がしだいに緩やかになり、オシロスコープに流れる心電図の波形のように平たくなって、安らかに眠りにつくようになっていくものだ。

4年前のブログでは、せめて玉音放送まで書き上げて、と催促したようなものだが、鳥居氏は悠久の時間の彼方に去り、作品は未完のまま途絶した。もったいない、と思うのは私だけではないだろう。戦中史は専門家ではないから、鳥居氏の所論の是非を論ずる資格は私にない。だが、鳥居氏は最後まで内大臣、木戸幸一の戦争責任を追及する姿勢を崩さなかった。

ということは、歴史家として「円満具足」して好々爺になる瞬間を持たなかったということだ。それが証拠に、第12巻から第13巻の間に番外編として『山本五十六の乾坤一擲』を書き、昭和十六年に山本五十六が天皇に直接、避戦を上奏しようとして木戸に握りつぶされたとの説を立てている。

そして13巻では、文中に〔註〕と題して12巻の記述の訂正に9ページを割いている。これは異例のことだ。12巻の訂正版でなく、13巻でそれを再論して訂正するのだから。

プルーストの『失われた時を求めて』なら、アルベルチーヌの失踪の意味をあとからまた考え直す場面を設ければいいが、『昭和二十年』はノンフィクションであり、歴史書であり、何よりも鳥居民氏による断罪なのだ。訂正を載せる勇気は、彼を無視する歴史家たちへの峻烈な指弾と裏腹になっている。

半藤一利氏と加藤陽子氏との対談『昭和史裁判』では、鳥居氏の『乾坤一擲』に触れて、開戦を決めた昭和十六年の御前会議前日、高松宮が参内して天皇に避戦を直訴し、山本を呼んで開戦反対の理由を聞いてもらいたいと迫ったとの鳥居氏の説は、半藤氏が「たしかな裏づけが示されていないために、いささか信憑性不足です」と片づけているが、鳥居氏はそれをこう反論している。



もっとも重大問題の決定は、関係者が口外しないのはもちろんのこと、議事録をつくることは避け、メモに残すことをせず、日記に記すこともしないものだ。



間接証拠しかないのは当たり前で、それがないから「信憑性不足」などというのは、歴史家の怠慢だと言いたいのだろう。文献を渉猟するだけでは見えないものを見ること――それは制約のなかで進める調査報道にとっても他人事ではない。いや、私が鳥居氏に共感するのはそこなのだ。

直接証拠がないからと言って、そこで思考停止しないこと。脳みそを絞り、間接証拠を集めて、敵を追い詰めるしか手はないのだ。歴史も報道もその空白を埋める気迫以外のものではない。

鳥居氏の破天荒な試みを支えたのは、昭和二十年をもう一度生きるという意志だったはずだ。ただなぞるのとは違う。現世に生きながら「敗戦」という静止してしまった過去をもう一度生き直すという覚悟に比べれば、凡百の歴史家たちの象牙の塔など取るに足らない。

『昭和二十年』の鳥居氏は、あの一年に生きていた人々に憑依する。あるときは天皇、あるときは高松宮、あるときは木戸、あるときは南洋諸島の一兵卒、あるときは空襲下の帝都の庶民……それはミクロコスモスとマクロコスモスが溶け合う稀有な風景だ。

「逆浦島」と言ってもいい。鳥居氏の昭和20年には、いわば永遠の時間が与えられ、そこでは現世の時間を忘れていられる。13巻でもさつま芋を媒介に、鳥居氏の目は高松宮邸の庭からパラオのヤルート島、ビルマのペグー、樺太の島木健作まで自在に飛びまわっている。それは鳥居氏が創造したこの宇宙の至福であったと思う。

その鳥居氏を失ったことは、先輩とはいえ同志を失ったような気になる。第13巻の最終章は「木戸『一大貧乏籤』の虚構」だった。その遺鉢を継いで、木戸戦犯論を完成させる人はいないのか。

キジも鳴かずば、の北尾吉孝日記

あらら、こんなこと書いていいのかな。22日の北尾吉孝日記(ブログ)に面白い記事をみつけました。



「召集される特別国会で(中略)自民党の安倍総裁が内閣総理大臣に選出され(中略)午後に組閣が行われ」る見通しとなっていますが、今一つ聞こえてきているのは「麻生氏、副総理・財務相に」ということで、嘗ての自民党政権である面で罰点が付けられた首相経験者が再び閣僚に就くことに、私自身少し違和感を覚えています。

また安倍氏が「円高・デフレ克服に取り組むための閣僚を置き、経済再生担当相とする意向を固めた」とも報じられていますが、それ程大事な経済政策に関わる片一方の財務大臣が本当に麻生氏で良いのか、総理としても中途半端の状況であった人だけに如何なものか、というふうなイメージがずっと付き纏ってしまいます。

更にもう一つ、「名前は一緒だが、新自民党と旧自民党は全く違っているなぁ~」というイメージを創り上げて行くことが今の自民党にとって大変重要なことであろうと思われ、やはり新自民党においてはその昔出てきた顔がまたというのではなく、それなりに成る程と思えるような人事をして貰わねばなりませんから、そういう観点からも麻生氏の閣僚起用について本当に良いのかと思わざるを得ないわけです。



さすがSBIの総帥、この度胸といい、政治勘といい、まことに見上げたものです。麻生太郎氏が総理時代に、故中川昭一氏に財務相と金融相を兼任させたことをお忘れのようですね。大蔵省が財務省と金融庁に分離されている現状は不自然というのが持論だけに、安倍第二次内閣もそれを踏襲するとは北尾氏も見通せなかったのでしょうか。

まさか、SBIグループの生殺与奪の権を握るポストに就くとは予想だにせず、財務大臣不適格論を堂々と論じていらっしゃる。いくら、麻生氏が元野村総研のリチャード・クー氏と親しいからと言って、それを妬むがごとく同じ野村出身の北尾氏がこうまでこきおろすのは非常に興味深い。

「論語」を体得した経営者の鑑だけに、安倍総理にはひとこと説教もしたいようで、こんなことも書いています。



そういう意味で安倍氏に期待したいのは、直ぐに墓穴を掘って辞任に追い込まれるような大臣が再び出てこないよう、慎重を期して人事を行って貰いたいということです。



これはまるで、すぐ墓穴を掘る閣僚のひとりが麻生氏と言わんばかり。「不適格はあんただろ」と麻生氏に言い返されるのも一興ということでしょうか?

もしかすると、麻生氏に何のパイプもないゆえの、悪態ついている無鉄砲さなのかもかしれませんね。なお、蛇足ながら、FACTAは次号で麻生財務相のインタビュー記事を載せます。

1年前の年末はこのブログでオリンパスの菊川剛氏に手向けの言葉を書いた気がします。今年は北尾氏に手向けでしょうか。来年は彼にいい年が来るよう祈ります。

FBIが逮捕した「オリンパス不正人脈」の裏側

(この記事は本日ロイターに配信したものです)

ロイターにコラムを寄稿することにしました。月刊誌「FACTA」の発行人が他の媒体のコラムを“兼業”することにどんな意味があるか、そう尋ねられる方がいらっしゃるかもしれません。FACTAは創刊以来、紙とネットの両刀づかいのメディアをめざしてきました。敵の多い調査報道は全方位で戦わなければならず、スクープ力や正確性、先見性だけでなく、その発信力も重要な武器となります。八面六臂の戦闘力をもっと強力にするためロイターと協力することにしました。ロンドン駐在時代もロイター通信社を取材したことがありますが、その歴史やロイターモニターの世界への普及など踏まえたうえで、手を組むに値する存在と考えました。メタ・フィクションがあるように、メタ・メディアがあってもいい。ロイターの取材陣の方々にも、FACTA流の潜航取材や追い詰め方、その駆け引きの一端なりを知っていただければ幸いです。

さて、初回は「何かFACTAらしいテーマで……」と考えていたら、海の向うからニュースが飛びこんできた。「米FBI、オリンパス損失隠しに関与の台湾出身銀行幹部を逮捕」がそれである。

この元銀行幹部チャン・ミン・フォン容疑者は日本語が堪能で、業績不振の上場企業を「ハコ」に使った日本の事件で何度も捜査線上に浮かんだが、香港やシンガポールなど海外を拠点にしているため、日本の捜査当局も身柄を押さえられなかった。ところが12月20日、ロサンジェルスに立ち寄ったところをFBIに逮捕されたのだ。

チャン容疑者は損失の穴埋め資金を経由させるファンドを管理していた人物であり、逮捕容疑は電子通信手段による詐欺の共同謀議。FACTAは一連のオリンパス報道のなかでその存在を報じてきたから、またひとつ新しい獄門首が調査報道の小塚原に並ぶことになるだろう。

FACTAの取材では、オリンパスの隠れ損失処理に加担したチャン容疑者運営のファンド(ネオ・ストラテジック・ベンチャー、ダイナミック・ドラゴンⅡ)の背後には、オリンパス第三者委員会の調査報告書にも名前が挙がらなかった日本人金融マンMがいるとの疑いがあった。Mはジェイ・ブリッジ(現アジア・アライアンス・ホールディングス)やトランスデジタル、小杉産業、タスコシステムなどで投資家を手玉に取った経歴がある。

第三者委員会の調査報告書によると、チャン容疑者が受け取った報酬は約13億7000万円に上るが、その一部がMに渡ることはなかったのか。ジェイ・キャピタル・マネジマントの投資家に訴えられて東京地裁に出廷したMは、周辺にこの2ファンドは「チャンのもので、自分は関係ない」と主張している。

しかし、彼らがこうした違法性の強い資金をやり取りする際にはその痕跡を残さないよう銀行口座を介さず、ボストンバッグに札束を詰め込んで自ら運び役を務めるというから、FBIが資金の流れをどこまで解明できるかは大きな注目点の一つになる。

日本の捜査当局は英米よりも捜査への着手が遅れながら、捜査の範囲を狭めて一番早く捜査を終結させてしまった。米国でチャン容疑者の裁判が始まれば、オリンパス事件は真相解明に向けてさらに深々とえぐられることになるだろうから、内心ひやひやしている関係者も多いことだろう。チャン容疑者の場合、有罪なら最長で懲役20年と長い。ファンドのオーナーのような新たな関与者の存在が司法取引で明らかになるかもしれない。

オリンパス元会長の菊川剛被告らの行いは犯罪ではあるが、膨らんだ損失によってオリンパスが経営破綻してしまうかもしれなかったという事情があり、気の毒に思わないでもない。しかしオリンパスから多額のカネをむしり取った連中は、その弱みに付け込んだのだから、彼らの後半生がどう変わろうが何ら痛痒を感じるものではない。こうした金融犯罪のプロたちは案件ごとに離合集散を繰り返すために尻尾をつかみにくいのだが、不甲斐ない日本の捜査当局になり替わってFBIの今後の捜査に期待したい。

それにしても、と思う。オリンパス事件は日本が抱える数多くの問題を根こそぎ浮き彫りにした。日本の表社会がチャン容疑者のような反市場勢力に浸食され始めていることや、企業統治が機能しにくい素地がありながら経団連の反対でこれが改まらないこと、株式持ち合いの弊害によって株主の権利が踏みにじられていることなど。

さらに最近になって分かったのは、会計士の腐敗である。オリンパスの不正会計に現役の公認会計士が悪知恵をつけており、この会計士はその後、オリンパスの面倒を見ていた監査法人傘下の経営コンサルティング会社に転職した。オリンパスの監査法人は今回の事件で散々な目にあったのだが、実はそのお膝元にお行儀の悪い会計士を抱えていたのである。

こうした話は他にもあるが、書き始めると切りがない。ネタは豊富だ。だからこそ調査報道は知的ゲームとしても面白くてやめられない。

「助太刀屋助六外伝」とオリンパス

小生は歌舞伎が好きで「だれが贔屓ですか」と聞かれたら、こう答えます。

「恥ずかしながら市川亀治郎改メ四代目猿之助です」

忙しいので追っかけはできないが、舞台もテレビも一応渉猟して、見る機会がある限りは見るようにしている。で、襲名以来、はじめて猿之助がコメディーの舞台劇に出ると聞いて、ル・テアトル銀座の『助太刀屋助六外伝』に行ってみた。

今年亡くなった映画監督、岡本喜八が撮った『助太刀屋助六』の番外編という仕立てで、劇は劇でも時代劇を猿之助が演じるというのだ。これまでもシェイクスピアの『じゃじゃ馬馴らし』に出たり、NHKの大河ドラマに出たりと、いとこの市川中車(香川照之)に負けじと多彩な人だが、岡本喜八のあのハチャメチャ娯楽映画を下敷きに、どんな芝居を演ずるのかと興味津々だった。

ほかは元宝塚のスター、朝海ひかるとか、ロードバイク好きの鶴見辰吾とか、歌舞伎とはまるきり縁のない共演者ばかり。このミスマッチをどうするのかと思ったが、つくづく思ったのは猿之助は小柄なのに顔がデカイということだった。いまはテレビ時代で小顔俳優ばかりだが、舞台に立つとどんな美青年、美女も顔がチマチマしていると見栄えがしない。そこへいくと猿之助は身長に比して顔が大きいので、その表情がよく見える。やはり彼は舞台の人なのである。

筋立ては他愛ない仇討ちと、悪家老が暗躍する水戸黄門風の話なのだが、随所にギャグがあってなかなか楽しい。参考にと思って帰りにパンフを買おうとしたら、売り切れですという。観客でない猿之助ファンがやってきて買い占めるらしい。こうなると意地である。どうしても欲しいと言うと、公演1時間前に来れば、その日の分のパンフを売ってくれると聞いたので、別の日に出直してようやく買った。

当然ながら、演出家がパンフに書いた文章があった。本名不詳のG2という演出家である。11年の新橋演舞場「8月花形歌舞伎」で新作「東雲烏恋真似琴」(あけがらすこいのまねごと)を作・演出したことでちょっと名前を知っていた。いまどき、新作歌舞伎に挑戦するなど、野田秀樹や宮藤官九郎以外では稀有のことだと思ったからだ(ちなみにこの時の公演は見逃した。小生が見たのは、中村勘太郎、現勘九郎主演の怪談榎乳房で、中村橋之助主演の東雲烏は見逃している)。

パンフのG2の文章を読んで、おやおやと思った。彼はオリンパス社長を解任されたマイケル・ウッドフォードの言葉をタイトルにした山口義正君の本『サムライと愚か者暗闘オリンパス事件』(講談社、1470円)を読んだらしい。そこでこんな感想を書きつけるのだ。



怒れるマイケルさんは、あるライターにこう語っています。「日本人はなぜサムライと愚か者がこうも極端に分かれてしまうのか」。不思議な気持ちになりました。イギリスの経営者が「今の日本にもサムライはいる」と言ってくれている。それが少し嬉しい反面、もちろん悔しさも感じます。マイケルさんのほうがよっぽどサムライだったのですから。ところで……サムライってどういう人のことを指すのでしょうか?そこで今回は、現代の日本にも通じる「サムライ」の姿を思い描こうと思い立ちました。



なるほど、G2さん、エライ!演出というまったく世界の違う人のほうが、この企業スキャンダルの本質をよく分かっていらっしゃる。現実のオリンパスは、家老や目付がきっちり悪になってくれる時代劇と違って、誰が善か悪かが混とんとしているミザリーな事件だった。それをこういう明解な勧善懲悪劇に仕立ててくれて拍手するしかない。

江戸時代の歌舞伎が当時の心中や赤穂浪士を芝居にしたジャーナリスティックな手法で人気を博したように、この『助太刀屋助六外伝』も実はオリンパス事件の歌舞伎化だったのですね。オリンパス報道本家の我々が拍手を送っているのですから、ぜひともどこかで再演をお願いしたい(ル・テアトル銀座の講演は12月24日が千秋楽)。

ともあれ、猿之助のアドリブ(小生が見たときは、お煎餅を相手役の石橋直也に食べさせて、せりふを口ごもらせ、吹きだした煎餅のかけらを「汚えなあ」と笑い飛ばすいたずらでした)ともども、切った張った笑ったの芝居を堪能させてくれました。オリンパスの方々も、出資したソニーの方々も、メーンバンクの三井住友も、いつまでも苦虫噛みつぶしてないで、自分たちの滑稽さを笑えるこの芝居を見たらいかがだろうか。

アンドロイド版を公開しました

FACTAは2011年から、iPhone版のアプリを解禁、定期購読者のうち希望者の方々に、スマートホンでFACTAの最新版から、過去のアーカイブまで見ることができるサービスを行っております。

iPhoneに続いて、グーグルのアンドロイド版スマホ用のアプリも公開しました。これまではiPhone利用者しか、この便利なサービスをご利用していただけず、心苦しい思いをしていましたが、ようやくアンドロイド利用者にも、スマホで読めるFACTAを存分に活用していただけます。

なお、アプリで全記事をご覧頂けるのは、iPhone版のご利用者と同じく、雑誌・検索フルコースでご契約の方(雑誌コース:13200円、雑誌・検索フルコース:14000円。ご利用には、事前にオンライン会員にご登録頂く必要があります)のみとなります。また、アンドロイドは機種が多数で、全ての端末でテストができているわけではないため、使い方に微妙な差異があるかもしれません。その点をご了承ください。

今までアンドロイド版がないと諦めていたご購読者の方々、いまアンドロイドのスマホをお持ちで新規購読してみたいと思われる方々は、ぜひお試し頂ければ幸いです。

FACTAアンドロイド版のインストールはこちらから


総選挙ヤジ馬でニコ動に出演します(16日午後8時から)

現代ビジネスの瀬尾編集長から電話があった。

「16日夜は空いてますか?」

ま、どうせ選挙特番をお茶の間で見て、バンザイと涙の場面をたっぷり拝まされるのだろうと思っていたから、つい不用意に「空いてるよ」と答えてしまった。高橋洋一、長谷川幸洋、山崎元さんの3人とニコニコ動画で総選挙のヤジ馬番組をやるから出てくれという話になった。

みなさん、おなじみの方々で、テレビでは危なすぎるとされているのでしょう(しかし第一次安倍政権では高橋氏は内閣官房に入っていたし、長谷川氏はもっとも首相に近かった記者のひとりなのだが)が、小生も危険な一人として呼ばれたのかしら。




ま、いいや、本誌は15日下版で総選挙は間に合わない(結果はおおよそ予想がつく)ので、その穴埋めに出ようかという気になった。というわけで柄にもなくニコ動に顔を出します。

と思ったら、瀬尾氏がまた、ねじれた半分過激なタイトルをつけた。

もっとも危い選挙特番「2013年の日本経済はどうなる」

なんだか週刊誌のノリですね。後半はおとなしいお題だけど、ちんまり経済予測で収まるわけないじゃん。やれ、菅が落ちた、とか、真紀子が泣いた、とかいう速報が乱舞するなかで、したり顔で経済予測なんか語れるかしら。

ま、安倍晋三自民党総裁の指南役がいるから、そこは任せよう。いや、外野の政治評論家や、したり顔の政治デスクよりは、よっぽど内部情報が出るかもしれない。来週、政策決定会合を控え、いよいよ落城間近の本石町(日銀)は、恐々のぞいてみるかもしれないし。

総選挙の敗者のなかには、歴史的な惨敗となる日銀も含まれるでしょう。白川さん、辞表の参考になるかも。ええい、出たとこ勝負じゃ。ニコ動はネットだから、以下のチャンネルをどうぞ。

ニコニコ生放送「ゲキbiz田原チャンネル」はこちらから
URL: http://live.nicovideo.jp/watch/lv118753274

ただしニコ動に会員登録していない方は予め登録してご覧ください。

ウッドフォードが英語版「オリンパス本」を出版

アメリカ在住の知人から、オリンパスの社長だったマイケル・ウッドフォードが、英語版の書下ろし本“Exposure: Inside the Olympus Scandal: How I Went from CEO to Whistleblower” (Portfolio, $27.95)を出版し、その長文の書評がニューヨーク・タイムズに載っているとメールで知らせてくれた。

日本では早川書房が日本語版の『解任』を昨年出版しているが、これは編集者とのインタビューをもとにしたもので、今回はウッドフォードが自ら書いて本にした。

評者はブライアン・バロー。1988年のRJRナビスコの買収戦を活写した『野蛮な来訪者――RJRナビスコの没落』(The Barbarian at theGate)の共著者である。80年代バブルを論じながら、これを読んでいない人がいたら、それはもぐりだと言いたいほどノンフィクションの傑作だった。

書評子がバローなのだから、ウッドフォードも恵まれている。しかも、著者がプロの書き手でなく、共著してくれるプロもおらず、急いで書かれたという点を割り引きしても「あまたのCEOの回想録より一枚上手の出来」(a cut above many C.E.O. memoirs)と褒められている。

ウッドフォードがロンドンで本書の販促講演をした際、それを聞いた日本人からもメールをいただいた。その感想は、



話はうまく、「たたき上げ」なるも、有能(能弁?)な印象

講演会後の夕食会で以下を指摘した(但し、先方は必ずしも納得せず、”agree to disagree”)。

・(総論)オリンパスでの立場には同情する。確かにオリンパスの企業統治は機能していなかったが、こうした問題は英米欧でもあり、オリンパス問題を日本の企業統治問題に一般化すべきではない。

・(日本の証券市場)委任状争いで日本の機関投資家らが貴氏を支持しなかったことについては、当方としては、貴氏が30年も日本の会社に勤務し、欧州法人の社長まで務めていたのだから、そうした機関投資家を味方につける術も弁えていた筈と考えていたので、残念。



これは本能的に日本のダメージを最小にしたいとう思考法だろう。オリンパスを特異例としてフタをしたいのだろうが、そうは問屋がおろさない。バローもこう書いている。



It is also a harsh indictment of the clubby and unquestioning ways that still flourish in some quarters of the Japanese corporate world.



そして、本書の前半は『推定無罪』などを書いたジョン・グリシャムばりのサスペンスだという。バローはそこで弊誌の名も二度引用している。さすが一流のジャーナリストはフェアである。このブログを借りてバローにお礼を申し上げておこう。

NYタイムズの書評から、世界の常識を味読していただければ、幸いである。

旧アルゼ(ユニバーサル・エンターテインメント)の第二回答

前回のブログで書いたパチスロ大手、ユニバーサルエンターテインメント(旧アルゼ、ジャスダック上場)からの第二回答です。弊誌の下版には間に合いませんでしたが、最新号記事の内容を本質的に覆すものでないことは、回答を読めばお分かり頂けると思います。同社が掲載先送りを要望した記事を弊誌は掲載しておりますが、その対応がフェアであることを証明するために、ここに全文を掲げます。





1.事実関係を調査したところ、当社が関係資料を確認した限りでは、2009年10月から2010年5月までの間に、「アルゼUSA日本支社から香港の連結子会社Future Fortune Limitedへ3回に分けて4000万ドルの海外送金をした」との事実は確認できませんでした。

2.よって、「このうち3500万ドルがFuture Fortune Limitdから、香港の企業へ4回に分けて『コンサルタンドフィー』として支払われたとされていますが、事実でしょうか」とのご質問につきましては、前提となる事実を欠くため、現時点では回答することができません。

ただし、貴社が保有する根拠資料を開示いただければ、より正確な回答ができる可能性があります。

3.「海外送金された4000万ドルのうち、3000万ドルがフィリピンでカジノ認可権を持つ公社PAGCORの代理人と称する有力者に支払われ、残る1000万ドルが日本に戻されたという情報もありますが、これは事実でしょうか?」とのご質問につきましては、上記2.同様に前提となる事実を欠くうえ、「PAGCORの代理人と称する有力者」が誰を指すのか不透明であるため、現時点では回答することができません。

ただし、貴社が保有する根拠資料を開示いただき、かつ「PAGCORの代理人と称する有力者」が誰を指すか明確にしていただければ、より正確な回答ができる可能性があります。

上記の点について明らかにならない限り、ご質問に陽について正確に具体的な回答を行うことは困難ですが、その点を措くとして、現時点で当社が認識している事実について、以下のとおりご説明申し上げます。

当社のフィリピンにおけるカジノ関連事業について、フィリピン政府より暫定ライセンスを得たのは2008年であり、当該暫定ライセンスの取得のために、当社が、当該暫定ライセンス取得後である2009年から2010年にかけて、何らかの資金を拠出すべき合理的理由は何ら認められず、常識的に考えても、ライセンス取得後に、「工作資金」なるものを拠出することなどあり得ないことは、容易にご理解いただけるものと考えます。

また、当該暫定ライセンスに基づく正規ライセンスは、予め計画されたプロジェクトが完了し、かつ規制当局が承認したプロジェクト費用その他の暫定ライセンス所定の条件に適合してさえいれば、自動的に発行されるものであり、正規ライセンスの発行について規制当局に裁量判断の余地はないことも、当社が、当該正規ライセンス取得に関して、何らかの「工作資金」なるものを拠出すべき合理的理由ないし経済的動機を有しないことを裏付けております。

さらに、当社は、フィリピンで事業を進めるに当たっては、これまで同国で最も有力な法律事務所の1つとされるシシップ法律事務所及び他の専門家の助言に従い、同国の法令を遵守して事業を推進する体制を採っております。

くわえて、当社のフィリピンにおけるカジノ関連事業は、暫定ライセンスを取得した4社、即ちTravellers International Hotel Group, Inc., Bloombery Resorts and Hotels. Inc., Belle Corporation, Tiger Resorts Leisure and Entertainment, Inc.(当社)が協同して事業を推進していく体制を採っており、当社だけが突出してフィリピンの政府機関等から何らかの便宜を享受しようと言う状況にないことも、当社が同事業について適正に運営・推進していることをご理解いただくうえで重要な点と考えます。

4.「御社は8月20日、元アルゼUSA日本支社長の飛田光雄氏が10年5月18日にアルゼUSA名義の三菱東京UFJ銀行の外貨預金口座から、金500万ドルを無断で引き出して『コンサルティング費』として海外送金をして損害を被ったとして、1億円の賠償を求めて飛田氏に訴訟を起こしていますが、この500万ドルは上記の支払いの一部ではないのでしょうか。」とのご質問につきましても、上記2.同様に前提となる事実を欠くため、現時点では回答することができません。

ただし、貴社が保有する根拠資料を開示いただければ、より正確な回答ができる可能性があります。

なお、当社が飛田光雄氏に対し、1億円の損害賠償を求める訴訟を提起したことは事実ですが、当社は、飛田氏がコンサルティング費として金500万ドルを引き出したとの主張は行っておりません。

5.「今年8月、米国ネヴァダ州のGaming Control BoardのSenior AgentであるBrandon Griffith氏が来日し、ユニバーサルエンターテインメントおよびアルゼUSA日本支社を訪れて海外送金について調査をしたと聞きましたが、これは事実でしょうか?」とのご質問については、同氏が当社を訪れたのは事実です。

しかしながら、同委員会の調査目的が何であったかは当社には分かりかねるものの、少なくとも、当社およびアルゼUSAとして、海外送金について調査を受けたとの認識はございません。

この点につきましても、貴社が保有する根拠資料を開示いただければ、より正確な回答ができる可能性があります。草々

株式会社ユニバーサルエンターテインメント
上記代理人弁護士荒井祐樹



以上が回答です。分析しましょう。1から4までの質問に対し、アルゼUSA日本支社から香港の連結子会社への送金4000万ドルは「事実は確認できませんでした」ので、前提となる事実を欠くため回答できないというものである。「事実が確認できない」とは、「事実がない」のか「社内資料を代理人は見せてもらえない」のか「開示する気がない」のか、曖昧な言い方で、それをいきなり「事実を欠く」とするのは論理的飛躍です。むしろ「「事実はない」と全面否定でなく、曖昧な言い方にしたのは、当方から見れば、それに相当する送金があったので、否定すると逃げ場がなくなると判断したのだろうと思えます。

執拗に「根拠資料を開示すれば正確な回答ができる」と誘いをかけていますね。これはトラップでしょう。取材源、漏洩源を突き止めようと必死なのでしょうが、弊誌はその手には乗りません。ウィン側が訴訟で証拠申請してくれば、お目にかかれるでしょうから、当方からお見せするつもりはありません。

いや、ウィンが雇ったFBI別動隊の調査会社がそれをもとに、フィリピン政界を深く探索すれば、もっと面白い展開になるのかもしれません。

この第二回答の白眉は、5でネバダ州GCBのブランドン・グリフィス氏がユニバーサルとアルゼUSA日本支社(両社は同じ場所)を訪問したことを認めたことです。海外送金についての「調査を受けたの認識はない」としていますが、これまたビミョーなお答えです。では、何の調査でしたか、とすぐ突っ込まれます。それについては、これまた根拠資料開示の条件つきのようです。

つまりは、手の内を明かさないと、これ以上答えられないというメッセージなのでしょう。しかしユニバーサルの株主も、ウィンやFBI別動隊も、そしてGCBや日米比の国税当局も、この件ではそれぞれ強い関心を寄せています。そして内外の心あるメディアも。いつまでも蓋をしていられないと思います。

旧アルゼ(ユニバーサル・エンターテインメント)の第一回答

前回のブログの続きである。

フィリピン・カジノホテル開発について、ユニバーサル・エンターテインメント(旧アルゼ、ジャスダック上場)の代理人弁護士から、11月13日の日付で以下のような回答をいただいた。




平成24年11月13日

前略

現在、弊社は、国内外においてWynnResorts, Limited他多数の当事者との間で多数の訴訟を継続中であり、当該訴訟手続の関係上、貴社のご質問に対して正確に回答する為には、多数の関係当事者間の調整、多国間に亘る事実関係の確認及び裏付け証拠の有無、国内外の法令上の制約、関係当事者間における契約上の守秘義務等を慎重に検討する必要があります。

上記事情に鑑みれば、貴社が一方的に設定された本日までの回答期限に、国内外の各種法令、守秘義務等に反せず、客観的根拠に基づいた正確な回答を行うことが不可能であることは、容易に想起できるところと思料致します。このことは、客観的な根拠による裏付けを取られて記事にされるのが当たり前のジャーナリストの方であれば、言を待たずにご理解頂けるものと考えます。

以上のように、弊社が置かれた立場につき、ご了解頂けるのであれば、一方的で偏面的な取材のみによる記事の公表は控えられることを切に希望します。

ところで、貴社は、「関係者から米国現地法人アルゼUSAの内部文書と目される資料を入手いたしました」と述べているところ、貴社が保有している資料ないし情報等は、弊社が秘密に管理している非公知の情報である可能性が高く、不正競争防止法上の営業秘密に該当する可能性が高いものと解されます。又、当該営業秘密が、同法上の不正取得行為によって取得されたことも容易に想起できることと解される為、貴社が、当該不正取得行為が介在したことを知って、当該営業秘密を貴社の事業活動としての報道活動に利用した場合には、貴社自身が同法上の不正競争行為を行ったことになるおそれがあることを念の為申し添えます。

なお、今週中には、何らかの回答をしたいと考えております。

以上にもかかわらず、貴社が一方的な取材をして掲載した記事により、弊社が損害を被った場合、弊社は断固たる法的対応を取りますことを念の為申し添えます。

株式会社ユニバーサルエンターテインメント
上記代理人弁護士荒井裕樹



回答期限は質問状で断っているように、弊誌最新号の締切の都合であり、それに間に合わないというのであれば仕方がありません。これは月刊誌としての物理的宿命です。

記事をお読みになればわかるように「一方的で偏面的」な記事とは考えていませんので、記事掲載を先送りする理由にはならないと考えました。弊誌はウィン、ユニバーサルのどちらの肩を持つものではなく、訴訟の過程で今後証拠資料として採用される可能性のある文書についてその影響力を記事にしたにすぎません。

いずれにせよ、不正取得行為云々は、あたかも本誌がニンジャみたいに忍び込んで書類を盗み出したかのような表現ですが、弊誌の取材活動はジャーナリズムの王道にのっとって触法行為を一切しておりません。それは過去7年半余にわたる弊誌のオリンパスその他の報道で貫かれてきました。

しかしながら、ウィンとの裁判の帰趨が、ユニバーサルの経営に重大な影響を与えることは「論を俟たず」(老婆心ながら「偏面的」なる変な言葉を使うくらいなら「論を待たず」も正式にこう書くべきです)明らかです。それを多面的な取材に基づいて記事にすることは社会にも認められたジャーナリズムの使命であって、それを「事業活動」という「偏面的」な捉え方をするのは、弁護士らしい視野の狭さと言えましょう。投資家が当然知るべき、企業にとって都合の悪い事象を公然化させることが、企業秘密の暴露にあたるとは笑止のロジックです。法律を一から勉強し直されることをお勧めいたします。

ま、要するにありきたりの弁護士の脅し文句でしょうが、上記の理由により記事掲載を取りやめる理由にはあたらないと判断しました。出稿の締切日を過ぎ、さらに雑誌の下版日(印刷工程に入る日)も過ぎた16日、正式にご回答いただきました。最初の回答で「今週中に何らかの回答」とのお約束をきちんと守られたことは感謝いたします。

ただ、この正式回答を見ても、雑誌記事を取りやめる理由は見当たりません。幸い、月刊誌の制約をカバーするため、弊誌はこのウェブサイトなどで、随時、新しい情報を補足することができます。よって、次のブログでこの正式回答を公開することにいたします。

旧アルゼ(ユニバーサル・エンターテインメント)への質問状

最新号では、パチスロ大手、ユニバーサル・エンターテインメント(旧アルゼ、ジャスダック上場)とラスベガスのカジノ王、スティーブ・ウィンとの訴訟合戦で浮上した、内部文書と目される文書についての記事( 「岡田vsウィン」カジノ訴訟に仰天文書 )を掲載しています。

ユニバーサルの創業者、岡田和生会長が2000年当時、資金難に苦しむウィンに出資した当座は蜜月で、ウィンのマカオ進出も中国の富裕層の殺到で大成功を収めました。集英社インターナショナルからは『ラスベガス・カジノホテル最も新しい挑戦』などという本を共著で出すほどでした。

ところが、独自にカジノホテルを運営したい岡田社長は、ウィンの反対を押し切ってフィリピンのマニラ湾にリゾート兼カジノホテル建設を進める計画を進め、とうとう2人が決裂してこの2月、ウィン側が筆頭株主である岡田氏を取締役から解任、「不正行為があった」としてその株式まで3分の1の価格で取り上げる強行手段に出ました。この「不正」とは、フィリピンでカジノのライセンスを交付する権限を持つ公社に対する贈賄や供応です。その調査をウィン側はFBI元長官の運営する調査会社に委ねたことから、ウィンは本気でユニバーサル側の「不正行為」を暴いて、アメリカの海外腐敗行為防止法(FCPA)の基づいてユニバーサルを叩きのめす意気込みのようです。

そこに、ユニバーサルの米国現地法人アルゼUSAの内部文書とみられる文書が出現、ウィン側やネバダ州のカジノ・ライセンス専門機関に届けられました。事実なら、ウィン側の主張が裏付けられることになり、裁判でユニバーサル側は不利になります。そればかりか、この資金ルートからフィリピンの前政権、さらには日本への還流先などが問題になりかねません。

本誌はユニバーサルに以下のような質問状を送りました。



ユニバーサルエンタテインメント
広報・IR室部長付堀内信之

ウィン・リゾーツ社との訴訟に関するお問い合わせ



ファクタ出版株式会社
発行人兼編集主幹阿部重夫



拝啓
時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。弊誌は調査報道を中心とする月刊誌で、昨年のオリンパス報道でもお聞き及びかもしれません。詳しくは弊社ウエブサイトをご覧ください。現在、御社と米国のウィン・リゾーツとの係争について取材をしております。

2月20日のウィンのリリースでは、フィリピンのマニラベイリゾーツ開発をめぐって米海外腐敗行為防止法(FCPA)違反の行為が御社にあったとしており、これを名誉毀損として御社と創業者の岡田和生会長が8月28日に損害賠償訴訟を起こしました。この件をめぐり、関係者から米国現地法人アルゼUSAの内部文書と目される資料を入手いたしました。記載内容などについてご見解をお尋ねしたいと思います。質問は以下の通りです。

1.文書によれば、09年12月から10年5月までの間に、アルゼUSA日本支社から香港の連結子会社Future Fortune limitedへ3回に分けて4000万ドルの海外送金をしたとされております。これは事実でしょうか。

2.文書によれば、このうち3500万ドルがFuture Fortune limitedから、香港の企業へ4回に分けて「コンサルタントフィー」として支払われたというされていますが、事実でしょうか。事実であれば、どのようなコンサルティングに対する対価なのでしょうか?

3.海外送金された4000万ドルのうち、3000万ドルがフィリピンでカジノ認可権を持つ公社PAGCORの代理人と称する有力者に支払われ、残る1000万ドルが日本に戻されたという情報もありますが、これは事実でしょうか?事実であれば、どのような名目で戻っているのでしょうか?

4.御社は8月20日、元アルゼUSA日本支社長の飛田光雄氏が10年5月18日にアルゼUSA名義の三菱東京UFJ銀行の外貨預金口座から、金500万ドルを無断で引き出して「コンサルティング費」として海外送金をして損害を被ったとして、1億円の賠償を求めて飛田氏に訴訟を起こしていますが、この500万ドルは上記の支払いの一部ではないのでしょうか。

5.今年8月、米国ネヴァダ州のGaming Control BoardのSenior AgentであるBrandon Griffith氏が来日し、ユニバーサルエンターテイメントおよびアルゼUSA日本支社を訪れて海外送金について調査をしたと聞きましたが、これは事実でしょうか?事実であれば、どのような調査だったのでしょうか?

以上でございます。この記載内容は米国での訴訟にも影響を与える可能性があります。お忙しいところ、大変恐縮ではございますが、弊誌次号(11月20日発売)の締め切りの都合もございますので、11月13日(火)までにご回答いただけないでしょうか。回答はメールでもファクスでも、あるいは面談でも結構でございます。よろしくお願い申し上げます。敬具

11月7日



これに対しユニバーサルの代理人弁護士から11月13日に回答が届きました。長いので次のブログで掲載します。

ヨルムンガンドとリヴァイアサン12 魔女のほうき

ジル・ドゥルーズが引用しなければ、ニューヨーク生まれのユダヤ人作家、バーナード・マラマッドが、ピューリッツア賞を受賞した小説『フィクサー』で、スピノザに触れていたことなど思い出さなかったろう。

マラマッドはまじめに読んだことがない。たぶん、ほとんど出席しなかった大学の授業で、だれか英米文学の教師がマラマッドの何か(忘れたけどThe Magic Barrelだったかな)を教本に選んだことから、教師嫌いとまぜこぜになって、ほとんど食わず嫌いになってしまった。でも、映画化されたロバート・レッドフォード主演の野球映画『ナチュラル』は悪くなかった。彼がどこかで書いたという警句は今も気に入っている。



あらゆる人間はユダヤ人である。ただし、それを知っている人は少ない。






『フィクサー』も記者になってほどなくロッキード事件に巻き込まれたから、その縁で早川の翻訳(確か『修理屋』というタイトルになっていた)を読んだ記憶がある。今だから笑えるが、まるで関係がなかった。でも、当時、スピノザの『エティカ』に夢中になって傍線まで引いて読んでいたのに、ドゥルーズが引いたくだりがあったことは忘れていた。



――どうしておまえがスピノザを読む気になったのか、ひとつそのわけから聞くとしよう。スピノザもユダヤ人だったからかね。

――いえ、閣下、そうではありません。あの本に出くわしたときには、ユダヤ人だということさえ知りませんでした。それに、伝記をお読みになっていればおわかりでしょうが、シナゴーグではスピノザは嫌われ者も同然です。あの本は近くの町のくず屋で見つけて一コペックで買ったのですが、そのときは、あんなに稼ぐのに苦労した金をむだづかいしてしまってと半分後悔していました。しばらくたってからぱらぱら読んでみているうちに、急にまるでつむじ風にでも吹かれたようになって、そのまま読みつづけてしまったのです。さっきも申しましたように、私には全部理解できたわけではありません。でも、あんな思想にぶつかったら、誰だって魔女のほうきに乗っかったような気になります。あれを読んでからの私は、もうそれまでの私とは同じ人間ではありませんでした……



閣下は主人公にスピノザの本の意味を尋ねるが、どうでもいいくだりだ。問題は「魔女のほうき」である。『エティカ』第5部で確かにじぶんもそれを経験した。96年に飛び降り自殺したドゥルーズは、フェリックス・ガタリとの最後の共著、いや遺書ともいうべき『哲学とは何か』で、もういちど、この「魔女のほうき」に帰っている。



内在はそれ自身〈に〉〔内在して〕あるのでしかないということ、したがって、内在は、無限なものの運動によって走り抜けられる平面、もろもろの強度的=内包的縦座標によって満たされた平面であるということ、これを完全に知っていた者はだれあろう、そのひとこそスピノザであった。それゆえ、彼は哲学者たちの王である。



ドゥルーズらしい難解な表現だが、この最大限の賛辞に続いて、彼はマラマッドの主人公の語る「自由」と同じことを語り出すのである。



おそらく彼〔スピノザ〕は、超越といささかも妥協しなかった唯一の人物、超越をいたるところで追い払った唯一の人物であろう。彼は『エチカ』最終巻において、無限なものの運動をつくり、そして思考に、第三種の認識〔直観知〕における無限速度を与えたのである。彼はそこで、途方もない速度に達し、かくもまばゆい電光石火の短縮を成し遂げるので、わたしたちはもはや、竜巻、音楽、風邪、そして弦についてしか語ることができないほどである。彼は内在のなかに比類なき自由を見いだした。



ヨルムンガンドが空から降臨し、ホッブスの契約説の仮定が排除する「第三者」――錯覚としてのリヴァイアサンを空無化するのは、スピノザが超越を追い払ったのと同じだ。内在が「比類なき自由」だという発見がヨルムンガンドだと言えばいい。

だから、元少年兵ヨナはそこで武器商人との旅を終える。といっても、直ちに永遠平和のユートピアが出現するわけではない。「新しい世界を旅する」のは、ドゥルーズのいう「思考の絶対速度」に達するからだ。そこでスピノザは「哲学者自身に哲学者でなくなることを教え」、半眼のヨナはココ・ヘクマティアルと見分けがつかなくなる。

読売新聞の「犬記者」へ

ちょうど週刊文春(11月15日号)で「ナベツネの違法行為を暴露する読売現秘書部長『爆弾日記』公開!」を読んだところだった。ご老体ナベツネの運転免許更新に高齢者講習を受けずにすむよう、警視庁キャップが奔走しているという記事(読売はこの日記を怪文書として抗議書を送った)に、そぞろ哀れを催した。

そしたら、弊社を嗅ぎまわりにその読売の社会部記者が出現したという。弊社に直に来るならまだかわいげがある。持ち株会社の代表者のもとにやってきて、株主のこと、代表になっている理由などをあれこれ尋ねたそうだ。これって圧力?どうみても、通常の取材とは考えられませんね。

社会部の田中重人記者である。かわいそうに。恥ずかしいだろうなあ。小生は満腔の同情を覚えます。

せっかく新聞記者になって、しかも読売のヒノキ舞台の社会部に所属して、まともな取材でなく、主筆のために嗅ぎまわる犬稼業とは。法人登記を見てきたそうだから、九段の法務省出張所に行ったのでしょう。

でも、残念。何にも餌はもらえなかった。だが、飛んで火に入る夏の虫。代わりにこうして「犬」記者であることが満天下にさらされることになった。記者としてはお気の毒だが、文春に書かれた山越高士秘書部長と同じく、将来、秘書部長にはなれるかもしれません。

好きでやってるんじゃないのかもしれない。宮仕えは、つらいですな。持ち株会社など探らないで、ウチへ来なさい。とことん、聞いてあげますから。上司の言いつけだったって言うのかな。それとも、ここでFACTAの尻尾をつかめば、ナベツネと「小皇帝」の覚えがめでたくなると思ったのだろうか。

内山社長失脚や清武寄稿、「小皇帝」登場に、「テルマエ・ナベツネ」阿諛の湯煙なんかを載せて、いまやFACTAは読売にとって「敵性メディア」です。

だが、ウチにお出ましになったら録音・録画は覚悟してください。きっちり公開して差し上げますゆえ。

ナベツネ主筆は11月5日、巨人軍の優勝にご機嫌で「阿部を読売の社長にしても成り立つんじゃないか」と口走ったそうだ。これって一瞬、ぬか喜びした。へへへ、アチキも読売の社長になれますか。

もちろん、邯鄲一炊の夢。重夫でなく慎之助のことでしたが。