新団体旗揚げにあわや殴り込み

藤兵衛伝 第Ⅳ章2

新団体旗揚げにあわや殴り込み

松尾正信が牛耳る全日本同和会の利権漁りをみて「あかんな」と思った藤兵衛は、新団体旗揚げに奔走するが、それまでズブズブだった暴力団が黙っていない。結成大会に1500人の殴り込みがあると聞いて、頼ったのが山口組ナンバー2の若頭、渡辺芳則だった。その後ろ盾で何とか危機を乗り切るが……。<敬称略> 約1万2600字

 

第Ⅳ章結成〈後編〉

 

部落解放同盟は、戦前の水平社時代から差別発言、差別表現には敏感で、発見次第、厳重に抗議、糾弾活動を行ってきた。なにしろ1922年の全国水平社創立大会の決議第一項にこう書かれている。

吾々に対し穢多及び特殊部落民等の言行によって侮辱の意志を表示したる時は、徹底的糾弾を為す。

部落解放同盟は、差別事象があればまず事実確認を行ない、それがマスコミであれば担当者に連絡を入れ、ラジオやテレビであれば発言を確認、新聞、書籍、雑誌は現物を入手して確認のうえ、抗議文を送る。マスコミはほとんど回答書を送ってくるので、受領後、話し合いの場を設定、これは解放同盟内で「事実確認会」と呼ばれている。その場で終わる場合もあるが、差別表現事案が悪質な場合、公開の糾弾会を行う。

多くが「特殊部落」といった差別的表現を「うっかり使った」というものだが、解放同盟はそこに潜む差別感情を問題視し、拡大再生産させないためにも抗議は厳重に行い、糾弾会では「真の反省」を求めるために、相手を恐怖に陥れるぐらい苛烈に責め立てることがあった。

「同和は面倒」メディアが忌避

新聞、出版社によっては実利的損害にも繫がる。差別表現が掲載された本や雑誌を回収しての廃棄、図書館などで公開されている書籍の差し替え、などに発展する場合もある。こうした差別表現への糾弾は、甘んじて受けなければならない面はあるものの、その恐怖心が部落解放同盟批判をためらわせる結果につながった。

「部落問題はいいよ……。面倒くさいよ……」

マスコミ関係者で、過去、こうした反応に出合わなかった人はいないだろう。企画そのものが忌避され、記事にしたところで扱いは小さい。同和利権はそんな環境のなかで温存され、後にBSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)隔離牛肉問題で「食肉の王」と呼ばれた浅田満のハンナン事件、「暴力団の資金源」と指摘された小西邦彦の飛鳥会事件を生んだ。そして、部落解放同盟タブーの消滅は、名前を何度か変えて2002年3月末まで生き残った同対法体制が終焉を迎えるまで待たねばならなかった。

同対法失効に合わせたように、同年3月、別冊宝島のムックで『同和利権の真相』(宝島社)が上梓される。同和対策事業の「功」には触れず、「罪」に絞って、同和利権を鋭くえぐり衝撃を与えた。シリーズは4冊に及び、すべてではないにせよ、「主だった腐敗とその構造」は描き切ったといっていい。

宝島社が2002年3月から刊行した
『同和利権の真相』1~4と特別版の5冊は
累計で50万部のベストセラーとなっている

上田藤兵衛が、全日本同和会に入って同和運動を始めた1982年は、まだまだ同和がタブー視されていた時だった。だが、歪みは各所に噴出、刑事事件化も少なからずあった。上田が所属する全日本同和会京都府本部は、85年6月、のちに野中広務が国会で指摘することになった「国税当局による同和への優遇措置」を利用し、脱税指南したとして幹部らが一斉逮捕された。その前には「北九州土地転がし事件」として、全日本同和会第二代会長の松尾正信が長期にわたって指弾されている。

「まだ、同和会に入ったばっかりでしたが、1984年に青年部長を務めるようになってからは全国大会にも出るようになり、ボディガード的な立場で松尾さんの側にくっついていました。九州(八幡)の自宅にも何度も行った。面倒見のいい人で、人柄はものすごく良かったんやけど、同和運動にかける思いはなかった。自分のため、カネのためだけの運動。それは松尾さんの親戚で京都府本部の会長を務めた鈴木元動丸げんどうまるさんも一緒です。私は、エセ同和の権化のような尾崎清光に半殺しの目に遭わされた(第Ⅰ章で詳述)から、やはり違和感は拭えなかったんですわ」

全日本同和会第二代会長の松尾正信(左)の
ボディーガード的な立場だった上田青年部長

土地転がし事件と脱税指南は、第Ⅰ章で少し触れたが、当時の全日本同和会がどんな組織であるかを知るためにも詳述したい。それが1986年7月の全国自由同和会設立にも繋がっている。

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