大商社の看板頼り「爆弾」抱える

リーマンの牢獄 【4】前編

大商社の看板頼り「爆弾」抱える

小なる嘘は大なる「虚構」に通ず。丸紅の看板で信用力を補完するはずが、嘱託社員のおいしい話に乗ってしまう。徳洲会の“仰天”証券化を横目に、投資銀行仲間の知恵を借り、単なる金銭消費貸借をファンドの大仕掛けに変えたが、もう引き返せない。 =有料記事、約1万7600字

 

第4章「丸紅案件」の魔物〈前編〉

 

――齋藤さん、刑務所暮らしは厳しいとおっしゃるけれど、アバターが見るところ、娑婆だって楽じゃありませんよ。貧富の格差が進んでいます。刑務所ではみんな同じものを食べ、同じ服を着て、同じような作業をしています。毎日、同じことの繰り返し。結果の平等があるから、よほどストレスがなさそうに見えます。

「ええ、官庁の御用納めと同じで、懲役作業は12月28日まで。正月三が日はお休みで入浴以外、独房や雑居房から出られなくなります。三が日は麦飯が白米になり、元旦は折詰弁当、お餅もお菓子も出ます。風邪を引けば薬がもらえて、花粉症にも鼻炎薬が投与される。しかもすべて無料です」

――おカネの心配がないから、結構な暮らしだとも言えるんじゃないですか。

「アバターさん、幸せそうに見えるだけなんです。真実は誰にも分かってもらえない。関心がある人、理解しようとする人は、身内に受刑者がいる人ぐらいなものです。あとはせいぜい、人権派の学者か弁護士、メディアのごく一部でしょう。懲罰だから苦しむのは当然、と考える人ばかりなんです」

――なぜそんなところに落ち込む羽目になったのか、そろそろ齋藤さんが躓いた〈丸紅案件〉の出番でしょう。これまでもチラホラ出てきましたが、ここでその全容を解剖してみませんか。そもそもの発端は何だったのですか。

魚心あれば水心

「2004年の5月連休前、僕がまだ三田証券の取締役経営企画室長だったころです。医療機関や薬局を中心に、診療報酬や調剤報酬の債権を流動化する僕らのネットワークが順調に拡大しているさなかに、コンサルティング会社を経営していた片岡智弘氏から〈丸紅の保証つきの案件があるんだが〉という話が舞い込んできました。

皇居大手濠前に建つ白亞の丸紅旧本社ビル(右)、2021年には新ビルに建て替えられた
(左が毎日新聞本社、中央奥が如水会館と一ツ橋講堂、丸紅社友会サイトより)

片岡氏は僕より一足先に医療機関のネットワーク化を進めていたので、03年初頭に僕らのパートナーになってもらった人です。彼は慶応大学からゴールドマンやメリルリンチを経ていました。彼のような米系投資銀行マンは、目ざとい人が多かったということです。

僕にとってこの話は、魚心あれば水心でした。

ネットワーク化を進めるうえで、病院に医療機器を販売する大手商社は魅力的な存在だったんです。すでに伊藤忠ファイナンスなど、診療報酬債権を買い取る商社系金融子会社はあったのですが、丸紅は医療機関の物流を支配する大きな存在として登場してきました。

丸紅はもともと山一と同じ芙蓉グループです。山一證券が開いた銀行・損保・商社向け合同研修(10日程度)で丸紅の外国為替ディーラーと一緒になったことがあります。銀行は山一主幹事の地銀が主でしたから、丸紅の存在は目立っていました。銀行・証券とは違う自由な雰囲気だし、着ていたのも金ボタンに紺のブレザーで颯爽としていましたね。

だから、いよいよ最大のライバルが現れた、と僕は緊張感とともに興奮したのを覚えています。とっさに考えました。〈ラーメンからミサイルまで〉何でも売ると豪語する大手商社相手に、何か一緒にビジネスはできないだろうか。しかも商社マンは意外とおカネに頓着しない。とはいえ、僕もファクタリングや証券化に忙しい日々で、商社とコラボする糸口を探しあぐねていたんです。そこに餌も撒かないのに向こうから獲物が飛び込んできた。しめた、と思いました。

もちろん、片岡氏はこの案件にとんだ爆弾が隠れていることなど気づいていませんでした。彼は奥さんが米国のグリーンカードを持ち、国内外を出たり入ったりと忙しい身で、この話は途切れかけたのですが、どういう経緯があってか連休明けに丸紅メディカルビジネス部の嘱託社員、山中譲氏がいきなり三田証券を訪ねてきたのです」

――そこから先は山中氏との直取引になったのですね。

ヤミ金並みの法外な利回り

「僕と松本茂氏が応対しました。それが丸紅案件の第1号なのですが、彼の提案はこうでした。

最初に投資家から一定の金額を、丸紅のゲートキーパー(門番)に拠出します。それに対して本体の丸紅株式会社から同時に〈買約証、請求請証、物品受領書〉なる書類を投資家に提供します。これらの書類には、資金拠出日から3カ月から半年後に〈記載金額を支払うことを丸紅株式会社が保証する〉と書かれていて、実質的には丸紅の債務保証を約束する内容でした。

――ちょっと待ってください。金融で言う〈ゲートキーパー〉とは何ですか。

「一般には、機関投資家のために組み入れ対象のファンドの選択や配分比率などを助言する専門家のことですが、ここでは丸紅山中氏の“身代わり”とみていいかもしれません。第1号案件では05年に開院する予定の順天堂大学医学部付属練馬病院が導入する医療機器の債権で、ゲートキーパーは川上土地建物、投資家にあたるのは三田証券自身でした。まず三田証券と川上土地建物が金銭消費貸借契約を結び、04年6月30日に3億1000万円を貸し付け、返済期日は3カ月後の9月28日、返済金額は3億4650万円で、年利47%という高利になります。

しかし貸付契約だと、出資法や利息制限法の上限を超える金利となるため、出資に対する見返りとして〈納品請求受領書〉が丸紅本体から発行される、というのです。しかも利息制限法を上回る分は、三田証券とアドバイザリー(顧問)契約を結んで支払われることになります。そして〈この取引は丸紅株式会社の一般債務として計上されている〉と山中氏は説明しました」

――なんと47%ですか。ヤミ金融並みの法外な利回りですね。

「その後、第2号案件が持ち込まれます。第2号では横浜スバル関連の債権で、ゲートキーパーは株式会社ジーフォルムでした。金銭消費貸借契約を結んだ三田証券は、04年10月25日に1億3500万円の貸付を行い、返済期限は2カ月後の12月15日で、返済金額は1億5750万円、年利は119%に達します。これも利息制限法の上限超過分はアドバイザリー料になりました」

――119%?とんでもない暴利ですよ。資金繰りにアップアップの瀬戸際企業ならいざ知らず、上場企業の丸紅にはコマーシャルペーパーでも何でも短期資金を調達できる手段があるのに、そんな高利のカネを必要とするはずがないのでは?

「そこがファクタリング(債権買い取り業務)のうま味であることは間違いありません。証券会社には、上限金利を超過した分をフィー(手数料)収入で得る便法がありましたから。

僕が取締役会に対し〈丸紅案件に取り組むべきだ〉と提案した理由の一つは、丸紅社員の肩書を持つ山中氏からの積極的な働きかけがあったからです。もちろん、リベートなんかもらっていません。経営企画室の事業はうまく回っていましたから、無理する必要はなかった。とはいえ、さすがに三田証券の自己資金を投じることになるので、取締役会でも異論が噴き出し、最初に下した結論は〈没〉でした。

理由はアバターさんの危惧と同じです。大きく言って二つありました。第一に、なぜ3億円などといった半端な資金を、丸紅メディカルビジネス部が中心となって調達しなければならないのか。裏返せば、丸紅本体の財務から3億円を充当してもらえれば、それで済むことではないのか。

第二に、リターンが大き過ぎることです。証券会社として、この取引の形態を単純化すれば貸金になります。出資法・利息制限法を上回りかねない利息を支払ってまで、丸紅が資金調達する必要があるのかということです。

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