「ワクチン女帝」大坪審議官を検証する

コロナ「興亡」記 ワクチン接種5

「ワクチン女帝」大坪審議官を検証する

次々と変異する新型コロナウイルスに、日本政府はまた焦ってドジを踏んだのではないか。従来株にも変異株にも効果がある「2価ワクチン」は、特例承認されたオミクロンBA1対応のワクチン接種が9月20日から始まったが低調のまま。2週間でBA4/5対応のワクチンが特例承認されるや、たちまち型落ちである。これで在庫の山なら、第二のアベノマスクか。=敬称略、1万4000字

岸田文雄首相が首相官邸のブラ下がり取材で、オミクロン株対応の新型ワクチン接種を9月末から開始すると述べたのは9月6日だった。10月末までに対象者全員分を輸入し、1日100万回超の体制を整備すると大見えを切った。2021年に東京五輪開催を強行しようと、1日100万回の大号令をかけた菅義偉前首相に倣い、今冬の年末年始の流行期に先手を打つ目算だろう。が、国葬や旧統一教会への対応と同じく、ここでも岸田首相の見込み違いが表面化する。

7、8月の第7波で猖獗を極めたコロナウイルスはBA5型だったのに、とりあえず薬事承認して接種を始めたのがBA1対応の2価ワクチンだったことだ。開発したファイザー、モデルナ両社の臨床試験データは、7月22日の厚生労働省科学審議会の検討会資料に載っている。

中和抗体の数値でみると、従来型ワクチンの4回目の接種を受けたより顕著に増加している。従来型ワクチンは、19年末に中国で感染が始まったオリジナルな武漢株(野生株)対応だから、どんどん変異するウイルスについていけず、効果が低下していた。ブースター(追加)接種は、重症化こそ抑制できても、予防効果は従来の3、4割程度になっていたのだ。3回目を接種した人でも、第7波で感染例がみられたのはそのせいで、オリジナルな武漢株対応ワクチンの限界は、医療従事者の目にも明らかだった。

ファイザー、モデルナとも6月4日、米FDA(食品医薬品局)に対しこの表の新ワクチンの臨床試験の結果を報告したところ、FDAは変異株がいずれBA1から置き換わることを見越して、6月30日にBA4/5対応型の開発を急げと促す声明を発表した。

2価ワクチン「拙速買い」が型落ち

これに対し日本の専門家検討会(座長は脇田隆宇・国立感染症研究所所長)は8月8日、すでに第7波でBA5への置き換わりが進行中と知りながら、まずはいち早く利用可能なBA1対応ワクチンを導入する「次善の策」を了承した。が、上の表をみると、小さい字でBA4/5に対する効果は、BA1に対する効果に比べ「中和抗体の上昇は低い」と申し訳のように書いている。発表文では「亜系統にも中和抗体の高い上昇が見られる」とあるだけで、効果が劣ることは一応聞きおくけれど、やむをえないと言わんばかりだ。

カナダや英国も「早い者勝ち」と焦って日本と同じ選択をしたが、ニューヨーク・タイムズは再設計したBA4/5対応ワクチンが、今夏にも完成すると予想していた。案の定、FDAは8月31日のリリースで、BA4/5対応ワクチンの追加接種を承認すると発表する。「早まった」と日本の政府関係者は歯ぎしりしたはずである。

すでに両社のBA1対応ワクチンを確保しようと走りだしていたことは、岸田首相の1日100万回宣言や、9月12日にBA1ワクチンを特例承認したことからもうかがえる。全国自治体レベルでは、9月20日以降の接種開始をめざして配送体制の整備が動きだしていた。

そこへ両社から(モデルナは国内製造・販売を武田薬品に委託)、BA4/5対応ワクチンの薬事承認申請が出て、厚労省は10月5日に特例承認せざるをえなくなった。立て続けに変異株の異なるワクチンが出ては、医師も接種者も戸惑う。いまはBA5が主流となれば、BA1ワクチンに「打ち控え」が起きるのは当たり前だ。医師だって「ちょっと待ったほうが」と思うだろう。

BA1ワクチンに「打ち控え」

現に9月下旬に始まったBA1ワクチン接種の滑りだしは低調だった。官邸発表の数値だと、10月第1週末の7日公表時点でも、対象者の0.6%(高齢者では0.7%)の73万6000人である。1日あたりでは10月3日の19万回をピークに低下してきて、10万回にも及ばない。政府はBA4/5対応ワクチンを4300万回分輸入すると発表、地方への配送を10月10日から開始するとしている。BA1対応ワクチンの接種はいよいよ敬遠され、第6波の追加接種で起きた、副反応の違いによるモデルナ製の不人気というアンバランスを繰り返す恐れがある。サイト冒頭の3億人余の総接種回数など、何の意味もない足し算である。

内閣官房サイトより、22年10月7日現在(表中の※マークの注はこちら

要するに、BA1ワクチンとBA4/5ワクチンの時間差がなさすぎて、いずれ大量の在庫を破棄せざるを得なくなるのではないか。その配送スケジュールは官邸によれば以下の通り。

予定通りなら、10月10日時点でBA1ワクチンは累計3103万回分が「配送済」か「配送中」のはずだ。10月17日以降、そこにBA4/5対応ワクチンが上乗せされてくる。それでもモデルナ製BA1ワクチンの輸入は続き、11月第1週までに3回、600万回分が届くから、BA1ワクチンは累計が3703万回に達する。その分は契約済みということだろう。だが、この大半が「打ち控え」されたら、無駄買いになってしまう。ワクチンが入手難の途上国に無償供与するとしても、勘定書は日本に回ってくる。

ミス隠しに消化促す弥縫策

右下に赤枠で囲って「約8006万回分」とあるのが空々しい。うち46%がBA1ワクチンであり、冷凍庫の在庫がさばけないかもしれないのだ。第6波で武漢株対応のモデルナ製ワクチンが賞味期限が切れて廃棄、その総量や詳細を厚労省がうやむやにしたのと同じである。

「BA1ワクチンでもBA4/5に近い効果がある」と宣伝しているが、実は両方とも開発から日が浅く、まだ効果を比較するに至ってない。数値のエビデンスが乏しいなかで、専門家たちは勘でものを言っている。

しかも、BA1ワクチンの接種を受けた重症化率の高い高齢者の比率がまだ1%にも達しないのは、4回目の接種から最低5カ月は経たないと、追加接種を受けられないからだ。大半が7-8月に接種しているから年末年始以降になり、流行期が到来する前にオミクロン株ワクチン接種を完了させるという岸田首相のもくろみに合致しない。そこで、この間隔の期間を3カ月に短縮しようかと政府が検討中だという。本末転倒である。「拙速買いの銭失い」のミスを隠したいだけにみえる。

ドタバタは接種現場の末端まで及ぶ。読売新聞は、オミクロン株ワクチンの接種が始まる前の9月中旬に、政令市や県庁所在地などの主要自治体に対し、ワクチンを保管する冷凍庫の利用状況を調査した。10月10日付の朝刊で報じた結果によると、対象の自治体にある冷凍庫4503台のうち、新潟市や東京・豊島区など35自治体の166台は配備から1年以上経つのに一度も使われたことがなかった。11自治体の40台は今後も使用する予定がなく、うち36台は氷点下75度でファイザー製ワクチンを保管するための超低温冷凍庫だという。

21年の菅政権のもとで、接種事業を急ピッチで進めるため国は冷凍庫メーカーに増産を要請、全国の自治体に無償で配備した冷凍庫は1万3000台に及んだ。そのうち78自治体で1000台以上が使われていないことが読売の調査で判明している。将来、新型コロナを克服し、国のワクチン接種事業が終わったら、冷凍庫の廃棄または返却問題が浮上する。が、国は耐用年数である5年は自治体で適切に管理するよう指示しているだけで、「ポストコロナ」の後始末にまで考えが及んでいない。

結局、その場しのぎのやっつけ仕事なのだ。前回の「ワクチン接種4」で取り上げた問題――医療従事者や介護施設関係者らへの4回目接種が遅れて、医療機関で「院内感染」が多発、第7波の山を上振れさせた問題で、抜けていた60歳未満の医療従事者への接種を、どの時点から「対象外」からこっそり「勧奨」にしたかは、オミクロン株2価ワクチンの「拙速買い」のミスを隠すのとまったくおなじ構図である。

なぜ、似たようなミスを繰り返すのか。

「厚労省の女帝」のトラウマ

「厚労省の女帝」と呼ばれ、今や大臣官房審議官の筆頭格として医政・精神保健医療を担当し、新型コロナ感染症対策を仕切る大坪寛子の〝トラウマ〟ではないか。安倍・菅政権下では「異能の官僚」和泉洋人・首相補佐官に密着、コロナ対策は「和泉・大坪ラインを通さないと何も通らない」と言われるほど権力が集中したが、20年末にイスラエルやUAE(アラブ首長国連邦)に先を越されたワクチン調達では致命的に出遅れた。

医系技官としてコロナ対策を牛耳る
大坪寛子・厚労省大臣官房審議官
(ウィキペディアより)

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