予防効果を過大に見積もった

コロナ「興亡」記 ワクチン接種2

予防効果を過大に見積もった

いくら尻を叩いても、3回目の接種は国民の6割しか受けていない。モデルナ忌避、副反応警戒と国民のせいにするが、実は3回目接種の予防効果を政府自身が過大に見積もって信頼を失ったのだから、政府の自業自得なのだ。こっそり修正した姑息なミス隠しを暴こう。=敬称略、約3700字、無料記事

政府が3回目接種のタイミングを遅らせたか否か――を追及するチーム「ストイカ」は、実は厚生労働省のゼロ回答を予測して、もう一つの補助線として情報開示請求を内閣官房に出してあった。

岸田政権のワクチン担当相(堀内詔子、3月31日で交代)が2回目接種との間隔について、関係府省に作成させたり、受け取ったりした行政文書(ワクチンの在庫・調達状況も含め)全部を開示せよとの請求である。

調査報道ではよくやるダブルチェックである。複数関係先に開示請求をショットガン式にぶつけて、その齟齬を探す。隠したつもりでいても、相互に矛盾していて馬脚を現すことがあるからだ。

内閣官房は延長戦のモラトリアム

こちらの請求にも返答が届いた。5月30日付で藤井健志内閣官房副長官補名の通知だ。ケンもホロロの厚労省とは違う。開示決定等の期限を6月27日まで30日間延長するという内容だった。理由は「当該開示請求に係る行政文書の調査等に時間を要するため」だという。

文書が存在しないとシラを切って不開示決定とした厚労省よりは、多少ましなモラトリアムである。もし文書があれば、厚労省のゼロ回答と平仄が合わなくなる。さて、網にかかるかどうか。

内閣官房から開示決定の通知が届くまでのあいだ、もうひとつ、厚労省のずさんなデータ集計による「看板に偽りあり」の事例を検証しよう。
全人口の80%以上に接種した1、2回目のワクチン接種に比べ、3回目接種率は60.1%(6月8日現在)にとどまっている。その理由を、政府は国民の副反応警戒やモデルナ製忌避などに帰しているが、根底にはデータの不透明が国民の不信を買っていることもある。

きっかけは名大名誉教授の指摘

第6波のオミクロン株蔓延で、2月から一般人の3回目接種を始めた厚労省が、しきりと宣伝した感染予防効果を過大に見積もっていたのだ。第6波のピークが過ぎる22年4月になってそっと修正したが、それによってオミクロンでは感染予防効果が落ちていることが判明した。
修正のきっかけは名古屋大学の小島勢二名誉教授が厚労省に問い合わせたからだ。CBC(中部日本放送)が5月27日深夜の番組でそれを報じた。
番組で小島名誉教授は「海外の報告を見ると、オミクロン株にはワクチンの予防効果がかなり減ってしまったという話が1月の時点であった。ところが厚労省が出しているデータを見ると、(予防効果が)すごくいいんですね。海外は(予防効果が)20%になったというのに、日本では最初の治験のデータと同じで、まだ90%あった。これはおかしいな、日本人は特別かなと思った」という。

政府資料をもとにCBCが作成した陽性者数の未接種者と2回接種者の差

ごらんのように、10万人あたりの陽性者数のうち未接種者(赤)と接種者(青)の差が、修正前の4月4~10日(上のグラフ)だと顕著で、ワクチン効果が大きいと思えるのだが、4月11日に修正した後(下のグラフ)ではほとんど差がなくなり、40代、60代、70代の層では接種者のほうが未接種者を上回るという驚くべき結果になったのである。

「未記入」を「未接種」として集計

何でこんなことが起きたのか。問題のデータは、厚労省の「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」の資料で、HER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)に登録された新規陽性者を、不明を含むワクチン接種歴の有無で分けて集計し、報告日における新規陽性者数の7日間の合計を算出したものだ。

HER-SYSに登録する際、医師が都道府県知事に提出する発生届に、陽性者から接種の有無などを聞き取って記入する。その記入表は下のようになっていて、右側の18の③がワクチン接種歴の項である。これが「未記入」の場合、「未接種」に入れていた結果、ワクチン未接種者の数が過大になり、結果として接種後の陽性者の数が相対的に小さく見え、感染予防効果が過大になったのだ。

なぜ「未記入」が多かったのか。この表を見てもわかるとおり、発熱、もしくは呼吸困難な感染者から、これらすべてを聞き取るのは相当な時間を要する。オミクロン株が猖獗を極めたこの1~2月には発熱外来に陽性者が殺到、医師は診断と処方を優先し、現場では接種の有無まで確認できず、未記入となった事例が多発したのではないか。修正前のグラフで80代の未接種の陽性者が飛びぬけて高いのは、やはり高齢や認知症などで聞き取れない未記入例が多かったからと思える。

接種状況の集計は21年7月から

だとしても、この集計ミスは重大である。厚労省が意図的だったか否か、検証する必要がある。この集計が始まったのは2021年7月ごろである。第44回アドバイザリーボードの資料に簡単なデータだけ出てくる。

これが現在のようなワクチン接種と陽性者数の表になったのは、デルタ株の第5波が下火になった第55回アドバイザリーボードからで、この時は未接種・1回目接種・2回目接種の3分類だった。陽性者数も大きく減ったので、「不明」(黄色の枠)も少なく、「未接種」との混同も有意な差ができるほどではなかったと思える。

表が未接種と2回目接種の2分類に変わったのは、第61回アドバイザリーボードからである。昨年11月だから、オミクロン株の浸透と置き換えが進む前のころである。年が明けて1月上旬から様子が一変した。重症化度は低いが、感染力の強いオミクロン株で陽性者数が急増してくる。そして「接種歴不明」がケタ違いに急増した。

人為的ではないにせよ見逃した

それまでは「接種歴不明」の比率が低かったのに対して、オミクロン株急増の影響で医療現場での聞き取り調査が十分にできなかったために、「接種歴不明」が増えることで集計手法の問題が表面化したものと思われる。この数値の推移を見る限りでは、人為的に低く見せようとしたとは考えにくい。「接種したけれども接種日が分からない」という回答に対して、接種済みにするのか未接種にするかは、集計開始初期の段階ではほとんど気に留められていなかっただろうが、発熱外来がひっ迫して調査票記入どころでなくなった事態に気づいた気配がない。右わきのメモにあるように「不明」が「未接種」の5割を超すようでは統計上意味がなくなるのだが、厚労省は機械的に集計しているだけで、どこまでも鈍感なのだ。

この集計ミスは4月10日まで続いた。まだ不明者数は4ケタが多く、ひっ迫が続いていることがうかがわれる。そしてCBCが放映した棒グラフの修正前のようなワクチン効果の過大見積もりを誰も修正しなかった。

小島名誉教授の指摘を認め、厚労省は集計ミスを認め、4月11日以降は未記入を「不明」に分類した。よくご照覧あれ、表下の小字の注で、細い赤線で囲った一文が、こっそりデータを修正した言い訳である。

とたんにグラフが一変した。未接種の陽性者数が激減しているのだ。これで見る限り、当初から人為的にデータを捏造しようとしていたとは思えない。しかし、単なるルーチンでは困るのだ。この統計“音痴”は、厚労省が何のためにデータを集めるか理解していないのではないか、という疑念を生じさせる。

このデータはワクチン接種の有効性を測る重要な土台であり、次のパンデミックに備えるための重要な集計のはずだが、集計担当者にその目的、方針、手段、手順、規則などは明確に示されているのだろうか。医療現場のひっ迫をフィードバックして、それを適宜反映し、監視・監査する仕組みは用意されているのだろうか。 公表しているデータが何を意味しているかを担当官庁が知らないとは、お粗末の極みというほかない。

医師が発生届を手抜きしているから、と役所側が責任を転嫁してくるかもしれないが、そもそも医師が接種状況を確認するのは治療方針を検討するためのはずで、 データ収集は医師の仕事ではなく、完璧を期すのは不可能なので、無理強いしてもムダと言える。

頻繁な追加接種で免疫力低下?

もうひとつ気になるのは、頻繁な追加接種を重ねると、免疫力が低下するのではないかという説である。サンテレビによると、小島名誉教授が4月11~17日の「接種歴不明者」を「2回接種者」と「3回接種者」に振り分けて予防効果を試算したところ、65歳未満で2回目接種者はマイナス46%、65歳以上でマイナス89%とかえって逆効果という数字が出た。

また、22年1月12日に日経新聞も「欧州連合(EU)の欧州医薬品庁(EMA)は11日、新型コロナウイルスワクチンの追加接種(ブースター接種)を短い間隔で繰り返すことに懸念を示した。変異型オミクロン型の詳細が明らかになっていないほか、頻繁なワクチン接種が人体の免疫に悪影響を及ぼす可能性も指摘した」と報じている。

確かにEMAは1月11日にリリースを1本プレス・ブリーフィングを行っている。報道はマルコ・カヴァレリ(生物の健康脅威とワクチン戦略担当ヘッド)の発言がもとだと思われるが、「免疫に負荷をかける」可能性に言及したにすぎない。

その後のEMAのリリースでもそうした警告は見あたらず、報道の勇み足でないかと思える。考えてみれば、3回目接種の予防効果についてのデータはまだ少ないはずで、その初期のコメントはそうしたデータの検証を待たなければ、確証が得られるはずもない。その追跡結果の検証が待たれるところだ。

5月25日から4回目接種が始まった。60歳以上の高齢者、18歳以上の基礎疾患を持つ人、医療従事者で3回目接種から5カ月以上経った人が対象である。6月9日時点で累計1万9452人と遅々たるペースで、接種率を算出する水準にも達していない。初期のアルファ株(武漢型)対応のワクチンを、オミクロン変異株でもまだ打ち続けるのかとの疑念がよぎる。

だから、どの接種会場も閑散としている。東京・大手町では案内の看板を持つバイトが、手持ち無沙汰に突っ立っているだけで、一時のワクチン熱はすっかり冷めてしまった。9月30日までと期限付きだから、また大量の使い残しが廃棄処分になるのではないか。

重症化率が大きく下がったのは事実だ。だからといって、厚労省のこのデータ集計ミスが免罪されるわけではない。外部から指摘されるまでそれに気づかなかったアドバイザリーボード(座長・脇田隆字国立感染研究所所長)の面々(尾身茂・有識者会議会長を含む)も、専門家と称していながら目が節穴だったと恥じるべきである。

こうしたミスを防ぐため、公的機関が持っているデータを突合できないのか。例えば、デジタル庁が開発したVRS(ワクチン接種記録システム)と、厚労省が開発したHER-SYSの突合はなぜできないのか。そこに霞が関のシステム間の根本的な不連続性が浮かびあがる。このデータの「タコツボ」と迷宮は、自治体の予防接種台帳の間にもあるようで、行政のシステム問題は稿を改めて追及しよう。(つづく)■

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