コロナ「興亡」記 ワクチン接種1
3回目接種を遅らせたのは誰か
新型コロナ感染症の第6波がようやく鎮静化し、政府は6月1日から入国規制を緩和した。しかし脱コロナの決め手と言われたワクチン接種は、変異株の登場や抗体の減衰などもあり優先度が下がってきた。ウィズ・コロナへのシフトは、2年余の教訓から組み立てた政策転換というよりは、感染が下火になっただけの「なし崩し」に見える。=敬称略、約3500字、無料記事
5月30日、厚生労働省からチーム「ストイカ」に「行政文書不開示決定文書」(5月23日付)が届いた。
新型コロナワクチンの第3回接種のタイミングについて、当初「2回目接種から8ヵ月以内」としていた当初案の妥当性について、省内外で検討した資料をすべて開示せよとした請求(3月17日付提出)に対し、健康局健康課予防接種室名でゼロ回答してきたものである。
その理由にあきれた。我々が要求した文書は「事務処理上作成又は取得した事実はなく、実際に保有していないため、不開示とした」というのだ。悪名高いベタ黒塗りの「海苔弁」開示ですらなく、モリ・カケ疑惑で乱用された「文書存在せず→不開示」という門前払いである。
白々しい。3回目接種の開始時期を誰がどこでどう決めたか、それを記した文書がひとつもないというのか。ありえない。霞が関の隠蔽体質は何も変わっていないのか。行政不服審査法に基づいて審査請求する。
この文書の日付と同じ5月23日、科学誌Natureのコラム「ワールドビュー」に、政府コロナ分科会の一員である押谷仁・東北大学大学院教授(医学系研究科微生物学分野)の寄稿した文章が掲載された。日本がG7でもっとも感染者数が少なく、感染爆発を防げたのは「三密」キャンペーンが功を奏したという自画自賛である。
だが、オンライン版の見出しthe right messaging empowers citizensには正直驚いた(紙媒体ではclear messaging is key)。スーパースプレッダーによるエアロゾル感染に絞って、カラオケや外食に警戒を促した“日本流”が、一斉緩和と感染爆発の行ったり来たりを繰り返した米欧先進国に優ったというのだ。
いくらなんでも夜郎自大だろう。「正しいメッセージ」が聞いてあきれる。ワクチン接種ひとつとっても、上の「不開示通知」が、政府の知らしむべからずを体現している。
追加接種をいつ打つべきか、の議論をトレースしよう。
昨年夏、1日100万人接種の菅義偉首相の大号令で進めた1、2回目のワクチン接種のさなか、8月16日にファイザーが追加接種の初期治験データをFDA(米食品医薬品局)に提出している。これを受けて同18日には、米保健福祉省(HHS)が9月20日の週から8か月経過した人にブースター接種する準備ができているという声明を出した。
ところが、9月22日の米国のコロナ対策の司令塔CDC(疾病予防管理センター」)では、免疫プラクティス顧問委員会(ACIP)でファイザーが、6~8カ月でワクチン効果が低下すると発表。FDAも同日、2回目から6カ月で3回目を接種すると表明し、実際に24日から3回目接種が始まった。日本で第25回ワクチン分科会が開催された10月28日の1か月以上前のことである。厚労省が米国の動きを知らなかったはずがない。
日本ではどうだったか。10月7日にファイザーが追加接種の治験データを提出し、11月11日に特例承認されている。このときの添付文書の「7.2.2 接種時期」には「通常、本剤2回目の接種から少なくとも6ヵ月経過した後に3回目の接種を行うことができる。」と記載されていた。しかし、11月16日の予防接種室から自治体への事務連絡には、「原則8か月以上」という記載になっている。
この事務連絡の前日、11月15日には、政府の第26回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会(会長倉根一郎・国立感染症研究所所長)が開かれ、「2回目接種後8カ月」と決まっていたからだ。第25回と同じ提出資料では米国は目立たないように下の方、8カ月以上のままである。これは分科会事務方の予防接種室が意図的にミスリードしたのではないのか。
実はこの資料にはごまかしがある。各国は2回目接種後「5~6か月」で3回目接種を始めているのに、この資料では、2回目接種を開始した日から3回目を開始する日までの期間を示しており、実際の2回目接種後に3回目を接種するまでの期間を示すものではない。このデータを利用して、あたかも諸外国が2回目接種後8か月としているかのように誤解させ、ワクチン分科会に「8カ月以降」と決めさせる内容になっている。
いかにも官僚らしい。データそのものは嘘ではないが、本来示すべきデータとは違うデータで誤解を誘う手口である。
ワクチン分科会をもう少しさかのぼると、「3回目接種」の議論が始まったのは9月17日の第24回分科会から。事務局が同様の資料を使って「諸外国は8か月」と説明している。委員の一人が「諸外国で追加接種を行ったところは、大体2回目接種を終えて8か月程度たってから開始しているところが多いのですね」と発言していることから、資料に騙されているのは明らかだ。鶴田真也予防接種室長ら事務局もその誤りを訂正せずにスルーした。
10月28日の第25回のワクチン分科会でも同様の議論になっていて、ある委員は「仮に半年くらいが学術的によいということであっても、オペレーションとしてはきわめて難しい。… 実際は8か月でもかなり厳しいと市町村は思っていますので…」と発言した。接種が遅れることで国民の健康にリスクがあっても、自治体の接種体制の確保を重視してほしいという意味にもとれる。
伏線は9月17日の第24回ワクチン分科会から周到に準備されていて、この段階の「本日の論点」で、事務局案としてされており、その根拠としてやはり「二回目開始想定時期から約8か月で開始」という図が用意されていた。
要するに、3回目接種を全体を遅らせるために、姑息なパワポ資料の目くらましに出たのではないか。そして、専門家は誰ひとりとして事務方のマジックに気づかないというお粗末な現実も浮かびあがる。以下の議事録を子細に追っていくと、脇田会長の議事進行と鶴田室長ら事務方スタッフが、半信半疑の委員たちを8カ月の結論に誘導しようとしているように見える。
【参考】第24回ワクチン分科会議事録20210917(マーカー部分に注意)
【参考】第25回ワクチン分科会議事録20211028(同)
【参考】第26回ワクチン分科会議事録20211115(同)
なお最新の第30回ワクチン分科会(2022年2月14日)の資料に「諸外国における新型コロナワクチン追加接種の状況について」という参考資料がついているが、その71~78ページにイスラエル以下6カ国の追加接種の詳細が記されていて、接種間隔はそれまでとはがらりと変わる。
イスラエル 追加接種(3回目接種) 2回目接種完了から3か月以上経過後
追加接種(4回目接種) 3回目接種完了から4か月以上経過後
米国 初回シリーズ完了から5か月以上経過後
英国 初回シリーズ完了から3か月以上経過後
フランス 初回シリーズ完了から3か月以上経過後
ドイツ 追加接種(3回目接種) 初回シリーズ完了から3か月以上経過後
追加接種(4回目接種) 3回目接種完了から3か月以上経過後
カナダ 初回シリーズ完了から6か月以上経過後
国際連合 N/A
EU 初回シリーズ完了から6か月以上経過後
(ただし、3ヶ月経過後の接種も有効で安全とするデータあり)
一目瞭然だろう。「8カ月」などどこにもない。厚労省が伏せてきた米国の追加接種時期の前倒しも、9月から5カ月近く遅れて「接種間隔」の項にさりげなく5カ月以上と記載された。日本政府も遅ればせながら間隔を短縮する気になったとみられるが、しれっと右肩に「22年2月7日時点」とあるのはアリバイづくりか。それまでのミスリードを隠して、あたかも「最新時点では」と言い訳しているかに見える。
諸外国における3回目接種については、調べた限りでは先進国で「2回目終了後、8か月以降」としている国は見つからなかったが、日本以外にどこがあるのか、厚労省は調べて開示すべきである。そうすれば、厚労省の歴然たるデータ操作が浮き彫りになるだろう。
12月に入ってからオミクロン株の感染が急拡大し、突然3回目の接種がクローズアップされたわけだが、11月までの鎮静化に油断して3回目接種を遅らせ、第6波の山をこれまでになく高くしてしまったリスクに対して、首相官邸や厚労省は責任を感じないのだろうか。「もう少し3回目接種が早期に行われていればオミクロンによる第6波に対して有効であった可能性もある」(医療関係者)。
「三密」キャンペーンが効いた?何を寝ぼけたことを言っているのか。3回目接種開始を意図的に遅らせ、その裏側にあった議論を開示しない。それが「正しいメッセージ」などとよく言えたものだ。(続く)■
、