オンラインで応酬、膨大な物証

ガバナンス不全症候群 【4】

オンラインで応酬、膨大な物証

筆者のオンライン記事に、太田洋弁護士は次々と警告状を送ってきた。その反論インタビューは、膨大な物証を知らずに突っ込みどころ満載の内容。何とか暴露を封じようと、電気興業も音声ファイル反訳の公開差し止めを求め、仮処分申請をしたが地裁、高裁で退けられた。音声を公開すれば、真相が確かめられる。=敬称略、約9200字

 

第4章几帳面な社内文書

 

パソコンのモニターに映っている人物は、かれこれ2時間近く説明を続けていた。経営トップによるセクハラに端を発した電気興業の一連の問題について、私が仕事仲間のジャーナリストから話を持ち込まれて、数日が経った日、私はこの人物にリモートで取材をしていたのだ。

問題の概略だけは別の人物から聞かされていたが、細かな経緯などについて聞くのはそれが初めてだった。私からも質問をはさみながら聞いているうちに、ZOOMの制限時間を気にしなければならないほど時間が経っている。名前も顔も知らない人物が入れ替わり立ち替わり登場する話は、いつだって一度聞いただけで完全に理解するのは困難だ。

直接の対面取材であろうが、リモート取材であろうが、事実関係を正確に把握するためだけでなく、相手が信頼に足る人物であるかどうかを観察するための時間でもある。しかし、画面上の人物は信頼性においては「鉄板」と呼べるほど確実なはずだ。私を騙そうとしているとは考えにくい。

人を騙す行為とは、正当な手段によらず、手っ取り早く目的を達するための歪んだ効率主義であろう。当初はZOOMの会議室への案内メールに添付する形で数通の資料が送られてきただけだったが、私が受け取った資料はすぐに膨大な量に達し、私を騙すためにこれだけ手間暇をかけてウソの資料を作成するとは考えにくかった。

その内容を頭に入れ、それが頭の中で有機的につながり始めるには時間がかかる。残念なことに、私の頭脳は半導体のDRAMと同じだった。揮発性のメモリであるDRAMは、常に電気的な刺激を与え続けなければ、すぐに記憶が飛んでしまう。私のそれは容量も小さい。

こうしてリモート取材を終えた頃には、私はへとへとになっていた。

資料の海に潜り砂金を探す

調査報道は、息を止めて闇夜の海底に潜り、微かな光を放つ砂金を探す作業に似ている。私は膨大な量の内部資料と音声ファイルの海に漂いながら、取締役会という名の暗闇に沈められた真実の砂金を探す。内部資料の一部は情報提供者から直接受け取り、また別の一部は郵送されてきた。別の関係者からネット経由で受け取ったものも多い。郵送されてきた資料はコピー用紙に印刷されたものもあれば、数個のUSBメモリに分けて収められた数十の音声ファイルもある。郵送されてきた内部資料だけでも段ボール箱に収まりきらないほどあり、その一部をトートバッグに収めて、取材に一日持ち歩いただけで、肩が抜けそうになるのだった。

数個のUSBメモリに分けて収められた数十本もの音声ファイルも、重要度の高そうなものから順に聞いた。すでに触れたように取締役会でのやり取りを中心に、社内取締役や社外取締役の間で交わした会話など、これらを辿っていけば、電気興業の意思決定の過程でどこに問題があったのか、そして誰に責任があるのかがかなり正確に把握できるだろう。

いずれも手間暇と根気が必要で、こんな仕事は常に締め切りに追われる組織ジャーナリズムの住人には困難かもしれない。パソコンにつないだヘッドホンで、取締役会の録音内容を確かめている様子は、傍から見れば仕事をさぼっているようにしか見えないだろう。「そんなことをしている暇があれば、記者会見の一つにでも行ってこい」と、上司に怒鳴られるのがオチだ。

それらの一つひとつに目を通しながら、問題を時系列に把握しつつ、問題の所在や全体像を把握するのは、いつものことながら骨が折れ、息の詰まるような作業だ。それらはげんなりするほどの作業量だったが、いざ記事を書き始めると、これほど確かな武器はなかった。会議の模様を文字起こししただけなら「そんなものはでっち上げだ」の一言で言い逃れもできるだろう。しかし、そこに居合わせた者たちの心の揺れ動きや息遣いまで手に取るようにわかる音声ファイルがあれば、控えめに言っても言い逃れは難しいだろう。

そして、それは同時に内部告発を考えている人たちにとって、示唆に富んだ事例でもあった。電気興業という会社のカルチャーなのか、それとも担当者たちの性格によるものなのか、驚くほど几帳面に記録を残しているのだ。そのなかには「こんなものまで?」と驚かされるほどで、「記録魔」「メモ魔」と呼べるレベルなのだ。それがなければ内部告発したところで、それを受け取った官公庁や報道機関は、手の出しようがないに違いない。内部告発をいくつも扱ってきた私でさえ「どの会社もこんなに記録を残しているものなのかな」と何度も感心したり、呆れたりしたほどの丁寧さと几帳面さだった。そうした記録を残す作業は、海底の砂金を探す我われと同じか、それ以上に根気のいる仕事なのだろう。

こうして私が内部資料の山を崩すように読み込みながら、株主総会前に記事を発表しようと電気興業に質問状を送ったのは、第1章で触れたとおりだ。

西新宿の外れで株主総会

2021年の電気興業株主総会は、6月29日午前10時から東京・新宿のベルサール西新宿ホールで開かれた。新宿中央公園の裏を走る十二社通りに面していて、熊野神社の斜向かいにあった。

2022年の電気興業株主総会も、前年と同じ西新宿の会場で行われた(6月29日)

松澤幹夫前社長のセクハラその他の問題について、私がプレジデントオンライン上に「実力社長のセクハラを咎めた役員が次々とクビに名門メーカー電気興業の大混乱」と題する第一報を書いた4日後のことだ。インターネットによる議案に対する賛否は、大株主の多くが6月上旬頃には決めてしまっており、私が発表した記事は大勢には影響しない。「この問題を耳にするのがもう1カ月早かったら……」と残念に思ったが仕方ない。

例年なら電気興業の株主総会は30~40分で終わってしまう。シャンシャン総会を終えれば、個人株主は手土産をもらって帰途に就くのが常だった。この年の総会は新型コロナウィルスの感染拡大のため、会場の席数を大幅に絞り込んでおり、来場者は例年よりも少ない。しかしわざわざ会場に足を運んだ一部の個人株主からは「社長が交代したのはセクハラが理由ではないのか」という質問も投げかけられ、この年の所要時間は1時間を超えた。総会で社長交代の理由を質そうとする株主に、当事者の一人である近藤忠登史・新社長は「質問は手短にお願いします」と繰り返しつつ、「経営陣の世代交代が目的。不祥事が理由ではない」と言い張った。

明らかなウソである。ここで「ウソ」という言葉を使うのは、証拠が存在するからだ。証拠は監査役会がまとめた調査報告書の中間報告がそれである。その2ページ目には「5.本調査により確認した事実(1)上記2.①について」と書かれており、これは松澤のセクハラを指す。そこには「松澤前社長は、取締役会での謝罪、社長辞任、代表権の返上及び報酬の自主返納を行っており、本件への対処として、社会通念上不足するところはないと認められる」と記されており、監査役会がその報告書の中で松澤の辞任はセクハラが原因と認めたことが明確に読み取れる。

ついでに言えば、取締役に就く直前に私の取材に応じた浅井貴史・管理統括部長の回答もウソだったことになる。

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