結束破れ社長「逆クーデター」

ガバナンス不全症候群 【2】

結束破れ社長「逆クーデター」

電気興業のガバナンスに社外取締役がどう関与したかを、連載初回からPDFなどの証拠を添えて明かしてきたが、本番はむしろこれからだ。株主よ、ご照覧あれ。電気興業が株式会社の最高意思決定機関である昨年の株主総会で述べた説明も、今年の総会で述べたことも、実態とは異なることを、録音反訳などの物証で暴いてみせよう。=敬称略、約1万500字

 

第2章切り崩し工作

 

2021年2月10日、朝方こそ気持ちよく晴れていた空は、昼頃から雲行きが怪しくなっている。この日、第3四半期決算を承認するために開かれた臨時取締役会では、女性社員に対するセクハラの調査報告書も提出される予定になっている。弁護士による本格的な調査に先立って行われた社内調査により、松澤幹夫社長(当時)のセクハラ行為を把握し、松澤を代表取締役社長の地位に置いたままでは企業のレピュテーションが維持できなくなるおそれがある。会社の企業価値を維持するには経営トップを替えるより他に選択肢はないという考えで社内取締役5人は一致し、前述した「署名捺印入り文書」まで作って結束した。5人は調査報告書を吟味したうえで松澤の責任を問い解職する手はずになっている。調査の開始を告げた社外取締役から出社を控えるよう釘を刺されていた松澤は、もちろん自分が解職されようとは知らないはずだ。

臨時取締役会が定刻に始まった。決算の承認が型どおり終わったところで松澤が突如、「私の方から緊急動議を出させて頂きたいと思います」と言い出した。

石松康次郎専務(同)ら5人の社内取締役――いや、その後の展開を考えると、正確には近藤忠登史取締役(同)を除く4人、あるいはさらに少なかったであろう――らの予定にはない動議である。松澤は演説の草稿でも読むような口調で言った。

「私は今期3月末をもって代表取締役を退き、取締役会長となり、次の代表取締役として近藤忠登史取締役を推薦したいと考えております」

松澤前社長に推された近藤忠登史社長
(電気興業HPのご挨拶より)

近藤は前年6月に取締役に昇格したばかりの末席の取締役である。取締役に就いてから1年も経っていない。松澤や石松が管理部門を経ているのに対し、営業畑を歩み続けてきた近藤には、そうした財務・経理、人事、総務など管理部門の経験がなく、経営トップとしての力量は未知数である。

報告書は「議事録に載せずに」

松澤と示し合わせたように、社外取締役の太田洋が「本日、たまさか取締役、監査役全員がご出席ですから、決議しようと思えばできる状態にあります」と言った。普段の取締役会ではほとんど発言しない太田が、この日は自ら議事進行を買って出るようにして取締役会を引きまわして行こうとしている。

そんな馬鹿な。セクハラの調査結果について報告を受け、そのうえで松澤の解任を諮るはずではないか。調査結果も報告されないうちに、松澤は責任を逃れるかのように社長を退任し、後継者を指名して自分の力を温存するつもりか――誰もがそう考えたに違いない。現に下田剛取締役(同)が、院政が敷かれるのではないかとこの場で懸念を露わにしている。

石松も「取締役で事前に話した内容ですが、今日どういう取締役会になるかわからない部分があり、緊急で決めなければならないことが発令されたときには、持ち帰って検討しようということになっています」と抵抗した。

常務の伊藤一浩も発言を求められて「社外取締役にお願いしています報告書というのは、いつ頃の完成でしょうか」と問うた。太田は淡々と「はい、どうしましょうね。もし皆様よろしければその報告書に関する部分だけは、議事録に載せない形で……」と意外なことを言い出した。取締役会議事録は会社法により作成と保存が義務付けられている文書であり、求めがあれば株主にも開示するのが建前になっている。しかし太田の言葉通りにすれば、セクハラの報告書は電気興業のオフィシャルな記録に残さないよう目論んだのだろうか?

<臨時取締役会の録音反訳>

太田が続ける。

「調査の内容は昨日聴取しております。ただ非常に短い時間の中で調査され、昨日受け取ったばかりでもありますので、とりあえずこの件について社長に話をさせていただいたうえで、だいたい一週間程度をめどに、必要な範囲で取締役・監査役の皆様にもご報告するというような段取りで考えていたところです」

無理を承知で議決迫る

社外取締役の一人である須佐正秀が「報告書は見ておられなくても、社長さんのご判断は是としたいと思います」と発言し、松澤の社長退任と近藤の社長昇格を決議に移すよう促したのに対し、社内取締役の久野力が「正直難しい話でございまして、先ほど石松専務がおっしゃったように、ちょっと持ち帰ってといいますか、保留という形をとりたいと思います」と食い下がり、下田もこれに同調した。

1月31日にセクハラの調査を始めると告げた段階から「松澤擁護」を鮮明にしていた鈴木則義社外取締役が、社内取締役の久野や下田を制するように言う。

「重々、社長の方で考え出された内容かと思います。そういった意味では持ち帰ってもですね、結論は変わらんと思いますので、できればこの場で決議した方がいいと思います」と押し切ろうとし、太田も「そんなに長い時間をかけえる話でもないと思うんですが」と加勢した。西村あさひの弁護士から「社内取締役の5人が結束すればうまくいく」と言われていたのが、いつのまにか近藤が切り崩されて4人に減っていた。松澤の意を汲む勢力は松澤本人と近藤、太田、鈴木、須佐の5人となり、逆転している。いや、その後の処遇から考えると、籠絡された役員がさらにいる可能性さえあった。

取締役に対する報告を後回しにして社長交代の緊急動議だけ先に決議すれば、代表取締役社長の交代だけ適時開示でき、社長人事と不祥事の責任追及を切り分けられる。そうすれば社長交代の理由を世代交代などにかこつけて、対外的に会社の恥部をさらさずに済ませられると社外取締役たちは踏んだのだろう。社内取締役らは協議のためにいったん会議室を離れ、別室でテーブルを囲んで立ったまま話し合った。

「どうしましょうか?」

「調査報告書さえ見ていないんだから、今日の臨時取締役会では決められない」

監査役をなだめる

社内取締役らが緊急動議を持ち帰ることで一致しようとしていた頃、役員会議室に残っている太田が鈴木らを相手にこんなことを漏らしていた。

「(今日決議してしまうのは)多少無理はあるんですよね、本来の順序からすると。取締役会がもうちょっと後の20日くらいだったら逆に報告書の内容を共有したうえで取締役会を開くことになったのですが、順序が後先になっておりますので、そのところの違和感がある。順序が変だねって言うのは社内取締役の仰る通りだと思います」

太田もこの日のうちに緊急動議の決議を迫ることに無理があることをよくわかっていながら、敢えて決議を強いているのである。彼らの頭の中では、この臨時取締役会でセクハラの有無について白黒をつけるのは優先順位が低くなっていたのか、すでに言及されることもなくなっている。

石松ら社内取締役が別室で協議している間、鈴木や太田らの社外取締役や監査役の会話に耳を澄ますと、彼らの人間関係や人間性までも垣間見えるようで興味深い。

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