ガバナンス不全症候群 【3】
まず馬を射よ、リモート攻防戦
ひた隠しの社長セクハラと辞任が、内部通報によって外部に知られ、監査役のおざなり報告との比較表まで作成された。監査法人が適正意見をつけると、なぜか社外取ポスト。しかし株主総会前に筆者が質問状を送ると激震が走り、東証の適時開示を避けてHPでひっそり公表した。=敬称略、約9400字
第3章外に知られた
電気興業の監査役会が経営トップによるセクハラなどについて中間報告をまとめた頃、同社やその周辺は動きが慌ただしい。
中間報告が取締役会に提出された翌日の5月11日、内部通報者の代理人として寺尾幸治弁護士と遠藤元一弁護士が連名で「コンプライアンス通報・報告」と題した長大な文書を監査法人トーマツに送付している。セクハラ問題や不明朗な交際費支出、利益相反取引について、法律上の問題点を指摘しつつ、さらには監査役会の調査や評価の仕方を疑問視。さらに調査報告書が社内取締役さえ閲覧できていないことの非を鳴らすものであり、これらが監査法人トーマツの知るところとなった。太田や鈴木の、監査法人へは連絡しないで問題をやり過ごそうという目論見は崩れた。
この「コンプライアンス通報・報告」は問題の概要が手際よくまとめられているが、それでも電気興業内に漂う腐臭が目に染みるような内容である。私がこれを入手したのは電気興業の問題を初めて聞いた直後だったが、これをプリンターで印刷すると、どこの誰が何に使い捨てたのか分からないティッシュペーパーでもつまみ上げるようにして、クリップで綴じた。
内部通報でトーマツが比較表
通報を受けてトーマツではA3サイズのコピー用紙5枚に「調査報告書(中間報告)」と「コンプライアンス通報・報告」の内容を比較できるように並べた表を作り、その相違点について電気興業に質した。そのなかには社外取締役が外部の弁護士を指揮する形で作成されながら、社内取締役には閲覧さえ許さなかった調査報告書について「調査報告書の確認状況の事実関係をご教示ください」「調査報告書が社内取締役及び監査役会に提示されていない場合において、ガバナンス機能の有効性に関する評価をご教示ください」といった質問項目が並び、おざなりな調査が目立った中間報告についても「調査方法の妥当性、証拠の十分性をどのように判断されたかご教示ください」といった厳しい質問が突きつけられている。
さらにトーマツは太田の「監査法人に報告するとハレーションが生じるので報告しなくてもよいのではないか。報告せず後で監査法人に知られたところで理論武装は可能」という発言を挙げつらい、電気興業に事実関係を説明するよう求めている。これら20項目に及ぶ質問の数々は、鈴木・太田・須佐の社外取締役と監査役会に対する批判と不信感を表したものでもあるのだろう。
これらの20項目は監査法人としてチェックが必要なポイントであると同時に、株主が知っておかなければならないポイントでもある。トーマツが作成した上記の表を添付しておくので、改めてその異同から監査役会の調査がいかにおざなりかを読み取っていただきたい。
<比較表2>
<比較表3>
<比較表4>
<比較表5>
電気興業にとっての最大の恥部はもはや痛点となって、外部の弁護士によって監査法人にさらされている。トーマツから送られてきた「追加確認事項」とは、脇腹をぐりぐりと抉るような匕首より鋭利な質問なのだ。当然、社内は混乱し、5月14日に3月期の本決算を承認するための臨時取締役会は、決算についての報告が始まる前に、社内取締役と社外取締役の火花が散るような激論と非難のぶつかり合いになった。
無限定適正意見の代りに社外取ポスト
取締役会の冒頭で「(決算の)報告事項に入る前に、情報共有させて頂ければと思っています。(中略)監査役会で継続調査を行っております件について……」と近藤が言う。
「……追加確認事項の回答を求められている状況でございます。よって、当初予定の監査意見が頂けない状況でありまして、株主総会も控えることから、会社として真摯に、また鋭意に対応していきたいと考えております」
監査意見を得られないのでは有価証券報告書を証券取引所や財務局に提出できず、それは上場企業として致命的な局面に立たされることを意味する。赤いランプが激しく明滅しているような異常事態であり、何が起きたのかと市場の耳目を集めるのは避けられまい。しかし「会社として真摯に、鋭意に対応」されては困る者たちがこの会議室には何人もいるのである。
さすがトーマツ、監査が厳格だ!と賛辞を送りたいところだが、有価証券報告書や内部統制報告書の締め切りが迫っていたせいか、6月に入ると無限定適正意見が表明された。しかも翌期の社外取締役にはトーマツ出身の公認会計士を起用している。またしても独立性の面で首を傾げたくなる人事である。どこまで行っても電気興業は電気興業だった。
問題の原因を作った松澤本人もこの取締役会に出席しており、「私の在任中のコンプライアンスを含みますガバナンス意識の欠如から、大変ご迷惑をおかけしておりまして、誠に申し訳ございません」と頭を下げ、その後沈黙した。
善管注意義務違反で激論
松澤が陳謝を済ませると近藤が、監査役会の作成した中間報告に対する意見を石松に求めた。石松は監査役の田宮や赤羽が作成した中間報告には、調査の手法や精度、報告内容に不満を持っている。そのなかで石松らがセクハラを1カ月半にわたって放置、容認し、積極的に加担しているように見受けられると指弾する箇所があり、それに対して石松は「私はそのような行動を取っておりません。大きな問題にならないように秘書室の方々とともに取り組んできたと説明しました」ときっぱり否定。これに対して田宮と赤羽が「一般社員と社内ナンバー2とでは求められる言動が異なる。事態が大きくならないように見ていたというのは容認していたことになる」「その場ですぐに対処しなかったのは善管注意義務違反になる」などと反論した。
さらに近藤は、太田にも発言を求めた。太田はここで、トーマツに送られた「コンプライアンス通報・報告」について言及した。内部通報を受けて二人の弁護士が連名で作成した文書がトーマツに送付されたことについてはすでに触れたとおりだ。その文書では批判の矛先が太田自身にも向けられており、太田はこの内部通報者が石松であるとにらんでいる。
この日の取締役会議事録を見ると、太田ほか一部に役員はリモートで参加していることが記述されており、モニターの液晶画面とマイクを通じて議事が進行されていた。太田は自身に対する批判が社外の弁護士や監査法人に通報されたことが腹立たしいらしく、石松に対して「取締役会をスキップして監査法人に伝えられたのは、ガバナンスの本来あるべき姿から外れている。私のことを含めて、何か思っておられることがあるなら、この場できちんとお話しください」とマイクを通じて難詰した。
プロレスのマイクパフォーマンス?
これに対して石松は素っ気ない。「内容については、動議の中に入れておりますので、そこが私の意見だと思って頂いて結構です」とだけ言った。4月22日の取締役会で石松は、①セクハラについては取締役会で正式に報告し、再発防止策を議論せよ、②松澤の不明朗な交際費支出は業務上横領の疑いがあり、松澤はこれを説明し、取締役会はこの責任を追及せよ、③鈴木のエドモン・ドゥ・ロスチャイルド日興は、電気興業が利益相反取引を繰り返したり、鈴木の個人事務所の弁護士費用を電気興業に支払わせたことについて説明せよ――といった動議を提出していた。
石松と太田のやり取りを収めた音声ファイルを開くと、太田はわずかではあるが明らかにいらだちを見せ、「動議ではなく!動議ではなく、疑問などがあるのであれば、この場で仰ってください」と、プロレスのマイクパフォーマンスの応酬のような格好になった。
「言いたいことがあれば、ここで言ってください」という太田と、「今お話ししたとおりです」「通報の件は分かりませんので、コメントは差し控えたいと思います。以上です」としか言わない石松。まともな議論になるはずもなかった。
そんななかで、たったひとつ興味深い発言をしたのは、鈴木だった。自分自身の行いが監査法人から問題視されている彼は「私も責任を痛感しておりまして、今年の6月の総会におきまして社外取締役から辞任したいと思っております」と表明した。ただし鈴木はただでは起きないタイプの人間らしく、1週間後に開かれた定時取締役会では、自分の善管注意義務違反を「大したことじゃない」と棚に上げて太田や監査役と歩調を揃え、石松の善管注意義務違反を責めている。社外取締役による社内取締役に対する攻撃は、それほどに執拗だった。