コロナ「興亡」記 《中国》1
「ゼロコロナ」暴走、混沌の近未来
中国最大の商業都市、上海がロックダウンに踏み切って1カ月余り。2500万人の市民の大半が幽閉生活を迫られ、経済的損失も膨れ上がり続けている。新型コロナウイルスとの共存を志向するウィズコロナに世界中が舵を切るなか、ゼロコロナに固執し続ける中国の姿勢は異様だ。最高指導者の習近平は、非合理が明らかな政策をなぜ転換できないのか。そのことは、中国の未来を読むうえで何を示唆するのか。=敬称略、約8000字
《中国》1習近平「3期目」に難題
中国のゼロコロナ政策の「暴走」が止まらない。2500万人の人口を擁する中国最大の商業都市の上海では、3月28日に始まったロックダウン(都市封鎖)が1カ月以上も続く。5月に入り、新規感染者が出なくなった一部の地区では行動制限が若干緩和されたが、今も何百万人もの市民が自宅や団地から出られない幽閉生活を迫られている。
悪名高い当局の情報統制をかいくぐって漏れ伝わる現地の状況は過酷だ。SNS上の華人コミュニティには、「身寄りのない独居老人が餓死した」「重い慢性病を患う市民が病院に通えなくなり首を吊った」「仕事を失い借金を返せなくなった家族が飛び降り心中した」などのツイートとともに、目を背けたくなるような悲惨な写真や動画が数多く飛び交う。
経済への打撃も甚大だ。上海を中心とする長江デルタ地域は、中国のGDP(国内総生産)の4分の1を生み出す巨大経済圏である。上海は自動車産業や半導体産業の中国有数の集積地であり、中国最大の証券取引所が所在する金融センターであり、多数の外資系企業が中国事業の本部を構える国際都市だ。さらに、上海は世界最大級のコンテナ港を擁し、中国と世界を結ぶグローバルなサプライチェーンの重要なハブでもある。
それらの機能が一斉に、1カ月以上にわたって機能不全に陥っている。しかもまだ終わりが見えず、仮に終わってもまた繰り返す不安が拭えないのだ。
国際社会で際立つ異様さ
中国では、新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)の震源地となった湖北省武漢市(人口約1200万人)で2020年1月下旬から4月上旬まで2カ月半にわたるロックダウンが行われた。また、最近の感染再拡大を受けて、陝西省西安市(人口約1300万人)で2021年12月下旬から2022年1月下旬までの約1カ月、吉林省長春市(人口約900万人)で2022年3月中旬から4月下旬までの約1カ月半、やはり長期のロックダウンが実施された。
日本ではあまり報じられていないが、中国には上海同様のロックダウンが敷かれている都市や地区が4月末の時点で20以上あるとされる。すでに解除された都市も含めると、2022年に入ってからロックダウンを経験した住民の総数は8000万人を超えるとの見方もある。
だが、中国経済のみならずグローバル経済に与える影響の大きさを考えると、上海のロックダウンの衝撃は他の都市とは比較にならない。
上海で目下流行しているウイルスは、オミクロン株の派生種で感染力が極めて強いとされる「BA.2」だ。世界において、オミクロン株の封じ込めに成功した国はいまだない。米国や欧州諸国はウイルスとの共存を志向するウィズコロナに舵を切り、すでにほとんどの行動制限を解除した。
アジアでも、2021年夏のデルタ株の流行時には軍隊まで動員してロックダウンを徹底したベトナムが、その後ウィズコロナに移行した。最近まで中国並みのゼロコロナ体制を敷いていた台湾も、オミクロン株の重症化率が低いことなどを理由にウィズコロナへと舵を切った。
そんななか、市民生活や経済活動に多大な犠牲を払ってまで封じ込めようとしているのは中国だけであり、国際社会での異様さが際立つ。上海には20万人を超える外国人が暮らしており、国際イメージの低下という視点からもロックダウンの損失は大きい。
上海市の衛生当局の発表によれば、5月4日時点までの市内の感染者数は累計59万6000人、死者数は503人、致死率は0.084%だ。日本の専門家が組織した厚生労働省のアドバイザリーボードは、オミクロン株の流行期の致死率を0.13%と推定する分析結果を3月に公表しており、その差はわずか0.046ポイントに過ぎない。オミクロン株の致死率は季節性インフルエンザ(0.1%未満)より高いとみられるとはいえ、それ以前に流行した変異株よりも弱毒化しているのは誰の目にも明らかだ。
社会的・経済的な副作用の大きさや、国際イメージの低下、もともと低い死亡率をさらに下げる意義など、常識で考え得るあらゆる角度から見て、中国がゼロコロナ政策を継続する合理性を説明することは、少なくとも第三者の視点では困難と言える。
実は誤解されているゼロコロナ
にもかかわらず、中国当局はなぜ頑なにゼロコロナ政策に固執するのか。その疑問に対して、多くのチャイナウォッチャーが異口同音に語るのは「最高指導者の習近平の指令だから」という解説である。
習は10年前の2012年11月に開催された中国共産党第18回全国代表大会(18大)で共産党総書記および共産党中央軍事委員会主席に選出され、翌2013年3月の全国人民代表大会(全人代=国会に相当)で国家主席に就任。「汚職取り締まり」という錦の御旗を掲げて政敵を次々に追い落とし、自身への権力集中に成功した。
さらに習は、国家主席の任期を2期(10年)までと定めていた中国憲法の規定を2018年3月の全人代で廃止させ、異例の3期続投への道を拓いた。党総書記と党中央軍事委主席には任期の制約がなく、最高指導者の座に終身とどまることさえ可能だ。
現在の共産党には、習の指令に表立って異を唱えられる強力なライバルやグループはもはや見当たらない。したがって、習本人が必要を認めて決断を下さない限り、ゼロコロナ政策の軌道修正はあり得ないという解釈である。
そして、実際に軌道修正に踏み切る可能性は極めて低いというのが、チャイナウォッチャーたちの共通の見立てだ。なぜなら、それはゼロコロナ政策の失敗とウイルスに対する敗北を意味し、最高指導者としての習の威信を深く傷つけるからだ。
それだけではない。半年後の今秋には、習にとって政治的に極めて重要な共産党大会(20大)という節目が控えている。
汚職取り締まりをテコに「一強」の座を手にした習は、党内で少なからぬ恨みも買っており、潜在的な敵は少なくないとされる。自身の3期目続投はほぼ確実とはいえ、党の最高意思決定機関である中央政治局常務委員会(現職は7名)や、その下の中央政治局委員会(現職は25名)に自分の息のかかった子飼いを可能な限り送り込み、政権基盤をさらに盤石なものにしなければ、枕を高くして寝ることはできない。
それだけに、党内の潜在的な敵対勢力に付け入る隙を与えかねないゼロコロナ政策の軌道修正を、このタイミングで決断するのは論外だと、多くのチャイナウォッチャーが見ているのだ。
しかし、これらの解説は説得力を持つ一方で、確かな裏付けがあるわけではないことにも留意すべきだろう。
中国のゼロコロナ政策に対しては、日本を含む海外での一般的な認識に実は大きな誤解がある。意外に思われるかもしれないが、ゼロコロナ政策は新型コロナウイルスを中国本土から消滅させることを目指すものでもなければ、そのために無制限の犠牲を払うことを許容するものでもない。