
第23回
気取らず研鑽「日本中華」泡菜の味わい
中華 汀(みぎわ)
江崎 祐弥氏
東京都新宿区山吹町128番地米川ビル1階
https://www.instagram.com/migiwa.edogawabashi
070-8373-4767
「ガチ中華」が相変わらず流行っている。ここ10年ほどで湖南や雲南、東北地方、ウイグルなど、それまで日本ではマイナーだった地方の専門レストランが一気に増え、最近では現地で人気の麻辣湯や串串香といったカジュアルグルメの店も東京の都心で頻繁に見かけるようになった。在住中国人だけでなく、メディアの影響もあってか日本人でにぎわっている店も少なくない。
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2021年に江戸川橋駅近くの早大通り沿いに開業した「中華 汀」の店主・江崎祐弥氏は、そんなブームを尻目に日本式の中華料理のジャンルで高みをめざす道を選んだ。
「四川料理の店である前職時代には成都へ研修にも行き、その基礎を学ぶことができました。とはいえ、現地に腰を据えて修業したわけではありません。四川に限らず本場で研鑽を積んだり、頻繁に赴いて勉強したりしている料理人のような経験や強い思い入れがあるかというとそうでもない。そんな彼らの真似をしても二番煎じになってしまいますから、自分の店では日本人に馴染みがある『日本中華』をいかにおいしく味わってもらうかに注力することにしたんです」
たしかにこのコラムでも紹介した「スヨリト」であればオーナーはモンゴルにルーツがあるし、「南三」のオーナーも台湾や中国のディープな場所を定期的に訪れていると聞いた。彼らのような高い解像度で現地の料理文化を採り入れるのは、一朝一夕でできることではない。だからこそ江崎氏は、背伸びをせずに自分の経験を最大限に生かしたスタイルで勝負することにしたわけだ。
ディナーはアラカルトだけで構成し、常時60品前後をそろえる。そのうちグランドメニューが40品程度。辣子鶏や魚香茄子、口水鶏といった四川系の主菜と前菜が目立つものの、エビチリや酢豚、チンジャオロースなど中華の定番、さらには餃子、焼売、炒飯といった町中華で出すような品も用意する。「四川系はしっかり麻辣味を効かせてエッジをきわ立たせるいっぽうで、日本人のお客さまが中華料理店に行って食べたいと思うような料理もそろえるようにしています」と江崎氏はいう。
残りの20品程度は1ヵ月~1ヵ月半替わりのスポットメニューだ。こちらは旬の食材を使った料理が中心で、冬場はアンコウ、牡蠣、白子などを用意する。それぞれアンコウの豆豉蒸し、牡蠣の黒酢炒め、白子入り麻婆春雨といった中国料理の技法を使った品に落とし込んでいる。定番メニューよりはものめずらしくて興味をそそられるが、味が想像できなくもない。中国料理ビギナーにとっても注文しやすい絶妙なさじ加減のラインアップに思える。
料理の味わいも同様で、全体的にそこまでとがっているわけではないので万人に受け入れられるが、それでいて一品一品のクオリティが高い。そのように感じるのは火入れをふくめた技術がたしかなことにくわえ、町中華とはちがって味つけをうま味調味料に頼っていないからだろう。料理によっては店の奥で仕込んでいる泡菜(発酵野菜)も用いてうま味を補いつつ、独特の風味や酸味をくわえることで味わいに奥深さを出している。
常時ストックしている白菜とショウガの泡菜を用いた料理が、写真の「海老と発酵白菜の煮込み」だ。たっぷりの白菜とショウガ、エビ、ハルサメを一緒に煮込んだ一品は、寒い季節にもってこい。味つけはシンプルな塩味だが、乳酸発酵に由来する淡い酸味と穏やかなうま味が感じられる。ちなみに白菜の場合、およそ4%の塩水に夏場なら2~3日、冬場は4~5日浸けて仕込むそうだ。ほかにも塩水に浸けたスダチは魚料理のソースに仕立て、同様に浸けた青大豆を使った料理も考案中だという。
こうした日々の探求を積み重ねるだけでなく、東京の中国料理業界では知らない者はいないだろうという有名な勉強会にも可能な限り出席して見識を広めている。「ほかの店の料理を食べてメニュー開発の参考にしています。中華以外の料理人も参加しているので、彼らと情報を交換することでさまざまな発見もありますね」。イタリアンのパスタ料理のつくり方を応用し、焼きビーフンに仕込んでおいたソースをからませて仕上げたりもするという。ツーオーダーでいちからつくりはじめる中華の技法よりも効率的なので、江崎氏のように1人で厨房を切り盛りする場合に適した方法だそうだ。
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店はカフェの居抜きだといい、気取らない雰囲気。ディナーの客単価も4000円か5000円という手ごろさで、中国酒を中心にドリンクも幅広くそろえてあるから居酒屋感覚で気軽に利用できるのがありがたい。冒頭で触れたような「ガチ中華」のブームは早晩ピークアウトし、いま話題になっていてもこの先5年、10年と続く店はひと握りだろう。いっぽうで地道に研鑽を重ねながら地元の人たちを相手に商売する汀のような店が、末永く愛されるのではないか。そう感じさせる店である。■
江崎祐弥(えさき・ゆうや)氏略歴
1988年佐賀県生まれ。実家は中華料理店。その影響で中国料理の道にすすみ、調理師学校卒業後に四谷三丁目の「峨眉山」で7年間修業してから神楽坂の名店「芝蘭」に移り、のちに料理長を務める。2021年に土地勘のあった神楽坂近くに「中華 汀」を開業して独立。