風味花伝
掛け合わせ「辺境中華」の醍醐味 風味花伝
              サワラ 地ハマグリ 塩レモン蒸し            撮影/伊藤高明

第12回

掛け合わせ「辺境中華」の醍醐味

南方中華料理南三(みなみ)

オーナー料理長水岡孝和氏

 

東京都新宿区荒木町10-14 伍番館ビル 2F B

https://omakase.in/ja/r/ei825582(予約)

03-5361-8363

中国は広い。とてつもなく広い。それゆえに、日本人におなじみの「四大中華」(広東、上海、北京、四川)以外にも魅力的な料理がいくらでも存在する。最近は「辺境中華」「ディープ中華」といった言葉も耳にするようになり、メジャーではない地域の中国料理に注目が集まっていることがうかがえる。

そのブームを牽引する1軒が、2018年にオープンした東京・四谷三丁目の「南方中華料理 南三(みなみ)」である。店名は「雲南」「湖南」「台湾」という3つの地域を意味する。オーナーの水岡孝和氏が中国全土をまわり、とくに気に入ったこの3地方の料理を提供することに由来している。

コロナ騒動以前、水岡氏は年に3回くらいの頻度で台湾や中国本土を訪れ、現地の食材や料理を研究して情報のストックを増やしていた。台湾であれば先住民が営む市場、雲南省や湖南省では省都からはずれた地方におもむく。そこで食材や調味料を見つけては、現地の人に使い方を聞いたり、料理を味わったりして見聞を広めた。そうして蓄積した情報量たるや圧倒的で、他の追随を許さない。

もちろん仕入れもする。いまでは日本で手に入る食材も増えてきたが、30年ものの切り干し大根や干しダコといった乾物、馬告(マーガオ)などの香辛料は、台湾に行かないと入手できないという。「先日3年ぶりに高雄に行きましたが、問屋の人たちが僕のことを覚えていてくれて。うれしかったなあ」

これだけ現地に足を運ぶ料理人もそうそういないが、だからといってその地方の料理をそのままのかたちで提供しているわけではないのが、水岡氏の非凡なところであり、南三が連日満席になっているゆえんだろう。「現地の人は、昔から決まりきった料理をつくる傾向があるので、僕から見るともう少し改良すればおいしくなるのにということが少なくないんです」

現地で仕入れた情報はいったん自分の引き出しにしまい込み、必要なときに取り出せるようにしておく。「現地感を残すところは残し、ほかの要素と合わせてアレンジするところはアレンジする。いわば、情報を『再編集』して自分の料理に落とし込むのです」とみずからの手法を説明する。

中国では地元への愛着が強く、ほかの地域の調理法や食材を採り入れることは少ないというが、水岡氏は3つの地方の料理を掛け合わせることも躊躇しない。「隣り合った地域の料理には共通項があって馴染みやすいから」と、貴州や四川などの料理を参考にすることもある。日本で店を営業している以上、旬の国産食材を使って季節を表現することも必須と考えるので、結果的としてほかでは味わえない独自の料理が生まれるわけだ。

写真のサワラとハマグリの料理は、この春の新作である。味の決め手の「塩レモン」は、レモンを皮ごとさっと下ゆでし、山椒、ローリエ、トウガラシ、白酒と一緒に30%の食塩水に1カ月程度漬けたもの。雲南地方で見られるが、現地ではコブミカンの葉と一緒にカモなどの肉料理に使うのが一般的だ。それを水岡氏は旬の魚介と合わせて春らしい料理に仕立て直した。

サワラは雲南地方だけでなく、タイやミャンマーの北部で定番の調理法にのっとってバナナの葉で包み、オーブンでしっとり加熱。サワラのアラとハマグリで取ったスープとともに、きざんだ塩レモンとショウガ、レモングラス、馬告などを合わせたソースとディルをたっぷりのせる。レモンの酸味と塩味、馬告のほのかな苦み、ハーブ類の香りが一体になった複雑ながら鮮烈な印象の一皿だ。

料理は2カ月ごとに変わる9900円のコースで提供する。2023年の3~4月であれば、カツオやホワイトアスパラガスなどの旬の食材を使った前菜盛りから、腸詰や鴨舌といった定番の珍味盛り。さらにタケノコや雲南ハムのスープ、30年ものの切り干し大根にフキノトウと白子を合わせた春巻き、先のサワラとハマグリの料理、雲南ニラのソースを添えたラムのロースト、ホタルイカと沙茶醤のビーフン……と続く。

説明を聞いただけでは、どんな味なのか想像がつかないかもしれないが、それが南三の魅力でもある。好奇心を刺激する未知なる中国料理の世界。ぜひとも、足を踏み入れてみてほしい。■

水岡孝和(みずおか・たかかず)氏略歴

1981年千葉県生まれ。「天厨菜館」渋谷店、「御田町 桃の木」などの中国料理店を経て、中国各地の郷土料理を提供する「黒猫夜」銀座店の料理長に就任。2018年に東京・四谷三丁目に「南方中華料理 南三」を開業。黒猫夜時代に1年間台湾で語学留学を経験し、現在も年に3回程度は台湾や中国本土に足を運んで現地の食材や料理をリサーチしている。共著に『ハーブ中華・発酵中華・スパイス中華』(柴田書店)。