無縫地帯

LINE Payとメルペイが戦略的提携で新興決済サービス事情は変わるか?

決済サービスに進出していたLINE Payとメルペイが提携するという発表がありましたが、事実上の弱者連合でどこまでいけるのかは気にしてみていきたいと思います。

このところサービスや規格が乱立気味の新興決済サービス界隈ですが、ここに来てライバル同士と目されるLINE Payとメルペイが他に先駆けるような形で戦略的提携を発表しました。何かと便利なLINE Payだけど他の競合にやや押され気味の状況なのに対し、メルペイは謎の「メルカリ経済圏」なるコンセプトで利用者が現金化していない(したくても理由があってできない)メルカリポイントを現金にすることなく決済できますよという低所得者層向けのサービスに特化しているので、いずれどちらもどこかと協調するほかないだろうと思っていましたが、まさかのLINEとメルカリだったとは。

LINEもコミュニケーションツールやマーケティングではいまだ成長中の勝ち組ですし、メルカリも諸般問題はあるとはいえC2Cビジネスでは押しも押されぬユニコーンからの上場企業なのですが、なぜさほど本業の強さが活きない決済サービスに進出して来てしまったのか、いまひとつよく理解できない部分はありました。良く分かりませんが他もやるからうちもやらないと出遅れると思っていたのでしょうか。LINEもMVNO事業にフワッと参入して、あっという間にヤフージャパンにお世話になるという経緯も過去にありましたし、両社がこういう弱者連合の形で提携することについてはいろいろ思うところもあるわけですが、それとは関係なく面白いなと思ったのが以下のポイントです。

LINE Payとメルペイが戦略的提携。“ライバル”が加盟店相互開放(Impress Watch 19/3/27)

今回の取り組みは「QRコード統一」を含むものではない。メルペイはキャッシュレス推進協議会が主導する「共通コード」への準拠を予定しており、LINE Payも方針として統一コードに近づけていく方針だが、「今回は、コードを統一するという話ではないし、統一しないと提携できないという話でもない」(LINE Pay長福氏)とした。
なるほど、提携するにあたって一番大きな課題であろうと思われていたQRコードに関しては、まずは規格を統一するという手法をとらないということですね。いずれ統合していく可能性はあるのかなとは思いますが、どのように対応するのかについては以下の記事で少しだけ説明されていました。

LINE Payとメルペイが提携、QR決済の相互開放へ(Engadget日本版 19/3/27)

連携が実現すると、クレジットカードのように、バーコードを設置した事業者から決済サービス事業者に対して、決済情報の「橋渡し」をするような運用になります。その際、事業者間で手数料などが発生する形になると想定されますが、26日の発表会の段階では、手数料体系や運用方法については決まっていないと説明されました。Engadget日本版
詳細な仕様については確定していないニュアンスですが、気になるのは手数料体系などが未定という点で、導入する店舗側にとってはこうした対応のされ方によって手数料が増えるのではないかという懸念材料になりそうな一方で、複数決済事業者を天秤にかけて手数料交渉の材料にするというのはクレカ導入ではよくある話ですから、メリット・デメリットを是々非々で検討することになるのでしょう。

LINE Payとメルペイがそれぞれ独自のQRコード規格を実装しながら提携できるという話が出てきたものの、片や経産省では国策としてQRコード規格統一を目論んでいるという話もあります。

QRコード統一規格、月内にも公表コスト懸念も(日本経済新聞 19/3/18)

経済産業省と産学官が立ち上げたキャッシュレス推進協議会が29日にもQRコード決済の統一規格を発表する。
(中略)
今回の統一規格を事業者が採用する義務はまだない。費用負担を嫌がり採用しない事業者が出てくれば、規格の統一も骨抜きになる可能性がある。日本経済新聞
さらに面白いのは、総務省も別途キャッシュレス決済に関した実証実験を計画しており、その実験の中では参加事業者の多くがQRコードの仕様統一に従うという話が出てきています。

キャッシュレス普及へ 大規模な実証実験実施へ(NHKニュース 19/3/22)

ソフトバンクなどが展開するPayPay、LINEPay、NTTドコモのd払いなど国内の10程度の決済事業者が参加します。

今回はPayPayを除く事業者がQRコードの仕様を統一する予定で、店舗が支払う手数料を1%台に引き下げるということです。NHKニュース
この総務省の実証実験で導入されるQRコードの「仕様統一」が経産省の推進する「統一規格」と同じものなのかどうは現時点で不明です。ただし、やろうと思えば多くの事業者が仕様統一されたQRコードを用いて決済サービスを運用できるという話のように読み取れるわけでして、それならば国内におけるQRコード決済規格を早期に統一してその中で各社に事業競争してもらうほうが健全なのではないかと思わなくもありません。まあ、実際にはこの総務省の実証実験にしてもかなり限定された条件の下での運用であり、あまり汎用性のないものであったりするのかもしれませんし、事はそれほど簡単でないのが世の常ということなんでしょう。

気になるのは、政府としてキャッシュレス決済を国内で広く普及・推進したいという思惑はありつつも、その後押しとなるであろう消費増税にあわせて導入するポイント還元策についてはかなり弱腰な姿勢であるらしいという報道もあり、どこまで国は本気でやりたいのか分からないなという感慨があります。

加盟店手数料引き上げへJCBなどポイント還元中のみ上限(日本経済新聞 19/3/27)

10月の消費増税にあわせて導入するポイント還元策を巡り、ジェーシービー(JCB)など大手カード会社は、加盟店にかける手数料を制度終了後に引き上げる公算が大きくなってきた。
(中略)
経産省はもともと、期間終了後も加盟店手数料率の上限を3.25%以下にすることをカード会社の参加条件にしようとしていた。だがカード会社が強く反発したため、期間終了後はカード会社の判断に任せるとした。大手カード会社が加盟店の手数料率の上限を外すとわかれば、新しく加盟店となることをためらう事業者が増えて、政策効果が薄れかねない。日本経済新聞
この話にかぎっては主にクレカ事業者についての話であり新興決済サービスとは直接関係ない話でもありますが、クレカで出来ないことはその他の新興決済サービスでも事情はあまり変わらないのではないかと思わなくもありません。

ちなみに主に米国で店舗側のクレカ手数料が安く済んでいる理由は、クレカエンドユーザーの半数を上回る多く(調査結果によっては6割を越えるという数字も)がリボ払いで高い利息を払っているがゆえという事情があり、こうした状況にない日本の場合は店舗側に割高な手数料を課すことでクレカ事業が成立している現実もあります。新興決済サービス事業者の多くが店舗側に対してクレカよりも安い手数料を提示できるというのであればそれに代わる収益は一体どこから発生することになるのか。新興決済サービスを利用する際にはそうしたことも考えて使うといろいろと面白いのかもしれません。

また、ここでQRコードが統一されれば読み取りベンダーのコストも下がり、利用者にも利便性の向上の恩恵はあるのですが、一方で現在すでに狂ったように乱立している決済会社は差別化のポイントを失いどんどん体力勝負になります。加盟店争いすらもQRコードの統一で不要になってくると何のためにいろんなブランドでポイントを貯める必要があるのかという哲学的な問題に直面します。いまやどこの銀行のキャッシュカードを持っていても都市生活を送るうえでは大体似たようなサービスを受け、預金金利もほとんどつかない状況では、住宅ローン市場やカードローン市場、リバースモーゲージ市場などでのリテールサービスを使わない限り「どの銀行が好きか」ぐらいの違いしかなくなっていってしまいます。

つまりは、各社のポイントサービスを使うにあたり、日常的にAmazonやヤフージャパン、楽天、リクルート、JR東日本、ドコモ、auなどの格携帯電話キャリア、イオンやヨドバシカメラなどのGMSやショッピングモール、家電量販店ほか、どのブランドに囲い込まれたいか、どこに自分のラストワンマイルの情報を渡すつもりなのかを選別することにどれだけの意味や価値を持つのか立ち止まって考えなければならない状況になっているのもまた事実です。データ資本主義全盛の中で、自社のサービスでお客様に決済させ、データを蓄えて線形分析を行い需要予測をして自社のビジネスに価値を持たせよう、というデータドリブン的発想は理解できます。ただし、それは一時期華やかであったプライベートDMP(データマネジメント・プラットフォーム)でのデータ分析が、分析に必要なデータを集めたり分析を行う費用以上にその事業の収益性や顧客のLTVの向上に資することが明確でなければ意味を持ちません。

情報銀行スタート間際でデータビジネス界隈がずいぶん騒がしいようです(ヤフーニュース山本一郎19/3/19)

生活に密着する銀行など金融機関、情報の基点となる携帯電話キャリア、日常的に使うECサイトを抱えるAmazon、ヤフージャパン、楽天、位置データを豊富に持つJR東日本やリクルートなどは、ラストワンマイルになるような決済データを抱えることは死活問題であり、体力が続く限り増資をしてでもここのデータを取りに行きたいという気持ちになるのは分かります。しかしながら、LINEやメルカリは確かに生活を豊かにするサービスでなくてはならないインフラとして日本社会に溶け込んでいるのは事実ですが、人々の生活費用などの消費を支える決済にどれだけ噛んでいるかというと非常に微妙なところはあります。LINE Payはとても便利ですが、電子決済が浸透すればするほど、具体的な決済で依存している前述の他のブランドと強く競合し、QRコードが共通化されようものなら不利な状況に陥っていきます。

だからこそ、弱者連合と揶揄されても構わないからまだ勝ち目のあるうちにLINE Payとメルペイとで相互に連携して利用ユーザーの厚みを持たせていこうというのは分からないでもありません。放っておくと本当に死ぬ運命にある草刈り場であるという自覚があるからこそ、早めに手を打ったということなのかなとも感じるわけであります。ただし、ここまであからさまな弱者連合の見せ方をされたら、この連携に加わっていこうという大手企業は少なく、むしろQRコード共通化の波の中で利用者層だけ拡大させておき、最終的にこっちのサービスに流れてきてくれればいいやと割り切る判断になるのかもしれません。

正直、このタイミングでの提携で、しかもQRコードの共通化ははっきりしないという内容を見たとき「勝ち筋を見繕いたくて、焦ったんだろうなあ」と感じました。情報銀行のような事業や、独自のデータドリブンをやるには情報が足りない以上、もしも情報の利活用をやるのであれば隷従を承知でGoogleやAmazonの情報を活用させてもらう方向にならざるを得ないのでしょう。

勝ち筋の見えないところが連携先探しで焦るのは分かるのですが、国内で勝ち組、生き残り組としてある程度確定しているヤフージャパンでさえ、よせばいいのに自由民主党にレクにいって蹴飛ばされるという焦り方を見ていると、たぶん誰も安心して堂々と王道を進んでいけるような余裕もないのだろうと感じます。その意味では、乱立しているキャッシュレス決済事業はオーバーストアで、早く連携や合併を進めて利用者が無理なくブランドを選別できる状況になってほしい、と願うのみです。

生き残りという点では、動画サービスにおいて豊富な資金力に支えられた海外勢に押されて連携を余儀なくされた、ドワンゴの「ニコニコ動画」とサイバーエージェントの「AbemaTV」との発表も気になるところでありました。

niconicoとAbemaTVが協業「国内で競争している場合ではない」(ITmedia NEWS 19/3/27)
ドワンゴのニコニコ動画、AbemaTVにぶん殴られて降伏(やまもといちろう 公式LINEブログ 19/3/27)

この手の過当競争になった業界が体力勝負の局面に入る直前に、勝ち筋の見えない企業が生き残りをかけて他の企業と協業や連携、合併を企図するのは実に正しい戦術と言えます。もちろん弱者連合が生き残ったところで、それが本当に利用者のベネフィットに繋がるかどうかは、蓋を開けてみないと分からないのですが。