被害総額盛りすぎ、委員の利益相反疑い… 目を覆うばかりの知財本部TFの迷走
知財本部の海賊版サイト対策に関するタスクフォースが開かれていますが、憲法違反が疑われるブロッキングの法制化を進めることには大きな疑義があるように見受けられます。
かねてから紛糾に紛糾を重ねている官邸の「知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」(通称「知財本部タスクフォース」)ですが、違憲性の疑いが晴れない海賊版サイトのブロッキングを行えるようにする法制化を巡ってさらに激論が起き、大騒ぎになっております。
知的財産戦略本部検証・評価・企画委員会インターネット上の海賊版対策に関する検討会議第7回(タスクフォース)
「ブロッキングの章は削除すべき」、海賊版対策会合第7回はまとめ案巡り批判の応酬(日経 xTECH/日経コンピュータ 浅川 直輝 18/9/13)
合憲性巡り紛糾「ブロッキングありき」の事務局案(読売新聞 若江 雅子 18/9/14)
すでに様々な報道が出ておりますが、簡単にまとめれば今回の海賊版サイトのブロッキング事案については、憲法が国民に対して保証している「通信の秘密」を巡る問題であると同時に、海賊版サイトをブロッキングしてアクセス遮断をするためには、通信会社は利用者のすべての通信を見たうえで、海賊版サイトにアクセスしようとしたときに遮断する、という手続きを取らなければなりません。
つまり、海賊版サイトを見ていないユーザーも一般の無関係の通信を政府の命令で通信会社によって監視されることを意味するため、中国でやっている情報統制下での不自由なインターネットと理屈は変わらないじゃないか、ということになります。今までの議論においては、児童ポルノのようにどうしようもない侵害があったときは、緊急避難として児童ポルノが掲載されているサイトがアクセス遮断されることはギリギリ容認されているわけですが、これが海賊版サイトで漫画が違法に閲覧できるというレベルでも緊急避難と呼べるのか、という点について、盛大な議論があるわけです。
もちろん、海賊版サイトは違法であり、許されるものではありません。しかしながら、いままでの知財本部の議論においては、出版業界やCODAなどの団体からの要請があり、ブロッキングについて「私は緊急導入やむなしの意見です。 1海賊版サイトで月間訪問者1億6000万・日本の全中高生を超えるユニーク読者数は異常事態であり、報道にもある通り、紙はもちろん既に正規版電子コミックの売上さえ急落している」(福井健策弁護士のTwitter:当時委員)として、「できることは全て行ったうえで、なお海賊版サイトを排除することができないので、日本の大事な知的財産を守る目的で緊急避難としてブロッキングできるような手配をするべきだ」という動きになったわけです。
しかしながら、この知財本部やその後立ち上がったタスクフォースでの議論の過程で、ブロッキングをするための緊急避難にあたるのか、また、そのための法制化を進めるべきかどうかについては、そもそもの法制化の根拠がない状態であることが判明してしまっています。本稿では、少し議論の推移を踏み込んで書いてみたいと思います。
■ブロッキングを実施するための立法事実がなくなっている
このブロッキング議論の出発点は、「漫画村」「MioMio」「AniTube」の海賊版3サイトを名指しし、出版業界や関係団体が手を尽くしたものの摘発やサイト閉鎖に至らず、3,000億円もの営業上の被害を受けたので、一刻も早く国家が対策すべきと言って立ち上がったものです。
インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議 18/4/13)
[[image:image01|center|海賊版サイトの被害額3,000億円以上と盛りに盛られた知財本部説明資料。傍線は筆者]]
ところが、そもそも漫画の市場規模というものは電子書籍も含めれば4,400億円内外であって、海賊版サイトにそれだけの多くの人が訪れて3,000億円もの被害が出たということであれば、売上半減では済まないダメージを出版業界が負うことになります。
2016年のコミック(紙+電子)市場を発表しました(公益社団法人全国出版協会)
先日、情報法制研究所(JILIS)が関係省庁に情報開示請求したところ、この緊急対策の発表内容当初案(3月29日付)では、3サイト全体で数十億円以上という被害額が記述されていました。つまり、4月13日の政府知財本部の緊急対策が発表されるまでの2週間の間に、数十億円が3,000億円へと2桁以上数字が盛られて発表され、この被害額が重大だということで「通信の秘密」を突破する緊急避難にあたると解され憲法違反を疑われるブロッキングの立法事実になってしまった、ということになります。
現在タスクフォースが紛糾している問題の一角こそ、この被害額の数字の盛りすぎであって、当然3,000億円もの損害を出版業界が蒙ったという事実などありようもないので、ブロッキングの法制化を前提としたタスクフォース自体が存在意義のない茶番だ、と理解されることになります。
つまり、無い被害を有るといって、憲法違反が疑われるブロッキングができるような法整備をしましょう、という無理筋が進んでいる、ということになりますので、タスクフォースの中間報告とりまとめについても既報の通り「なし崩しにブロッキングの法制化に繋がる内容は削除せよ」「憲法違反の疑いがあると明記せよ」と紛糾したのです。
なお、任天堂は自力で100億円規模の海賊版ゲームROMダウンロードサイトを運営者個人も含めて提訴に踏み切ったりもしています。関係団体であるCODAが3,000億円を自称する「漫画村」被害総額が如何に途方もない盛りすぎた数字であるかは、よくご理解いただけるのではないかと思います。
任天堂が、海外の大手ROM配布サイトの訴訟に踏み切る。損害賠償請求額は100億円規模になる可能性も (AUTOMATON 18/7/21)
■そもそも、林いづみ氏、福井健策氏は出版社をクライアントとする利益代弁者ではないのか
そのような不思議な議論が出る根幹の問題の一つとして、利益相反問題があるように見えます。総務省消費者行政2課職員の発言に対して、委員の林いづみ氏が反論した内容が典型的だと思われるので、議事録から引用してみます。
サイト遮断で「監視進む」総務省職員の発言に会議混乱(朝日新聞デジタル 18/8/25)
:この林いずみ氏の語る「政府の一員として見解を出した」のは、まさに先に示した4月13日の『インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策』(知財本部)だと見られます。しかしながら、最終的には法制化抜きにしたブロッキングの実施は実質的に見送られ、先にブロッキング実施を表明したNTTグループも現段階ではブロッキングを実施することなく現在に至っています。政府の一員としての見解を出したこと自体は意義深いものというよりは、むしろ恥ずかしい内容と思えます。
総務省消行2課:
「あるべき」論についても議論してほしい。プロバイダーは実施しようと思えばログをとって侵害できるが、ネットを自由に使っているのは信頼がある。「通信の秘密」の規定が信頼を生み出しており、情報収集や創作の自由を守る役割を担わせている。
それに対して、ブロッキングはユーザーの意思に反し、ユーザーの監視の方向に進む議論である。
通信の秘密の「あるべき」論がクリアになってはじめて、法制度の議論ができるはずであり、その前提として議論していただきたい。
林いづみ氏:
総務省(消行2課)の説明に疑問がある。資料6の説明のあとに、感情を込めた説明があったのはおかしいのではないか。「自由なインターネット環境」などというが、4月の時点で政府の一員としての見解を出したのに、いまさらそのようなことをいうのは奇異である。
いたずらにそのような対立を煽るのはどういうことなのか政府の一員として、前向きに関わって欲しい。
NTTグループが23日月曜にも傘下ISPに対し独自のブロッキング案を発表・実施か(ヤフーニュース個人山本 一郎18/4/22)
しかしながら、これらのブロッキング議論を推進する形でリードしてきた林いずみ氏や、同じく委員の福井健策氏は、出版業界および特定の出版社を顧問契約などのクライアントとして持っていると見られ、いわばブロッキングを進めたい利害関係者の代弁人として一連のタスクフォースの委員などとして発言を繰り返しているのではないか、という懸念も持たれるのではないかと思います。もちろん、そのようなプロフェッショナルであるからこそこのような問題で高い知見が担保できるのだとも言えますが、もしも本件ブロッキング事案において著しく影響を受けるクライアントがいるのだとすれば開示するべきです。
ブロッキング議論を進める政府委員として議論に参画するのであれば、どこそこの出版社や業界団体をクライアントにしていますという免責条項(Disclaimer)を出すべきで、また、あたかも中立の立場であるかのようにメディアに出て状況解説を行うというのも士業における品位を著しく欠く行為ではないかと感じます。
また、そのような委員を選任した知財本部事務局(住田孝之事務局長)も、海賊版サイトのブロッキングありきで人選を行い、特定の結論を目指して会議体を見切り発車して混乱を招いたと批判されることになりましょう。どうやって収拾をつけるつもりなのでしょうか。
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■業界が「本当に手を尽くしたのか」は再燃する
というわけで、今回はタスクフォースで「防弾ホスティング」として名指しされていた、Cloudflare(クラウドフレア)社も会議に対してレターを出しました。
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:つまり、今日の今日まで出版業界も業界団体も関係団体もクラウドフレア社に「漫画村」など違法な海賊版サイトの情報提供の要請も具体的な削除要請をすべてにおいては出していなかったということです。
クラウドフレア社の見解:
To the extent that the Task Force is provided data or statistics about our company or our company’s services, Cloudflare respectfully requests that we be provided details of that information so that we can verify the accuracy of the information that is provided to the Task Force. Without information about the reports or the domains that were identified as infringing, we have no ability to assess or gather additional information about the claims.
抄訳:
タスクフォースが、クラウドフレア社のサービスに関するデータや統計情報を要請する場合、クラウドフレア社はタスクフォースへの正しい情報を検証するための詳細を提供できるよう対応します。侵害とみなされた報告またはドメインに関する情報がない場合、当社は請求に関する追加情報を評価または収集できません。
海賊版サイト対策へ本当に手を尽くしていたのか、権利者団体に聞く(日経 xTECH/日経コンピュータ 浅川 直輝 18/4/21)
結局、出版業界も出版社も個別対応を進めているが海賊版が増えすぎてどうしようもない状況になっているので被害金額も膨らんで緊急避難のためのブロッキングをします、と説明していたはずが、警察庁・警視庁への打診も相談レベルに留まり、「漫画村」が置かれていたクラウドフレア社に対しても具体的な削除要請も出していなかったことになります。問題解決のために手を尽くしたけど無理なのでブロッキングの検討や可能にするための法制化を進めましょうという立法事実がこの時点で壊滅的になるわけで、今回のタスクフォースも次回また開催されることになって、議論はさらに再燃することになります。
この一連のブロッキング議論は何だったのか、なぜNTTグループが憲法違反の疑いも持たれるブロッキング実施に前のめりになったのか、総務省はどうしていままでの議論を覆しブロッキング推進のお膳立てを進める必要があったのか、このあたりも踏まえて、知的財産における我が国の戦略とは何であるべきかを議論してほしいと願う次第です。