無縫地帯

池上彰さんの「取材源焼畑問題」について

フジテレビ系で放送された『池上彰スペシャル』で劇団所属の子役が政権批判のコメントをした件から、テレビ番組と有識者取材の問題点が次々と指摘されることとなりました。

先日、ネットを中心に「有識者に対する池上彰さんの番組取材に非常に問題がある」という指摘が繰り返し掲載され、大きな話題となりました。

問題噴出のきっかけとなったのは、『池上彰スペシャル』(フジテレビ系)で、出演していた一般中学生が政権批判のコメントをしたところ、実は芸能プロダクションに所属する子役だったことが判明したことにあります。ここからあっという間に炎上状態となり、他の池上彰番組の有識者取材において番組スタッフとされる人物が八幡和郎氏や坂東忠信氏、有本香氏らに対し「取材で語られた内容を池上彰氏の独自意見として番組内で紹介するよう求められた」という逸話が次々と暴露されることになります。

「イケガMetoo」池上彰さんがパクリ疑惑に反論一方で著書にも問題があるのでは?との指摘も(ガジェット通信 GetNews 18/9/12)
池上彰氏、疑惑に「あってはならないし、ありえない」「他人の意見を自分の意見に...」主張へ反論(J-CAST 18/9/10)
池上彰さんのパクリ疑惑に同業者から#MeToo告発が相次ぐ…旧メディアが生んだ”知の伝達者”の正体(New's Vision 18/9/13)

「私は、これまでに一度たりとも、そのようなことはしていません。そもそも、私の番組では、先生の意見を紹介したりはしていますが、私個人の意見は言わないスタンスでいます」
池上彰氏、疑惑に「あってはならないし、ありえない」「他人の意見を自分の意見に...」主張へ反論
確かに、番組のトーンとして取り上げる事件やニュースで特定の論調にそったビデオが挿入されることはあっても、池上彰氏自身が特定の立場のコメントを寄せることはあまり記憶にありません。池上氏の否定発言も出ましたし、あまり一般メディアに取り上げられることはないだろうということで、早い段階で終息に向かうのではないかとみられていました。

ところが、その後も続々と有識者の間から「池上彰さんの番組取材で痛い対応をされた」という暴露が繰り返される状況にまで陥りました。ほとんど #MeToo 状態になっています。どの番組の何の取材かが分からなければ事実関係の確認の取りようもないのですが、特定少数の有識者が語っているものではなく、業界や研究者の中でも評価されたり信用されている池内恵氏、櫻田淳氏や木村幹氏らをはじめ、高橋洋一氏まで経緯や見解を表明するに至っています。

さらには、一般メディアが取り上げづらい本件について、BPO(放送倫理・番組向上機構)に意見や苦情を申し立てる動きや、番組スポンサーを取り扱う一部の代理店が状況の調査に入るなどの噂も業界内で出回り、かつて「存在しない納豆ダイエットの捏造事件」で問題となった『発掘あるある大事典』(07年:関西テレビ)と同じような経路を辿りつつあります。

■発端となった「子役に政権批判のコメントをさせた」のは演出として正しかったのか

さて、問題の最初に戻るのですが、いわゆる情報バラエティにおいて特定の事件についてのコメントを求められたり、番組内でのトーンを決めるにあたっては、番組によって、制作の方針や考え方が異なります。例えば、私が関わっていたり、出演しているフジテレビ系やNHK、日本テレビ系の情報番組や討論番組では、番組スタッフから「被害者や取材源への配慮のために、特定の事実関係は伏せてください」というNGワードの指定はあっても、誰かを擁護したり批判するように発言してほしいとか、番組としてはこういうメッセージを伝えたいのでこう話してくださいという指定や指示は一切ありません。

しかしながら、今回の問題噴出のきっかけとなった『池上彰スペシャル』は、劇団ひまわり所属の子役が「トランプさんが校長で、安倍(晋三総理)さんが担任の先生のような」「身分が違うように見えてきちゃいました」と番組内で素朴な意見として語っていることにあります。

子役を仕込みで使い、安倍政権の批判をするフジテレビと池上彰(Togetter 18/9/8)

おそらく、上記BPO案件に直結するであろうと見られるのは、この「素人の中学生を装ってプロの子役に特定の政治的立場の表現をしたこと」にあって、番組として台本がありこのように話せという指示があったのかどうかは外部からは分からないので、過剰な演出(やらせ)にあたるかもしれないので調査を求められるであろう点です。

番組名からして『池上彰スペシャル』と銘打たれて番組のホスト役となっている池上氏が、この番組の演出と放送内容について「知りませんでした」というのは通るのか、という問題はあるでしょう。この「子役にそういうトランプ米大統領と安倍総理の立場の違いを子どもの素朴な意見として語らせる指示を、番組として出したのか」は、視聴者やネット民など外部の人間には分かりませんので、フジテレビ側の見解だけでなく第三者機関としてのBPOに調べてほしいという話が出るのも、そうおかしいことではないと感じます。

一方で、だからといって池上彰氏や番組の姿勢、フジテレビの局としての問題だとしても、「実際にトランプ米大統領と安倍総理の間には埋めがたい立場の差があるのはごく当たり前の事実であり、番組が視聴者に正しい状況を理解させるためにその事実を子役の言葉として話させるという、視聴者に理解しやすい演出をしただけだ」と言われれば、それはその通りと言えます。テレビ局は放送法で定められた、公正と不偏不党の原則を守るために安倍政権批判に資する表現を演出で行うのは望ましくないとするのも道理ですが、事実は事実としてアメリカと日本の関係を適切に説明するのも必要なことであるので、あくまで演出など表現方法として妥当であったのかという点で問題視されるものだと感じます。

■有識者取材と「池上彰」というアイコンについて

これは池上彰氏の番組スタッフでの取材だけの問題では無いと思いますが、テレビ番組の取材は基本的な通念としてどのような取材でも行儀が悪いのは事実です。また、生放送では問題ないのに収録では番組のテーマにそった内容に編集し直し、当初番組説明でされた趣旨とは全く違った内容で放送されることも少なくありません。

池上彰氏の場合、いわゆる「有識者キャラ」として、あまり世界情勢や政治知識に詳しくない、もしくはもっと深く知りたいと思っている視聴者に対して、分かりやすく正しい知識を伝える役割を担っています。しかしながら、質・量ともにあれだけの番組に出演し、多くの本を執筆している池上氏が、時事全般神羅万象すべての分野に深く精通しているはずもなく、結果として番組スタッフやリサーチャーに対して時事問題について取材をさせ、取りまとめて番組として放送させる方法を取るのは不自然ではありません。むしろ、そういう知のコーディネートができる人材として重宝されているわけです。

一方で、その分野の専門家からすれば、池上彰氏が専門としてない分野をさも有識者のように語ること、そのために取材の下敷きとされ、踏み台となることは良しとしないのもまた、道理と言えます。それであれば、スタジオゲストとして有識者として出演させ、池上彰氏に専門知識や解説を引き出させる方法もあり得るのでしょうが、そうなると他の報道番組や情報バラエティと同様に取材記者やアナウンサーのMCで良いということになり、池上氏である必要がなくなってしまいます。

必然的に、「何でも知っている池上彰による解説」を売りにする番組が正しく放送しようとするほど、その分野に精通している人たちは取材源として隠れた踏み台になる他ないという結論になりますし、番組の演出として「池上彰の意見として紹介させてほしい」という路線になることも不思議ではありません(池上氏は、番組で自身の見解を述べたことはないと反論していますが、おそらくは、番組スタッフやリサーチャーは番組のテーマや立場のトーンとして知見や見解を拝借したいという意味で有識者に取材していると思います)。

これを、問題のある取材方法とするのか、テレビ業界特有のイケてなさと割り切るのかは非常に微妙なところです。本当に研究し、第一線で活躍している当事者からすれば、池上彰氏は「単に乗っかりに来ている有名人」扱いになるでしょう。ただ、世の中には複雑で分かりにくいことを、簡潔に分かりやすく、それでいて正しく、知識のない人が「この人が言うなら」と納得して受け入れられるような仕組みもまた、求められています。その時事解説において有識者と視聴者の間に立って適切に翻訳する第一人者が池上彰氏であり、そのアイコンが機能している以上、何かを割り切らなければならないのだろうなと思うわけであります。

著書や論文であれば、誰かの知見を借りて表現するのであれば出典を明記することが求められます。しかしながら、テレビ番組では限られた放送時間の中で、誰に何の取材をした結果このような表現になりましたとクオートを出すことはなかなかむつかしいですし、そこで専門家や有識者の側が納得ができなければ、テレビ局からの取材は原則拒否する、という話にならざるを得なかろうと思います。

■有識者が正しい知識を伝えないとどうなるか?

今回の池上彰氏の問題で私がすぐに危惧したのは、東京都・小池百合子都知事が引き起こした豊洲への築地市場移転騒動です。

テレビ朝日で森山高至さんが流した「ガセネタ」ハイライト(修正、追記あり)(ヤフーニュース個人山本一郎 16/10/26)

はっきり言えば、あの時期のテレビ局は小池百合子氏推しの立場で、とにかく話題の中心に小池氏がいましたから、彼女が取り組む問題については絶えずフォローの風をメディアが吹かせており大変なことになっておりました。

しかしながら、豊洲への市場移転問題で起きたことは、本当の専門家は多忙すぎてテレビ局の取材に応じなかった結果、さしたる専門性もない人物が有識者枠に祭り上げられ、どう考えてもガセネタ乱舞状態と見られる放送が繰り返されました。そのガセネタ報道に煽られた一部の都民や吹いた風を勘違いした小池氏が本当に「立ち止ま」ってしまい、結果として不要不急の環境調査を繰り返し都民の税金を100億円以上無駄遣いさせたうえ、東京オリンピックだけでなく都民の生活に必要な2号線の完成・開通は遅れ、何よりも日建設計以下まじめに仕事をしてきた建築家や設計会社、建設会社などが右往左往したという、事実上の「民主主義の敗北」に至ったことにあります。

率直に申し上げて、物事の真贋を判断できなかったテレビ局側も、間違った情報が放送で垂れ流されることに対して適切な抗議をしたり、きちんとした有識者をテレビ放送に送り込むことのできなかった東京都・業界側も、問題を食い止めることができなかった事案だったと思います。

これは、池上彰氏やテレビ局の制作陣に「特定の立場に立った、都合の良い報道や情報提供をせよ」と言いたいわけではありません。「国民の正しい判断に資する、公平で公正な番組作りに腐心してほしい」ということなのです。とにかく忙しい制作現場において、視聴率を勝ち取る戦いの中で話題を煽りたい方向に動きがちなところですが、もう少し専門家、有識者の持つ専門知識や立場に留意・配慮した番組の作り方を考えてほしいというのはあります。そして、正しい知識や情報を番組内で取り上げてほしいわけです。

そのうえで、池上彰氏なり出演者なり子役が「私はこう感じました」と価値を提示したり、「みなさんどう考えますか」と議論を喚起するような方向にしてほしいわけでして、そこで議論するべきテーマはたくさんあるのですから、すべての分野やテーマにおいて池上彰氏が知見を披露するような形で息切れするのではなく、うまい話題の取り仕切り方、座布団の敷かれ方を考えてほしいなあと思います。

本件で言えば、選挙特番で公明党に直撃で創価学会との関係を質問したり、政治家が聞かれたくない質問を生放送で正面からぶつけ、その政治家の反応や表情を引き出す池上彰流の面白さとは対極にあります。だからこそ「なんでそこで子役にそんなこと言わせているの」となるし、「有識者を踏み台にして知った顔で解説する池上彰はけしからん」という嫉妬交じりの批判すら乱舞するのです。ただ、池上彰氏にもテレビ番組にも固有の機能があって、そういうものであると理解したうえで正しく国民に問題提起することをすっ飛ばすと、また森山高至さんが解説してきたようなガセネタで都政が大混乱に陥ったり、外交・安全保障面で日本が不利な選択をするような世論になってしまったりすることもあり得ます。

私たち戦後世代が歴史に学ぶべき内容は、ポーツマス条約で日露戦争終結のために立派に交渉を果たした小村寿太郎や高平小五郎をバッシングするような「弔旗を以て迎えよ」的世論にしないよう、正しくメディアの機能を活用していくことだと思うのですが。