無縫地帯

Microsoftの新しいタブレットPC販売戦略が日本市場で波紋を呼んでいる件

Microsoftが普及価格帯のタブレットPC「Surface Go」を発表したものの、Officeバンドルなどの理由で日本だけ価格が高いと少し騒ぎになっております。

Microsoftが新たに普及価格帯のタブレットPC「Surface Go」を発表し大きな話題となっておりました。

Microsoft、Surface Goを発表――399ドルと低価格、出荷は8/6(TechCrunch Japan 18/7/11)

このモデルは 399ドルからとSurfaceシリーズで価格がいちばん安い。Surface Proの799ドルのほぼ半額だ。なにより重要なのはこれで329ドルからの9.7インチiPadの価格帯にほぼ重なったという点だ。
(中略)
利用のターゲットについてはMicrosoftは万人向きと考えているようだ。Windows環境に以前から親しんでいる層には、小型ながら相当に高機能のハードウェアであらゆるアプリが利用可能となるのはメリットだろう。TechCrunch Japan
価格・性能共にガチでAppleのiPadと拮抗しつつ既存Windowsユーザーにもうれしい機能構成ということで、日本でも多くのユーザーがかなりの期待をもって日本市場向け製品の詳細発表を待ち望んでいたわけですが、実際に日本市場向けの発表が行われてみると悪い意味で大きな波紋を呼んでしまったようです。

MS「Surface Go」日本だけ高く(ASCII.jp 18/7/11)

発表されたSurface Goの市場想定価格は一般向けが6万4800円からだった(教育向けは4万7800円から、企業向けは5万2800円から)。米マイクロソフトは前日、北米などでの一般向け市場想定価格を399ドル(約4万4300円)からと発表していたため「なぜ日本だけ高いの?」と疑問がられた。ASCII.jp
まあ、当たり前の疑問が当たり前に出てきてしまった、ということでしょうか。

米国市場での価格設定に比べて日本での一般向けモデルの価格が割高になっている理由はWordやExcelなどを納めた「Office Home & Business 2016」が標準でバンドルされているからとのことですが、この結果、SNSなどではSurface Goをすぐにでも買う気満々だった人々の心が次々としおれていく様が多数観察されました。

まあ、Surface Goのような新しいモバイルデバイスを最初に購入するアーリーアダプター層の多くはすでにクラウドサービスの「Office 365」ユーザーでもあることが多いので、今さらOfficeのバンドル版がもれなく付いてくると言われてもそこにわざわざ割増し料金を払うのはMicrosoftへ無駄にお布施するという以外の意味がまったくありません。なので全然うれしくないし当然の反応ということになります。

実際、私もサブ機で買おうかなと一瞬思ったけどライセンスがダブってまで欲しいとは思いませんからね。もちろん、大した価格差でもないのは事実ですが、Microsoftには恩恵を被ってきて好きな企業ではあるものの、同じ割増で何かを払うなら別の形がいいなあと感じるわけであります。

Microsoftの中の人達も当然ながらアーリーアダプター層がこういう反応をすることは想定済みでしょう。それでもこれまでの日本の一般的なコンシューマPC市場のあり方を考えればOfficeバンドルモデルでなければ「売れない」という厳しい現実を踏まえたということなんでしょうか。

しかし、そういう昔ながらのPC市場を支えてきたマジョリティ層はもはやスマホに流れてしまってPCには二度と帰ってこないという現実もありそうでして、また、企業間でやり取りされるビジネスデータも、純正のOfficeからの掃き出しではないものも増えてきました。そのあたりの見極めはなかなかむつかしく、今回Microsoftはあえて昔ながらのマーケット戦略で勝負に出たということなのかもしれません。

さらに、Microsoftのグローバル戦略としては当然クラウドサービスの「Office 365」を普及させることがプライオリティであろうと思われますが、日本のコンシューマ市場でOffice 365を推すのはまだなかなかむつかしいであろう事情は十分に想像できます。そうした状況の中で、Office 365の売上が伸びないことへの強いプレッシャーを本国からガンガン受けながら、そのノルマを現実的にあげるのが無理な分を既存の永続ライセンス型パッケージ版の売上の数字でカバーするという外資系企業にありがちな政治のあれこれを詮索したりもしてしまいますが、実際のところはどうなんでしょうか。せめてオフバンドル版でも同じ米国価格で出してくれれば良かったのでしょうが。

海外市場と日本市場の違いによるグローバル事業戦略のむつかしさということでは、IT産業とはちょっと事情が異なりますがとてもタイムリーなニュースがありました。

米ウォルマート、西友を売却へ日本での店舗運営撤退(日本経済新聞 18/7/12)

小売業世界最大手の米ウォルマートは傘下の国内スーパー大手、西友を売却する方針を決めた。複数の流通大手や投資ファンドなどに売却の打診を始めた。日本経済新聞
ウォルマート、西友売却へ(ロイター 18/7/12)

米インターネット通販大手アマゾン・コムとの競争で大型投資をデジタル分野に集中しており、人口減少などで成長余力が少ない日本市場からの撤退を決めたとみられる。ロイター
米ウォルマート「西友売却の協議行わず」、日本事業の継続表明(ロイター 18/7/13)

ウォルマートの広報担当者はロイターに対し「西友の売却は決めていない。買い手との協議は行っておらず、変化する日本の顧客のニーズに応えるよう、将来に向けて引き続き日本事業に従事する」と述べた。ロイター
あきらかに日本側関係者の思惑と米国本社側の思惑がすれ違った結果、盛大なちゃぶ台返しがあったということなのでしょうが、今回の件は「火のない所に煙は立たない」事案の典型ではないかと勘繰っております。実際、ドン・キホーテや商社各社が「具体的にアドバイザーから西友買収の打診を受けた」という話が出回っており、本来なら「ああ、日経がまた飛ばしたのか」と思われがちな本件でも投資家界隈ではウォルマートが西友の出口戦略を探っているのは一定の筋では知られている話じゃないのかとも思うわけであります。

正直あまり楽しい話ではないのですが、いみじくもロイターの12日の記事にある「人口減少などで成長余力が少ない日本市場」という分析は、そのまま日本国内で展開する他の事業や産業にもあてはまることであり、日本市場に参入している多くの外資企業にとってはまったく他人事ではない喫緊の課題であります。当然Microsoftも同じようなことは考えていて、Office 365が売れないような市場を今後どうするかみたいなことは中長期的な事業戦略会議で論じられている可能性が大いにあるでしょう。

ICT時代になって、あらゆる市場では「内外価格差」が明確に見えるようになり、市場が伸びない、日本語という特殊な環境を使うという「他とは違う何か」が他とは違うがゆえに値段が高かったり、サポートが得られなかったり、発売が遅れたりすることがはっきりしてきました。コンシューマーとしてだけでなく、日本人として「英語圏の人たちとは違う何か別の生産性や価値」をどう生み出すかは今後かなり求められるのではないかと感じます。