無縫地帯

『pixiv』という聖域で、代表・永田寛哲氏が仕掛けた人事と混乱(訂正とお詫びあり)

2017年暮れに人気SNS『pixiv』で前代表取締役と創業者が突然更迭され、アイドル事業譲渡が起きましたが、背景に、大株主アニメイトをバックにした永田寛哲氏の仕掛けが明らかになりました。

イラストレーターなら誰もが登録し、アニメやまんが、ゲームなどの二次利用イラストを鑑賞するため多くのオタクが愛するSNSサービス『pixiv』を運営するピクシブグループ(以下、「ピクシブ社」)の経営上のトラブルが囁かれていたので覗きにいってみたら、驚愕の事実が次から次へと浮き彫りになり、おののいております。

どうもピクシブ社で発生していた「永田案件」の幾つかの事案は塀の上ギリギリの事態であり、すでにいくつかの告発が起き、裁判が準備されているようです。今回本稿で取り上げる問題は基本的にオーナー企業における人事の問題や未上場企業特有の経理に端を発しており、ただちに違法とは言えない事案ですが、多くの人が利用する『pixiv』運営会社で起きたことですので公益性、公共性を鑑み記事にしてみたいと思います。利用者からの信頼を得てピクシブ社の成長に貢献した前の経営陣の放逐や、一般的に適切とは思えない資金使途などに関して、関係者などを通じて知り得た内容を記述するものです。

ピクシブ社には、本件の事実関係について公式にメールや電話で4回にわたって取材依頼をしていますが、取材に応じていただけませんでした。

■「急成長」ピクシブ社、前代表・伊藤浩樹氏”追放”劇のダイジェスト

年間売上30億円以上とされるオタク向けイラストを扱うSNSサービスで急成長したピクシブ社ですが、昨年末に成長を牽引してきた代表取締役の伊藤浩樹氏が「会社に対して背信行為を行った」として、当時取締役だった永田寛哲氏以下執行役員など幹部らが取り囲み、伊藤氏に対し自主的な退任を認めさせた事件が発生しています。

伊藤氏に退任を迫ったとされる「糾弾5か条」の中身は、ネット上でも幾度か取り沙汰されておりますが、伊藤氏が悪いことをしたという具体的事実は何も書かれておらず、非常に抽象的なものでした。伊藤氏が「都合の良い恣意的な情報のみを社内に流し、永田不在の経営体制を築こうとするなど、代表取締役が率先して企業ガバナンスを崩壊させ」た(山本註:当時、永田氏はピクシブ社取締役会長)という項目に至っては、外部の誰が見ても、永田氏が仕込んだと見られても仕方のない内容ではないかと思われます。

そして、2017年12月29日、伊藤氏が代表取締役を退任、後任に取締役会長であった永田寛哲氏が代表取締役に就任するというリリースで業界やクリエイター筋が騒然となりました。

2017年12月29日のピクシブ社の代表取締役異動についてのリリースがこちらです。

代表取締役等の異動に関するお知らせ

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実際、社内で行われた全体会議にて経緯の説明を聞いたピクシブ社社員によれば「永田さんはあまり会社に来ず、アイドル事業など周辺ビジネスにかかりっきりでしたので、彼はピクシブ社内を全く掌握しておらず、事業のことはあまりわかっていないと思います」と当時から、戸惑いが隠せないようでした。

しかし伊藤氏は、ピクシブ社発行済み株式の70%を握られているアニメイト社をバックにした永田氏に抵抗しても、結局は株主の意向次第だから退任に同意せざるを得なかったと、周囲に事情を話している模様です。

この遠因には、アニメイト社関係者が説明するように「17年春ごろからずっと、ピクシブ社の株式70%をアニメイト高橋豊氏から買い戻す交渉を伊藤さん、永田さんと片桐さん(孝憲氏、現・DMM.com代表取締役)が続け、伊藤さんの説得もありいったんは売却に応じた高橋さんが結局は17年11月に翻意し、決裂してしまった」ことが背景にあります。ピクシブ社関係者も「アニメイトの連結子会社になっても事業シナジーもなければ新規事業への投資資金も手持ち資金でしかできない状況でした。ピクシブがより成長したり、海外へ進出するには大株主だが国内事業にしか関心のないアニメイトからの離脱は必須だった」と解説していました。

ところがこの交渉が決裂すると、今度は永田氏はアニメイト高橋氏と手を結ぶ形で「伊藤さん、片桐さんに不信感を抱いた高橋さんをバックに、伊藤さんや片桐さんの放逐を画策した」(ピクシブ社関係者)ということのようです。

実際に、ピクシブ社の役員の根回しにあたっては、17年年末にベンチャー企業経営者が集まるイベント「IVS」で伊藤氏、片桐氏が留守の間に永田氏が各役員にポストを確約するなどして”コイタ(永田)派”につけ、最終的に前述した伊藤氏に対する「糾弾5か条」に繋がったわけです。伊藤氏片桐氏と、永田氏との間に急速な対立が広がった理由はこのピクシブ株買戻し交渉が不調に終わった後の、ピクシブ社内での主導権争いだと思われます。このIVSで伊藤氏、片桐氏不在のあいだ、永田氏は訝しがる他の執行役員や幹部に対して伊藤片桐両氏と連絡を取らないよう強く要請したとされます。

「伊藤さんは子会社だけでなくピクシブ全体の経理状況がおかしいと思って、会計管理の報告を取締役会に行うよう、過去なんども、永田さんに打診していました」(ピクシブ社社員)

ピクシブ社の財務・管理を担当していた永田さんは「経理経験のほとんどない、永田さんの中学高校時代の同級生や、ゲーセン仲間、元看板屋など、息のかかった人を次々と経理責任者に抜擢し、また子会社にも『コイタ派』とされる永田さんの息のかかった人を代表にして、自在に経理を操っていたように感じます」(ピクシブ社に詳しい関係者)

つまり、当時代表取締役であった伊藤氏や、のちにDMMに転出した片桐氏は、急成長するピクシブ社の経理業務などの一切を永田氏に任せ、子会社の状況などを報告するよう永田氏に求めても長らく応じてもらえなかった状況が続いていた模様です。

もちろん、ピクシブ社の70%大株主であるアニメイト社からすれば、当然代表取締役以下経営者人事は独断で決定できるわけですから、ことの経緯や伊藤氏の見解・意志は別としてもアニメイト社や永田氏の行動は適法です。一方で、他取締役や執行役員を抱き込んで現代表取締役を糾弾し、退任を迫るほど差し迫った何かがピクシブ社にはなく、結果として、多くの人材がピクシブを辞め、禍根を残すことになった模様です。

伊藤氏放逐後のピクシブグループ各社の人事を見ると、やはり伊藤氏放逐の際に糾弾の席に集まった面々が昇進していることが分かります。永田氏以外では、清水千年氏(元Google社)や丸山大輔氏、東根哲章氏、小芝敏明氏で、いずれも取締役や執行役員に取り立てられており、また、デザインオフィサーに就任された宮本礼輔氏はピクシブ社の社員全体集会において「伊藤氏糾弾」の発言を壇上で行った人物とされています。不思議に思うのは、永田氏から伊藤氏への問題を吹き込まれておきながら、これらの関係者全員が伊藤氏に直接事情を確認することなく、永田氏の言うままに伊藤氏糾弾の席に同席していたという事実です。常識的には、片方から言われたことだけを信じ、誰かを糾弾したり退任を迫る、というのはちょっと考えられません。

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■ピクシブ株式会社

取締役

永田寛哲(取締役→代表取締役)、清水千年(執行役員→取締役)、丸山大輔(執行役員→取締役)

執行役員

東根哲章、坂上隆行、清水智雄(新任)、小芝敏明(新任)、宮本礼輔(新任)

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■ピクシブマーケティング株式会社

取締役

永田寛哲(代表取締役)、清水千年(新任)、笠原達郎(新任)

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■ピクシブテクノロジーズ株式会社

取締役

永田寛哲(代表取締役)、高山温(新任)、店本哲也(新任)

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■ピクシブプロダクション株式会社

取締役

永田寛哲(代表取締役)、東根哲章(新任)、石井真太朗(新任)、濱吉玲奈(新任)

■アイドル寮、ポルシェ、元看板屋さんを経理責任者へ――永田氏を巡る不思議な現象

永田氏は2014年、ピクシブ社のアイドル事業を主な事業の一つとして行う「ピクシブプロダクション社」を設立しています。

一部のアイドル好きの間でカルト的な人気を誇った『虹のコンキスタドール』こそ、永田氏自らがプロデュースし、でんぱ組inc.の仕掛人としても知られる「もふくちゃん」福嶋麻衣子氏らが大物クリエイターを起用して大々的に立ち上げたアイドルグループです。

虹のコンキスタドール(公式サイト)
虹のコンキスタドール保全用(魚拓)

ただし、2017年当時すでに伊藤氏が代表取締役としてピクシブ社全体を統括していたものの、このピクシブプロダクション社は100%子会社であったにもかかわらず経営実態がブラックボックスになっており、経営上の詳しいことが伊藤氏には報告が上がらないようになっていたようです。もちろん、代表取締役であるからには「部下から報告が上がらなかった」というのは不祥事の言い逃れにはならないのですが、ピクシブ社にとっては必ずしも必要な事業とは言えないアイドル関連事業を主導してきたのは永田氏であったと見られます。

「その最たるものは、永田さんの実家であった高円寺の物件を改装し、虹コンの『アイドル寮』としてピクシブプロダクションが寮費を永田さんの不動産会社に支払っていたのではないか、と社内でも一時期問題になりました」(ピクシブ社に詳しい関係者)「ピクシブプロダクションは、伊藤さんが取締役でもなかったため、事業の中身や決裁などの経営の意志決定には、なんら関わらせてもらえなかったまま、2017年まで来てしまった、というのが実態です」(ピクシブ社社員)ということで、文字通りピクシブ社において虹のコンキスタドール関連事業やピクシブプロダクション社は完全に永田氏のガバナンス下にあり、コンプライアンスをピクシブ社全体として貫徹できる態勢には無かったと見られます。

ところが、この伊藤氏代表取締役解任問題と前後する17年12月1日、虹のコンキスタドール関連事業がピクシブプロダクション社から突如ディアステージ社に18年1月1日にほぼ無償で譲渡されることが決定します。

「虹コン事業の譲渡については、その収益性や、過去の投資額からみて適切な譲渡価格が設定されていたとは聞いていません」(ピクシブ社に詳しい関係者)「ピクシブプロダクションは相応の利益を上げていましたが、ほぼ無償で譲渡するという話が伝わってきたので、これは何か仕掛けるつもりなのだなと思いました」(アニメイト社関係者)との関係者も困惑する事態であったようです。

また、譲渡を受けたディアステージ社側も「自社で手掛けるでんぱ組Inc.が軌道に乗っていることもあり、そちらにかかり切りで、あまりきちんとしたケアができるか分からないなか、突然譲渡の話と永田さんのディアステージ取締役就任の話が降ってわいたため、何が起きたのかが分かりませんでした」(ディアステージ社の事情に詳しいアイドルライター)

「コイタ氏(永田氏のこと)が虹コン引き連れて社長になるかもしれないというので、ピクシブの人と『それでいいんですか』っていう話はしました」(ディアステージ社関係者)と、混乱した様子が見て取れます。実際、ピクシブプロダクション社が管理していた『虹のコンキスタドール』が移籍後、永田氏がディアステージ社の代表取締役に就任する話もあったようです。

ピクシブ社全体としてはピクシブプロダクション社としてアイドル事業を手掛けることにほとんど経営的な意味はなく、永田氏の趣味を実現するために軒先を貸しているようなものです。

ましてや、自宅を改装してアイドル寮とし所属タレントを住まわせたり、自身も関係者であったディアステージ社にピクシブプロダクション社の事業を無償に近い金額で譲渡しても、永田氏の資産は痛みません。利益が出るところまで育った虹のコンキスタドール関連事業を有償で売却してピクシブ社に儲けさせてやる必要もない、ということなのでしょうか。

【虹コン・ベボガ!】ディアステージ所属に関するお知らせ

やりたい放題やられている形のアニメイト社でも「さすがに高橋さんがそういうことを黙認するとも思えなかったのですが、特に咎められることなく永田さんのやりたいように高橋さんがさせているのは意外」(アニメイト社関係者)ということで、親会社であるアニメイト社がどういう考えで永田氏の行動を黙認しているのかはまだ分かっていません。本件について、アニメイト社にも質問状を送付しましたが、折り返し連絡をするとされたまま、返答がない状態です。

しかしながら、現在いまだディアステージ社の代表取締役には永田氏が就任しておらず、むしろ、『虹コン』のプロデュースからフェードアウトする形で事実上外されてしまっている現状があります。

「永田さんがあるトラブルを抱えて、ディアステージの有力取引先であるキングレコード(講談社の子会社にあたるレコードレーベル)から永田さんは『出入り禁止』を言い渡されてしまいました」(ディアステージ社関係者)「ディアステージの社長になる直前で『永田には二度と虹コンに関わらせない』とキングレコードが所属タレントに誓約して、永田さんが出禁になったと聞いています」(キングレコード社イベント関係者)と説明しています。このあたりは、永田氏関連の続報という形で別途記事を掲載するかもしれませんが、関係先では内容証明や訴状が飛び交う事態となっているようです。

[[image:image01|center|問題となった高円寺・永田氏関連会社所有の『アイドル寮』(関係者提供)]]

つまり、ディアステージ社の代表取締役になって虹のコンキスタドール関連事業を引き続き経営しようと思っていた永田氏にとっては、ほぼ無償譲渡に近い微妙な取引を強行してまで自前で続行したかったアイドル事業から、逆に放逐される事態になってしまった、ということになりそうです。

ピクシブ社の代表取締役である永田氏は、運転中事故ったポルシェカイエンの修理代を会社に回す、永田氏の父親が乗るBMWを会社の経費で落とす、永田氏自身が住むタワーマンションが社宅として支払われる、それでいて役員報酬が1億5,000万円を超えているというなかなか豪快な経営を継続されていらっしゃるようです。

「永田さんの反応がどうなるのか怖いので、知っていても何も言わない組織対応にならざるを得ません。高橋さんや永田さんに『それおかしいですよ』と言ったら自分の立場が危ないですから」(ピクシブ社社員)

ピクシブ社は、一般的な未上場のオーナー企業にありがちな変遷を辿っており、その親会社であるアニメイト社や、永田氏はいろいろありつつも適法に経営している限りはもちろん問題ではありません。

一方で、ピクシブ社は日本でもっとも優れた絵描きを集めるイラスト専門SNSとして名声を誇っており、その経営においては注目の的でありユーザーの関心事であることには違いがありません。ユーザーが『pixiv』を選んで自分が時間をかけ描きあげたイラストを投稿し、多くの同好の士と共有する仕組みが作り上げられる過程で築かれた信頼と安心感がユーザーの輪を広げてビジネスが成立していると言っても過言ではないのです。

しかしながら、昨年暮れの5か条の突き付けによる社長の突然の交代、虹のコンキスタドール関連事業の移管など、『pixiv』を支えているユーザーに対する適切な説明の無いまま、透明感のない発表や対応が繰り返されている現状を見るに、あまり適切な関係性をユーザーやネット民のあいだと取り結ぼうという意識がピクシブ社や永田氏ほか関係者には希薄なのではないかと思うと残念でなりません。

襟を正して、ユーザーの期待に応える素晴らしいサービスをピクシブ社が継続していくことを、心から願ってやみません。

(訂正とお詫び23:12)

文中、ピクシブ社の運営するSNSの名称を『Pixiv』と表記しておりましたが、頭文字は小文字の『pixiv』でした。複数の方からご指摘を頂戴しました、申し訳ございませんでした。文中、訂正してお詫び申し上げます。