無縫地帯

トランプ大統領の謎な通商政策でQualcommの買収騒ぎが強行着陸

米通信半導体大手のQualcomm社に対するBroadcom社の買収を、トランプ大統領が正面から禁止されてしまいました。この周辺に米中対立、貿易不均衡問題に対するトランプ政権の思惑が見て取れます。

先日はTwitterで「政府要職のティラーソン国務長官を電撃解任報告する」という離れ業をやってのけたアメリカ・トランプ大統領ですが、その一風変わった介入振りが米国内・海外の通商政策にも大きく影響を与え始めています。

モバイルデバイス向けチップベンダーとして権勢を誇ってきたQualcomm(クアルコム)ですが、その業界標準ともいえる支配的立場をいいことにして阿漕と陰口を叩かれても仕方ないような商売を強行してきた結果、ここ数年で世界中の端末メーカーと政府を敵に回すことになり、取引停止や独禁法違反で刺されるという状況に陥りました。

これは酷い…Qualcommが要求するライセンス契約の実態(おばかさんよね。17/1/1)

QualcommはCDMA技術を半導体と携帯電話の両方にロイヤリティを要求している。つまり部品と完成品で2重課金している。
(中略)
なぜQualcommだけ2重課金ができるのか?答えは巧みな特許戦略にある。おばかさんよね。
その結果、昨年末にはこれまでにないような大幅な減益に見舞われます。

クアルコム、純利益89%減アップルとの係争響く(日本経済新聞 17/11/2)

米半導体大手のクアルコムが1日発表した2017年7~9月期決算は純利益が前年同期比89%減の1億6800万ドル(約190億円)だった。知財の対価を巡る米アップルとの法廷闘争で特許料の支払いが止まっている。台湾での独占禁止法違反に伴う課徴金も響いた。スマートフォン(スマホ)での成功をもたらした事業モデルが逆風になっている。日本経済新聞
ビジネスが追い風なうちはある程度は独善的な振る舞いが許されても、一度逆風になると嫌な思いをした人は二度と嫌な気分になりたくないので一気に周辺から人が離れていくのもビジネスでは良くあることです。

これまでの強欲な商売のツケが回ってきたと言えなくもありませんが、こうした決算状況が発表された直後に大型買収の提案が起こります。

Broadcom、Qualcommに1300億ドルでの買収提案(ITmedia 17/11/6)

Qualcommは同日、同社株主にとっての最善の利益を追求するために、この提案を検討すると発表した。ITmedia
世界中から散々叩かれて経営的にもこれまでになく厳しくなってきていたQualcommとしては、この時点では渡りに船という思いもあったのかもしれません。しかし、最終的には金額面で折り合いがつかずこの買収提案は却下となりました。

クアルコム、13兆円の買収拒否ブロードコムに書簡(日本経済新聞 18/2/9)

クアルコムの取締役会は全会一致で「企業価値を大いに下回る」と結論付けた。日本経済新聞
一部の証券系アナリストの間では「Qualcommの将来収益をあまり楽観視できない状況では、高い企業価値で買収金額を無理に引き上げるようなことはせず、ディールは成立するのではないか」と見ていたようですが、見事に裏切られる結果となりました。

買収を諦めきれないBroadcomはその後も色々と画策していたところ、さらにそうした騒動の中で漁夫の利(?)を狙ってIntelが今度はBroadcom買収に動き出したという驚くような話まで飛び出しました。残念ながら、この買収話は結局Intelの件は勝手な憶測でしかなかったようですが、この界隈の巨額買収案件が市場から高く期待されていることの裏返しでもあります。

米インテル、ブロードコム買収検討報道を一蹴(ロイター 18/3/9)

さてこれは一体どうなることかと世界中が固唾を飲んで見守っていたわけですが、ここに来て先のトランプ大統領の鶴の一声で事態は一気に収束してしまったようです。

トランプ大統領、BroadcomのQualcomm買収禁止を発令(PC Watch 18/3/13)

大統領令では、BroadcomおよびQualcommの両社ともに、直ちに買収提案について恒久的に放棄するよう記されており、実質的に同等の買収や合併についても、直接的または間接的に関わらず禁止とされている。
(中略)
Broadcomが証券取引委員会に提出した、Qualcommの新取締役の候補者15人についても、取締役への就任を禁じている。PC Watch
国家安全保障という錦の御旗をよりどころにした強権発動であります。こうなるとBroadcomとしてはぐうの音も出ないといったところでしょう。まずは一件落着な趣もありますが、しかしこうした形で事態が収拾してしまったことにより逆にQualcommはさらに厳しい状況に追い込まれる可能性もあるようでして、そうした観点で論考したウォール・ストリート・ジャーナルの記事が面白かったです。

買収逃れたクアルコム、米中どちらの味方か?本国か最大の市場か、テクノロジー競争のはざまで(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 18/3/14)

クアルコムは今回、中国との戦いで米国代表に指名されたようなものだ。しかし、同社の忠誠心は二分されている。
(中略)
中国はクアルコムの売上高の3分の2近くを占める。ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
Qualcommにとって最大のお得意様は中国市場であり、トランプ大統領による過度な米国第一主義的な動きは本音ではあまり歓迎できないというのはあるのかもしれません。とくに中国との貿易摩擦が起きそうな現状では、大統領に守られた米国企業という看板はQualcommにとって中国市場でのビジネスにおいて不利になることはあっても有利に働くことは無さそうです。

米政権が最大600億ドルの中国製品に関税検討、IT機器や衣料品対象か(ロイター 18/3/14)

現時点での対象は主に情報技術(IT)や通信機器、家電だが、最終的に対象が一段と拡大され、100点に上る可能性があるという。
(中略)
米国が中国を直接標的とする関税を導入すれば、中国は米国に対し強硬な対抗措置に出る可能性がある。ロイター
もし、米国が中国IT製品に対して関税を科せば当然中国は反発するでしょうし、その結果Qualcommにとって中国でのビジネスがやりづらくなる可能性は決して低くないでしょう。もしかしてもしかすると、トランプ大統領に助けられたQualcommは、そのトランプ大統領が打ち出す貿易施策の影響でさらに経営が厳しくなり、近い将来どこかに買収されてしまう未来があったとしても、それはそれで驚くことではないように思えます。

一方で、トランプ大統領は中国政府に対し、年間1,000億ドル(10兆6,000億円あまり)の対米貿易黒字削減を要求しました。

Trump Asks China for Plan to Cut $100 Billion Off U.S. Trade Gap(Bloomberg 18/3/9)

安全保障と通商政策とが両輪となり、戦略的にアメリカが内向き志向の政策実現を進めていっている――とは全く思えないぐらい、理知的な雰囲気のないトランプ政権ですが、この辺のニュースを並べて読むと「トランプ大統領が考えそうなこと」が凄く良く分かるなあと思うわけであります。