無縫地帯

「不適切な個人データ活用」VS「飲食店ドタキャン客」の不毛な戦い(訂正とお詫びあり)

全日本飲食店協会なる団体が、飲食店のドタキャン対策でドタキャンをした予約の電話番号を記録しブラックリスト化するという適法とは言えない個人データの運用を発表し、物議を醸しています。

SNSの普及も関係しているのですが、飲食店の予約キャンセルで悪質な事例があると飲食店オーナーなどがそうした事態について愚痴を書き込み、それがそのままネット民の間で話題になるということが昨今増えました。昨年末にも居酒屋で130人分の予約キャンセル事件が起きネット上では広く議論を呼びました。

都内飲食店で貸し切り客130人のドタキャン発生「信じられない事が起こった…」、法的問題は?(大人んサー 17/12/2)

この事件は、予約当日になっても予約者が店に現れず、店側からわざわざ予約者に電話連絡して確認したところようやくキャンセルの意志が伝えられたということで、法的には予約した側に過失が認められる可能性が高いという見解も弁護士の方から出ております。130人分もの大きな予約を入れておきながら来店する意思がなくなった時点でキャンセルの連絡を入れないというのは相当に社会常識を疑われる行為でもありますが、意外とこういう常識に欠けた人は世の中にそこそこいるもので辛いものがあります。

で、こうした辛い目に遭う飲食店の方というのは決して少なくないようでして、その我慢も限界に達したということなのでしょう。ある種の制裁行為をもってして常識に欠けた輩共に逆襲することを決意した模様です。

全日本飲食店協会、電話番号でドタキャン歴を照合するシステムを無料提供(マイナビニュース 18/2/14)

「ドタキャン防止システム」は予約時の電話番号と過去のドタキャン歴を照合し、事前の予防策に役立てることができるサービス。店舗側はドタキャン回数の多い相手に対して「予約を断る」「前金制で案内する」といった対策を立てられる。
(中略)
データベースでは「電話番号」「ドタキャン日時」「予約人数」のデータのみを収集しているため、個人が特定される可能性はないという。マイナビニュース
無体なドタキャンを繰り返す不埒な連中に対して怒り心頭に発する飲食店オーナーの皆様としてはこれぐらいは当然ということなのでしょう。また、記事中は「ドタキャン」と表記されていますが、これは土壇場でもキャンセル連絡をしているか、現れない客に対して店側が電話などで連絡し話ができたことも含まれるので、実際には予約したのに来店せず連絡もつかない「ノーショー(No Show)対策」であると見られます。

しかし、さすがに電話番号で個人が特定される可能性はないと断言されるとそれはどうなんだと気になるところですが、この点について考察する分かりやすい記事が出ておりました。

飲食店のドタキャン履歴を電話番号で照合する「ドタキャン防止システム」 個人情報の扱いに問題はない?(キャリコネニュース 18/2/15)

ひかり総合法律事務所の板倉陽一郎弁護士はこれについて、やや問題があると指摘する。個人情報保護法及び施行令では、電話番号単体を個人識別符号として扱っていないものの、「電話番号単体が通常の個人情報ではないという確証的な解釈はない」と言う。
(中略)
協会は電話番号だけをデータベースに格納すると言っているが、予約サイトを利用していれば、サイトで入力した氏名や住所も分かってしまう。その状態で店舗側が、第三者である協会側に電話番号を提供するとなると、「個人データの一部を本人の同意なく第三者提供していることになり、店舗側は違法になります」という見解を示した。キャリコネニュース
そうですよね、やはり問題ありますよね。

また、先日は「マンボウ機構」こと全国万引犯罪防止機構による顔認証を使った万引犯情報の共有の是非について、プライバシーフリークカフェにて板倉先生を交え、高木浩光さん、鈴木正朝先生とご一緒させていただいております。

ニッポンの個人データ利活用の課題〜顔識別システムで嫌な奴らを追い払う?(enterprizezine 18/2/16)

記事の中で板倉弁護士は「このようなシステムを導入するにあたっては、予約客に対してドタキャンした場合は電話番号がデータベースに登録される可能性があることで客側の同意を得ておくべきだ」と提案されていますが、ドタキャン防止システム運営側の全日本個人飲食店協会としてはそうした段取りをとるつもりは今のところ一切無いようです。なんとも非常に頑なな印象で、なぜそこまで強硬な姿勢になってしまうのか不思議に思えてしまうのですが、まあ極悪とも言えるような客ばかりを相手にしているとこういう考え方に凝り固まってしまうのかもしれません。

飲食店が立ち上がった!相次ぐ「ドタキャン被害」に常習者の電話番号をブラックリスト化(J-CASTニュース 18/2/15)

ある超一流企業の人が、私が飲食店主だと知らずに話したのですが、接待でどうしても大事な商談を成立させたい時は、いくつもの店の予約をとっておくそうです。中華、フレンチ、イタリアン、和食...... と。相手のさりげない会話でイタリアンが好みとわかると、ほかの店はドタキャンする。時間に余裕があれば店に連絡を入れますが、たいてい知らん顔だそうです。その人は頻繁にドタキャンしていますねJ-CASTニュース
本当にここまで悪質な行為の常習者であればそれは逆に訴訟沙汰にしてしまうべきなのではと思わなくもありませんが、そうした特殊な一部の人のせいで他の社会常識を弁えた一般のお客さんまでが巻き添えになる可能性のあるブラックリストシステムが稼働するというのはどうなんでしょうか。ましてや、電話番号はいったん契約が終わると何年か一定の休眠期間ののち、まったく別の人に電話番号が割り当てられてしまいます。その人にとっては、前の人のやらかしたトラックレコードも引き継ぐことになりますので、いわれのないドタキャンやノーショーでブラックリストに登録されてしまうことになります。

なんとなくですが、飲食店側と客側でそれぞれの感情が落とし所もないままに昂ぶってしまうような流れになると、最後は「よろしい、ならば戦争だ」ということになってしまいそうで穏やかではありません。確かに飲食店にとってのノーショー、ドタキャンは害悪そのものであるのは間違いないにせよ、その問題解決の手段が適法でない可能性があるのはよろしくありません。

それにしても、飲食店の人達にしてみればこれまでかなり我慢が溜まっていたということのようですね…。

「申し込み殺到でサーバがパンク状態」飲食店“ドタキャン”防止システム19日からスタート(ITmedia 18/2/16)

一部の心無いお客さまに翻弄されないようお店の方がアクションを起こすことはすぐにでもできますITmedia
このドタキャン問題については、飲食店予約システム大手のトレタがかねてからデータ面から問題を紐解いています。

トレタのデータから読む、キャンセル/No Show対策(TORETA(トレタ) ブログ 15/8/10)
2017年 飲食店予約キャンセル・ノーショー率データ(TORETA(トレタ) ブログ 17/12/5)

トレタのデータによれば、そもそものキャンセル率が8%台、そこから1割にあたる0.8%程度がノーショーであることが分かります。ドタキャンする人はそういう迷惑行為の常連かもしれませんが、この迷惑な0.8%の人を割り出すのに、普通に飲食店を予約する99.2%の人の個人データが違法に全日本飲食店協会で参照される可能性があるというのはいただけません。

また、ノーショーであるからといって、店舗が把握した電話番号などの個人データを第三者に提供すると、被害を被ったはずの店側が違法行為を行ったことになってしまいます。前述の万引防止機構の出鱈目な法解釈もさることながら、ある意味で「被害を被っているのだから、無断で電話番号の提供を行う程度の違法行為は許されるだろう」というのは望ましい対応ではないでしょう。ましてや、電話番号の使い回しや店舗が常に善意でノーショー客を登録するとは限らず、マナーの悪いムカつく客だから登録してやろうという悪意に対してシステムがあまりにも脆弱なのが課題ではないかと感じます。

少なくとも、この全日本飲食店協会のサイトを見る限り、どう見ても全日本を代表できるような組織にも見えず、不適切に個人データが流通することだけは避けてほしいと思います。

ドタキャンは迷惑以外の何物でもありませんので、何かうまい落としどころがあればよいのですが。
ほかにも、病院その他、予約を取るだけ取ってぶっちすることを繰り返してしまうのを防ぐためには、結局は予約時に本人情報をきちんと提示する仕組みをペナルティと一緒に決められる法整備を行うぐらいしか思い当たりません。

もっとも、私も不慮の事故や子供の発熱で事後に「申し訳ございません」と平謝りすることは数多いのですが。
「気づいたら約束の時間を過ぎていた」のもまた、許されざる罪なのでしょうか。

(訂正とお詫び17日13:22)

本件システムについて「ドタキャン」と説明する記事が多くあったため、そのまま当記事中でも「ドタキャン」対策のシステムと表記しておりましたが、複数のご指摘をいただき、このシステムは「予約した飲食店に連絡なしに来店しない『ノーショー(No Show)対策』である」ことが分かりました。ドタキャンは「土壇場でのキャンセル」である以上、直前でもキャンセルの連絡をしているか、店側からの連絡に応じているため、ノーショーとドタキャンは全く異なるものでした。

飲食店側の自衛がニーズとして高いとはいえ、0.8%程度のノーショー客の炙り出しのために来店客のデータを参照したり、第三者であるこの全日本飲食店協会に同意なく提供すると個人情報保護法違反であることは明確なので、やはり社会制度として予約には費用が発生するか、クレジットカードの登録を必要とするような仕組みを導入するほかないのではないかと存じます。

とはいえ、ドタキャンとノーショーを混在させてしまった件については、誤解させる記事になってしまったことは訂正と併せ、深くお詫び申し上げます。