無縫地帯

Wantedly社の求人事業は、なぜ給与、勤務時間などが明示されないのか

明日9月14日上場予定の仲暁子女史率いる「Wantedly社」ですが、DMCA申請の悪用が話題になるだけでなく、求人企業の宣伝がほぼすべて採用条件未記載でありスカウト機能もあるため気になっていました。

先般、Wantedly社が自社に不都合な批評記事を掲載したブログや、それに言及するtweetに対し、これを非表示にしたり検索に引っかからないようにするDMCA申請を乱発して騒動になりました。どうも明日14日が株式上場だそうなので、せめてその前にと思いまして問題提起ぐらいはしておこうと思いました。

Wantedly社は比較的先進性を求めて頑張っているサイトを運用しており、技術者から就職希望の学生まで広く愛されてきたサービスを提供していたため、そのDMCA申請による悪評隠しみたいな事実関係と清廉なイメージの落差によって大きく炎上したように見えます。もちろん、Wantedly社は関係者から話を聞く限り、真面目に仕事に取り組むベンチャー企業の典型例であるようにも見えます。

DMCA悪用はなぜ問題なのか ウォンテッドリー社の悪評隠蔽事例(web>SEO 17/8/28)

WantedlyがDMCAを悪用してウォンテッドリーしているという話(今日も得る物なしZ 17/8/25)

本件では、どうやらWantedly社の代表である仲暁子女史の少し過剰な反応がいろんな無理を押した結果、苦肉の策のDMCA申請に至り騒動になったようですが、このWantedly社の株式上場に関する目論見書を読んでみると、それなりに無茶はしているようにも見えます。どうしても上場したい理由があるのであろうとは思いますが、せっかく優れた経営理念を掲げているのだから、もっと適切で地に足の着いたビジネスを続けていけば今回のように零細規模での上場だと揶揄されずに成長軌道に乗せられたのではないか、と思うととても残念です。

Wantedly(ウォンテッドリー)のIPOがいろいろ凄いので考察(INST 17/8/16)

Wantedly社はいまでこそ「ビジネスSNSプラットフォーム」と標榜していますが、セグメント内の個別のサービスの売上高は開示されていないため、あくまで「個人ユーザ約78万人」「企業ユーザ約2万3,000社」「月間利用者数約151万人」という概算でしか表現されていません。これだけのユーザー数を抱えているとされているのに、サービスや募集職種によっては不思議と閑古鳥が鳴いているように見えたり、求人広告の数そのものが少ないように見えますが、これは私の視力が悪いからでしょう。中には興味深い事業内容で好感の持てる企業も出ているので、これはこれで面白いのですが。

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なお、当社は「ビジネスSNS事業」の単一セグメントであるため、セグメントごとの記載はしておりません。
そうですか。

しかしながら、Wantely Visitに掲載されている求人情報をつぶさに見ていくと、不思議な共通項があることに気づきます。どの求人も、採用に当たっての「給与」や「労働時間」、「福利厚生」や、はては一番重要な「正社員なのかどうか」すら記載されていません。求人サイトであるのに、です。

職業安定法4条では、「職業紹介」を「求人及び求職の申し込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせんすること」と定義しており、この職業紹介を行う事業者に対しては、以下の表示義務が課せられます。職業安定局に取材しますと「職業紹介を行う事業者については、例外なくこの原則を守らなければなりません」との回答ですので、求人募集に応募する労働者を守る仕組みとしては、この情報開示が一丁目一番地であることは間違いありません。

Wantedly社は他の求人情報サイトと同様に、本件ビジネスを「職業安定法に基づく『職業紹介』事業ではない」という前提で、法令の範囲内でこれらの給与など労働条件を明示しない、募集の広告宣伝であるという説明に終始しています。

以下、少し長いですが、労働者募集のガイドラインについて参考までに引用します。

労働者募集の原則

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1 労働者募集の原則 募集主及び募集受託者は、次の原則に従って労働者募集(文書募集、直接募集又は委託募集)を 行わなければならない。
(1)労働条件の明示等(法第5条の3、第42条、指針第3)

イ 法第5条の3の規定に基づき、募集主及び募集受託者が労働者に対して行う労働条件等の明 示は、次に掲げる事項が明らかとなる書面の交付による必要がある(則第4条の2)。

(イ)労働者が従事すべき業務の内容に関する事項
(ロ)労働契約の期間に関する事項
(ハ)就業の場所に関する事項
(ニ)始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間及び休日に関する事項
(ホ)賃金(臨時に支払われる賃金、賞与及び労働基準法施行規則第8条各号に掲げる賃金を除 く。)の額に関する事項
(ヘ)健康保険法による健康保険、厚生年金保険法による厚生年金、労働者災害補償保険法によ る労働者災害補償保険及び雇用保険法による雇用保険の適用に関する事項
ロ 募集主及び募集受託者は、労働者に対して労働条件等を明示するにあたっては、次に掲げる 事項に配慮することとされている(指針第3参照)。
(イ)明示する労働条件等は、虚偽又は誇大な内容としないこと。
(ロ)労働者に具体的に理解されるものとなるよう、労働条件等の水準、範囲等を可能な限り限 定すること。
(ハ)労働者が従事すべき業務の内容に関しては、職場環境を含め、可能な限り具体的かつ詳細 に明示すること。
(ニ)労働時間に関しては、始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働、休憩時間、休 日等について明示すること。
(ホ)賃金に関しては、賃金形態(月給、日給、時給等の区分)、基本給、定額的に支払われる 手当、通勤手当、昇給に関する事項等について明示すること。
(略)

ハ また、法第42条の規定により、文書、インターネット等により労働者募集を行おうとする者は、労働者の適切な職業選択に資するため、当該募集に係る従事すべき業務の内容等を明示するに当たっては、当該募集に応じようとする労働者に誤解を生じさせることのないよう平易 な表現を用いる等その的確な表示に努めなければならない。
つまり、求人情報をインターネットに掲載し、求職している人と、人材を募集している会社をあっせんする場合、これらの情報は必ず記載してね、ということになります。

ところが、Wantedly社は求人する企業に対し、そもそもガイドラインで「これらの待遇に関する情報を書かないでほしい」と書いています。これはどういうことなのでしょう。別に職業紹介事業者にあたらない他の求人サイトでも必要に応じて労働条件についての記載はあります。というか、明記できる採用条件の記載の無い募集は掲載できないぐらいの勢いです。

コンテンツ・クオリティ・ガイドライン(Wantedly社)

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掲載についてのご注意

Wantedlyでは、「共感」で仲間とつながることをお勧めしているため、
以下の表現につきましては、掲載をご遠慮いただいております。
給与(時給◎◎円〜 / 月給◎◎万円〜◎◎万円)
福利厚生(慶弔休暇 / 有給休暇 / 交通費規定支給 / 社会保険完備 など)
限定要素が含まれる表現(年齢 / 性別 / 人数 / ◯◯限定など) *1
*1歓迎スキル、あると望ましい経験などの記載は問題ございません。
記号を多用している(∞ / ※ / ☆ / ★ / ◯ / ● / ◎ / △ / ▲ / ▽ / ▼ / □ / ■ / ◇ / ◆ / 【 / 】 など)
履歴書、職務経歴書の提出など、採用フェーズに関するワード
採用形態(新卒 / アルバイト / インターンは、例外とする)
この掲載ができない理由が「Wantedlyでは、『共感』で仲間とつながることをお勧めしている」ので、採用形態や給与、勤務時間などの労働条件は明示できないそうです。個人的には、Wantedly社が創業の理念である「シゴトでココロオドル人を増やす」のがミッションとするならば、雰囲気の良い会社の募集を見て正社員面接を受けに行ったら実は募集はアルバイトだったという心の踊り方のベクトルも許されることになります。

もしも、本当にWantedly社がこの理念を実現したくて創業し、更に業容を拡大するために株式上場するのだとするならば、最低でも法令が求める職業紹介事業者として必要な情報は掲示させるべきだと思うのですが、どうなのでしょう。

また、厄介なことにWantedly社はその集めた求職者を母集団とし、一定の属性を検索させ絞り込ませた対象者へ、求人者企業がスカウトメールを打てる機能を有しています。ここは職業安定法上のスカウティング業務にあたるとみられる場合があるため、非常にグレーであり、単純に情報を仲介していると判断されるか微妙な事例になっています。もちろん、他の求人サイトでも同様に問題ではないかと指摘されるケースも少なくないので、ここに関してはWantedly社だけの問題ではない、というのが実情です。

気になりましたので、Wantedly社に本件スカウト機能を念頭に「SNSプラットフォームとして採用につながる企業ブランディング広告であるとしても、実際に求人を行っている以上、職業安定法上の規制逃れは無理ではないかと思うのですが、貴社はいかがお考えでしょうか」と質問を直接してみたところ、Wantedly社からはこんな回答が返ってきました。

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職業安定法第4条第1項では、「職業紹介」を「求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせんすること」と定義しています。その上で、求人及び求職の申込みを受けず、雇用関係の成立のあっせんを行わないいわゆる「情報提供」は職業紹介には該当しないと一般的に解釈されています。

そして、インターネットにおける「情報提供」と「職業紹介」の区別に関しては、厚労省が、「民間企業が行うインターネットによる求人情報・求職者情報提供と職業紹介との区分に関する基準について」として基準(平成 12 年 7 月 27 日付け職発第 512 号)を公表しており、この基準に照らしても、弊社サービスWantedly Visitは、職業安定法の定義する「職業紹介」に該当しません。

従いまして、弊社は、「職業紹介」を行うにあたり必要とされる、書面の交付または電子メールを利用する方法による労働条件の明示義務(職業安定法5条の3、同施行規則4条の2)を負っておりません。
つまり、求人している企業と、求職している人とをあっせんしていないので、情報提供に過ぎず、職業紹介にはあたらないため、給与や労働時間や正社員待遇かどうかなどは情報掲載する必要が無いのだ、というロジックのようです。

ところが、Wantedly社がいみじくも指摘した厚生労働省の区別基準ガイドラインには、個別の例示としてWantedly Visitとスカウト機能が合致する文言が含まれているのが気になります。もちろん、監督省庁だけでなく具体的に裁判にでもなってインターネット上での求人広告やスカウト機能による結論が出ない限り一概に白黒言えない部分ではあるのですが、それでもWantedly社は良くここに突っ込んできたな、上場後に問題視されて主力事業が変な方向に追い込まれてもその先を考えるつもりはないのだろうか、と感じてしまうような事案になっているのが気になります。

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[例4]
求職者及び求人者に対し職業紹介事業としての宣伝広告を行う例


情報提供事業者が、「貴方にふさわしい仕事を面倒見る」、「貴社に最適の人材を紹介する」等とうたって求職者又は求人者を募り、当該求職者又は求人者に対し、あっせんしようとする求人又は求職者の事業所名、氏名、電話番号等をインターネットを通じて提供することは、全体として職業紹介に当たる。
職業安定局の見解では、「単一の事業において、あっせんがあったかなかったかではなく、全体として職業紹介事業であるかを判断する」のであって、「給与待遇等の記述がないから情報提供であるという判断にはなりません」とのことです。

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このスカウト機能自体は、求人サイトのテンプレにも盛り込まれている、求人者法人向けの付加価値サービスです。ただし、どう絞り込むのかは求人サイトごとにやり方は異なります。Wantedly社のように求職者個人のFACEBOOKなどに登録してある経歴や職歴などを検索で絞り込みをし、求人者企業がコンタクトを取ることができる機能についていえば、間にFACEBOOKなどが介在しているとしても職業紹介の事業にあたる可能性はあります。

(8)【採用】職業紹介(職業安定法)(労働政策研究研修機構)

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Wantedly社の営業資料からも「最適の人材を紹介する」として採用実績や利用企業数のグラフを示すなどして求人者企業を募集し、FACEBOOKを通じて獲得しているWantedly社の個人ユーザーに求人者企業の募集を有償で提示して事業者の事業所名、指名、電話番号などを提供している形なので、リクルートなどの求人情報誌とまったく同じ法的構成になるわけです。Wantedly社の関係者は「求人を行う企業の採用が円滑に行くような広告掲載という形であれば、職業紹介ではないので、事業者の確認や採用状況についてWantedly社は管理する必要がなく、事業を運営するうえでのコストを削減することができる」と説明しています。

しかしながら、実際に行われていることは給与や待遇などの採用条件も明示しないまま事業者が求人広告を打てるという無法地帯をWantedly社は作っていることになります。繰り返しになりますが、求人雑誌で求人社法人が採用条件を明示しないで募集をかけるということそのものが、慣例としてもあり得ず全体的な判断として適法性は本当に担保されているのか悩ましいとすら思えます。

それゆえに、明示されない採用条件による募集広告が並んだ場合、主に引っかかってしまう事例は社会経験の乏しい学生が「やりがい搾取」的なインターンに巻き取られるケースや、採用にコストのかけられない零細スタートアップなどが中心となるのではないかとみられます。

本件事例について、書類を示しながら当局にも確認をしましたが、少なくとも全体的な判断として、スカウトメールの形状について、労働基準監督署は職業安定法上の職業紹介とみられるという見解を出していました。もちろん、既存の法令上どうであるかは白だグレーだいろいろリーガルにも言い分はあると思いますし、うまく抜け穴を見つけてそれが法律改正などによって塞がれない限りは「これがソーシャルハックなのだ」と言えなくもありません。

ただ、Wantedly社は「ココロオドル人を増やす」仕事をしているはずが、採用条件も明示されない企業のイメージだけ求職者個人にぶん投げて運用のコストダウンを図っているだけだとするならば、ずいぶん追求するべき理念とやっている事業とに乖離があるように感じられます。もしも、他の数多のアルバイト雑誌も企業のイメージ広告だけで採用条件も示さず募集できるという事業にしたら、それはそれで大変な炎上をすることになると思うのですが。

Wantedly社はせっかく新しい試みで求人とSNSの融合を果たすところまで頑張ってやってきて、そこは高く評価されるべきところですが、先般のDMCA悪用の件といい、地味にグレーな掲載ガイドラインといい、もうちょっと将来を見越して長く成長でき多くの人たちに愛されるサービスを作って日本全体を良くしていくような考えが実感できる銘柄であってほしいと思いました。

現場からは以上です。