「北朝鮮製ミサイルが日本上空を通過」で日本の安全保障議論はどう進展させるべきか
北朝鮮が日本上空を通って太平洋側に中距離弾道ミサイルの発射実験を行った事件で、問題がかなり重大であることも含めて日本国内でも安全保障関連の議論が活発になってきています。
今朝未明、北朝鮮製ミサイルが日本の上空、最大約550kmの高さで領土を飛び越え、太平洋側に着弾するという事件がありました。
<北朝鮮ミサイル>日本通過、襟裳岬の東1180キロに落下(毎日新聞 17/8/29)
:重要なのは、北朝鮮がかねてから対米挑発の具としていたグアム方面への威嚇ではなく、日本領を飛び越える形で襟裳岬東へ落下させるという進路を取った点で、図からも分かる通り完全に日本に向けて発射された中距離弾道ミサイルであるとされます。
一方、北朝鮮は米領グアム周辺へのミサイル発射計画とは異なる方向に発射しており、米国防総省は「北米地域に直接的な脅威ではなかった」とする報道官声明を発表した。河野太郎外相は記者団に「(米国に対して)北朝鮮が少しひるんだということはあるのだろう。ただ、我が国にとっては東も南も同じことだ」と指摘した。
[[image:image01|right|北朝鮮の弾道ミサイルの軌跡(毎日新聞)]]
当然、日本の安全保障体制が根幹から脅かされる可能性のある事態ですので、日本政府としては断固とした措置を取るための行動に出ざるを得ません。すでにBBCなど海外メディアでも日本政府がアメリカと一致団結して対処するという談話をそれなりの大きさで取り上げています。
北朝鮮のミサイル、日本上空を通過日米は圧力強化で一致 (BBCニュース 17/8/29)
もっとも、飛行した経路を良く御覧いただければ理解できるように、北朝鮮は北朝鮮なりに慎重に飛行計画を策定し、津軽海峡から襟裳岬をかすめる軌跡を選んでいます。そこまで精度が高いわけではない北朝鮮製ミサイルに万が一が起きて日本領地上に落下することがあれば、それこそ日本は有事法制本格発動となりアメリカ軍に対北朝鮮攻撃の口実を与えるわけですから、極力陸地を通らない軌跡で発射したと言えましょう。もちろん、それでも危ないわけですが。
過去にはテポドン(1998年)が日本など周辺国への通知なしに太平洋側へ事実上のミサイル発射実験を行う行動をとったのですが、それから20年ほどを経て同じように通知なしの中距離弾道ミサイルの発射実験をするというのはこの東アジア安全保障ゲームがまたひとつターンが進展したことを意味します。日本としては実効性の高い圧力を北朝鮮にかけることが国威そのものを試される時期に差し掛かり、ここで安保理や米朝外交、中国への協力要請などをしているうちにもう一発、二発と日本上空をミサイルが飛んで行ったりすると安倍政権の安全保障体制はさらに実効性の面で揺らぐことが考えられます。
そして、日本政府内では、とりわけ対北朝鮮の挑発的な軍事活動について実効性のあるオプションがほとんど取れそうにないのもコンセンサスであろうと思います。特に、北朝鮮にエネルギーなどの支援を強化しているロシアに対してはいままで融和的な外交を繰り返してきた手前、クリル諸島(北方領土)領土問題は差し置いても対北朝鮮制裁に共同歩調を取ってもらう交渉をする必要が出ます。恐らくは、純粋な北朝鮮・半島情勢の外交よりもスコープの広い議論が必要になるのではないかと感じる部分です。
一連の北朝鮮問題については、地域の重要な地域と北朝鮮を位置付けて安全保障の要石であると議論するよりは、うっかり政権が倒れたり中朝なり米朝なりで偶発的な開戦があった際の局地戦からの代理戦争に発展してシリア化することが怖れられるべきです。うっかり難民が百万人単位で発生した場合には、我が国も道義的、人道的責任として数十万人の教育が施されていない難民を受け入れることが求められて拒否することはむつかしくなります。実のところ、日本における北朝鮮問題というのは、危機感を叫びながらも北朝鮮金正恩体制が低空滑降しつつふらふら存続してくれることが一番利得が高く、うっかり体制が倒れて朝鮮半島統一や中国のコントロール下に移行してしまうことのほうが不確定要素が増えてしまい身動きが取れなくなります。
ミサイル発射はもちろん日本にとって差し迫った問題ですが、北朝鮮が本格的に日本を含めた諸外国への仕掛けをするならば直接人的被害が出て反撃される可能性がある核ミサイルよりも、サイバー攻撃のほうが合理的であり実入りも期待できるという点でこちらの動向のほうを日本は留意するべきです。
ところが、実際には早朝に撃たれた北朝鮮製ミサイルに対し正直にJアラートを国民に流してしまったばっかりに、かえってミサイルに関する掛け金が上がってしまいました。もちろん、これは当然Jアラートは出すべきであり、たとえ着弾まで4分程度の時間がなかったとしてもミサイルの直撃以外での損害は概ね爆風や衝撃によるものですので姿勢を低くしたり頭を保護したり堅牢な建物や地下に入ることを奨励するのは必要なことです。この訓練がプロパガンダを含むという批判は出ているようですが、実際にはイスラエルでもフィンランドでもミサイル防衛の必要がある国や地域では等しくやっているものですので、あまり政治的な背景を気にせずミサイルの危険性があると察知したら限られた時間でしっかりと身を守る方法について習得しておくことは大事でしょう。
蛇足ながら、核シェルターがないから逃げても無駄という議論は、あくまで核攻撃がその人を直撃する場合です。また、核シェルターは着弾し爆発したときに中にいることが求められているのではなく、周辺に放射性物質が飛び散って粉塵を吸い込んだり被服や頭髪に付着して健康被害が出ないよう、当面の半減期3日間程度生き延びることを目的とするものが多くあります。必要なことは核シェルターに着弾までの4分以内に逃げ込むことではなく、姿勢を低くしたり堅牢な建物や地下に入って爆風に巻き込まれて負傷したりすることのないようにするのが大事なのです。
最後に、北朝鮮のミサイルについて日本政府の対応が悪いからミサイルが発射されたのだというイデオロギー論争が盛んになっていますが、個人的にはミサイルを撃った北朝鮮が悪いのであって日本政府が批判されるのは筋違いと感じるものの、いろんな意見があっていいと思います。「核抑止力とは何か」や、「北朝鮮や地震・津波などの災害で政府ではどうにもならないこと」について議論を重ねるのは有用です。東日本大震災や安保法制議論のときもそうでしたが、起きた問題について事実に基づき活発に議論されることは民主主義国家として必要なプロセスだと思いますので、思うことや不安・不審についてもおおいに論じられる社会であってほしいと願います。