「そのユーザー数は本当か?」医療サービスにも懸念の広がる数字の盛り方
マザーズ上場企業メドピア社で、遠隔医療相談のユーザー数が1万人を突破と発表されて株価が高騰した件ですが、この公表ユーザー数にクラウドワークスで集めた有料モニターも多数含まれている懸念が広がっています。
山本一郎です。最近は親の介護や子供の教育に奔走する毎日ですが、オンラインでのサービスが一般化してから日々の生活に依存するのはショッピングだけでなく、教育や医療相談にも広がっていっていることを実感します。
厚生労働省も今後普及すると目される遠隔医療についてのガイドラインを策定し、適切な診療が医師の指導の下で行われることを厳格に定義しているという点で、概ねの方向性が示されたと目されます。
「遠隔診療」の誤解を解いた事務連絡の正しい読み方(日経デジタルヘルス16/3/30)
情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について(厚生労働省 15/8/10)
このうち、遠隔医療相談は医療行為とは判定されておらず、医師法の適用対象とは目されていないため、ベンチャー企業でもこれらの遠隔医療相談のビジネスに乗り出し事業化するところが増えてきています。ちょっとした体調不良で病院に行くほどではないけど医学的な見解が欲しい、というニーズは確実に存在しているでしょうから、相談者の質問や簡単な問診で医師が一般的な回答や健康上のアドバイスをするというのは意味があるのでしょう。これらは医師が本来行う「診療」ではなく「相談」であるというのがポイントです。
上場企業であるメドピア社が、これらの医療情報サービスを手掛けるメディプラット社を2016年5月に買収、傘下に収めて、これらの遠隔医療相談を行うプラットフォーム「First Call」を展開すると発表しました。
メドピア、遠隔診療参入のワケ(日経デジタルヘルス16/6/7)
:同じく日経デジタルヘルスにて懸案となる記事が2017年1月19日付けで掲載されています。
メディプラットはディー・エヌ・エー(DeNA)出身の林光洋氏(元・同社執行役員)と春田真氏(元・同社取締役会長)が中心となり、2015年11月に立ち上げた医療系ベンチャーだ。両氏が新しいビジネスの創出・支援を目指して設立した企業「ベータカタリスト」を母体とする。
“Amazon.com”を医療相談の世界にも(日経デジタルヘルス17/1/19)
:厚生労働省に遠隔医療相談の実情について話を聞くと、「あくまで“医療相談“としての実施件数は省として把握していない」としつつも「遠隔医療を実施する医療機関からの情報を総合すると、平成27年(2015年)は試験的に行われた程度」と説明されました。つまり、この二年ほどで遠隔医療相談自体は急速に伸びている、という風に感じることはできます。
「相談件数が300件を大きく超える日もある。医療相談というジャンルが確かに存在することを、実感している」――。
医師専用コミュニティーサイト「MedPeer」を手掛けるメドピア 取締役 COOの林光洋氏は、同氏が代表取締役CEOを務めるグループ会社、メディプラット(Mediplat)が2016年3月末に開始した遠隔医療相談サービス「first call」の手応えをこう語る(関連記事1、同2)。ユーザー数は2016年末までに1万人を突破した。
この情報を受けて、メディプラット社を買収して「First Call」事業を運営するメドピア社の株価は急騰。年始には400円台だった株価は上昇をはじめ、3月2日には880円にまで続伸し、記事を執筆している3月10日現在の終値は792円となっています。
確かに遠隔医療相談自体は、ニーズのある世界であることは間違いありません。ところが、実際にはこの遠隔医療相談は公益財団法人や医療法人が運営する地域の医療相談電話が圧倒的なシェアを占めているのが実際です。実際、子供の健康電話相談(#8000)は47全都道府県が対応になった2011年にはすでに年間50万件の相談件数に達しています。また、既存の医療機関での電話相談も再来患者を中心に「統計を取る必要がないぐらいに一般的なことで無料医療相談を行っている状態」(厚生労働省)であって、この「First Call」が想定している以上にみんな普通にかかりつけ医や定期診療先に無料電話相談している実態が浮かび上がります。
小児救急電話相談事業 (#8000)について(厚生労働省医政局指導課12/4/10)
読者の方でも、かかりつけ医に「父が具合悪いのですが、症状はこういう感じです」という電話をされてから「それなら一度お越しください」とか「そのような症状なら服薬後落ち着かなければまた電話ください」などと返答される経験が多いのではないかと思います。実は、医療プラットフォーム事業者が遠隔医療相談に市場性があると思っても、患者の側からすると実際に通院している病院に電話をしたり、疑わしい病状について相談をすることのほうが圧倒的に多いというのが現状です。
さらには、前述のとおり公共サービスにおいて小児救急電話相談事業(#8000)が47すべての都道府県で行われており、また救急車を呼ぶ前の相談ダイヤル(#7119)も存在していて、本当の意味で医療相談をしたい人に対するニーズを考えるとこれらの公共サービスの活用を促すほうが最終的に手っ取り早い可能性もあります。
ここで問題となるのは、メドピア社が発表した「遠隔医療相談サービスが1万人を突破」という内容です。確かにこれ単体の話であれば、伸びやかな(はずの)遠隔医療相談市場で一定の基盤を作ったかのように見えます。
しかしながら、その遠隔医療相談サービスの内容はどういうものなのでしょうか。
ここで出てくるのはクラウドソーシングサービス大手の「クラウドワークス」。画像の通り、アカウントには堂々と「オンライン医療相談プラットフォーム 『first call』の運営」と明記されたアカウント名「s.tanaka3」が、一件あたり108円で大量のアンケートをばら撒いているではないですか。
それも「★本日|無料テキスト相談★【ご自身の悩みや健康不安のアンケート】【モニター募集|医師から返答が届きます】」とか「★800名限定★アンケートモニター募集【医師による健康相談サービス】ご自身やご家族の健康の悩み、不安をご相談ください(作業時間3~5分)」など。
[[image:image01|center|クラウドワークスでモニター募集の巻。集めたモニターがユーザー数に、という懸念が。]]
このアカウント名「s.tanaka3」の開設は16年10月3日、募集実績は1,760件であり、ライターさん名指しで5件の医療相談のモニタリングをまとめて発注するなど、先のメドピア社の記事中にある「16年末までにユーザー数1万人突破」という内容が途端に微妙になってきます。あるいは、記事中の「相談件数が300件を大きく超える日もある」のは、ひょっとして「★800名限定★アンケートモニター募集」とやった当日のことなのではないかという疑念さえも抱いてしまいます。
これは直接見解を伺うしかありません。
というわけで、さっそくメドピア社のIRに質問状を送ったところ、次のようなご回答を戴いた次第であります。
:この回答通りだとするならば、クラウドワークスで1件あたり108円で募集して、アンケートモニターの仕事のために「first call」に登録した個人も、普通の無料遠隔医療相談サービスの利用者として登録された数に加えられ、「2016年末までにユーザー数1万人突破」が達成された、ということになってしまいます。
【Q:山本】この「遠隔医療相談サービス」であるFirst Callはどのようなカウント数で「1万人を突破した」ことになっておられますでしょうか。
【A:メドピア社IR】相談件数はfirst call上で実施された無料のテキスト相談とテレビ電話による医療相談の合計件数となっております。ベータ(試用)版として、利用者、並びに症例の蓄積を目的としたモニター募集等の施策を展開し、利用者が2016年12月時点で1万人超となっております。
常識的には、マーケティングとして利用者にキャッシュバックすることは往々にしてあります。ただ、クラウドワークスのようなソーシャルソーシング業者を通じて募集をかけるという点では、このモニターを実施した人たちは仕事として請けたのであって、サービスのユーザー数として加えて「1万人突破」と記事で喧伝するのはさすがに事業の実績の盛り方として問題が大きいだろうと感じます。
この「first call」でモニターかもしれないユーザーからの遠隔医療相談サービスに対応した医師は、メドピア社が取り組もうとしているサービスの意義は高く認めつつも「いまは健康に問題ないし通院もしていないのだけど、以前こういう症状があったのだがどうかという質問が多いので、とても不自然だと感じている」とお話されています。確かにクラウドワークスで少額のお金を払い医療相談をする人をかき集めたのであれば、いま健康上の問題を必ずしも抱えていない人が応募する可能性も高いわけで、実際に勤務先で臨床に従事しておられる医師からすれば違和感をもってもおかしくないでしょう。
それでも、クラウドワークスを使ったモニタリングの数字も含めて、「2016年末までにユーザー数が1万人突破」と言われれば、他の遠隔医療サービスが公共サービスとの競争状態にある中で勝てる要素を感じた投資家からの期待を集めるのは当たり前です。これらの実績を盛るために、クラウドワークスで少額の報酬を支払ってモニターを集め、実際の利用者に加える形で(あるいは、突破した1万人のかなりの割合がクラウドワークス経由である可能性も排除せず)事業の進捗が成功裏に進んでいるとしてしまうのは何故でしょうか。
また、気になるのは2016年5月に実施された行使価格635円の有償ストックオプションが事業責任者の林光洋さん(メドピア社取締役、メディプラット社代表取締役)と春田真さん(メドピア最高顧問、メディプラット社取締役)に設定されていることにあるのではないかと思います。
本来は、発行当時の株価を勘案して有償ストックオプションを出すこと自体は何も問題ありません。しかしながら、一般論として上場企業が運営する主力のプラットフォーム事業で水増しなど疑義のあるユーザー数を発表して株価を上げるビジネスの目論見があったとすると、それは望ましくないのではないかと言われても仕方のないところでしょう。
第三者割当による第 11 回新株予約権の募集に関するお知らせ
[[image:image02|right|メドピア社株価高騰絵巻。意義のある事業で上がっているなら良いのですが]]
昨年、DeNA社がメディア事業において安易にクラウドワークスなどのソーシャルソーシング会社を起用して、ネットにおける医療情報の信頼性を毀損する問題を引き起こし、その後、第三者委員会も組成して信頼回復に努め再起を図ろうという状況です。DeNA社も真摯に問題を反省し、ネット業界全体が襟を正していこうとする中で、このような仕組みが横行しているのだとすれば、それは気になるところです。
ソーシャルソーシング会社を起用し、安価な「請負業務」として集まったモニターは、本当の意味で事業の顧客であるはずのユーザー1万人に加えることは適切なのでしょうか。
また、ユーザー1万人突破と発表して投資家の期待を煽り株価上昇を図る一方、有償ストックオプションを仕込むことは問題を感じてもおかしくはありません。果たして医療プラットフォームを運営する会社として適切な方策でしょうか。
病院にいき医師にかからずとも遠隔医療相談で済ませる割合が増えれば、増大の懸念される社会保障費の抑制にも寄与できると期待される面では大きな意義のある事業であるだけに、ネット産業の闇を煮詰めたような微妙さを感じるノウハウに依存することなくメドピアが真水のユーザーをどんどん増やして、風通しの良い医療業界に育てていっていただけることを期待してやみません。