無縫地帯

テクノロジーの進化で私刑も簡単にできてしまう時代がきつつありますが(追記あり)

テクノロジーの進歩によって犯罪捜査さえも被害者の手によってかなりの自力救済ができるようになってしまっている昨今、プライバシーと監視社会の在り方についてもう少しきちんと議論するべきではと思います。

山本一郎です。テクノロジーの進化により、我々の生活はどんどん変わっていきます。東京都内であれば電車に乗って新聞や雑誌を広げる人がいなくなって久しいばかりか、ここ最近はガラケーをいじる人さえあまり見かけなくなってしまいました。ほとんどの人がスマホを手にして画面をのそきこんでいる風景が広がっています。こういうのは良いとか悪いという話ではなく、まさに人々の暮らし方が変わったという話です。

で、変わるといえば、店舗における万引防止の手法もテクノロジーの導入によりこれまでにはないものとなっていきそうです。

「ペッパー」 万引き常習犯を検知へロボメーカー各社、法人向け機能の拡充進む(日刊工業新聞電子版Yahoo!ニュース 17/2/15)

万引防止はペッパーのカメラを生かす。自動で来客の顔を常習犯のデータと照合。一致すると管理者に通知する。呼び込みや告知をしながら別の役割も果たすことが特徴となる。日刊工業新聞電子版Yahoo!ニュース
もちろん、店先にペッパーを置いておけば万引き対策ばっちりというよりは、デモンストレーションとしてそういうカメラの利活用もこれから進んでいくよというアイコンとしてペッパーが担ぎ出されている形でしょう。

ただ、あの微妙に愛嬌があるんだかないんだか良く分からないひょうきんさを装いながら、実は冷たく無表情なロボットが絶えず万引常習犯を探しているということのようです。ここでちょっと気になるのは、万引常習犯のデータが一体どういう経緯で作成・提供されるのかというところですが、こうした話に関連しそうなニュースがほかにありました。

万引犯のデータベースを書店と共有万防機構・竹花氏が構想発表(Shinbunka ONLINE 17/2/15)

NPO法人全国万引犯罪防止機構(万防機構)の竹花豊理事長は、万引犯に関するデータベースを加盟書店に発信し、情報共有していく構想を打ち出した。
(中略)
犯人の顔写真などを共同利用することには、個人情報の観点からハードルが高かったが、改正個人情報保護法が5月30日から施行されることを機に、警察などとも連携し、万引き防止に本腰を入れる。Shinbunka ONLINE
なるほど、警察と連携することで民間機関が万引常習犯のデータベースを構築することが可能になりそうなんですね。あとはそのデータを利用して各店舗が一体どういう万引防止体制を実施していくのかが気になるわけですが、中にはかなり思い切った手段に訴えるところが出てくる可能性もあります。

万引犯の画像公開は「自衛」か「人権」か!?専門家「人権侵害」の見方に小売業界反論…常習犯「ブラックリスト」構想も(産経WEST 17/2/20)

各地の小売店が「万引犯」として防犯カメラ画像を公開していたことが相次いで判明した。
(中略)
中部や近畿などで「三洋堂書店」を展開し、機構の理事も務める「三洋堂ホールディングス」(名古屋市瑞穂区)の加藤和裕社長(56)は「個人情報保護法との兼ね合いなど課題も多いが、被害抑止を後押しするような解決策を提示したい」と話している。産経WEST
かねてから、リカオン事件含め被害抑止のための情報共有をどう適法に進めるかという方向で議論が出ていた話ですね。

万引被害に遭っているお店には同情せざるをえませんが、しかしだからといって私人が法の定める手続きによらずに自力で権利回復を図る行為は単なる私刑(リンチ)でしかありません。このままいくと、極端な話としては先の万引常習犯を検知可能なペッパーが「万引犯がやってきましたー」と大声で警告してくれることになりかねません。これはこれでテクノロジー主導のディストピア的な雰囲気は致します。まさにテクノロジーの進化に伴って誰でも簡単に私刑を実行できる時代がやって来るということでしょうか。

以下の逸話もテクノロジーの進化が生み出す私刑ということに思い至ってしまうものがありました。

自転車泥棒、追い詰めた執念……「ヤフオク!」のアラートで追跡、Facebookで本人特定(ITmedia 17/2/21)

大切な自転車が盗まれてしまったら、あなたはどうするだろうか?諦める人もいるだろう。警察に届け出て、見つかるのを待つ人もいるだろう。

彼女はそのどちらでもなかった。ネットを駆使し、1年かけて犯人を追い詰め、逮捕につなげた。まさに執念だった。ITmedia
基本的にはネットでの情報収集を利用して警察との連携により自転車泥棒を捕まえたということですからいい話のようにも見えますが、警察の捜査がはかどらないのに不満を覚えて自ら犯人に接触しようとした経緯が報じられているのは気になるところです。

彼女がネット検索を駆使して出品者の男やその妻の勤務先を調べ上げ、電話をかけたこともある。警察が動いてくれないから自分で何とかする……そんな考えだったが、警察から「危険なので接見はしないように」と釘を刺され、動くことをやめた。ITmedia
つまり警察を介さずに犯人を割り出し私的な形で制裁を加えるような行為に及ぶことが十分に可能であったということになります。もちろん、窃盗で得た品物を換金のためにネットでさばこうとすれば、盗まれた側に容易に割れてしまうのはネット社会的ではあります。ただ、今の時代は条件さえ整えばこういうことが一個人で比較的簡単にできてしまうわけです。なかなかに微妙といいますか、たとえば万引を阻止するという錦の御旗があればテクノロジーを使って何でもできてしまうけれど、それを実際にやってしまうにあたってもう少し議論が必要だろうと感じるところです。

「警察が動いてくれれば万事解決だ!」という話だったとしても、プライバシーと監視社会の線引きをどこで取るかはサイバーセキュリティと通信の秘密の世界でも激論が出ている状態なので、何かしらの指針が出るといいなと思う次第です。

(追記12:00)

ご指摘があり、総務省からこれらの監視カメラの利活用につき、事前告知を含む配慮事項などをまとめた「カメラ画像の利活用ガイドブック」が出ておりました。ユースケースの蓄積はまだまだこれからですが、一読すると現状の議論が網羅的に分かるのでお奨めします。

「カメラ画像利活用ガイドブックver1.0」の公表(総務省総合通信基盤局 17/1/31)
カメラ画像利活用ガイドブックver1.0概要PDF