無縫地帯

喜ぶ日経「AIで記事自動配信」の時代遅れ感と希望

日経が企業決算発表の記事化を人工知能にしたというので話題を呼んでいましたが、すでに人工知能自体の利活用はかなり進んでいますし、もっと使い方について真剣に考えるべき状況にあるのではないでしょうか。

山本一郎です。このところ、人工知能(AI)を使った何かが記事になったり話題となるケースが増え、最近では人工知能が人間の職を奪うような言論が出回るようになりました。

人工知能は仕事を奪うのか? (日経テクノロジーオンライン16/12/26)

オックスフォード大学が認定あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」 (週刊現代14/11/8)

ロボットは人間の仕事を奪うだけでなく生み出していくもの(TechCrunch Japan 16/5/17)

もちろん、人工知能が一般的な技術分野となり、日常生活に浸透していけばそれまで人手をかけてやっていたものがセンサー付き機械やソフトウェアに代替されていくのは目に見えているので、これはこれで仕方のないことだとは思います。
先日も、開催された世界最大の電気製品見本市CESで、トヨタが人工知能搭載の自動車をお披露目し多くの耳目を集めるなど、利活用についてはかなり進んできていますし、これからも止まらないでしょう。

もっとも、身近な例で言えば電話交換機が機械化されてそれまで女性の仕事とされていた電話オペレーターが仕事として無くなったり、44歳の私が子供のころ慣れ親しんでいた駅の改札で改札鋏片手の駅員さんの姿を見かけなくなって自動改札へ一新されたのも、技術革新による働き方、働き口の減少と言えます。産業革命以降、それまでベルトコンベアーと人間の手によって成り立っていた数千人単位の巨大工場は姿を消し、いまの最新鋭工場は数人の工員で大量の工作機械を動かす「金属の館」となっていることにも留意する必要があると思います。

いままでは人の仕事とされていたものが自動化されるのは自然の流れであって、それが嫌であれば競争力を失うのは自明なのですが、日本ではなぜかメディアがいまごろになって記事の自動配信や、要約部分のAI化が進んでどうにかなりつつあるというのが逆にニュースになってしまっている現状があります。

AIが決算記事を完全自動配信、日経が開始 (日経ビジネスオンライン17/1/26)

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ついに、“AI記者”が活躍する時代が訪れた。日本経済新聞社は25日、企業決算の要点を完全自動配信するサービス「決算サマリー」を開始した。TDネットでの決算公表後、売上高や利益などの情報とその背景をまとめ、記事の体裁にし、数分で日経電子版や会員制情報サービス「日経テレコン」に配信するまでを、AIを備えたシステムが担当する。
井上理さんが「ついに」とまで書いている本件、もちろん日本のメディアも人工知能の活用の入り口を掴んだという点では大いに評価されるところではあります。一方で、アメリカや英蘭系のヘッジファンドの多くは2012年ごろから為替や証券取引で人工知能のモジュールを組み込んでおり、通貨にもよりますがいまや為替のアルゴリズムトレードの二割程度が何らかの人工知能が介在しています。

また、この手の人工知能は日経が始めた決算発表の記事自動化だけではなく、発表内容の構成を読み取り、その情報が買いなのか売りなのか、短期的と中長期で分けて最善の材料判断を行うところまで機能として持っていて「当たり前」であって、さらにその先のモデル別、状況別の優劣が毎日3万件、4万件と構築され検証されているという状態です。

こうなると、日経新聞の記事を読んで、発表された決算内容を見て人間が吟味して投資判断をする、というレガシーな証券取引はすでに負け戦であって、日経新聞はそういう勝てない戦いを知らずに挑んでいる投資家を相手にして「記事が自動化されました」と喜んでいる危険性さえ孕んでいると思うと心が寒くなる部分があります。

人間では「絶対勝てない」投資ロボのスゴさ人工知能が金融を激変させる(東洋経済オンライン 16/8/30)

AI、ポーカーでプロ4人に圧勝2億円超のチップ獲得(朝日新聞デジタル 17/1/31)

その辺は単純に周回遅れだろうと思う一方、人工知能の技術が一般的になってくると、手段が民主化されて誰もが深層学習で過去の大量のデータから最善の選択を見出す技術が生まれてくる可能性があります。人工知能が得意とするパターン別の認識や完全ゲームに近い状況を利用者側がきちんと構築してあげて、その枠内で最善の選択肢は何なのかを生み出せる仕組みがあれば、自分のスケジュール管理から読むべき情報収集の自動化、取るべき行動の最適化といったことはできるようになるかもしれません。

おそらく日経やメディアがこれらの人工知能を生かした先に見えるのは、単に記事生成コストを下げて高給取りの記者を解雇することだけではなく、どこにどのような専門性のある記者を配置すれば良いのか、どういう手順で読者は情報に関心を持つのか、一番利得の高いであろう情報配信の方法はどこにあるのかといったことが人工知能によって簡単に演算できるようになるのでしょう。

メディアの技術革新という点では、それこそキュレーションサイトのように質の低い記事の量産の方面へ行ってしまいましたが、むしろ人工知能を使いながら質の高い方面の記事を求める専門的な読者に適切に情報を届けるにはどうすれば適切か、という転換さえできれば、ネットメディアもレガシーな新聞社も実は目の前に金城湯池があるのではないかとさえ感じます。

その結果として、芸能とスポーツと漫画とエロばかりが情報として氾濫するネットになってしまって、誰かが残念なウェブと再び叫ぶ修羅の世の中になるのかもしれませんが。