無縫地帯

経済産業省の「現役官僚が提言!」らしいんですが、何を言いたいのか良く分かりません

産業復興の方面でさまざまな立場の人が提言をしている昨今、どれを聞いたらいいのか良く分からない、というのが実情です。経済産業省の伊藤慎介さんの場合はどうでしょうか。

山本一郎です。今日はひたすら家族サービスをしていました。

賛同されたり馬鹿にされたり毀誉褒貶が激しい記事ではありますが、FACEBOOKを中心にそこそこ盛り上がっていたようなので、軽く石を投げてみたいと思います。お題はこちら。

現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である

「組織的うつ病」とは穏やかではありませんが…掻い摘んで言えば、日本の製造業がマズい理由は公私混同人材なる独創的な社員に仕事を任せないからであって、そこを改善していけば製造業は復活するんだっていうような話であります。

しかし、残念なのはこのような独創的な取り組みが有機的に連携し、新しい価値創造につながっていないことだ。例えば、秋葉原という場所はエレクトロニクス関係のショップが立ち並ぶ街だが、同時にアニメやゲームなどのサブカルチャーの聖地でもある。

この二つの世界を有機的に連携させると、例えばアニメやゲームの世界に登場する近未来的な乗り物、ロボット、端末などを実際に試作して使ってみるといった取り組みが起きるはずだ。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
なんですかね、これは。

もう例からしてまったく独創的でなく、サブカルという腐り切った世界にどんな実用技術を求めているのか良く分からないのですが、商品企画や商戦への考え方が硬直していて、なかなか新規性のあるビジネスが日本企業から生まれづらくなっているよね、という肌感覚の議論としては理解できます。

ただ、一連の文章を読んで、特に気になるのは事実関係が間違っているというか、まったく海外の市場の実情を知らないようであるということです。

いくつか例を挙げよう。

まず、ブルーディスクレコーダーがそうだ。地デジの普及とともにほぼ全ての家庭において薄型テレビが置かれるようになった。薄型テレビの特徴は、その名前の通り、かつてのテレビと比べて奥行きがほとんどないことであるが、市場で売られているブルーディスクレコーダーの多くは、従来のビデオデッキ時代の規格を引きずっている。平置きが前提で横幅も奥行きも長く、とても薄型テレビとともに置きやすいデザインとはなっていない。

色も黒が大半であり、おしゃれにしたいリビングにマッチしにくいデザインとなっている。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
えーと…BR Disk Playerの商品が海外においてどういう構成になっているか、知らないんでしょうか。

そもそもテレビが薄型になってもBR Playerは利便性ゆえに奥行きのある商品のままなんですよ。Best Buyでも見てもらえればすぐに分かると思うんですけどね。日本企業の商品企画が駄目だから平置きが前提なのではなく、00年代後半にテレビが薄型になったんで横入れ薄型の機器も出たけど人気が出ず淘汰されて、再び平置きの奥行きあるBR Playerが主流になっているんですよ。安定するし挿入しやすいし壊れにくくメンテナンスが楽だから平置きになっているのであって、日本企業の想像力や組織の問題じゃないです。

Shop Blu-ray & DVD Players by Type

ましてや、「色も黒が大半であり、おしゃれにしたいリビングにマッチしにくいデザインとなっている」とか書いてますが、黒が一番売れるから黒なんですよ。日本メーカーのラインアップを見てください。昔のPanasonicなんて、海外市場攻略で大量の複数カラーを用意してましたけど、結局、黒、シルバー、白などのモノトーンが一番売れた結果、ベージュだの紺だのダークグリーンだののラインアップは淘汰されて無くなっています。

Sonyや東芝やPanasonicはもちろん、LG、Magnavox、Samsung、Marantz、Philipsなどなど、海外勢もぜーんぶ黒だわー。っていうか、黒以外ラインアップしているのはPanasonicだけだわー。そういう状態です。んで、次。

想像してみてほしい。週末、そのまったくワクワクしないミニバンに乗って、お父さんが運転し、一家で出かけるとする。お父さんは単なる運転手になってしまう。お父さんは運転を楽しめるだろうか。

そもそも、ミニバンは女性にはとても運転しにくい。確かに家族にとって機能的な商品ではあるのだろうが、決して感性に訴えるような商品とは言えない。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
これも。ミニバンが市場で評価され、一番成長しているのはインドと東南アジアですね。そして、もっとも収益性が高いグループに入っているのはメルセデス(ドイツ)とスズキ自動車、トヨタなどです。日本企業はこの方面に強いけど、海外メーカーだってワクワクしない安いミニバン出してます。そもそもミニバンを選ぶのは理由があって、経済的な理由か、人数が増えたときの居住性を重視しているのであって、運転のワクワクというような自動車そのものにロイヤリティの高い層は元からミニバンなんて選択肢に入ってませんよ。

日本のモノづくりについて産業界と議論すると、アップルが話題になることが多い。なぜアップルが生み出したiPod、iPhone、MacBook、iPadのような商品が、日本メーカーから生み出せなかったのかという議論だ。

その際、必ずと言っていいほど漏れてくるのが、以下のような言葉だ。

「iPhoneはドコモのimodeの模倣にすぎない」
「iPodのような商品は日本の電機メーカーにも作れたはずだ」

負け惜しみである。筆者はそういう議論の際に、あえて断定的に「日本ではアップルのような商品は絶対に生み出せなかった」と言っている。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
極めつけは、「日本からはAppleのような企業は生まれない」という議論ですね。まあ、事実生まれていませんし、垂直統合モデルとして完成されていたドコモのi-modeの海外展開をもっとしっかりやれていればなあと悩むところではあるんですけれども、日本だからAppleが生まれないというのは議論としての質はよくありません。なぜなら、フランスからもドイツからもロシアからもAppleやGoogleは生まれていないからです。日本だけの問題じゃないよね、これ。

この辺の議論は長くなるので簡単に触れるに留めますが。

優秀な人材を引き寄せる高度な科学技術に対する考え方、英語圏というアドバンテージ、再チャレンジを奨励しながらも貧富の格差はやむなしと考える社会事情など、もっと広く考えないと駄目なんじゃないでしょうかね。「確かにアメリカのようなやり方は素晴らしいし憧れるが、日本にそのままもってきても実情があわないので、おそらく日本社会からは同意されないだろう」ということで、日本は日本なりのやり方、考え方で生きていかなければならないんじゃないでしょうか。


で、結局、実証的には何も具体論が提示できず、そればかりか例示された前提条件が間違っているので、「組織的うつ病」なる言葉を持ち出し、日本人の心がまるで病んでいるかのような論述をせざるを得なくなっているのではないでしょうか。いや、言いたいことは分かりますけれども、残念ながら根拠がなく、議論が雑すぎます。日本の製造業で日々商品開発や企画に取り組んでいる人たちを正面からDISるにしては、あまりにも稚拙で酷い論考に過ぎるのではないかと思うのです。

つまり、個人としての夢があり、職業を通してそれを実現するという、我々が子どもの時には当たり前のように考えていたことなのだ。

そして、このような「公私混同」を実際に組織や社会の中で実現しようと行動している人材が「公私混同人材」だ。

ところが、今のモノづくり産業は、この「公私混同人材」を活かし、自社の競争力に結びつけることができているだろうか。実際には、死蔵させているケースが大半だと筆者は考えている。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
このあたりは、もう完全に支離滅裂だと思うのですが…組織で生きる人が保身とリスクを天秤にかけてキャリアを形成するのは当たり前のことでしょう。個人としての夢はあって組織の中で実現したいと思っている人材って、ゼロか100かの話じゃなくて、誰もが持っているものですね。仕事でやりたいことをやって実現して成果を出し評価をされたい、なんてみんな願っているに決まっています。そう思っても、働く者同士の競争があり、ポストも限られているから競争があり、保身がある。

リスクを負うのは構わないが、それが評価されないので死蔵されているという議論のようですが、そういう人を活用せよと叫んだところで「誰がその公私混同人材なんでしょうか」ということになり、一概には言えないでしょ、そんなこと。それじゃあそういう問題は日本の製造業だけにあって、外食やソフトウェア産業にはないのかって疑問を持ちます。ある程度勤め上げた後で市場環境が変化して、自分の築き上げたキャリアやスキルが会社にとって不要になり、いずれ捨てられると理解している場合は、死蔵なんかされずに転職市場に出る人もあるでしょうし、転職して価値がなさそうだとなれば会社にしがみつく。それは公私混同以前に働く人間として必ず計算する部分ですよ。

そういう組織においては、熱意、思い、責任感、使命感などがほとんど感じられない「サラリーマン」的発想力、行動様式の人たちが支配的になる。仕事柄、大企業の方々とお付き合いする機会が多いが、残念ながら最近はそういう姿勢の人たちに遭遇することが多くなったように感じる。現役官僚が提言!日本のモノづくり衰退の真因は 組織的うつ病による「公私混同人材」の死蔵である
これ、要するにうまくいっていない日本の製造業のトップが保身にまみれた時代遅れの能無しだって言いたいわけですよね。サラリーマン人生の延長線上で権力争いに勝ち残った人が社長になるというリーダーの経歴の問題でしかない。いったい、これのどこが「組織的うつ病」なのでしょうか。

これでは、単なる「うまくいってない製造業のトップ批判」というだけでしょう。

立証できないことを心の問題と勝手に置き換えて、ある種の根拠の乏しい精神論を耳障り良く並べて賛同を得ようという話にすぎないのではないですか。

「80~90年代の戦略のまま 突っ走ったエレクトロニクス産業」などと書いていますが、確かにそういう駄目なエレクトロニクス産業はありますよ。早くそういうところは潰れるかどこかに買われるほかないと思います。ただ、いまの製造業の知財の状況(部品や知的財産で稼いでいる部分)や、外-外の比率は知ってますか。経済産業省が具体的で効果のある政策を打ち出さずにいるあいだ、競争力の喪失の危機に直面した製造業はとっくの昔に海外に投資し、日本人を現地に送り、現地の人たちと協力し合ってモノ作りをして、そこから第三国へ輸出したり、ロイヤリティを確保するなどして体制を転換してきたのですよ。

戦略ミスをして存亡の淵に追い詰められている製造業が多いことは事実です。ただ、90年代ならともかく、きちんと生き残っている製造業も多数存在し、相応に頑張って海外へ出かけていき国際展開して利益を上げて貿易収支や所得収支として日本に還元していることは理解するべきです。

そんで冒頭に戻るわけですが、本当に申し訳ないんですけれども「しかし、残念なのはこのような独創的な取り組みが有機的に連携し、新しい価値創造につながっていないことだ」とか、とてもとても大きなお世話です。言っちゃなんですが、やって利益が出そうなことはあらかたやった結果が現在だってことは理解して欲しいんですよね。

新しい価値創造にコンテンツ業界が繋がっているのだと本当に理解するのであれば、生活できるギリギリ以下の賃金で働いているクリエイターや、買い叩きに直面したり腎臓壊すぐらいの過剰労働を強いるブラックすぎるアニメ会社ゲーム会社や、創造的な活動であるはずのコミケや同人活動が「著作権者のお目こぼし」というグレーな環境下のままでいることなど、先に対策するべきことは山ほどあるはずです。
というわけで、伊藤慎介さんがやるべき提言は、「良く分からんトップがいる腐った企業がちゃんと淘汰されるようにしろ」って話です。

警鐘は正しく鳴らしましょう。