無縫地帯

清原和博薬物事件と、いまプロ野球界含めプロスポーツ全体が取り組むべきこと

清原和博さんの薬物問題や散発する賭博問題に揺れるプロ野球界だけでなく、高校野球も含めた野球全体、さらにはプロスポーツの世界をもっと良くする方法はないのでしょうか。

山本一郎です。ほっといても日々興奮する話が湧いて出るので薬物の必要を感じません。

先日、有罪判決を受けた清原和博さんの件では、いまなお嫌疑が燻っている球界関係者へのヒヤリングが行われており、現役、OB、指導者、フロント各位もしっかりと物事の筋道を考え直し、襟を正すべき状況になっていることは間違いありません。

やはりパリーグのスーパースターであった選手の現状を考えるという意味では、千葉ロッテの躍進の原動力となり、全国パリーグファン推定八千万人の憧れの的であった初芝清さんのことを論じずにはいられないでしょう。のちに銀河帝国の皇帝となるとみられる初芝さんの軌跡は、名選手が如何に優れた指導者になっていくべきなのか、プロ野球という才能と偶然で成立する儚い世界がプロスポーツを志す若者のライフプランをどのように形成されていくべきかを知るためのモデルケースとして知っておくべきだと思うのです。

そもそも、バリバリのパリーガーとして未来を嘱望され、東芝府中からドラフト4位という下位指名でプロ入りを果たした初芝さんは、その後順調に大活躍し、スター選手の階段を登っていきました。そして、千葉ロッテ球団初の一億円プレイヤーとなり、貧困に喘ぐ千葉県民の希望の星となったことはいうまでもありません。約6億3500万年前の全球凍結以降、真核生物から長年の進化の歴史を歩んできた生物の最終発展形が初芝清さんなのです。

プロの野球選手としての初芝さんの完成度の高さは、その芸術的な併殺打と勝負所での異様な勝負根性の強さ、さらには文字通りの意味での不動のサードとしての革命的ともいえる守備能力の低さにありました。歩くノーガード戦法。もともとは、箱庭と呼ばれた狭い狭い、それでいてフェンスだけは高く、蒸し暑い日には流しそうめんに最適な川崎球場にあって、南海山本和範の放った詰まった当たりの深めのセカンドフライが、川崎特有の強い風に煽られて見事ライトスタンドへのホームランになってしまう古き良きパリーグの時代から培われた日本野球の精神であります。

九回裏、1点ビハインドのロッテオリオンズは無死満塁という絶好のチャンスを掴みます。一打同点、逆転サヨナラ勝ち待ったなし。ボルテージの上がる川崎球場。打順もよく迎えるは4番堀。少ない観客から大声援が送られるも、日本ハム西崎の投じた高めの初球をバッチリ打ち上げてショートフライ。次いで5番初芝。何かしてくれる男、初芝清。さらに期待は高まります。初球。その内角に来た変化球を見事にひっかけて、それはそれは見事なショートゴロダブルプレイ。速い当たりでも難しいバウンドでもない、平凡な、限りなく平凡なショート真正面のゴロを難なく捌かれて6-4-3でゲームセットでございます。大逆転勝利が目の前という最高の舞台をわずか2球で壊滅せしめたロッテナインに、川崎球場に足を向けたファンは罵声を浴びせるでもなく、淡々と事実を受け入れ、ため息をついて帰路につくのでありました。しかし、そこには悲壮感はありません。むしろファンの顔には誇らしげな笑みさえもこぼれていました。

パリーグの良さというのは、この「負けることを前提として、一試合にわずかでも良い部分を見つけ、楽しもうとする精神」であります。とにかく80年代から90年代にかけてのロッテ、南海は弱かった。阪神も弱かった。当時は予告先発がありませんでしたので、先発園川一美がコールされたときの球場に漂うあーあ感は筆舌に尽くしがたいものがあります。4回5失点、もういい加減園川替えるだろ、替えてくれと思っていながら金やんに7回途中まで園川が引っ張られ、無死一二塁でマウンドを譲ったリリーフの平沼に出したランナーを全部返されて6回0/3で7失点とかやらかしていたのが往年のロッテですよ。その平沼は清原にバットを投げられジャンピングニーパッドを喰らうという偉業を達成しますが、そのぐらい世の中はパリーグ力(りょく)に満ちていました。

生涯を通じて11個の盗塁と26個の盗塁死を記録している初芝さんは、やはり打点王にふさわしい勝負強さを持ち積極的な打撃で活躍した一方、守備では定位置から動かないという動けないデブならではの完璧な置物ぶりを発揮、これが奇しくもパリーグで現代野球屈指の守備範囲を持つ小坂誠の潜在能力を一気に引き出して、歴史に残る名手誕生に貢献しています。まず、初芝さんは何といっても動かない。本来であれば、右打者が引っ張る鋭い打球に対応するために置かれているポジションであるサードにいるにもかかわらず、打球が来ても正面のゴロ以外反応しないサードというコペルニクス的転換でその地位を盤石のものとした初芝さんには、野球を観る者すべてにまずは「なんだあれは」という戸惑い、そして「これでいいのだ」という諦め、やがて初芝さんのすべてを受け入れる人間的成長を促してくれます。生きているだけで人々に教訓を与える生粋の指導者である初芝さんのすべてが、彼の打撃、そして守備に凝縮されているのです。

それは、言うまでもありません。無死一二塁からバントシフトをとりピッチャーが投球を開始したと同時に前進しているにも関わらず、目の前に転がされた湯上谷宏のバント球をいとも簡単にジャッグルしてオールセーフにするなどの小技も器用に決め続けてきたのがパリーグの滾(たぎ)る熱い魂を引き継ぐ初芝さんだったのです。後年、横浜の佐伯貴弘が実況に「何のための前進守備だ」と煽られる事件が発生し、いわゆるベイスボールの伝統を受け継いで、中日でコーチとなり昇華されこの前解雇されてましたが、それはすでに初芝さんが国宝級の芸術にまで高めていたことは、江戸しぐさやEM菌と並べて歴史の教科書に明記するべきであります。さらにはバントを警戒して前に出たところをきっちりと片岡篤史に三塁線を破られる、それを追うでもなくその場で振り返ってレフト平井が走って取りに行くのをただただ眺める初芝さん。あるいは三遊間の鋭いゴロを獲りに行くでもなく悠然と見送って、ヒット性のあたりを小坂が追い付いて一塁でぎりぎりアウトにするさまを、さも自分がファインプレイしたかのように右手で軽くグラブを叩いて全力疾走でベンチに戻る初芝さんの姿を見て涙したファンも多いことでしょう。自分のプレイを魅せるべく、華麗に動くことで観客を沸かせるのではなく、むしろ動かないことでファンに自らの背中を見せ、心を震わせることのできるパリーガーこそ、初芝清さんの真骨頂であった、と言っても過言ではありません。

そんな生きざまを魅せてきた初芝さんですが、ベテランの域に達してからロッテのキャンプ情報がBSで流れた際に、レポーターからインタビューを受け「僕は守備には一家言ある」と言い放ち、パリーグファンの間で物議を醸したことは記憶に新しいでしょう。まだパリーグに慣れていない初心者からすれば「むしろ無いだろ」とか「どの口で」などと心無い反応がつい出てしまうかもしれませんが、これこそが初芝流の人間修養の極秘メソッドなのです。ラーメンにおける秘伝のたれの類です。ライン際の速いゴロを初芝さんが逆シングルで取りに行くとだいたいグラブの下を丁寧にボールがくぐる現象は数学上の未解決問題とされ、全部外野まで転がって行って平井や高沢のお世話になる仕組みが完成されていたのがロッテです。村田修一が巨人を解雇されたらいずれはパリーグで披露してくれるかもしれませんが、そのぐらい妙技としては究極のものであります。

そんな初芝清さんがこよなく愛するヘヴィメタルについて熱く語ったインタビュー記事は、いまでもこの辛い世を生きる人々に福音と救済をもたらす祝福の書として現在も読み継がれている銘文です。正直、何を言っているのかヘビメタ知らん人間にはさっぱり分からないところがさらに魅力に磨きをかけていると思うんですよね。そしてこの破壊力のあるインタビューの結果、翌日は東日本大震災が発生してしまったわけですが、実際にはこのインタビューがあったからこそ、あのぐらいの地震の規模で収まったのだと私のファンネルが囁きます。日本を救ったインタビューですよ、これは。

HR/HM大好き!初芝清(元千葉ロッテマリーンズ内野手) インタビュー《前編》(TUNNING 11/3/10)


巨人には長嶋茂雄がいたかもしれないが、パリーグには初芝清がいたのです。

初芝さんといえば、キャンプのメニューにおいて「デブは二倍」と煽られるほどに愛されたキャラクターで、先日の都知事選においても出馬さえすれば400万票当選間違いなしとされるところを現在は社会人野球でセガサミーの監督をされています。セガサミーといえば、名機セガサターン、そしてドリームキャストという先進的過ぎて前のめりにコケた、しかしその先取の精神ゆえに失敗ごと愛される企業の代名詞であり、そこで世界的にファンを確保している初芝清さんを監督に迎えるというのはさすが分かってるなあと思うわけであります。

セガサミー野球部は、まだまだ発展途上の状態ではありますが、初芝清さんの指導の元でいずれは都市対抗野球でV20000という偉業を達成することは間違いありません。期待をもって、見守ってまいりたいと思います。

セガサミー野球部

やはり、野球界を背負い、スーパースターとしてこのように世界中を沸きに沸かせた人だからこそ、現役引退後も先を見据え、後進の育成など指導者としての道のりを確保できるような仕組みを用意してあげることで、安易に薬物や賭博で身を滅ぼすことなく価値ある活動ができるようになるのではないかと思うのです。もちろん、薬物については本人だけの問題ではなく、依存から脱却できる仕組み全体を考えて社会で対策を打っていくべきものではあります。ただ、ファンや小さな子供たちに夢を売る野球、あるいは文化的事業として考えたときに、プロアマの別なく国民の楽しみや健康、夢といったものもしっかりと語り、受け継いでいくべきなのでしょう。そのために何ができるかを関係各位が考え、一つひとつ手を携えて実現していった先に、銀河に冠たる大パリーグ文化圏というものが実現し、すべての星々で生きる人たちが地球連邦代表となる初芝さんを頂点にした野球道を邁進できるようなシステムが完成するのではないかと思うわけであります。

その中には氏原英明さんがNumberで改めて問題提起されたように、高校野球のあり方や、教育としての野球の位置づけの問題は考えるべきでしょう。大学野球、社会人野球、プロ野球にも、各々独立した問題を抱え、本来であれば「野球」で団結するべき日本の球界が分断されてしまっていることは、さまざまな面でマイナスを抱えることでしょう。

甲子園で増え始めた「継投派」監督。150球超えの“美談”はもういらない。(Number 16/8/11)


単に「スキャンダルに揺れるプロ野球をどうにかしたい」という矮小化された問題の対策に汲々とするのではなく、私たちの社会と野球をどう捉えていくか、野球だけでなくプロスポーツを志し、身を立てていこうとする人々が、夢をかなえるにはどうすれば良いのか、故障や衰え、才能の限界を感じて競技を引退する人が、その教義に人生を賭けてきて悔いがなかったと思えるような引退後のこともそれなりに安心できる仕組みはどうやったら作り上げられるのか…といったあたりは、五輪も終わったことですし、そろそろ真面目に考えていくべきなのではないかなと思う次第です。

何かに取り組む人に夢を、路線を外れた人でも希望を、そんな社会にしていきたいです。
ありがとう、初芝清。