無縫地帯

「原発容認派」増田寛也は、東京都民のために働けるか

総務大臣から原子力委員会の大綱策定会議に転出された増田寛也さん、都知事選出馬で先日東京電力ホールディングスの社外取締役を降りられましたが、本人の経歴を考える上で原発関連は知っておくべきかなと思います。

山本一郎です。「日本で使うエネルギー全体を考えると、いきなり原発ゼロはむしろリスクが高いので、代替エネルギーがきちんと稼動するまでは原発や火力をある程度ミックスして、徐々に原発への依存を減らしながら中長期で原発依存ゼロを目指す」派です。

増田寛也さんの問題点をいろいろと感じるので、都民有権者1,210万人にもきちんと知ってもらいたいという一心で、いろいろと記事を書いてきたんですが、告示日になって情勢が明らかになってみるとちょっと劇薬が効きすぎたようです。お騒がせして申し訳ございません。実はまだまだ増田さんネタはあるのですが、まずは過去記事でも掲載しておきます。

増田寛也「ほとばしる無能」を都知事候補に担ぐ石原伸晃&自民都連(訂正とお詫びあり)

増田寛也と「すでに失われた」都税一兆円

増田寛也と「西松建設」

都知事選「超無能」「ネトウヨ」「病人」「レッズ」外れガチャの戦い

■原子力委員会と増田寛也さん

ところで、一昨日7月13日、都知事選に立候補を決めるにあたってタイミングが心配されていましたが、東京電力ホールディングスの社外取締役を増田寛也さんが退任を発表されました。告示ギリギリのところまで引っ張った理由は良く分かりませんが、このあたりの解説はしておかなければならないだろうと思います。

増田寛也氏、東京電力の社外取締役を辞任(朝日新聞 16/7/13)


最初に申し上げておきますが、増田寛也さんは原子力委員会の新大綱策定会議構成員、すなわち法的拘束力の無い会議体の一員として名前を連ね、そこで制度変更の大綱を策定するという法的拘束力のある仕組みを検討するという役職を務めておられました。ここでの議論を見る限り、原子力発電や制度に関する専門的な知見は無いなりに(本人も専門家ではないという他の委員と「同じような立場」と説明している)、必要な議論を取りまとめ、前に進めるための問題点などを説明し合意形成に寄与していることが分かります。

つまり、この手の有識者会議的なお座敷芸については極めて高い技能を有していたのが増田寛也さんです。変に知事や大臣といった暑苦しいところを目指すのではなく、あくまで会議体に呼ばれて必要な知見を出し見解を取りまとめるというところまでにしておけば、おそらくは誰かに「ほとばしる無能」などと公然と叩かれることもなかったのではないかと思います。

で、2010年前後の原子力委員会などでの一連の議論を読み進める限り、増田さんは自治体における信頼感を確認し、住民の納得を得てプロセスを進めるにはどうしたらよいのかという説明をしておられます。もちろん、これはこの議題においてはとても大事なことです。通読してピンと来る方はたくさんいらっしゃると思うのですが、おそらくは、岩手県知事として地元対策や議会対応に苦労された経験を踏まえての発言と見られるものが随所にございます。この意味で、増田寛也さんは「物事を推進していくための議論をする人物」としては才覚を発揮されていることが良く分かります。

しかしながら、これは原子力発電所や高レベル核廃棄物を推し進める前提で、自治体の協力を引き出すために信頼感が必要と語っているにすぎません。すなわち、原子力発電所はこれからもおおいに稼動し、出てくる高レベル廃棄物について地元の協力を得ながら信頼関係を持って行政機関がどのようにアプローチするのかという議論になっているわけです。

当然、そこには行政として原子力発電を進めていくプロセスありき(原発容認派)でのお話ですから、中期的にエネルギー安全保障の観点から原子力の発電におけるシェアをこのぐらいにしていこうとか、そういう議論には一切なりません。立場上、仕方の無いことかもしれませんが、そういう「お座敷に呼ばれて御用人材としてお話を進める」ことに、高い価値を持たれてきたのが増田寛也さんであるということです。

私は「原発推進派、あるいは容認派だから、増田寛也さんは駄目だ」と申し上げるつもりはありません。意見として、日本のエネルギー政策における原子力発電の重要性を高く感じているのだ、ということであれば、それは異論があったとしても意見としては理解することはできますし、じゃあどうすれば良いのか論じることは充分に可能であろうと思います。それは、国民の生活の利便性と、原子力発電という状況によっては極めて危険な状態に陥るリスクとを見比べて考える必要があるので、甲論乙駁する必要はあると考えます。

ところが、2011年3月11日、東日本大震災が発生して、福島第一原子力発電所で事故が起きてしまいます。大変な問題なのですが、この事故を受けて、増田寛也さんは現在の少子化問題などで「地方消滅」「東京消滅」「東京一極集中解消」などのフレーズで注目されるにいたる日本創成会議を立ち上げ、日本の将来について政策提言を始めます。

その記念すべき日本創成会議の第1回提言が、まさに原子力を含む政策に関する問題であります。「エネルギー政策に関する議論は、『脱原子力』と『原子力維持』という二項対立の中で立ち止まっている」とかいきなり書き始めるわけですよね。

日本創成会議 第1回提言「エネルギー創成」

[[image:image01|center|政策議論の中枢にいた人が、事故起きてから「二項対立はクソだ」と煽る提言を披露。]]


ちょっと待って欲しいと思うわけですよ。増田寛也さんは、2010年の段階で、原子力委員会という日本の電源開発やエネルギー政策の根幹を決める会議体で、専門家でないながらも地元住民との信頼性を説き原子力発電や高レベル核廃棄物の取り扱いについて責任ある議論をしていた方じゃないですか。

増田寛也さんが言う「脱原発と維持の二項対立で話が止まってるよね」って、自分自身のことです。しかも、がっちり原子力容認、維持の立場で「どうやって地域住民と信頼感を持って核廃棄物をそこに捨てるか」を議論してきたのが増田さんじゃないでしょうか。

なんか突然脱原発に理解のある風のことを言い出すわけですけれども、東日本大震災があって福島第一原発で事故が起きるまで、シンクタンク顧問として原子力政策の中核にいた男が、いつのまにか別の政策提言集団を作っていきなり中立な感じの物言いを始めるのはさすがに無理があるんじゃないかと思うわけです。

ここで提言された日韓グリッド構想の元案である「グリーンエネルギーグリッド推進機構(GEGO)」なる内容も掲載されています。いま見るとヘソで茶が沸騰する系の話ですが、まあ当時はみんな「原発どうすんだ、火力発電足りるのか?ヤバいかもしれないから節電だ」とか言ってたころですから、そこはまあしょうがないかなとも思うんですが。

事故後に行われた原子力委員会臨時会の議事録で、pdf40枚程度ですが、会議全体の雰囲気や、増田さんのお考えやお人柄に触れるのに最適な議事録で面白いので、ご関心のある方は是非どうぞ。増田さんの出番は13pからです。

第48回原子力委員会臨時会議議事録(2012年11月2日)

[[image:image02|left|人柄としては大変謙虚な増田さん。臭みはないんですがねえ…。]]

■そして東京電力ホールディングス取締役へ

その後、電力関連の話がまったく進まず世間からの関心も薄れると、この日本創成会議は突然少子高齢化対策や社会保障問題についての提言をおっぱじめます。もちろん、この議題はとても重要ですので、それ自体はおおいに議論したらいいじゃないかと思うのですが、一連の記事でも説明しましたとおり、そもそも増田寛也さんは「東京一極集中はけしからん」「東京に納める税金の一部を、歳入不足に喘ぎ疲弊している地方経済に回そう」といい続けてきた人です。東京都民からすると、保育園不足も高齢者向けケア不充足も満員電車も首都高老朽化も我慢せざるを得なくなった大きな理由のひとつが、この累計一兆円を超える「国への都税召し上げ」であり、そのA級戦犯が福田政権総務大臣時代に増田さんが道筋をつけた地方交付税特別枠です。

そんな増田さんは、2013年には原子力損害賠償支援機構の運営委員に就任。さらに、2014年には改組前の東京電力の社外取締役に就任されます。

東電、社外取締役に元総務相の増田氏政財界に人脈 (日本経済新聞 14/3/26)

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岩手県知事として財政再建を進めた経験や政財界の人脈を生かし、東電の経営再建を加速させる。

増田氏は旧建設省官僚から1995年に岩手県知事に転身、3期12年務めた。2013年に東電の筆頭株主で経営改革を主導する原子力損害賠償支援機構の運営委員(株式会社でいえば取締役と執行役員を兼ねたようなもの)に就任。東電の経営に理解が深いことも起用の決め手となった。
そりゃあ政財界の人脈は太いでしょう、なんてったって原子力委員会の大綱策定構成員を務め、原子力損害賠償支援機構という「原発起こして発生した損害を算定し、東電と国でどう損害を按分するか」を決める組織の運営委員に就任しているわけですから。

運営委員会 - 原子力損害賠償・廃炉等支援機構

ただし、増田寛也さんはすでに書いたとおり、意図しなかった、悪意があったわけではないとはいえ、福島原発事故が起きる前の日本の原子力行政では有力な容認派の一人であり、起こした問題に対して責任ある発言を行うべき人物の一人だったわけであります。

今回の一連の都知事選で、少なくとも増田さんは20回記者会見や討論会に出ておられ、メディアでも発言を繰り返し取り上げられているわけですけれども、一度でも、過去の原子力行政に深く関与したことや、事故後に賠償を決める委員になったり、事故を起こした東京電力の取締役にあってこの方面の重責を担うポジションにいたことを説明していましたでしょうか。

増田さんに関して申し上げるならば、このような「お座敷」に必要な肩書きを持った人を並べるという際に、会議芸人として芸を披露することにおいては優れているとしても、政治家として必要な筋の通った政治思想や哲学については、ついぞ垣間見せることが一度もありません。彼の政治思想は何なのでしょう。日本創成会議でも話題になりそうな社会的テーマに学術的なパッケージにくるみ、「地方消滅」などのおどろおどろしいワードで飾り立てて問題を世に問うだけの存在ではないかと思うわけであります。

都政を語る上で重要なものは、私は「次の世代にどういう東京を引き継ぐか」ということであると思います。東京の良さ、守るべきもの、大事にするべき考えや伝統を吟味し、本格的な高齢化を迎えて衰退局面に入る前に都民の自由と尊厳を高らかに打ち立てられる政治家が求められていることは間違いないと思います。それがないからこそ、都政に打って出る前は「東京一極集中反対」といって都市から地方へ金と人を移す政策を提言し、福島第一原発事故が起きるまでは原子力発電所を容認し推進させるための仕組みを議論しているような人なのでしょう。

ただ…私もここまで書いておいてなんですが、いま東京都知事選で選挙戦に臨んでいる有力候補者を横で並べてみたとき…あの、何というか、増田さんがまだまともなのかなー、とかちょっぴり思ったりもします。いやー。どうなんですかね。うまく趣旨替えをしてもらいつつ、東京都政の病理でもある一種の利権政治との決別をしてくれる、戦える実務家(ただし自称)として、まずは増田さんには全力で頑張っていただきたいと願う次第であります。

引き続き、よろしくお願い申し上げます。