無縫地帯

伊藤隼也(医療ジャーナリスト)が自著で「うつ治療」関連のデマを流して騒動に

医療ジャーナリストの伊藤隼也さんが過去に出版した医療本の記述を巡り、ネットでは重ねて間違いが指摘されておりましたが、医療不信をネタにして稼ぐのもどうかと思い、記事にしました。

山本一郎です。特技は火消しです。

ところで、医療ジャーナリストも自称されている、水着アイドル専門カメラマンの伊藤隼也さんという御仁がおられまして、この方が小学館より出版された本にかなり致命的な間違いがあり、しかも訂正しないということで揉め事が広がっております。

伊藤さんの問題を指摘されている内容が結構派手でして、このTogetterまとめでもあるとおり「『自殺者』と『抗うつ剤の売り上げ』がほぼ同じ時期から増え始めていた!」とか「医師の大量処方が覚せい剤中毒死の約25倍の死者を出している」などと、明らかにトンデモなもので、まあ単純にガセネタの類ではないかと思います。

伊藤隼也氏の「うつをなおしたければ医者を疑え!」の誤りを出版社が認めた(Togetter 16/6/6)


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本書第2章「医師の大量処方が覚醒剤中毒死の約25倍の死者を出している」の根拠は、監察医務院福永氏の報告書で「06年~10年の死因不明遺体に対する行政解剖13499件において検出された薬物は覚醒剤136件に対し医薬品等3339件」というもの@itoshunya @uedareiko

https://twitter.com/TetStation/status/622032524043091968
とりわけ、医師が抗うつ剤などの大量処方が理由で自殺者が増え、結果として覚せい剤による死者の25倍に至るというデータは、問題の発端となっている東京都監察医務院の資料を見ても確認できません。また、医師に直接取材した体になっていますが、死者の絶対数の話であって、死因や母数に関しては何の情報も記載されておらず、死亡率での比較であるべき本件ではまったく信頼できる記述になっていません。

平成27年版統計表及び統計図表(東京都監察医務院)

覚せい剤使用者はそもそも抗うつ剤を処方されている患者数よりも少ないと見られ、検挙者のように明るみに出ている人数だけで見ても「死者の数を抗うつ剤処方患者数と比べることが間違っている」というレベルです。

薬物乱用の現状と対策(厚生労働省)


要するに、精神科医らがうつ病患者などに対して処方する抗うつ剤によって自殺する人数が増えた、したがって精神医療は信頼できないという単純な結論ありきでネタを繋ぎ合わせたところ、医療不信を根拠なく導くガセネタになってしまったものと見られます。

実際にこの著書を読むと第3章「子供への向精神薬の処方で脳に薬が蓄積される」第9章「親も教師もありがたがる『発達障害=病気』の烙印」など、読んでいるこちらが脳障害を起こしかねない記述が並んでおり、単なる「みだりな向精神薬の処方はやめましょう」レベルを超えた医療否定が根拠なく並んでいる状態です。

さすがに看過できない記述も多いことから、有志が何名か発行元である小学館に事実関係の確認をしていますが、結論から言うと問題の記述がデマであることを認めたうえで「重版の際に対応する」という回答であり、それって重版にならなければ間違った記述が載ったまま本屋に並んじゃうということなのか心配になります。

昨今、この手の医療従事者の適切で懸命な治療が行われているにも関わらず、ごく一部の問題医師や異常な症例などを手がかりに伊藤隼也さんのような人物が特に統計的な事情も明らかにせず「問題だ」と指摘して医療不信を煽る行為が増えているように思います。もしも、個別の症例で問題医師が間違った処方をしているということであれば、それはその医師や医局、医院の問題であって、その治療全般の有効性を認識して適切に処方している他の数多の医師の診療や処方をけなして良いとはならないはずです。

つまりは、不確かな根拠で医療全体を否定することで、病気に罹って不安に陥っている患者相手に医療不信を煽って飯の種にしているのが伊藤隼也さんのような商法ではないかとも感じられるわけなのですが、どうなのでしょうか。むしろ、彼のような人物が言うべきことは、ヤブ医者がいるのであればこれを特定し、医療全体が問題だというような一般論ではなく個別の医院のどの医師が問題かきちんと指摘することではないかと思うのですが。

なお、伊藤隼也さんの水着アイドル中心のグラビア写真家としての活動のクオリティなどについては、吉田豪さん他の有識者からの評価をお待ちしたいと存じます。

よろしくお願い申し上げます。