果て無きブラック企業対策に明日はあるか?
「正規雇用20万人増目指す」として、自民党がブラック企業公表などを盛り込んだ政策案を発表、波紋を呼んでおります。一連の対策が問題解決への大きな第一歩になるのか、ただ混乱を起こすだけなのか注目です。
山本一郎です。息子をずっと肩車していたら、首が動かなくなってしまいました…。
ところで、政府が正規雇用を増やす対策に向けて本腰になっております。
正規雇用20万人増目指す自民原案、ブラック企業公表(共同通信)
そもそも論として、大学と銘打ってはいるけど希望者全入時代、しかもまともに勉強していない文系大学生が大量に労働市場に出てきている状況で、企業が全部採用するわけがないだろうとは思うのですが…。
ただ、それとは別にブラック企業対策ということで、労働基準法を遵守しない法人に対する対策は、文字通り道半ばと言えます。以前、ブラック企業について、経営者・投資家の視点から『POSSE』に寄稿した際は、随分反響を頂戴しましたが、結局は、業界内のどこか一社がブラック化すると、彼らは同じコストで安く多くのサービスを実現できるようになる、という意味において業界全体がブラックにならざるを得ない、というのが実情だろうと思うわけですね。
【告知】『POSSE vol.18: ブラック企業対策会議』に寄稿しました(やまもといちろうBLOG)
それは、居酒屋、アパレル、ファストフードなどのチェーン店や、営業代行会社、自動車・不動産販売といった、社員を一山いくらで扱うマネジメントでも特徴的に発生する問題です。問題企業の公表において、とりわけ上場企業に対する風評(レピュテーション)を下げる可能性があるという点においては、充分な抑止力となろうかとも思います。
一方で、実際にブラック企業として問題となる会社というのは、そういう見えやすいところにばかりあるわけではありません。地方の製造業や農業法人、あるいは旅館などのサービス業でも数多く採用されている中国人研修生だったり、医療の現場やテレビ制作などで当たり前となっている苛酷な労働環境を解消できない場合もあります。私の経営する会社のいるゲーム産業では、デスマーチ、炎上と言われるキツい業務形態が主に納期・締め切り間際に発生します。
そのような正社員、正規雇用についてどう考えるかというよりは、日本人が産業に携わるにあたってどのような線引きをするのが現状の経済に即しているのかを考える必要があると思います。そもそも、正社員と派遣社員、契約社員その他、雇用される形態によって俸給や保証が違うという合理性は、会社にとっても働く人にとってもあまりないのが実態ではないでしょうか。
また、景気には波があり、業界にも好調不調がありますので、会社経営としては正社員を抱えてイザというときに人件費負担に耐えられないという事態を避けるためにも、なるだけ固定費として正社員を雇用したくないというのが実情です。しわ寄せは常に働く人が負うわけで、企業の側に、この問題の解決を図りたいインセンティブをどう政策的に実現するのかはとても大事な問題です。
そのためにも、労働基準法違反の企業に対しては、被害を受けた社員からの告発は漏れなく受ける制度作りや強い懲罰や会社名公表はどうしても必要です。場合によっては営業停止処分を課すだけでなく、雇用調整のための受け皿の充実とセットで、企業にとって正社員と非正社員の差を法的になくす必要があると思うのです。
もちろん、一足飛びに必要な政策をいきなりすべて打てると言うわけではないのも事実ですから、今回政府が打ち出した政策がいけないという話ではありません。ただ、これを一里塚として、どのような将来像を示すのか、未来の我が国の労働環境というのはどういうものを理想として改善を図っていこうとするのかは、もう少しきちんと見せてもらい、国民の間での議論として盛り上げていくべきだろうと感じます。
それは、広くは高等教育の問題(高校、大学)であったり、少子化と移民、大学を出たときの就職活動でその後の人生がかなりの部分決まってしまいかねない固定的な労働環境といった、隠された障害はたくさんあります。その中で、ブラック企業の興隆というのは、ある意味で低成長かつ不透明な経済の中で企業サイドが出したアンサーでもあるわけですね。このあたりの労働風土の是正はどうしても必要だと思うので、うまく取り組んでいって欲しいと願うところであります。
最後に、やや蛇足気味ですが外国との比較で、若年失業率を見ていただきたいと思います。
若年層の失業率、スペイン55.5%・ギリシャ59.4%…ヨーロッパの失業率をグラフ化してみる(2013年1月分)(garbagenews.com)
実際には、我が国の若年就業率は他国に比べて実は優秀なほうに入ります。この雇用の鍵は、内需におけるサービス業の果たしている役割の部分です。流通、外食など、我が国では内需の七割がサービス業になっており、膨大な雇用の吸収先になっているのもまた事実です。地方経済の建て直しも、産業の成長戦略も、この雇用の流れていく先をうまく設計することで、多くの経済改革の成果をもたらすことが可能なのではないか、とも感じるところなのですが、如何でしょうか。
つまり、ブラック企業というのはそれ単体で存在する問題なのではなく、全世界的な総需要の不足(供給の過剰)が引き起こす大きな全体絵のひとつだ、とも言えるのです。さて、その解決の第一歩がこの自民原案の内容で良いのだろうか、と問い直してみたいところですね。