無縫地帯

ベクトル社が名指しステマ記事にホームラン級にアレな反論をして広告業界大困惑の巻

週刊ダイヤモンドが身を切るような特集「ステマ症候群」を掲載し話題となる一方、特集で名指しされた戦略PR会社のベクトル社が微妙な反論と抗議を行ったため、物議を醸しております。

山本一郎です。以前は「一部のブロガー」とお呼びいただいていましたが、最近では「炎上ブログの主」から「業界に混乱をもたらす一部の有識者」まで、さまざまな呼び名で愛されているようです。まことに恐れ入ります。

表題の件で、週刊ダイヤモンドがステルスマーケティング(ステマ)関連の特集記事を書かれ、その中に、渦中の戦略PR会社ベクトルグループ(以下、ベクトル社)の代表西江肇司さんのインタビューまで顔写真つきで掲載されています。

西江肇司(ベクトル代表取締役社長)インタビューステマと認識しなかった商習慣時代に合わせて適正化する(週刊ダイヤモンド 15/11/2)


また、大手広告代理店経由でどこぞの戦略PR会社がプランニングをしたKDDIという名前の携帯電話会社のステマの実例も出ていて、興味深いわけです。

【ステマ症候群:拡大版】iPhone商戦の陰で広がるステマ記事発注の舞台裏(週刊ダイヤモンド 15/11/2)


代表が出てきて「やー、編集協力費で払ってる記事がステマ扱いになるとは思ってなかったんすよね」とか、結構な調子でこれからはやめますわ話をしている割に、なんか週刊ダイヤモンドに抗議するIRを出しているようで、趣深いものがあります。これが俗に言うサーファー文化なのでありましょうか。

PR会社ベクトル、週刊ダイヤモンドの「ステマ特集」で名指しされ見解発表(CNET 15/11/2)


弊社に関する「週刊ダイヤモンド」の報道について(株式会社ベクトル 15/11/2)


ダイヤモンドの記事とこの反論・抗議を総合するに、だいたい次のような問題点が見えてくると思います。業界の流れについては、私の有料メルマガやnippon.comでかなり細かいところまで記述したのでそちらをお読みいただくとして、本稿では問題の概略と、業界への影響などをまとめてみます。

人間迷路(夜間飛行)

日本のウェブメディア「ステルスマーケティング」事情(nippon.com 15/10/14)




■ ベクトル社は何をしでかしたのか?編集協力費ってなんぞや?

ダイヤモンドの記事では、事実上ステマに協力する媒体に関するリストをベクトル社内から入手し、実際にステマを実施していると見られる記事やクライアントからの裏を取りながら、まずい線を行っているウェブメディアに「お前らのくっさいステマ記事はバレてるのでご意見お聞かせください、よろしくお願い申し上げます」と質問状を送りつけて反応を一覧表にして掲載するというレベルの高い鬼畜の所業を見せ付けてくれました。

ダイヤモンドも編集協力費名目でのステマ事業は現在進行形で実施している会社であるとも目されていただけに、かなりハイアングルな状態から凄い記事が発射されたなあという意味では、ダイヤモンドの経営陣もよく腹を括って書かせたなあと思ったりもします。

ところが、今回ベクトル社はなぜかIRでこの「必要に応じて編集協力費を支払うという商習慣が存在している事は事実」として認めておきながら、その掲載は「編集権を持ったメディア側の判断に委ねられる」と記しています。

実際には、ベクトル社からは本社や子会社アンティルから発信された大量の「ノンクレ記事掲載依頼」が行われていることが流出したメールや受け手となっているウェブメディアから情報提供されており、ベクトル社が全力を挙げてダイヤモンドの仕掛けた落とし穴に落ちていったさまがまざまざと心象風景に湧き立ち、読む者に強い勇気と希望を与えてくれます。

しかも、編集協力費を支払ってノンクレでの記事掲載を依頼しておきながら、その問題記事の掲載をするかしないかは「メディア側の判断に委ねられる」という壮大な逃げを打ったつもりで、ベクトル社に不承不承協力してきたメディア側の神経を毛根レベルから逆撫でするという絶妙な味わいの保身を打っておられます。この問題を調べ始めて3年ほど経過した私ですが、ここまで見事な自己燃焼力を見せ付けてくれる物件はあまりお目にかかったことはありません。

そして、このダイヤモンド本誌を買われた方は、リストに書かれている媒体からの取材返答において「編集協力記事」があること、あったことを明記するウェブメディアは多数あります。要するに「やってましたサーセン」という話だろうと思うわけです。中には「編集権が編集部にあるかないかによって、編集記事と広告記事を明確に分けております」と回答してきたイード社については続報も多々出るとは思いますが、お前らの媒体で掲載されている記事なのに編集権が編集部にないっていうのはどういうことだよという話であります。

つまりは、ステマ記事を編集協力費を支払うという名目で取り回していた戦略PR会社が、うっかり「自分たちには責任はありません」とIRで公に反論した結果が、編集協力費をもらって提灯記事を書き太鼓を叩いて肥え太っていたウェブメディアの上がった梯子を全部外してしまったというわけです。

■ ベクトル社は「他にも泥棒がいるだろ、なぜ俺の盗みだけ捕まえるんだ」論法をしてしまった件

ベクトル社の抗議文は読めば読むほどに心情に訴えかけてくるものがあり、年末のIR文学賞にぜひノミネートして欲しいと思ってしまうほどの名文だと思うのですが、その中に「業界全体の慣習の話にも関わらず弊社一社のみを特定し攻撃している点」がいかんとダイヤモンド誌を論難しております。いや、お前らの会社がステマで高収益率を出し映画まで撮ってたわけで、とりあえず一番目立つ奴が事業の欺瞞性を指摘されて公にされたというだけであって、もしも業界全体の慣習の話だとするのであれば、どこのPR会社が慣習に則ってどのような取引をしていたのかベクトル社が責任もって開示して欲しいと思うわけであります。

単純な話、今後ベクトル社が営業代理店を使ってステマの電話営業をしている話も明るみに出たとすると、営業協力先もろとも炎上する可能性は否定できません。「他にもやっているのに、なぜうちだけ」という話は「じゃあそこまで仰るなら、どこの会社と組んで、どんなステマを商慣行としてやっていたのですか。実例を社名バイネームつきでご掲載ください」という反論をされ、広告業界も広告主も「ベクトル社だけ潰しておいて無かったことにするか」という広告業界における姉歯偽装事件みたいなオチになりかねないので、良くないと感じます。

ただ、ベクトル社が「業界全体の風土である」と言ってくることもあろうかと、広告業界やPR業界とはかなり密接に情報交換を進めてきておりまして、これはこれで興味深い内容になっておりますので、週明けにもいろいろ記事を書いてみたいなあと思っております。

なお、業界団体においては「金銭の授受があれば有償枠として広告明記しなければならない」とガイドラインに明記してあるんですよね。ベクトル社も会員社ですからね、当然遵守するんですよね。まさか、「ステマの定義も定まらず」とか適当なこと言ってないですよね。

一般社団法人インターネット広告推進協議会(JIAA)ネイティブ広告に関するガイドラインを策定

ガイドライン(広告表記・広告主体者の明?、広告審査に関する規定整理)


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[引用]

(10) 広告であることの明示
広告掲載枠に掲載される広告は、一般に、広告が表示されることが明確であるが、媒体社が編集したコンテンツ等と混在したり、並列したり、リストの上位に広告として掲載される場合や、広告を中心とした特集記事や、いわゆるネイティブ広告等において、消費者等が媒体社により編集されたコンテンツと誤認する可能性がある場合や、広告であることがわかりにくい場合には、その広告内や周辺に、広告の目的で表示されているものである旨([広告]、[広告企画]、[PR]、[AD]等)をわかりやすく表示する必要がある。
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要するに、金もらって記事が書かれ掲載されているならば、編集権の所在にかかわらず「関係性の明示」をせよ、すなわち「広告」「PR」などの表記を行えという話です。定義も孫正義もないですね。

ここに、PRと広告の垣根の消滅とか、時代の流れとかいろんな言葉が挟まるわけですが、それは業界がそういっているだけであって、消費者からすればどれも広告(クライアントから金が支払われて作られた記事)です。

■ ベクトル社が派手にやらかしたお陰で、ネット業界全体が迷惑する可能性が高い件

ベクトル社の言い分として、「違法行為ではないとしながらも、弊社が行っている PR活動が生活者を欺く行為であるかのように誇張された表現がされている」と抗議しているわけなんですが、ここは文字通り消費者被害が実際に薄く広く起きる可能性のある領域で、違法でないかどうかは関係がありません。よく誤解されるんですが、法的に問題ないから欺瞞的取引でも大丈夫だというのは消費者行政上は何の救いにもなりません。単に違法行為ではないよというだけの話で、消費者が騙されたと感じて被害実態が認定されれば適法でも賠償請求をされる可能性があるわけであり、米FTCや米FCCに蹴られて死ねと思うわけです。

やはり、一義的には上場会社のCSRとして、欺瞞的行為は望ましくないわけで、法律に違反していないから読者を騙すようなステマも許されるのだという論法は通らないでしょう。それならパブリックオファーするなという話であって、「法に触れなければ何をしても良い」という結論は駄目でしょうということです。

しかしながら、ベクトル社の一連のステマ騒動においては、インターネット広告に対する信頼を根底から覆してしまうという議論が出ていることもあり、今後ステマが景表法の優良誤認のような緩い枠組みではなく「インターネット広告は勧誘なのか」という結構深遠な議論になってしまっています。

奇しくも週刊ダイヤモンドの記事が出た11月2日、内閣府消費者委員会では消費者契約法専門調査会での意見書が公開されました。

第20回 消費者契約法専門調査会
http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/other/meeting5/020/index.html

これが何なのかというと、後日もう少し整理した記事は書きたいと思いますが、いままではネットでの広告については消費者被害があっても個別事案として被害の申し立てがあったとき消費者センターなどで事例が蓄積されて問題だねとなってから対応されるケースが多くありました。

これが、いままさに「広告は勧誘か」、すなわち誇大広告などによる「不実告知」によって消費行動が惹起されたとき、消費者が広告の間違いに気づいて返品することを認めるという大変に重大な路線変更が議論されている最中なのです。私個人は無理筋ですし、民法論議でさんざんやったのにまたここから話すのかよという気もしますが、そういう主張にも一理ある、というかベクトル社みたいなところが「編集協力費だからセーフ」とかいう手前勝手な業界の論法で話を片付けるもんだから当然紛糾するわけです。

もちろん一般論で言うならば、ベクトル社のようなところがステマでやらかしてもたいした問題にはならないのでしょう。しかし、よりによって消費者行政の根幹である消費者契約法の改正論議が進み、そこでネット広告に対する規制をどうしようかと業界と消費者団体が霞ヶ関の両側でわいわい議論している横で、イケイケな感じのヒャッハー企業がモラルの無い媒体を抱き込んで「広告より割安でおたくの商品告知できまっせ」とステマ売りまくって増収増益でヤフーニュースやライブドアニュースにノンクレ記事掲載し放題でやっているとなると、当然のことながら「ネット広告には不実告知が多い勧誘行為だから、消費者被害が救済できるように改正消費者契約法やネット広告新法に盛り込んで規制してください」という議論が出てくるわけであります。

そういうネット広告に対する規制論議が出ているからこそ、業界団体が中心となってガイドラインを設定して遵守を求めたり、関係性明示するような広告主自主規制を策定しようとする動きがあるのです。それもこれも欺瞞的取引をいかに減らし、消費者にとって安心してネットを使ってもらえるような環境づくりをしないといけないですよね、といってる状態ですので、うっかり変なことをやらかすとお前らは現時点で増収増益でも業界全体が困るような規制を敷かれる可能性が高くなるわけであります。

困ったことに、日本の消費者行政上、ネット広告を規制するぞと消費者団体や日弁連あたりが頑張って、まあ頑張ることはそれほど悪い話でもないのですが、日本での消費者被害を救済できるような折り合いがどこかでついたところで、FACEBOOKやGoogle、Appleなどの海外事業者に行政罰は適用しづらい状態であることには変わりありません。検討会や政策勉強会でも重ねて私も指摘したところですが、日本の消費者を守るためにネットや広告など技術の進歩にあわせて適切な規制を敷くのは必要なことです。また、海外先進国と帰省の歩調を合わせることで、シームレスな”情報経済圏”を志向することもできます。消費者団体や日弁連の議論も斟酌することは必要なことであるという点で、規制議論を進めること自体は間違いありません。

ただし、だからといって単に消費者行政を充足させるために消費者契約法改正したところで補足できるのは日本の業者だけで、海外の業者のほうが規制がかからず、かえって日本のネット業界の競争力を日本国内で毀損してしまうという本末転倒な状態になりかねない、というのが実態です。被害者救済のために広告会社やサービス運営会社を訴えようにも「いやー、うちのサーバーはアイルランドなんで」とか言われたらなかなか手出しできないんですよね。それでも頑張って訴えようにも、日本には集団訴訟を自在にできる法的環境ではないので、そうやすやすと大型訴訟を起こせる状態には無いのです。

オンラインショップにせよゲームアプリにせよ、オンライン上のトラブルはたいてい国境を跨ぎます。そこで起きる消費者被害は、金額ベース、件数ベースともに割合として増える傾向にあります。国内でアホ業者が欺瞞的取引やらかしたので、それへの消費者被害を防ぐために規制を強化すると国内業者だけが規制されて、海外から広告打たれまくったりサービスやられたりプラットフォーム業者が無双して国内のネット業界死滅という絵図だけはどうしても避けたいんですよね。そういう大きな状況があるからこそ、いま「グレーだから法的にセーフ」とぐりぐりステマ記事売られると、そのグレーを黒にするための規制が敷かれたついでに周辺も一緒に手足を縛られて国際競争力を失うことになります。そういう状況だけは避けて欲しいと願う次第であります。

この手の上位レイヤーの問題については、個人情報保護法改正の論議で新潟大学の鈴木正朝せんせを中心としたグループでかなり議論しました。高木浩光せんせからも多数ご指摘をいただきましたが、越境データ問題というのは技術的課題に対する理解のむつかしさもさることながら、適切な解決策を模索すること自体に困難性を伴うという厳しい状態であることには変わりありません。

マイナンバー導入でどうなる?ニッポンのセキュリティ、ニッポンの個人情報(Enterprisezine 15/10/9)


なぜ欺瞞的取引がヤバいのかは、半年ほど前にデイリーニュースオンラインで書きました。わが国には、クラスアクションの制度が整っておらず、消費者被害の救済がうまくいかないというのはその通りですが、その分、ステマに限らず虚偽記載の広告が罷り通ってしまう原因のひとつにもなっているわけです。

【米国】「速度無制限」が嘘だとして通信会社に130億円の懲罰的罰金(デイリーニュースオンライン 15/6/23)


一時期はバイラルメディアのクソ記事が量産されて問題になったり、2ちゃんねる発のガセネタが面白おかしく2ちゃんねる系まとめサイトに転載されてそれをネットニュースが拾ってソースロンダリングされて事実であるかのように広まったり、とかく「無料記事の質」に関する議論になりやすい昨今、やはり大枠の議論をしっかりと押さえて、より良いネット環境を作っていくのがネット住民の役目であり責任なのではないでしょうか。

なお、当ヤフーニュース個人は、ヤフージャパンからの広告売り上げの分配金によって成り立っておりますが、ちょいちょい孫正義いじっておりサーセン。