無縫地帯

藤代裕之さんの「ネットのネガティブ評判」対応策への反論

ネットでの風評に頭を悩ませる企業が多いというテーマで、参考として先の参院選東京選挙区で発生した「鈴木寛陣営へのネット上のデマ」に言及していますが、実態からすると無関係ではないでしょうか。

山本一郎です。季節の変わり目だからか、喉が痛いです。

日本経済新聞webで藤代裕之さんが寄せたコラム「ネットのネガティブ評判、企業はどう対処すべきか」が、調査界隈でちょっとした議論になっていたので取り上げたいと思います。お話されている内容は分からないでもなく、藤代さんが提案されたそのような対処法もある、という点では合意するのですが、その前提条件となっている参院選東京選挙区での推移については誤りが多く、間違った論拠で処方箋が導かれているのではないかと考えるからです。

ネットのネガティブ評判、企業はどう対処すべきか (日経新聞 13/10/24)

藤代さんの論ずる本来のテーマである、「ネガティブキャンペーンを仕掛けられたときに、彼我の影響力差を考えよう」というのは、理解できます。ここについては賛同でき、補足するべき必要はありません。

ソーシャルメディア上でネガティブキャンペーンを仕掛けられた場合は、ソーシャルメディア上の発信者の影響力を見極めること、ソーシャルリスニングで反応を把握しておくこと、が必須になる。状況によってはネガティブキャンペーンに対応することが相手を勢いづかせることにつながってしまうこともある。これらを防ぐためには、自らが訴求したいマーケットやユーザーを把握し、その反応を見ておくことが重要になる。ネットのネガティブ評判、企業はどう対処すべきか
しかしながら、その結論に至るまでの東京選挙区の情勢については、上記の大テーマとは何も関係ありません。それは、鈴木寛陣営が東京選挙区5人区において6位となり落選した理由は、このネガティブキャンペーンとは無関係であることが選挙の情勢分析上明らかであるからです。そもそも公示日である13年7月13日時点での情勢調査では、すでに鈴木寛候補は「やや不利」から「不利」、一方の山本太郎候補は4位を争う「優勢」であって、その後、山本太郎陣営は若年層や女性を中心に得票を伸ばしたと見られますが、それは24,000票程度だったのではないかと予測されます。

選挙戦中盤から後半にかけては、有権者の投票態度が固まり始めて各候補の得票予測が伸びていくタイミングであって、別にそこにイベンチュアルな検索結果が知名度やテーマに応じて伸びるのは当たり前です。

藤代さんが参照情報として挙げていた「ヤフーが読み切れなかった東京選挙区の当落」では、次のように論じています。

ヤフーは検索サービスのビッグデータを基に参院選の獲得議席を予測し、9割を的中させたが、外れのひとつが東京だった。ヤフーによると、山本氏は投開票日の4日前から検索数が急増し、全国の各政党名の検索数を超えるほど検索が集中したという。ネットのネガティブ評判、企業はどう対処すべきか
しかし、実際のヤフーの事前調査では、いわゆるネットでの検索件数が確実に下振れする固定票の割り出しに失敗したと見られる共産党・公明党の得票予測数値の低迷が見られます。単純に、共産党や公明党支持者はネットで支援者候補を検索することなく粛々と選挙を戦っていることの証左であり、この数字はヤフーのようなリアルタイムのネット調査ではブラックボックスになります。ヤフーで山本候補が多数検索されたことでヤフーの選挙区予測が外れたのは、そもそも当選圏外であった鈴木寛候補との兼ね合いで語られるべきことではなく、ネット調査で盲点となる組織票の読み(特に共産党)のむつかしさに当てられるべきスポットライトなのです。

ヤフーの獲得議席が東京選挙区で外れたのは山本太郎候補のネット活動と無関係です。
単に、共産党の票読みを外したわけですから。

また、支持者種別について何故か言及がないので補足しますと、政党や支持者の基盤を元に選挙活動をするわけではない山本太郎候補は、支持者種別を判断する場合、タレント候補に位置します。自身の知名度や、政策テーマの設定の絞り込みを行う中で、選挙戦術上与党で政策立案の枢要な位置を占めていた鈴木寛候補に中傷作戦を行うのはある意味で当然であり、一般的な事例としてネットで企業が無数無名の人々の心無いデマによって風評被害に遭う話とは訳が違います。

本件鈴木寛候補が行うべきであった作戦は、むしろ徹底した中傷合戦であり、山本太郎候補を反原発に乗せられた無知な煽動家であるなどとして、注目度を確保することでありました。なぜならば、山本太郎候補に中傷されようがされまいが、民主党公認候補であるというマイナスを背負ってすでに当選圏外であることは鈴木寛陣営も理解していたからです。山本太郎候補の知名度や、ネットでの情報発信力をむしろ活用しなければならなかったのは鈴木寛候補の側であったことは言うまでもありません。
山本候補の側も、いわゆる左翼系活動家をバックにつけての選挙戦を行っていたことも含め、批判するに足る材料は多数揃っていたにもかかわらず、そこを突くことのできなかった戦術ミスは鈴木寛陣営にあったという風にも感じます。

そして、そのようなネットでの喧騒とは別に、東京選挙区で70万票を獲得し3位に入ったのは共産党の吉良佳子候補です。5位争いのボーダーをしている候補者を落選予測するのはありえることですが、10万票以上を読み違えて共産党候補が落選と予測したヤフーの選挙予測には現段階では大きな限界があることの証明に他なりません。蛇足ですが、恐らくは、精度を上げていくには定点観測や地方選挙での結果を集積しながら、電話取材などの情報とあわせて検索結果のデータを補正しつつ当落予測していくしかないのでしょうが、ヤフーがそれをやるかどうか。検索データからの予測は、ある意味でカバレッジしている属性における究極の出口調査なので、いままで行われてきた事前予測のノウハウを組み合わせる必要はあるのでしょう。

このような状況を考えると、批判者や中傷者の舞台に上がらないことの是非というのは、少なくとも参院選での推移は参考にならないと思いますし、企業とネット住民の対立の結果起きる炎上対処の参考として安易に取り上げるべきではなさそうです。逆に、ネットで知名度を上げるには、自分よりも知名度の高い人を徹底的に中傷することだという話になってしまうので、むしろ藤代さんの記事がそういう煽りにならないか心配で昼も寝られません。