無縫地帯

日本人として、東京都民として、東京五輪を開催するにあたって

2020年オリンピック開催地として、東京が選出されました。喜ばしく誇らしい反面、東京が抱えている課題や日本の現状を考えるに、その先のことも見据えなければ、という焦りのようなものも感じる今日この頃です。

山本一郎です。昨夜は4歳の長男が床カーペットに身体から汚染水を流して私が処理しました。

ところで、先のIOCのブエノスアイレス総会で、投票の結果、2020年の開催地が東京に決まりました。これはこれでめでたいことですし、慌しいことです、世界各地からお客様を迎えてイベントをするわけですから。

一人の日本人として、東京で五輪開催ができることは誇りに思いますし、やると決まったからにはイベントを成功させて、息子たちや孫たちに50年後の将来「父ちゃんの時代は五輪やったんだぞ。お前はやんのか?招致すんのか?」と迫れるようにしたいと思っています。

すでに、東京五輪の競技開催地域は決まっています。津波や高潮でも来ようものなら全部流されてしまいそうな気もしますが、頑張って参りたいです。

夢の祭典の舞台をYahoo!地図で見てまわろう!

一連のIOCでの議論においては、メディアからも盛んに質問されたのはやはり福島第一原発の汚染水問題でした。IOC委員に対するヒヤリングにおいては、そこまで東京への投票にはネガティブに作用せず、東京が唯一にして最大の武器としていた「安定感」「安心さ」には傷がつかなかったようですが、それでも誘致活動においては非常に大きなテーマとなりました。

それは、東京五輪の招致委員会において「復興」をひとつの理念、提言に掲げておきながら、英語版でのニュースリリースでは詳細について書かれていませんでした。具体的な取り組みについてはプログラムの中に入っていなかったことが、海外のメディアには不思議に映り、非常に説明不足であって、日本人特有の不都合なことは見ないようにする悪弊が垣間見えたものとも評されていました。
実際のところ、2012年4月の時点ですでに東京五輪招致委員会においては”放射線に対する不安が東京開催には大きなマイナスであること”が色濃いことは分かっていたんですけどね。

政治的なメッセージとして、これらを覆したのは文字通り安倍晋三首相のスピーチでありました。これが投票にどれだけの影響を及ぼしたのかは分かりませんが、少なくとも日本のトップが福島の問題については「問題ない(under control)」とし、「福島にご懸念の方は私から保証をいたします。状況は統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことはありません」といった宣言をしました。言うなれば、東京五輪を開催するにあたって日本人が世界に向けて行ったコミットであるとも言えます。安倍首相のこの発言を、2020年までに「嘘ではなかった」と日本人が努力しなければならない、ということです。

長期的には、一連の2020年東京五輪では、東京都が抱える構造的な問題はほとんど解決せず、財政負担が増えて拡散するだけ、という懸念も強く残ります。警備や電力供給といった基本的な部分はもちろん、現在東京が抱える各インフラや民間建造物も含む耐震化、インフラの設備更新と増強、主要道路の拡幅、建造物の難燃化、空き家対策、過疎化・少子化、教育問題といった問題解決には二次東京五輪はまったく寄与しません。

「東京五輪」決定を1番喜ぶのはだれか

ただ、夢があるだけ。それでも、開催することが決まったからには、責任もってこれを最高の舞台に仕上げる義務が日本人にはあるのでしょう。その夢のような祭の後で、私たちが「ああ、やっぱり東京五輪を開催してよかった」と思えるような、事前の準備はどうしても必要です。そして、後片付けも。

64年の東京五輪は「成長する東京の象徴」になりましたが、2020年の東京五輪が「衰退する東京の墓標」とならないように、損得勘定もしっかり考え持続性と弾力性のあるプロジェクトになるよう期待してやみません。

おそらく、今回の東京五輪の成功条件は「2072年ごろに第三次東京五輪が開催できるか」で決まるんでしょう。私たち東京都民の使命は、次の世代により良い都市東京を引き継ぐことですんで。そのころ私は99歳、長男54歳次男52歳三男50歳ですが。この原稿の読者と「50年前はこんなだったなー」と笑いながら思い返せる五輪になることを、なかば本気で希望します。