二度、武装勢力に捕まった安田純平さんが「パスポート発給拒否は違憲」と国を提訴、という報道に思う
シリアの武装勢力に拘束され開放された安田純平さんが、外務省・法務省に「パスポート発給拒否をされ違憲である」として、国を相手取りパスポート発給を求める裁判を起こしました。
ジャーナリストの安田純平さんが、国を相手取って「パスポートを支給しない」ことに対する訴えを起こしました。
「パスポート発給拒否は違憲」 安田純平さんが国を提訴(NHKニュース 20/1/12)
ネット世論的には毀誉褒貶と言いますか、いままでの日本で報じられた安田純平さんの経緯からして叩かれがちな人物ではありますが、トルコからシリア周辺にしっかりと刺さり込んでいる、実績のある立派なフリージャーナリストです。
今回、イランとアメリカの緊張激化が発生したタイミングで今回の報道があったので、日本は穏便に対処するため、現地の武装勢力に二度も拘束されたジャーナリストにパスポートを発給しない方針を決めたのかと疑いたくなりますが、実際には話は逆で、日本は中央アジアでもその他危険地域でもいまは身代金を払わない、交渉に応じない政府という評判を受けています。
このあたりの温度感はジン・ネットの高世仁さんがまだ安田さんが拘束されている状況での解説をうまく講演し、記事にされています。ぜひご一読いただければと存じます。
「嘘とカネ」思惑が渦巻く安田純平さん拘束の舞台裏 (月刊「創」) (オピニオンサイトiRONNA 高世仁 16/1/15)
ここでねじれが発生するわけですが、今回問題となったイランや紛争地帯ど真ん中になっているシリアについては、2015年にイスラム国で殺害された後藤健二さん、湯川遥菜さんの例を見るまでもなく本当にジャーナリストや医師を含むボランティアが拉致をされ、殺害されることもあります。2010年にはアフガニスタンでジャーナリストの常岡浩介さんが現地勢力に拉致され、また先日も、同じアフガニスタンで医師の中村哲さんが殺害されるという悲しい事件がありました。これらの事件がどのような背景であれ、また、危険で犠牲が出ることはある程度承知のうえで、各国が中東や中央アジア各国と関わりを持つ限り現地とのパイプを持てる人材を雇い、育まなければなりません。
また、今回日本の外務省が安田純平さんへのパスポートの発給を認めなかった理由として、報道によれば「トルコからの入国を禁じられている」ことを挙げているとされています。危険な地域に向かう日本国民に対して、危険であるから事後のことも考えて渡航を禁じたり、パスポートを発給することを見送りたい外務省の気持ちも凄く良く分かります。しかしながら、なぜ外務省が現地に足を向けようという日本国民に対して入国の制限をするのかと言えば、やはり「具体的に問題が起きてしまったときに、日本政府は責任もって日本人の生命を守れるだけの組織を現地に持っていないから」に尽きます。
先日、ジャーナリストの有本香さんが「政府は公表していないが、彼が拘束されている間に日本の治安関係者が現地の危険な地域に入って情報収集活動をした」というツイートを行い、言下に常岡浩介さんから「デマ」と否定される一幕がありました。
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有本香さんが、何を企図してこのようなツイートをしたのかは分かりませんが、外務省職員などが現地入りしてガイドなどを雇い比較的安全な場所から情報収集をすることはあっても、日本の治安関係者が「現地の危険な地域に入って」情報収集を行うなどという話はありません。
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結果として、中東や北アフリカ、中央アジアなど各国で日本人を巻き込んだ騒動が起きると、我が国の政府関係者は概ねにおいて現地駐在大使館と現地政府を通じたアプローチまではできても、具体的な交渉を行える環境になることはまずありません。仮に、そのときの官房長官が「解放に向けて交渉中である。機密を要するため詳細は発表できない」と記者会見で明言していたとしても、実際には拘束した勢力がどこで、どのように接触するかすら把握できていなかったりするのが実情です。もしもそういう情報をすぐにとれる体制にしたいのであれば、現地語が堪能で地域のコミュニティに浸透できる人員を割き、予算をかけなければ対処などできるはずもありませんが、現実に起きていることは現地にあまり詳しくない大使が情報提供を求める日本からの矢のような催促と、そうすぐには動いてくれない現地政府との要人のアポイント取りに右往左往しているというのが現状ではないかと思われます。
そのようなアレルギーになった原因のひとつは、私の身の回りの関係者からの話を総合すればやはり2003年、イラクでの日本人外交官射殺事件の犠牲になってしまった外務省参事官・奥克彦さん、駐イラク三等書記官・井ノ上正盛さん、およびレバノン人ドライバーの悲惨な死です。いまなお射殺した犯人は捕まっておらず、またさまざまな疑惑や懸念も国会質疑で呈されましたが、いずれにせよ、本件事件は在外情報収集の実務・実践において大きな影響を及ぼしてしまっていることは事実でしょう。
第159回国会参議院イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会第7号平成16年4月5日
また、イスラム圏である北アフリカ・アルジェリアにおいて、2013年に発生したアルジェリア人質事件では、日本のプラント企業・日揮やその関係先企業の日本人従業員10人を含む、合計48人の殺害に及んだ大事件に発展しました。これだけの日本人が現地で活躍しているアルジェリアにおいて、日本政府は事件の事実関係についての把握が遅れ、人命救助を優先するという方針は打ち立てたものの、2015年に成立した安保関連法まで自衛隊が在外邦人の安全確保の作戦を実施することができず、結果として情報も乏しければ救出作戦も行えないという状況に陥っていたのは記憶に新しいところです。
ここだけ見ると外務省や警察庁は仕事をしていないように誤解されるのかもしれませんが、警察庁警備局国際テロリズム対策課も含めた対策チームは要員も予算も乏しく、有本香さんの指摘するような「日本の治安関係者が現地の危険な地域に入って情報収集」を日本人の出入りするすべての危険地域で行うということはまずもって不可能と言えます。
翻って、そのようなに日本からの手が及ばない危険な地域に日本人が進出することは当然においてリスクであり、日本政府はそのような地域で活躍するジャーナリストや医師、実業家などを守ることは困難になります。それでも、安田純平さんや、イスラム世界を知り現地で語り合い最新の情報を報じてくれる存在は、本来であれば、非常にありがたいはずです。
「イラン有事のための自衛隊派遣」に反対する人たちは、丸腰で紛争地域を通る日本のタンカーを見捨てるのか(ヤフーニュース個人 山本一郎 20/1/9)
アメリカとイランの緊張下における日本の役割は何か?安倍首相が中東歴訪を回避した意味/ロシアの動き/第三次世界大戦/原油価格(YouTube 20/01/09)
近年、我が国でも安全保障議論の高まりとともに「対外的な情報・諜報機関の設置」を求める声が日に日に大きくなってきているのは事実で、今回もイラン・アメリカ間の緊張激化とともに日本の資源輸入のシーレーンをより堅牢に守ることを目的として現地への海上自衛隊派遣が実施されました。ただ、テロの危険がある危険地域へ出入りする日本人について、安田純平さんの安全を守る目的でパスポートを発給しないというのは若干本末転倒の趣があり、これでは情報機関を作る以前に情報を扱う人物を現地に送り込めなくなる問題のほうが大きいのではないかと懸念せざるを得ません。
もしも、中東地域も含めた在外邦人を守る目的で情報機能を強化しようという政策に舵を切るならば、むしろ現地で先方住民と語らい信頼関係を築けるような日本人を多数養成し、本当の意味で根を下ろす努力をしない限り、在外邦人の安全を守ることはおろか、タイムリーにテロ事件、事故の情報を入手することもなかなかむつかしいことでしょう。同様に、政府関係者からもまた、アルジェリアの事件では何も手を下せずに日本人を含む人命が失われてしまうことや、危険地域で捕らえられた安田純平さんの救出に向けた動きを具体的に取れないことに対する無力感を吐露する話は良く聴きます。
「日本人を危険に遭わせたくないから、現地に活かせなければいいのだとパスポートを支給しない」というのは、何かあったときに対処を求められる当局の反応として理解はとてもできるのですが、我が国の国民には憲法で認められた渡航の自由があります。それを制限するものは、旅券法第13条1項7号として「著しく、かつ、直接に日本国の利益または公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」に対し、外務大臣および法務大臣による協議の上、旅券発給を拒否できるというもののみです。
この場合、安田純平さんが危険な地域に行き、ジャーナリスト活動をした結果、二度の拘束を受けたことをもって、日本の利益や公安を害する行為を行う怖れがあるに足ると言えるのかどうか。また、報道が事実であるならばトルコへの入国制限を理由に他の国や地域への渡航もできなくなるようなパスポート発給拒否が成立するのかどうかは、日本の司法がどう判断するのか良く見ていきたいと思います。