無縫地帯

「TikTok」禁止令などの事例にみる、スマホアプリにも密かに国家の思惑が影を落とす時代

SNSアプリ「ToTok」がサウジアラビアのスパイツールと指摘されたり、アメリカでは海軍が「TikTok」のインストールを禁じるなど、にわかにアプリとスパイと情報戦が盛んになってきました。

国家の思惑でネット上において情報操作が行われているという話は、単なる陰謀論ではなく現実に起きているということが英オックスフォード大学によって報告されておりました。

世論の操作に利用されるSNS、トップはFacebook--オックスフォード大の報告書(CNET Japan 19/9/27)

報告書では、ソーシャルメディアを利用して情報を操作している国が全体として急増していることにも触れており、その数は、2017年の28カ国から現在は70カ国になっている。CNET Japan
この調査報告書自体、内容について事実誤認などを指摘されたり、政治的であるからといってコミュニケーションを阻害することは望ましくないなどの批判もあるようですが、概ねにおいて、自分の価値観や政治的立場を知らないうちに誰かにコントロールされたくないという民主主義の根幹からすると確かに問題がないはずもありません。

もっとも、フェイクニュースを使って少なくない数の国々が情報操作をしているという話自体は今さらあまり驚かないわけですが、こうした状況を逆手にとってフェイクニュースを規制するという建前を掲げて国内の言論統制を強めるような動きが出てきているのはちょっとしたインパクトがあります。

シンガポールの危険な「フェイクニュース防止法」(ニューズウィーク日本版 19/10/2)

シンガポールで国民を「フェイクニュース」から守ることを目的とする新たな法律が10月2日に発効したが、この法律は実際には言論の自由を抑圧し、政府に不当な権限を与えるものだとして、一部から警戒する声が上がっている。ニューズウィーク日本版
ここまでくると、完全に検閲のことであり、ICTを駆使した監視社会が具現化された措置とも言えるので、実に微妙なところです。

さらに物騒な事案としては、ネット上での情報操作や言論統制だけでは不十分ということなのか、ユーザー情報収集を目的としたスパイアプリがスマホ用メッセージングアプリの体裁で国家によって提供されている疑惑も発覚しました。

人気アプリToTok、サウジ政府のスパイツール?App StoreやGoogle Playから削除悪名高いハッキング企業のフロント会社が開発していたとのこと(Engadget日本版 19/12/23)

UAE政府は、WhatsAppやSkypeなどのアプリをブロックしているため、国内ではToTokは人気があったとされています。つまり政府が故意に謹製アプリに誘導していたとも推測されますEngadget日本版
問題の当該アプリは日本ではほぼ認知されていなかった一方で、中東、欧州、アジア、アフリカ、北米市場において数百万ダウンロードされていた実績があり、利用頻度は拡大中であったということで、こうしたことが判明した後に及ぼす影響や余波はそれなりにありそうです。

アプリの挙動解析などからほぼ“クロ”という結果は間違いないようですが、今のところ関係各者や政府機関などからこの件について公式見解が出る可能性はあまりなさそうで、穿った見方をすれば程度の差こそあれどこも同じようなことをやっているのでお互い様という感じなのでしょうか。

人気アプリで国家が情報収集に利用している疑惑があるといえば、中国ByteDanceの「TikTok」があり、これまでにも話題として取り上げてきました。

「TikTok」急成長も、他SNSサービス同様に質の低いユーザー、コンテンツを排除できるのか(ヤフーニュース個人 山本一郎 19/8/30)
TikTokが大変きな臭くなってきている件について(ヤフーニュース個人 山本一郎 19/11/8)

いろいろと問題視されがちなTikTokですが、遂に米海軍において正式に利用禁止となりました。

米海軍、「TikTok」禁止を通達--セキュリティ上の懸念から(CNET Japan 19/12/23)

海軍は17日に軍関係者向けのFacebookページに投稿した通達で、TikTokを削除しないデバイス利用者は、海軍および海兵隊のイントラネット(NMCI)から遮断されると伝えたCNET Japan
アプリをインストールしているだけでネットワークに接続が許されないという厳しい対応ですが、つまりアプリを起動していなくてもスマホにインストールしているだけで何らかの情報漏洩につながるおそれがあるということを示唆しているとも解釈できそうです。

こうした報道があれば、当然ながら米海軍関係者ではない一般ユーザーの間でも不安を覚える人は少なくないでしょうし、結果としてTikTokの利用状況にネガティブな影響を与えることは間違いありません。こうした状況に対して、中国ByteDanceはなかなか面白い事業計画を検討しているようです。

TikTok、グローバル本社を中国国外に設立か「中国」イメージ払拭狙う(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版 19/12/23)

短編動画アプリ「TikTok(ティックトック)」のグローバル本社を中国国外に設立する案を検討している。「中国発」というイメージの払拭(ふっしょく)を目指す取り組みの一環だ。ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
本社の所在地が中国でなくなれば安心して使えると皆が思ってくれるものなのか。個人的には“頭隠して尻隠さず”みたいなかなり雑な対応にしか見えないのですが、もしかしたらTikTokの主要ターゲットユーザー層ならそれで納得する可能性もあったりするのでしょうか。いずれにしてもTikTokの本社が中国の外へ移るだけでは米海軍の対応が変わることはないと思われますが。

TikTokが挙動不審な振る舞いをするアプリであることは、多くの記事が指摘することですが、仮に本社が中国国外に出たからといってアプリの安全性を保証するものではないことぐらい、一定のリテラシーがあれば分かりそうなものです。日本もそろそろTikTokの利用制限も含めた対応を、と言いたいところですが、今度は「制限する議論をするのは構わないが、どんな法律を根拠にTikTokを利用停止にしようとするのですか」という話になります。スパイ対策が必要だと声高に主張するのは良いとしても、それを実施するための合法的な手段が提示されなければその問題は解決できません。また、プラットフォーム事業者に対する規制も公正取引委員会や官邸内の会議でも盛んになってきていますが、そこでの議論を見る限り、プラットフォーム事業者に指定されなければいままで同様野放しのままであるという事実に変わりはありません。GAFAとマイクロソフト、テンセント、アリババといった会社への制限はされても、そことサービスを一緒にやっている事業者に対する制限はかかる気配はありませんし、海外の事業者もいままで通りです。何の対策にもならない気がしますが、政府はいったい何のために議論をしているのでしょう。

これからの時代は先のスパイアプリ疑惑のあるToTokに関連して米FBIがコメントしたように、どのようなアプリについても「潜在的なリスクと脆弱性」を意識して利用する姿勢が必須であり、なかなかに厄介な状況になったと感じます。