NHK『いだてん』大河最低視聴率更新と、世界的な「コンテンツ大競争時代」の蹉跌
NHK大河ドラマ歴代最低視聴率に沈んだ『いだてん』、離れる視聴者は海外動画サービスにも多く流れ、コンテンツ業界は国際的な資本合戦の様相を呈していますが、国内では放送法と民放対応に重きが置かれています。
オリンピックを題材として扱ったNHKの2019年大河ドラマ『いだてん』が大河歴代で最低視聴率だった、とビデオリサーチが発表しました。
NHK大河「いだてん」視聴率、過去最低(時事ドットコム 19/12/16)
15日に放送が終了したNHK大河ドラマ「いだてん」(全47回)の平均視聴率が8.2%(関東地区)と歴代大河ドラマで初めて1桁台に落ち込み、過去最低を記録したことが16日、ビデオリサーチの調べで分かった。これまでで最も低かったのは2012年の「平清盛」と15年の「花燃ゆ」で、ともに12.0%。ビデオリサーチのデータは、インターネットでのユーザー動向を示す各種指標とほぼ近似値のため、(当たり前ですが)実際に最低視聴率であったことは間違いないと思われます。それも、過去の最低が12.0%であったことからすると8.2%というのは実に低い数字で、作品やテーマに対して極めて厳しい評価になったことは気になる部分です。
NHK大河「いだてん」視聴率、過去最低
一方、いだてん放送直後の利用者のネットリアクションを見ると、低迷しているとされる視聴率の割には好意的なキーワードと共に放送内容を絶賛する書き込みが増加。有料情報のためグラフをそのままこの記事で引用するわけにはいきませんので詳細は省きますが、主に55歳以上の男性に高い支持を得ており、もともとの大河ドラマファンの高齢化とオリンピックというテーマで好んで観る層にはストライクであったことが分かります。カテゴリー別で一番高い共感を示す視聴者層は75歳から79歳までの中部地方在住の独身男性でした。
NHKの大河ドラマはただでさえ高齢化が進むテレビ視聴者の中でも、より高齢者向けに、また、世帯を持ち、比較的所得(保有資産)の高い人が好んで観る傾向にあります。また、リアルタイム視聴の割合がいまなお高いコンテンツの一つで、放送を観るし、録画もしているという熱心なファンに長年支えられてきたブランド、商品であることが分かります。
逆に言えば、それ以外の視聴者層の獲得には失敗してきた経緯があるのでしょうが、若年層の視聴者を大河ドラマが確保できたピークが91年「太平記」であり、これはこれで大河ドラマのトレンディ化と批判された経緯もあります。一年を通じて歴史的な大テーマを追い続ける作品のフォーマットに対し、視聴者に暗黙の了解を理解して読み解かせるにはコンテンツ側には相応の間口、視聴者側には視聴リテラシーが必要となるのは当然で、一年をかけて面白く、飛ばし飛ばし観てもまあまあ楽しいという難易度の高いコンテンツ制作を求められ、また、それが可能であるのはNHKの制作能力の高さとそれを実現させられる資金力が背景にあることは言うまでもありません。
ところが、今回の『いだてん』もさることながら、今回起訴されてしまった沢尻エリカ被告の出演キャンセルで撮り直しを強いられた次期大河ドラマ『麒麟がくる』は、今後のNHKの大型コンテンツ開発の方針にも大きな影響を及ぼす可能性があるのではないかと思われます。というのも、ネットリアクションで見る限り、NHKの大河ドラマを途中で視聴中止した(つまらないと感じて視聴を降りてしまった)44歳以下男女は、一週間の動画の視聴時間そのものはほとんど減らしておらず、大河ドラマを観なくなった時間の概ね8割はNetflix、Amazon Prime Videos、U-NEXT(上位順)へと流れていってしまっているからです。つまり、NHKの大河ドラマから話題の海外ドラマやドキュメンタリーに流れてしまっているというよりは、作品に対する期待度、関心度はすでに大河ドラマもネット配信ドラマも大差ないレベルの選択肢になってしまったということに他なりません。
もしもNHKが純粋な民間企業ならば、豊富なコンテンツ制作力を元にさっさとネット進出をすればいいのですが、NHKの場合は変な組織にぶっ壊されるリスクのほかに総務省による監督行政という一枚が加わるため、自由な放送チャネルの開拓が許されていません。
総務省、NHKのネット同時配信案に再検討を要請肥大化に懸念 (産経新聞 19/11/8)
NHK再検討結果、高市総務相なお注文同時配信巡り、「具体的取り組み不十分」(朝日新聞デジタル 19/12/14)
蛇足ながら、一連の問題で総務大臣の高市早苗さんに批判の声も出ていますが、高市さんは単に部下から提示された内容をそのまま喋るような存在ではなく、諸問題への取り組みについて意外に自身の考えをしっかり持ち、高市さんなりに咀嚼して考えて行動される人物のように見えます。不思議な人脈は別として。それゆえ、本件で総務省の方針についてはむしろ前職総務大臣の石田真敏さんの遺した宿題を高市さんがこなしているだけなのではないかと思います。
放送を巡る諸課題に関する検討会(総務省)
で、これら総務省や高市さんの議論は原則として国内放送法に守られた業界秩序を如何に護持するかという制度防衛上の側面もある一方、本件『いだてん』に見られるように実際には大型コンテンツの競合先そのものはもはやネットが主戦場になり、そこで大型コンテンツ同士のたたき合いが発生しています。クールジャパン構想どころではなく、映像コンテンツからスマートフォン向けゲームまで、英語圏や中華圏で大量の資金調達によって制作されたコンテンツが日本に入ってくる中、主に国内資本の広告費を元に日本人向けに日本人を起用して制作する小粒な作品が制作されていく日本の民放だけを守っていて本当に日本の放送文化を守ることはできるのか、という論点は、いま一度考慮しても良いように思います。
民放は民放で引き続きビジネスを継続していくうえで、経営の立ちいかなくなる地方局の再編の問題や、大型化と密着型とで分化していくメディアの在り方も踏まえて、国民にとってどういう放送の在り方が望ましいのか、また、産業として日本のコンテンツがどのような成長のロードマップを考えるべきかという話にしていく必要があるんじゃないでしょうか。
その補助線として、是非知っていただきたいニュースが以下2つでありまして、結局は「どこにいるお客様のために」「どういう品質のコンテンツを提供するべきか」が重要なのであり、それが電波なのか、ネットなのかはもはや関係が無くなりつつあるということだと思うのです。NHKの次期会長に内定した前田晃伸さん、記者会見で「実はインターネットとかパソコン持っていないんですが…」などと口走って大変な衝撃が走ったわけですが、一周回って単純な視聴率に(広告業界以外で)さしたる意味を持たないという深淵な意味にダイレクトに辿り着いたという意味では、さすがはみずほFGのシステム統合で長年散々な目に遭ってきた経験が生きているから本質を見極める心眼が磨かれてきたのだと得心しました。はいだしょうこの絵心同様に、無心であるからこそ極められる高みがそこにはあるのかもしれません。
アニメ産業の市場規模 過去最高更新 「海外展開」初の1兆円超(NHKニュース 19/12/16)
NHK新会長視聴率至上主義に異論「視聴率がどうとか…おかしくなってしまう」(Yahooニュース デイリー 19/12/10)
私自身は『いだてん』を一秒も観ていないのですが、拙宅山本家では息子たちと共に楽しくNHK for Schoolを毎日観て、『さんすう刑事ゼロ』のモロ諸岡さんの名演を楽しんでおりますので、やはりコンテンツは視聴率のようなグロスではなく視聴経験や視聴質で「人がその放送でどれだけ感銘を受け、行動を変えるか」で判断できる世の中になっていってほしいなあと強く願います。