無縫地帯

「Tポイント」事業が出会いビジネスへ転進の驚愕

事業の先行きが微妙なTポイントを運営するCCCが、グループ子会社で顧客データを基にした男女のマッチングサービスを開始するというので、界隈がさざめいています。

経済産業省も強力に後押しするキャッシュレス決済ですが、その影響から逆風をもろに受けた既存事業者の一つがTポイント施策でこれまで大きくなってきたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社でしょう。そのあたりの事情については以前にも記事を書きました。

カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社の「Tポイント事業」がいろいろと正念場のようです(ヤフーニュース個人 山本一郎 19/4/16)

さらに10月1日からの消費税増税に伴い、CCCはポイント付与の基準となる金額を税込価格から税抜価格への変更を余儀なくされたため、ユーザーさんにとっては気分的に面白くないというのは大いにありそうですし結果的にTポイントカードを使う動機が低くなる可能性はありそうです。いまや「データドリブン」を標榜する各企業も、CCCが手がけるTポイントのような汎用的なポイントサービスよりも、独自決済やQRコード決済によりユーザーさんを単独で囲い込む方向へ加速しており、明らかにデータマーケティングで争われる戦場はCCCの一歩先に行った感はあります。大丈夫なのでしょうか。

Tポイント、消費増税でポイント付与率変更(Impress Watch 19/9/2)

CCCとしてはTカードを使ってもらわないことには消費者の購買行動データを取得できなくなるのでこれは好ましくない状況でしょう。ここは何か別のより強い動機でもってTカードをどんどん使ってもらう状況を作り出す必要があるわけでして、中の人達もいろいろと考えた結果なのかどうか、なんと驚くことにこんな施策が発表されました。

Tカードのレンタル情報などでお相手探しCCCが開始(朝日新聞 19/10/16)

Tカードの利用データからAI(人工知能)が相性の合う人を提案し、それをもとに交際相手を探せる――そんなマッチングサービスを、「TSUTAYA(ツタヤ)」のカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が始めた。
(中略)
新サービスの名前は、「D―AI(デアイ)」。朝日新聞
「D-AI」と書いて「デアイ」と読ませるのはいくらなんでも無理があるだろうと突っ込みたいところではありますが、心底気になる名称問題はさておき、このCCCの新サービスの内容にはいろいろと興味深い点が見受けられます。

CCC、Tカードデータ活用のマッチングサービス「D-AI」--“夫婦円満度”をAIでかけあわせ(CNET Japan 19/10/17)

Tカードデータから約300種類の顧客DNAと呼ばれる項目を抽出し、AIを活用した独自のマッチングアルゴリズムを使用することで、パートナー探しをサポートする。
(中略)
約3年前から購買傾向から予想されるライフスタイルと結婚の円満度を分析していて、一定の傾向が見えたので、マッチングサービスとして商品化した
(中略)
数万組の夫婦にアンケートを実施し、夫婦の円満度と顧客DNAを分析し機械学習することで独自の相性度を導き出しているCNET Japan
上記文中に出てくる「顧客DNA」については、3年前のものになりますが以下の記事が詳しいです。

購入履歴から300項目の顧客属性を予測、TカードのCCCが「顧客DNA」を解説(日経xTECH 16/10/20)

Tカードの登録情報とPOS(販売時点情報管理)情報によって構築したデータベースである「顧客DNA」
(中略)
151種類の属性項目(年収、既婚、車のメーカーなど)と、136種類の志向性項目を導き出している。これらの項目の値を波形グラフ化して、プロファイリングデータとして活用している。
(中略)
例えば、28歳の東京在住の女性が、離乳食、おむつ、チャイルドシート、子供向けDVD、などを利用していた場合、かなりの確率で子供がいて、かなりの確率で車を持っていることが分かる。日経xTECH
なるほど、どうやらCCCでは3年前から会員個人のプロファイリングデータを作りあげ、それをどう活用できるかをあれこれいじくりまわした結果、出会いサービスにも使えるということになったようですね。これはこれで素晴らしいことです。円満夫婦の定義が何なのか、購買データからどうやって円満夫婦を割り出すのか、また、円満夫婦を示すデータにそもそも再現性があるのかなど、文字通り円満な夫婦生活を送っている山本家から見てもいまひとつ理解ができません。

しかし、子どものいない家庭がおむつやチャイルドシートを買う行為はしないであろうことはユーザーさんの消費行動を判断するためのクラスタリング以前の大前提であり、マーケティングやる側が成果として「おむつを買っている28歳の女性には子どもがいることが分かりました!!」と記事にしてしまう知能指数についていま一度考えるべきだろうと思います。もちろん、記事は分かりやすいところを切り出したのだろうと好意的に考えることもできますが、大丈夫なのでしょうか。

D-AIの場合、18歳未満と高校生は利用できない決まりになっていますが、つまりは18歳以上になれば高校生以外はTカード登録会員の全員が自動的にこのサービスの対象候補になるという話でもあります。もちろん会員本人がサービスへ登録する意志表示をしなければそこに組み込まれることはないはずですが、もしも「自分が誰かにとって円満夫婦を築けるスコアリングの対象になっている」というのは気になります。

CCCはTカードの国内利用者数が6,000万人超であることを自慢していましたから、この新しい出会いサービスへ登録できる会員候補数も単純に考えれば莫大なものになるわけでして、当然ながら「現在、人気のあるマッチングサービスに3年以内に追いつき」国内最大規模の出会いサービスというポジションを目指すことになるのでしょう。

逆に言えば、結婚対象者となりうるユーザーさんへの情報サービスにおいて、これらのプロファイリングデータの生成と利活用を進めているということは、まさしくスコアリングに他ならないわけで、もしも結婚情報として「この人いいですよ」の対象に合致しないスコアの人が出た場合、まぎれもなくスコアリングで不利な扱いをされない権利に引っかかります。大丈夫なのでしょうか。

どうもCCCは長らくこの手のサービスを悪意なく微妙な手法で展開し続けてきたようで、かなり際どいことを平気で「データベースマーケティング」の一環として行っているかのような発言を新卒採用用のサイトで言っているのが気になります。

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自社のサービスで振られたIDを通して利用規約に合意したユーザーさんの消費行動を見ているのだから適法であるとは言えるのですが、特定のIDの人の消費行動を見ながらトレーサブル(追跡可能な状態)に生活シーンを類推するのはデータベースマーケティングとは対極の概念であると思いますし、容易照合性の議論とかどっか全部吹き飛んでしまっているようにすら見えます。もちろん、特徴的な消費行動ごとにクラスターに分けて分析しているのでしょうが、常識的にはこういうことを新卒採用のサイトで語ってしまうのは微妙な感じがいたします、大丈夫なのでしょうか。

これが単なる健康飲料的なトクホであれば笑い話で済むのですが、低糖ローカロリー食を中心とした[http://dm-rg.net/news/2017/11/018377.html 糖尿病対応コンビニ食を購入しているクラスターにいるユーザーさんはデータさえそろえばID単位でピンポイントで簡単に割り出すことができます。個人に関する情報としてはセンシティブで類推可能な属性も容易照合可能な状態にあることを自分からCCCが書いてしまうのは実に微妙な気がします。

このCCCがグループで持っていると思しき300種類におよぶ顧客DNAが何なのかすべてが分かっているわけではありませんが、おそらくは要するにクラスタリングとスコアリングによる情報加工に過ぎないのだとするならば、よりによって特定個人名指しで円満夫婦を実現可能なスコアリングの対象にするのは大丈夫なのかなと思わずにはいられません。

私もそうですが荒んだ生活が常であった独身時代から、良い伴侶に巡り合って円満夫婦を実現してから夜遊びゼロの品行方正な子持ち妻帯者にクラスチェンジをしました。そんな私からすれば、なぜ人はクラスターを跨いで消費行動が変化するのかという差分を詰めていったほうが、その人単体の顧客DNAでスコアリングするよりもよほど価値のある情報になるのではないかと思います。その辺はかねてCCCはあんまり興味がなさそうなので、いまでも不思議でなりません。まるで、たくさんあるデータから読み取るべきことを自ら放棄して、単なるガベージデータのコレクターになっているような気がして。大丈夫なのでしょうか。