無縫地帯

ドコモ「dカーシェア」で、貸し出した車が無断で売却されるトラブルに見る「シェアサービス」の限界

シェアリングエコノミーが叫ばれて久しいですが、NTTドコモの「dカーシェア」でユーザーから貸し出された自家用車が、借り受けた人物により無断で売却されてしまうという事件が発生し、物議を醸しています。

携帯キャリア大手NTTドコモのカーシェアサービス「dカーシェア」を使い、ユーザーから貸し出された自家用車が、借り受けた人物により無断で勝手に売却されてしまうという事件が勃発しました。ちょっと信じられないレベルで問題のある深刻な事例だと思うのですが、そもそもシェアとは何なのかという仕組みの変遷のところから思いを馳せてしまいます。

パソコン通信時代を経験した人ならよく知っているとは思うのですが、ソフトウェアの流通形態の一つに「シェアウェア」というものがありました。

シェアウェア 【 shareware 】(IT用語辞典 e-Words)

シェアウェアとは、ソフトウェアの配布・利用許諾方式の一つで、取得と初期の使用は無償だが、利用期間や機能に一定の制約があり、これを解除して継続的に使用したい場合に料金の支払いを求めるもの。IT用語辞典 e-Words
遊びはじめは無料でプレイ可能なスマホゲームと似たような感じですが、いまどきのフリーミアムなアプリ・サービスと決定的に異なるのは、パソ通・インターネット黎明期に出回ったシェアウェアの多くは、開発者が人々の善意を信じ、ソフトを使い続けるユーザーであればきっといつかは代価を払ってくれるだろうと牧歌的に考えていた結果、何も回収できないまま消え去っていった事例が少なくないという現実であります。今日のスマホゲームはずっと無料で遊び続けられるほど悠長な仕組みではありませんし、プレイ開始まもなく課金アイテムを要求されるような流れになっているのがほとんどで、昔のシェアウェアとは根本から思想が異なっています。なかなかに世知辛い話でもありますが、世の中の善意のあり方を多くの先例から学んだ結果こうなったということでもあるのでしょうか。

極論の嫌いもありますが、シェアウェアの歴史というのは「善意ありき」であり、そうして事業を設計して継続するのはなかなかにむつかしかったという教えでもあります。

しかしながら、「善意」という感覚に訴えて何かをやろうと呼びかける手法は人々の注目を集め共感を得やすいという側面もあります。そうした「善意ありき」にポジティブに反応してしまう人間のバグみたいなものをバランスよく活用するとちょっとした商売が生まれ、それが上手く転がるといつの間にか化け物のように大きなビジネスにもなり得るというのが、このところ世界中で注目されるシェアリングエコノミー、もしくはギグエコノミーなどと称される経済活動の正体なのではないかと感じなくもありません。

シェアリングエコノミーでは、当然ながらほとんどの人は善意ありきで集まり行動しますから、そこに一人でも確信的に悪意ありきで参入する輩がいれば簡単に仕組みが破綻する可能性も孕んでいるわけですが、まさにそうした事例が大きく報じられておりました。

「dカーシェア」で無断売却トラブル外国車3台が大阪市で被害に捜査で全て発見、現在はオーナーに返還済み(ITmedia 19/10/15)

このdカーシェアというサービスですが、ドコモが同社回線契約ユーザーを対象に自家用車オーナーに参加を呼びかけているものでして、同サービスのウェブサイトにある勧誘コピーが興味深いです。

マイカーをシェアするには?(dカーシェア)

オーナーのいいところ

自分のクルマをdカーシェアを通じて、日本中の人々にシェアすることができます。
維持費を節約することや、シェアを通じたコミュニティが広がる等、クルマの楽しみが広がります。dカーシェア
自家用車を持っているからといって、日本中の人々に自分の車をシェアする義務などないはずですが、シェアすれば何か良いことをしているような気分にさせてくれるという感じでしょうか。つまり何か善意のあることをすれば気持ち良いという人間のバグに働きかけている印象があります。実際には、単なる商行為に過ぎないのですが。

で、そうした善意のつもりでカーシェアした結果が悪意のある何者かによって勝手に売却されるという事態が発生してしまったわけですが、ここで注目したいのはこのdカーシェアの運営側の立場です。

利用規約には上記のほか、「ドコモは車の共同使用契約の当事者にはならない」との旨が記載されている。今回は被害に遭った車が全て持ち主に返還されたが、仮に戻ってこなかった場合でも「(dカーシェアには)車の持ち主に補償を行うスキームはない」という。ITmedia
シェアを前提とするサービスや、マッチングまでしかしない設計のサービスでは、概ねこのような契約形態になっていることが多く、つまりは「仲介・紹介はしたけれども、あとは売り手と買い手が交渉して好きにやって。その代わり、システム利用料や決済手数料は取りますよ」という仕組みになるのが大半で、こういうトラブルが起きるとビジネス側は「私、知りません」となりやすいのが現実です。

仲介する立場にあるドコモは決定的な責任は負わない形で仕組みが作られていたと読めますが、逆に車を提供する側はリスクがかなり高いように見えます。さすがに事件が起きて、さらにこういう指摘が報道されればドコモとしても今後は何らかの改善策を打ってくるものとは期待したいところですが、商用サービス、とくにシェアリングサービスのような事業において、なにやらユーザーの善意に基づいているような謳い文句がある場合には、なにか問題が起きた際に誰が責任を負わされるのかについては事前にしっかりと確認しておくべきでしょう。

参考のためdカーシェアの利用規約を以下にリンクしておきますが、「第44条(当社の責任)」あたりを読むと、これに参加する自家用車オーナーの人はかなり心が広く人々の善意を心の底から信じていないと務まらないといいますか、自分はちょっと参加できそうにないなと感じました。もちろん、ドコモとしても「さすがにそんなことは起きないだろう」と思っていたのではないかと。

利用規約(dカーシェア)

おそらく、このようなビジネスは過渡期なのでしょう。消費者系のトラブルが続いて、問題視されて初めていろんな対策が打たれるという部分はあると思いますが、誰かから借り上げた車を勝手に売っちゃうとか、ちょっと人間不信に陥りそうで怖いです。