無縫地帯

リクルートキャリア「リクナビ就活事件」がプライバシー問題に投げかけたもの

「内定辞退率」を販売していたことで問題になったリクナビを運営するリクルートキャリアに対し当局が立入後に各種勧告・指導がありましたが、企業を叩いて終わるだけではなくプライバシーを再考する必要があります。

個人情報に関しては、憲法学者から企業弁護士にいたるまでずっと議論をしてきたものの、一般の利用者からすると自分たちの情報がどう扱われているのかの問題そのものであるのにどこか遠いもの、むつかしいものであるかのように捉えられてきました。

一般の利用者では、特に「自分に関する情報(プライバシー)は取られてもよい」と考える人たちが一定の割合でいます。ヒヤリングをしてみると「自分の情報は、取られても困るようなことはないから」「悪いことはしていないから」と牧歌的な答えを頂戴することは多くあります。もちろん、きちんと考えた結果、それでも便利になるならばプライバシーを取られてもかまわないと判断するのであれば、それは個人の自由だと思います。しかしながら、今回のリクナビ事件では、リクルートキャリアが非常に示唆に富む事件を起こしていたことが分かりました。自分の情報を出した結果、知らないうちに利活用され、不利な結果の理由になっていたということが起きてしまっていたのです。

すでに多くの報道がありますし、9月9日に情報法制研究所]でもセミナーをやる予定ですが(もう満員になっており申し訳ございません)、事件が露顕してから一か月ほどが経過したいまも問題に関する問い合わせやご取材依頼をいただいている状況です。また、台風に伴う交通機関の運休や混乱の影響で、開催ができない場合については11時までに[https://jilis-tokyo-02.peatix.com/ サイトにて告知する予定です。本件リクナビ問題については、いま一度、利用者の視点に立った議論を成立する必要があると思いますので、整理をしてみました。

総論としては、やはり「リクルートキャリアが問題になったものの、ここだけ叩いて終わる問題ではなさそう」ということで、また、スコアリングは本人同意の観点からかなりデリケートな議論が(少なくとも法改正までは)続くであろうという風に思います。

'''■就活生が知らない間に、就職活動で不利になっていた'''

一般的に、一生に一度しかない高校や大学・大学院卒業時の新卒採用戦線においては、個人が行う就職活動が企業の採用担当や人事部に対して極力公平に行われなければなりません。もちろん、出身大学名や大学などでの成績、活動履歴や入社試験・SPIなどで、最終面接にたどり着く前に企業側から学生に対し今後の活動をお祈りする文面でのお断りメールが着弾することがあります。また、エントリーシートの段階で入社試験や面接に漕ぎ着けられない、いわゆる「足きり」の対象となる学生はたくさんいます。

人気のある企業や業種への就職を夢見ていたのに、早い段階から就職を断られてしまう問題については、多くの場合、企業側が「なぜその学生を面接の対象にすらしなかったのか」という足きりの理由を開示することはありません。また、企業側が採用にあたり、学生や大学当局に対して就職に関する基準を公開することもほとんどないのが実情です。学生からすれば、人生を大きく左右する就職活動において、何がボーダーラインなのか、自分はどうすれば採用される可能性を高められるのか、不採用になったとしてなぜ不採用だったのかは、ほとんどのケースで知らされることのないまま企業からお祈りされる運命にあります。

しかしながら、今回の内定辞退率の問題は、あくまで試験的な運用であったというリクルートキャリアの当初の説明とは実態は異なっていたかもしれません。実際に500万円前後でリクルートから38社の顧客企業がこれらの内定辞退率情報を購入していました。さらに、この内定辞退率の算定対象となる学生は、リクルートキャリアが提供するリクナビを利用していなかった学生の情報も含まれていたのではないかと一部で報じられました。実際にどうであったのかはリクルートから追加の説明はなく、依然として闇の中です。

リクルートキャリアや問題となった顧客各社はこれらの情報が具体的に特定の学生の採用・不採用の判断に影響したという事実はないと説明していましたが、企業活動として、学生による内定辞退率が採用を担当する人事部などの組織において目標採用数を下回って追加採用をしなければならなかったり、採用が計画通り進まなかったことで採用担当の「失点」となるケースは容易に想像できることもあり、本当にこれらの情報が使われなかったと言い切れるのかは微妙なところがあります。

同意得ても法律違反厚労省のリクナビ行政指導(産経新聞 19/9/6)

問題は、これらの個人に関する情報がどのように収集され、いかに分析されたかであり、また、それをその個人が使うことを認めていたのかです。報じられている内容によれば、リクルートキャリアが運営する就職サイト「リクナビ」では、その学生個人のサイト利用履歴を記録するクッキー(Cookie Sync)を活用し、企業が内定を出した就職内定者がさらにリクナビやほかの就活サイトを使い他企業の採用ページにアクセスしていたかどうかを一定の粒度で確認できた場合に、その学生のサイトアクセス履歴から5段階で内定辞退の可能性をスコアリングし、企業に販売していたことになります。

[独自記事]リクナビが提携サイトの閲覧履歴も取得していた事実が判明(日経 xTECH/日経コンピュータ 大豆生田崇志 19/8/6)

さらに「採用活動補助のための利用企業等への情報提供」のために利用する一方、採用の選考に利用されることはないと説明していた。ただ、提携サイトには同社と資本関係のない企業のサイトもある。この提携先サイトはクッキーの用途について「プライバシーの保護、利便性の向上、広告の配信、及び統計データの取得のため」との説明にとどまり、「個人情報は一切含まない」としている。
[独自記事]リクナビが提携サイトの閲覧履歴も取得していた事実が判明
実のところ、リクルートキャリア「リクナビ」の競合にあたる「マイナビ」も、2016年から学生の内定辞退率を予測するサービス「PRaiO(プライオ)」を販売しています。こちらは過去のエントリーシートを大量にAIに喰わせて内定辞退率などの結果をはじき出し、そのスコアを企業に販売しているという点でリクナビの仕組みとは異なりますが、過去であれ現在であれ学生がマイナビに登録したデータを目的外で利用している可能性があるなどの点で非常に微妙なサービスになっています。

今回、厚生労働省がリクルートキャリアに対して行った処分は職業安定法51条2項とそれに関する業界団体(全国求人情報協会)に対する厚生労働省からの2019年9月6日付「募集情報等提供事業等の適正な運営について」から内容を導き出すことができます。

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職業安定法

第五十一条職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(以下この条において「職業紹介事業者等」という。)並びにこれらの代理人、使用人その他の従業者は、正当な理由なく、その業務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしてはならない。職業紹介事業者等及びこれらの代理人、使用人その他の従業者でなくなつた後においても、同様とする。
○2職業紹介事業者等及びこれらの代理人、使用人その他の従業者は、前項の秘密のほか、その業務に関して知り得た個人情報その他厚生労働省令で定める者に関する情報を、'''みだりに'''他人に知らせてはならない。職業紹介事業者等及びこれらの代理人、使用人その他の従業者でなくなつた後においても、同様とする。
ここで問題になるのは「業務に関して知り得た個人情報を、'''『みだりに』'''他人に知らせてはならない」という非常にデリケートな部分に、業界団体への発令で「本人の同意を取得する場合には、その判断が形式的なものにならないよう、収集される個人情報の内容および取り扱いの目的について、本人が的確に判断できるよう具体的に示すこと」とあります。もうこの時点で、今回のリクナビDMPフォローによる内定辞退率の問題は、リクルートキャリア単体の問題ではなく人事情報を取り扱う事業者全体の問題へと波及する前にしっかり整理しておかないとならないことが明確になります。

つまりは、仮に厚生労働省が労働安定局の政策方針として「個人情報の取得は、必ず本人に理解でき的確に判断できるよう具体的に書かないとダメですよ」と明言しています。当たり前ですね。リクルートキャリアは内定辞退率をはじき出すために登録者のエントリーシートなどを入力させたものの、実際には利用目的外であるCookieなどサイト訪問先のデータを突合させ、内定辞退をする可能性の高い学生を割り出して企業側に販売していたかもしれない、という嫌疑がかかりました。

しかしながら、厚生労働省がこのような指導を行って、仮に学生がリクルートキャリアからの利用規約に不満があり「リクナビ」を使わないという判断をするとしても、競合の会社が、類似のサービスを行い許諾された利用目的以外の目的で個人情報を使っていたとなればどうなるでしょう。残念ながら、不利を承知で一切そのようなサービスを使わないか、嫌でも使わざるを得ないか、何も考えずに承認ボタンを押すぐらいしか、方法はありません。こちらは競争政策を担う公正取引委員会のマターになってしまいます。利用目的通り個人情報を扱ってもらえるかは厚生労働省や個人情報保護委員会の判断ですが、類似のサービスを展開している大手が数社もないという状況は競争政策の問題なのです。就職情報を業として行う会社の寡占という競争政策上の問題と、個人情報の目的外利用による実質的な差別の問題とが並行して起きてしまうことになります。さらには、個人情報保護委員会の見解も加わると、学生ら利用者からすれば「知らないところで就職活動が不利になったり、差別を受けてしまうかもしれない」という問題があった際に、どのようにすれば学生が安心してこれらのサービスを使えるようになるのか分からなくなってしまいます。

本来であれば、データの利活用を恐れずにイノベーションを実現していこうというHR(人事)テクノロジーや人工知能(AI)であったはずが、実際には情報を集約している企業が勝手に「この人は内定辞退する可能性が高いから」と個人をラベリングした情報が流通してしまうということになります。この場合、その人はイノベーションの犠牲者です。確かに、人材会社がエントリーシートを大量に人工知能に喰わせてしまえば内定辞退した結果や早々に会社を辞めてしまった問題児の割り出しには使えるのかもしれません。ところが、まだ内定辞退したわけでもない学生に「この学生はn%の確率で内定辞退しそうだから」という理由で採用を見送ってお祈りメールを送る可能性がある、というのは結構な問題です。

厚生労働省が言うように、人材会社が目的に沿った個人情報の利用を利用者に承認してもらう際に「や、あなたのデータは過去の学生と照らし合わせて、あなたが一度は求職して内定をもらった会社を内定辞退する確率をはじき出して、先方にそのスコアを提示するので承認してほしいんですよ」と正直に相談されたらどうなるでしょう。その率次第で、ひょっとしたらもらえるはずであった内定も出された内定辞退率のおかげで出ないかもしれないし、また、そもそも私の書いたエントリーシートなどでどうやって内定辞退率を判定しているのですかと人材会社に仕組みを開示してもらいたいという気持ちを持つかもしれません。「そういう問題も含めて、世の中の不条理なのだ。仕方ないのだ」と割り切るしか就職する方法はないのだとするならば、あまりにも企業側が有利で、その企業側が強くなるために過去に何十万人、何百万人と採用に関するデータを蓄積してきた人材会社こそが、学生など利用者に不利を強い、差別を助長しているのだと言えなくもありません。

人生一回しかない新卒採用の機会を最良のものにしたい学生の前に、過去数十年の採用情報を蓄積してきた人材会社が学生など求職者の個人情報を目的外利用するとなれば、情報の不均衡というレベルではない倫理上の問題が立ちはだかります。その学生たちが「私には知られて困る情報はない」とゼロプライバシーのような丸裸で就職戦線に挑むことで、どれだけ知らない不利を受ける可能性があるかよく考えたほうが良いと思います。

'''■就活生にたくさん就職活動させ、企業にたくさん断らせてお祈りメールを出させるマッチポンプの問題'''

翻って、就職戦線に関する問題として、新卒一括採用の弊害はかねて問題になり、また、就業経験を持たせるためのインターンシップが広がったことで、かえって就職のために割く時間や労力が膨大になることで本来は教育機関である高校、大学・大学院の学問に費やす時間が圧迫されているという問題があります。

HRテクノロジーはそういう就業支援・リクルーティングに関する工数を減らすための技術革新の総称であったはずが、企業の人気度に応じてより多くの求職者が大量のエントリーシートを送ってくる状態となり、今回このサービスの顧客であると名指しされた大手自動車会社では大量の求職者が発生することで職種別採用によっては2万倍近い倍率の超難関になっているとされます。

しかしながら、これらの人事採用は特に新卒一括採用が不合理な状況にあり、とりわけ人口減少下の日本において優秀な人材の奪い合いの反面、人気職種に求職者が殺到する、殺到させることで人材会社の市場が形成されてきたという悪弊もまたあります。つまり、トップの大学・大学院からの就職希望から下の方まで、とにかくたくさんのエントリーを行うことが是とされ、またパソコン・スマートフォン全盛の時代となって一度に多数の企業の募集に応募できる状況になった結果、企業にはピンからキリまでの求職者たちによる大量のエントリーシートが集まることになりました。

一方、これらの人材会社は募集を行う企業に対して、あまりにも多くのエントリーシートが来ているのであれば使えなさそうな経歴の求職者のエントリーシートは足きりをしましょうと、今度は足きりのためのツールを販売することになります。学生には一枚でも多くのエントリーシートを企業に送って自分をアピールしましょうと煽り、大量の求職者を捌くのに苦労している企業にはこれらの学生を門前払いする仕組みを販売するというマッチポンプが平然と行われ続けてきているのがいまの日本の就職戦線であると言えます。

そもそも、今回の「内定辞退率」というのは同じ時期に一斉に多くの業種が採用を開始する新卒一括採用により、学生の側が「この時期なら内定を複数取らなくては」と複数の企業の採用過程に奔走せざるを得なくなるという状況に追い込まれた結果によるもので、まずは内定を取ったとしてもそこはキープしておいてより良い企業の採用面接に臨むために走り回るという求職者にとっては合理的な行動の結果でもあります。そのような内定辞退率が分かるならカネを出してでも手に入れたいと企業側が望むのも、先に述べたような人事部・採用担当側の採用計画を確保人員が下回ってはならないというプレッシャーを持つからに他なりません。

また、今回は学生を中心とする求職者による就職活動において、内定辞退率というセンシティブなデータが目的外利用で盛大に売られていたことが問題になりましたが、HRテクノロジーという観点で言えば、実際には中途採用や再就職支援、ヘッドハントのような事案のほうが、より多くの問題を孕んでいる可能性はあります。それも、より置き換えの利く若手や現場採用より、企業幹部や外資系企業の採用などで、人材会社から不思議なスコアリングのされた人材採用情報がやってくることは広く知られているところです。転職情報サイトや人材サービス会社の中でも、ヘッドハントや登録型のビジネスを営むところほど、個人に関する情報が突合しやすく適正に使われているのか悩ましいケースがあります。

必要なことは、個人情報は本人が思っている以上に価値のあるもので、仮に「何を知られたところで、やましいことはない」と本人が思っていたとしても、第三者はそれを見て本人の知らないところで「スコアリングしてみたけど、この人は要らない」と冷徹に突き放している可能性を知ることです。データの利活用を進めていくうえで、社会的な信頼感を確保しながら、政策や企業の恣意的な運用にならないような一定の厳格なガイドラインを作らなければ怖くて個人情報なんて触れないだろうという警戒感を引き起こします。