無縫地帯

人工知能(AI)の流行で改めて感じる「それはAIでやるべきなのか」という感覚の大切さ

人工知能(AI)を使った画期的な研究が発表されて興味津々である一方、それって本当にAI何ですかと言いたくなるようなプロダクトやサービスも次々と発表されているあたりは思案のしどころです。

人工知能(AI)を活用することで、これまでは人間がやって出来なくはないけれど面倒でどちらかというと手を付けたくなかったみたいな作業を効率良く処理できるという事例が増えてきました。

AIで日本史研究者やマニアが狂喜乱舞する「くずし字」の翻訳ツールが開発(PC Watch 19/7/11)

何とも、実に興味深い。これは非常に素晴らしい取り組みですね。「くずし字で書かれた数百万の古文書や古書が現存するが、それらは人口の0.01%以下の人しか読むことができない」という問題をAIを活用することで飛躍的に解消できる可能性が出てきたということでして、是非ともさらなる精度の向上を図って数々の古文書の現代語化を進めていただきたいと思います。

このようにAIの力を使って古い情報を今の時代に相応しい形に再生するという試みは文字だけではなく絵についても似たような取り組みが行われています。

国立西洋美術館開館60周年記念事業クロード・モネ 《睡蓮、柳の反映》デジタル推定復元プロジェクト(国立美術館クラウドファンディング)

国立美術館が凸版印刷と共同でクラウドファンディングの体裁をとりつつ損傷した絵画をデジタル技術やAI技術などを駆使して復元しようということで、まさに今風のプロジェクトだったわけですが、無事に絵は復元され公開に至っています。

上半分が欠けた「モネの睡蓮」を復元、AIで色合い推定国立西洋美術館が公開(ITmedia 19/6/10)

まさにAIを筆頭に最新テクノロジーの粋を集めての勝利、めでたしめでたしという趣の物語になっていますが、実はこのプロジェクトの裏側は決してAIが重要な役割をつとめたということではなく、どうやら経験を積んだ専門家による人力作業に頼るところが大きかったようです。

絵画復元でのAI技術による「客観性」について~NHK『モネ睡蓮よみがえる“奇跡の一枚”』を観て(蠅の女王 19/6/18)

結局、AI(とやら)が果たしたのは、色味特定のため数百万回に及ぶ機械学習をしただけじゃないか。後はほぼ人力じゃないか。蠅の女王
上記ブログ記事は美術家として筆者が感じた数々の問題点をかなり辛辣な形で指摘されていますが、確かにこの感じからすると、単に国立美術館と凸版印刷が「AI」という神輿を担ぎ出して何かしてみたかっただけという印象を拭えません。クラウドファンディングにしても当初の目標金額が300万円、実際に集まった支援総額も360万円強ということですが、この金額でプロジェクト実行に要した費用のいくらほどを賄えたのかはよくわかりません。おそらくはPR活動としてのクラウドファンディングという要素の方が大きかったのではないでしょうか。AIを使うというのも単なる客寄せ以上の意味はなかったかもしれず、あくまでも個人的な推測でしかありませんが、もしかしたらこのプロジェクトはAIを起用しないほうが予算も時間も節約できた可能性さえ感じさせるものがあります。

先に紹介した古文書の現代語化と、後から取り上げた破損した絵画の修復では、AIの果たす成果にあまりにも差が生じています。これはつまり、何がAIで出来るのかを正しく理解し上手に機能させることができなければ、どんなに立派なAIを使っても結局は豚に真珠、猫に小判という体たらくになってしまうという当たり前のことでありまして、改めて使う側に適材適所みたいな感覚が無いと厳しいなと思い知らされるものがあります。

みなさんがアレクサに喋ると、裏方で人力解析されています。(すまほん!! 19/4/11)

「人工知能搭載のスマートスピーカー」とAIであることを前面に出して喧伝していたAmazonの「Alexa」も、結局いろんな人がいろんな声のかけ方をし、内容をAIで聴き取れないことも多かった事情から、スマートスピーカーで話された内容を改めてスタッフが聞いて内容を判断し結果を補正するという途方もない作業をしていたことが明らかになったのもまた悩ましいところです。

もちろん、最初からすべてが完璧であれというわけではないのです。ただし、物事には程度問題があり、機械が聞いて判断しているから安心して家の中の雑談をスマートスピーカーに垂れ流していたものが、実はスタッフが何を喋っているのか読み解こうとスタンバっていたというのは笑いではなかなか済ませられないことなのかなあとも思います。壁画の修復は最後にはちゃんとしたプロが最後までやったという話ですが、言葉遣いの読み取りやスラングの意味するところまで解釈するというのは、文字通り江戸時代のくずし文字を読み解く作業にも似た「人間が表現することによる揺れ」の世界の話ですから、これはもう「AIではなかった」となるだけ正直に言うほかないと思うんですよね。

まあ、ちょうど今世間でなにかと話題になっているこちらの話もAIとは違いますが根っ子は同じような気配を感じます。

天動説設計から地動説設計へ:7payアプリのパスワードリマインダはなぜ壊れていたのか(序章)(高木浩光@自宅の日記 19/7/8)
バカ売れ「AI投信」に退職金2000万円をぶち込んだ男性の末路(マネー現代 福田猛
18/8/21)

人工知能がバズワードになって久しいわけですけど、いずれにせよ「それは本当に人工知能なのか」と「それに人工知能を使うことが適切な事柄なのか」という技術とテーマ両面から見抜かなければならない時代になったのは間違いないと思います。