無縫地帯

ネット社会の抱える正義を間違いや誤爆から如何に正しく軌道修正するかという難題

NHKが、夢を持ってベトナムからやってきた技能実習生をこき使う悪質業者に関する番組を報じたところ、ネットで間違った事業者が槍玉に挙げられ炎上するという事態がありましたが、軌道修正は可能なのでしょうか。

日本国内で働く外国人技能実習生の苛酷な労働実態をNHKがドキュメンタリー番組として放送しました。

身の回りでも良く見かけるようになった外国から日本にきて働く若い人たちが、どういう想いで働いているのかは私もずっと気にしています。せっかく日本にきて良い人生を歩もうと思ったら、外国人を低く見る日本人に安い労働力だという以上の観点を持ってもらえずに苛烈な労働環境での勤労に強いられる話はよく耳にするわけです。

ノーナレ「画面の向こうから―」(NHK)

非常に衝撃的な内容であったため、この番組の放送直後からSNS上などで多くの人が話題として取り上げ、まとめサイトなどでもこうしたSNS上の発言が転載されることでさらに細切れの情報が拡散される結果となりました。もちろん、同じ日本人として、弱い立場にある外国人労働者に同情し心を寄せる人たちが圧倒的であり、ネットで語られる正義としては「せっかく来た外国人をこき使う悪しき日本人」という文脈で問題となった事業者を叩きに行くのはありがちなことです。

番組中では外国人労働者を巡る問題のあった事業者について具体名を含めてその詳細が明らかにされることはありませんでした。ところが、この番組を観て義憤に駆られた一部の人達が映像に映り込んでいた建物などから問題の事業者を推定し、正確な事実を確認するなどしないままにネット上において特定企業を非難する活動を展開し、この結果、この問題と関係のない企業がネットで中傷にさらされる事態となってしまいました。いわゆる正義の「誤爆」は起きがちで、その間違いが大変な風評被害を生むこともあります。

ベトナム人技能実習生画面の向こうから―(NHK)

(おことわり)6月24日放送の「ノーナレ 画面の向こうから」で、外国人技能実習生の状況について取り上げました。放送後、この番組で実習生が働いている会社として、特定の企業(森清タオル・オルネット)を中傷する内容がインターネットに書き込まれていますが、その企業は、当番組で取り上げた会社ではありません。
おそらくNHKとしては、現行の「外国人技能実習制度」という制度そのものの運用が適切に行われているのかを広く議論するためのきっかけとして、今回のドキュメンタリー番組を制作し放送したであろうと想像するわけですが、なぜかこのベトナム人技能実習生を不当に扱った事業者を叩くことに意義を見出した人がそれなりにたくさんいたようです。「悪いことをした奴はけしからんからこらしめてやれ、これは正義の鉄槌だから誹謗中傷するぐらいは問題ない」とする感覚の人はそれなりに世の中にいるでしょうし、そうした行為に興じることで自分は良いことをしたのだから素晴らしいみたいな心理状態も想像しやすいです。事実関係の確認もないのにネットで見たことで一度思い込むと、群集心理の果てに無責任な行動もとれるようになってしまうわけでして、こうした物理的あるいは精神的な攻撃がまったく罪の無い人に向けて集中してしまう状況は、攻撃される側になって想像すると非常に恐ろしいものがあります。

で、さらになかなか怖いなと感じるのが、こうした状況を正そうとして情報を流したNHKのツイートにぶらさがるクソリプの数々です。

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あまり気持ちの良いものではありませんのでクソリプを見ることはまったくおすすめしませんが、クソリプの多くが言わんとしていることは今回の風評被害が起きてしまったそもそもの原因はNHKのドキュメンタリー番組のせいなのだからNHKが悪いということでして、さらには問題を起こした事業者名を明らかにしないのが悪いのだからその名を公表しろという無理な要求の数々であります。もはや外国人技能実習制度にまつわる問題など一切関係なくなり、とにかく正義の鉄槌をくだしたくてしかたがない人々が雲霞のごとく集まってきてリンチできる相手を求めて大騒ぎしているといった趣があります。

もちろん、これらの問題については放送終了後一週間もすると何事もなかったかのように静かになるのが特徴ですが、それでも一部の粘着質な人たちはいまでも「誤解をさせたNHKが悪い」と書き続けていて、立場上静観せざるを得ないNHKも毎回お疲れさまだなと思うぐらいに定番の流れになってしまいました。

いわゆるネット炎上の典型的なパターンの一つではありますが、自分は正しいのだから悪い奴らは徹底的に攻撃して問題ないしそれが社会のためになるという考えの人々の為せる技なのでしょう。もちろん、このような社会悪をテレビなどメディアが報じて、その詳細をネットが暴くことで問題となる人物や企業が炙り出されて制裁が加えられて改善することもあれば、逆にネットで騒ぎになっていることをメディアが拾って検証し、放送することで行政が動くということもあり得ます。

例えば、ネットでも昨年騒ぎになっていた「花粉を水に変えるマスク」なる商品について、花粉を構成する物質の核種が変わり変容することを意味する本件製品については明らかに科学的におかしいこともあり、私も検証し、関係先にも問い合わせをして、記事にしました。その後、一昨日になって消費者庁も本件については問題であるとして販売業者に対して措置命令を下しています。

花粉を水に変えるマスク→根拠なし消費者庁が措置命令(朝日新聞デジタル19/7/4)

問題が指摘された「花粉を水に変えるマスク」の経緯と顛末(追記あり)(ヤフーニュース個人山本一郎18/4/4)

これらネットでの情報とメディアでの報道、行政機関の対応などは、現在では普通に起き得ることであり、事実に基づいてネットとメディアが連携すれば、きちんとした正しい行動が促されることは言うまでもありません。

一方、残念な事例としてはしばらく前に頻発した弁護士懲戒請求がこれにあたるわけですが、ついでなのでこれもNHKの取材記事を紹介しておきます。やや長文ですが事の経緯と分析がわかりやすくまとめられています。

なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求(NHK)

ネットを通じ弁護士に大量の懲戒請求を行った市民が、弁護士に訴えられるという異例の裁判が各地で行われている。きっかけは、弁護士会が出した朝鮮学校への補助金交付をめぐる声明に対し、あるブログが、弁護士資格のはく奪などを求める懲戒請求を行うことを読者に呼びかけ、およそ1000人が応じたことだった。市民がなぜ、大量の懲戒請求書を送ることになったのか、匿名性の高いネットのなかで起きていた実態に迫る。NHK
これらの状況からすれば、いわゆる「ネット炎上」も正しさを追求したいネット民の行動の結果であり、それが正しく情報が認識され問題行為を行う個人や企業、組織にヒットすればメディアや行政も動く事態に発展し公益性のある活動に繋がる一方、具体的な事実関係の検証なしに行われるネット上の行為が「誤爆」した場合、無関係に燃え上がってしまうことも意味します。

どちらにせよ、いままではネットでの炎上を防ぐ、管理するというドクトリンが一般的であったものが、現在は積極的にネット炎上に対して正しい知識を入れていき軌道修正が図れるプロセスを踏むほうが、より良いネット社会の実現という意味では資するのかもしれません。

最近の誤爆(やまもといちろう 公式ブログ 18/6/28)