キーウ助けたいなら極東ロシア脅せば

山本一郎「新・無縫地帯」ブログ

キーウ助けたいなら極東ロシア脅せば

お待たせしました。かつてのYahoo!ニュースの人気コラム「無縫地帯」の新装開店です。切込隊長の辛辣なブログに恐れをなし、Yahoo!が強引に閉鎖した経緯から、過去ブログ全編はストイカ・オンラインに引っ越しました。いよいよ満を持して、新規ブログの登場です。第一回はウクライナ。山本君は隠れたロシア通で、その切れ味をお試しあれ。(編集部)=無料、約5600字

仕事柄、紛争当事国に足を向けることがあるのですが、毎回人生退屈しないぐらいの刺激的なイベントに出くわすことがあり、生きている実感とスリルを覚えること請け合いです。

リスクと隣り合わせの仕事ですよねと言われても、まあずっとそれをやってきたのであまり気にすることもないのですが、なんだかんだ50歳目前まで生きていられたことを考えると、人間というものは生きるときは生きる、死ぬときは死ぬ、リスクが直撃するかどうかは運次第で、力を抜くことが肝心と毎度思います。

モスクワ赤の広場で開かれた戦勝記念式典に臨むプーチン大統領(中央)と軍首脳(5月9日、BBCサイトより)

で、今回ロシア政府が公認の「入国禁止者リスト」を発表しました。

非常に味わい深い内容で、大きく分けて属性(アライメント)はふたつあり、片方がロシアと交渉をする可能性のある総理大臣岸田文雄さん以下政府関係者と政治家、もう片方がロシアにとって不都合で不適切な中傷を繰り返した(と彼らが思っている)メディア関係者です。

奇妙なことに、財界関係者は経済同友会の人が1人しか入ってないんですが、これはすでに講演で「これはロシアの戦争ではない。プーチンの戦争だ」と名指しで批判したのがロシア側の観測者のレーダーに引っかかり、そのまま露訳されて入国禁止者リスト入りしたものと思われます。

日本財界人が比較的ロシアの批判をしている人でもリスト入りしなかった理由は、おそらくもっとボルテージが上がったときの追加禁止リスト用にしたいのと、日露のエネルギー交渉は日本側のアキレス腱になっているのをロシア側が承知で、これをレバレッジに日露分断を図る材料にしようという話でしょう。その点で言えば、一連の対日入国禁止者リスト自体はロシア側当局(日本)担当者たちの「仕事してますよ」の合図であり、それ以上の意味を掴み取る必要もないのかなと思ったりもします。

たらればを言うのも憚られますが、もしも我が国の元祖ロシアンスクールでもある丹波實さんがご存命であったら、こんにちの日露外交の事態をどう評するのか、おっかなびっくり聞いてみたい気もします。

外務審議官、駐ロシア大使を務めた故丹波實氏

その後、クレムリンが日本を相手に特殊な何かの政策を打ち出そうという内容もなさそうで、極論を言えば「がら空きになっているロシア極東連邦管区に日本がアメリカとつるんで戦争を仕掛けてこなければ無視」というモードのように思われます。対潜ミサイル演習をやってましたが、極東からロシア艦船が出ない限り無用の演習ですし、とりあえずやってる感を出しているだけでしょうからビビる必要もなかろうかと。

このロシアからの「お前ら日本人は攻めてこないよな?」というニュアンスのバイブス(雰囲気)は強く感じる昨今ですが、彼らは何分ロシア人のため、それなりに本気で「日本が攻めてきたらどうしよう」と思っております。攻めねーよ。でも「日本人の物言いは必ずしも信用できない」と言ってくるのは、大抵において彼らも日本人に対してそうするつもりのない言葉で交渉している認識の裏返しでもあります。テタテのレベルでいいから、日本の然るべき政治家がブチ切れモードの言葉を発して、先方がどう脅し返してくるか聞いてみたいものです。

そもそも、ロシアが日本を信用しない理由は明確で、彼らにとって不俱戴天の仇であるアメリカの軍事同盟国だからです。本来、単純に、敵です。また、学のあるロシア人からは、極東で活躍している人たちは特に、いまだに日露戦争で偉大なロシアが日本に負けたことを昨日の出来事であるかのように言います。お互い生きてない時代の話をよく平然と言えるな。彼らにとっては、日本は信用ならない軍事大国であり、アメリカの同盟国で、分厚い経済力を持っている敵なのです。日本人の攻撃性は平和憲法で守られているといっても、一度キレたら何をするか分からない連中であるという、まるで鎌倉武士のような蛮族的捉えられ方をしているのもまた事実です。そんなものを極東に人口が2,000万人もいないのに、ロシア軍が抑えられるはずがない、だから日本には核兵器で対抗するのだという話に、いつもなります。

日本では三井住友、三菱UFJなどと提携して発行している銀聯カード

日本はコロナまん防(まん延防止特別措置)明けでのんびりしたゴールデンウィークを迎えましたが、一方で日本国内では一部の銀聯カード(中華製クレジットカード)の不審な取り扱いが急増しました(4月18日-24日)。これはロシア国内でのMASTERカード、VISAカードなどの利用が停止される金融制裁が敷かれたことで、対露国際決済がそれなりの割合で滞り、その代替として銀聯カードやBTC(仮想通貨)など暗号資産取引にシフトせざるを得なくなったからです。ただ、もしも金融制裁として日本もアメリカや欧州と同様に「サービスではなくロシア人の決済そのものをパージしなければならない」責務を果たすのだとすると、近い将来、この中国経済そのもののような銀聯カードも、対露制裁の枠組みの中で制限していく事業者・サービスにしなければならなくなることもあり得ます。

分断工作というものは、そういう世論や経済といった日本人の生活の中で大事なことの選択を迫ろうとするものがほとんどです。あまり言論空間でどうだとか、個別の政治家がなんだという話は対象とならず、地方の観光業を細々と営む事業者のおっさんが、やってくる中国人観光客の使うクレカを認証するかどうかというところに踏み絵をおこうとします。

厭戦ムードはこの手のデカップリングで影響を受ける人から出てくるもので、日本でもインド同様に「特に利害関係のないウクライナのために立ち上がって、目の前の生活の苦しい私らはどうしえくれるのか」という話にだって、今後なっていく恐れはあります。まるで、国際社会が南スーダンやシリア、ジョージア、チェチェンなどのあまたの国際紛争で現地の虐殺に手出しができなかったのと同じように。

日本の立場から言えば、ウクライナには善戦を期待しつつ、なにがしかの結論に至る露宇紛争そのものを止める能力も持ち合わせない限り、それはそれとして戦後にどのような世界地図になるのかのシナリオに応じた日露関係、東アジアの安全保障の在り方を考えなければなりません。「コントロールできないことを見捨てるのか」と言われがちですが、では、日本が絶対にコントロールできないロシア政治やウクライナでの戦争に対してコストをかけて何をするのかという議論からやり直したほうがいいのでしょうか。

ロシアの戦勝記念日に先立つ5月8日、ゼレンスキー・ウクライナ大統領は白黒のビデオを流し、ロシアを非難した

日本が、本当の意味でアメリカの軍事同盟国であって、例えば「普通の国」であったならば、平和条約を持たない(むしろロシア側から条約推進を蹴ってきている)状態であることを利用して、日本軍が旧領土である樺太(サハリン)や北方領土・千島列島(クリル諸島)の「原状回復」を目指す作戦を考えると表明することが、ロシアのウクライナ侵攻を思いとどまらせる大きな価値になるでしょう。これは憲法9条にも認められた、日本の領土を取り返す防衛戦争なのだ、と。

いまになって、元総理大臣の安倍晋三さんが核共有の議論を始め、テレビで「日本が核兵器を使用された際に、アメリカが核兵器で反撃するための手順を策定するべきだ」と言い始めたのは、ある意味で、戦後日米関係において対等ではないけど適切な関係を持ち、日本が責任もって東アジアの安全保障を構築する一員であるための最低条件がようやく議論の俎上にあがったことでもあります。

アメリカの核の傘の下にあり、日米で軍事同盟が強固に維持されることは、私は大賛成です。民主主義者として、確かに第二次世界大戦で日本はアメリカに負け、多くの日本人が命を落としました。実に残念なことです。けれども、その占領政策において産業は育成され、何よりも民主主義が日本にきちんとインストールされて、それが曲がりなりにも75年以上も発展的に定着したことの、戦後日本人への恩恵は計り知れません。

逆に言えば、アメリカではなくソ連に侵攻されて、ソビエト連邦衛星国に日本がなったとき、ここまでの発展と繁栄を遂げることができたのか。また、アメリカを捨てて、あるいは絶対的な軍事同盟の相手国ではなく相対的な集団安全保障の一員になって、ロシアとも手を組んだときに、未来の世代の日本人に健全な民主主義と、今後の繁栄を約束できるものでしょうか。

私の先代や義祖父はかなり理不尽なシベリア抑留を経験し、また、父の代からロシアとの関わりももっていままで楽しく行き来してきましたが、昨今のロシアは半世紀を生きた私にとって「ああ、これが本来のロシアなのだな」と強く感じます。本当に、ロシアというかルーシの人たちってこういう感じなんですよ。

本当に相手に伝わる技法で、ロシア外交をやろうとするのであれば、日本人的な善意や優しさは根底から捨て、より現実的に、即物的に、外交をしたほうが良いと私は思います。なので、私なら彼らにこう言います。

「お前らが戦争に負けたら、極東を攻めない代わりに、天然ガス安く譲ってくれよ」■

 

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