内部通報、聞く耳持たず
               監査法人自体の会計の透明性が問われている(東京・丸の内のトーマツ・グループの総合受付)

疑惑のトーマツ 中

内部通報、聞く耳持たず

費用計上か、資産計上か。金額は妥当か、法外に高いのではないか? 匿名の公認会計士からわれわれに寄せられた膨大な資料は、日本を代表する監査法人の一つ、トーマツが自社開発・自社利用のソフトウェア「PMS One」を会計ルールに反して資産計上し、これをブラックボックス代わりの合同会社にトバして、赤字転落を回避していたことを示唆する内部資料の数々だった。そのファイルから、通報者と監査委員や金融庁との息詰まる攻防が浮かび上がる。 =敬称略、約10,400字

この記事を書くにあたって、筆者らは情報を提供してくれた公認会計士にわびなければならない。情報を受け取ってから、こうして記事にするまでに6年もの歳月が過ぎてしまったからだ。

筆者が接してきた内部告発者たちはまず例外なく、周囲の無理解や事なかれ主義に孤立させられ、万策尽きてわれわれのところにやってくる。時には直接面会を求めて、また時には匿名の電子メールや郵送で。勤め先のロゴが印刷された封筒を使って差出人不明の郵便物を寄せることもあれば、出版社の郵便受けにそっと資料を投函とうかんして立ち去るケースもあった。

この会計士もその言い知れぬ孤独を抱えた一人だったに違いない。トーマツの通報窓口となっていた弁護士からは体よくあしらわれ、トーマツ内でリスク管理を担当している幹部も折あしく他の問題で忙殺されていた(当時、トーマツの最高経営責任者兼包括代表が、監査先である東京三菱UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)に1000万円を超えて預金しており、独立性の点で問題があるとして辞任に追い込まれた)ために相手にされず、監督官庁でたらい回しにされた末にやっと行き着いたのがわれわれだったのだ。

開かなかったフォルダ

それを6年も放置するつもりはなかった。言い訳になってしまうが、どうにもならなかったのだ。

情報提供者の公認会計士がメールに添付して送ってきたのは、3つのフォルダであったことはすでに述べた。第1のフォルダには問題の概要を説明するテキストファイルや、この会計士が金融庁とやり取りしたメールなどが格納され、第3のフォルダには問題の外縁部についての参考資料が収められており、それらは問題なく開けることができた。

ところが第2のフォルダだけは何度開けようと試みても、エラーの表示が出るばかりで固く閉ざされたままだったのだ。

「フォルダが壊れているのかな?」

3つのフォルダはZip形式で圧縮されており、そのうち容量が最も小さい第2のフォルダだけが破損しているのか、開けることができない。第1と第3のフォルダの中身から推して、第2のフォルダは問題の核心に関する数々の内部資料で占められているに違いなかった。

筆者はこの情報を共有する人物と相談し「フォルダが開かないし、情報提供者もまだトーマツに在籍しているだろうから、しばらく様子を見よう」ということになった。大手監査法人を揺るがす秘密はUSBメモリーに閉じ込められたまま、事務机の引き出しで眠りについた。

「信管」は生きていた

転機が巡ってきたのは2021年になってからだった。コンピューターセキュリティーの専門家を知己に得ることができ、その助けを借りて専用のソフトウェアを用いてみたところ、第2のフォルダはいともたやすく開いたのだった。

確認したところ、中身は破損しておらず、完全な形である。そこにはPDFはもちろん、マイクロソフトのWordやExcel、Power Pointなどのファイル、それらが実際に関係者との間でやり取りされたことを証拠立てるOutlookファイルなどが数多く収められており、そのほとんどが門外不出の機密資料であるに違いなかった。

容量では最も小さい第2のフォルダは予想通り、質・量ともに最も重要なものだった。第2のフォルダは、第1と第3のフォルダよりも問題の核心に直接関連する内容で占められていたのだ。それらは3つそろうことで起爆する、信管が生きたままの危険な不発弾であり、パンドラの箱なのだ。

どこから手を着ければいいのかぼうぜんとするほど膨大な資料を手に、筆者の取材は難航した。3つのフォルダに収められていた資料群は、質・量ともに充実しているだけに確認しなければならないことや、アタマにたたき込まなければならない会計の基礎知識が増える。そこに書かれている会計ルールは高度に専門的であり、ソフトウェア会計の専門書をひもといたり、公認会計士を訪ねたりして、情報提供者の主張が正論なのか、僻論へきろんに過ぎないのかを判断しなければならない。しかもそれらの裏を取るには、情報の漏えいを防ぐためにトーマツの秘密であることを伏せておかなければならない。

A4で36枚もある概要

通報者である会計士がトーマツの疑惑の概要をまとめた文書は、それだけでA4サイズの紙で36枚にわたる長大なものだった。そこには問題の全体像はもちろん、公益通報をどう進め、その結果がどうだったのか、監査法人に自浄作用が働かない背景にどんな業界構造があるのか――などが事細かに記されている。しかもそれらを裏付けたり、補足したりする客観的な資料の番号が要所要所に振ってあり、前述のフォルダ内で確認しやすいように配慮が行き届いたものだった。もう一つ大きな特徴は、長大な文章でありながら冗長なところがなく、自分の意見が受け入れられない恨みつらみといった感情が一切排されている点だった。

問題の概要を説明する文書と「開かずのフォルダ」に収められていた資料群を実際に突き合わせながら読み進めると、論理展開に無理や曖昧あいまいなところがなく明晰めいせきそのものであることがよく分かる。しかも通報者本人にも分からない点は率直に「分からない」と記されていた。さらに業界の舞台裏や暗部についての詳細やその証拠も。公認会計士になって2~3年で蓄えられるレベルの知見ではないことが、すぐに分かった。

内部調査認めた若林弁護士

3つのフォルダの具体的な内容について紹介せねばなるまい。本稿の「上」で触れた内容とややダブってしまうが、物証に基づいて客観的に詳述するため、そしてトーマツの会計処理にどのような不備があるのかを浮き彫りにするため、あえて重複を恐れずに記しておきたい。

まず筆者の目を引いたのは、トーマツが若林弘樹弁護士(当時のトーマツ監査委員)を中心として内部調査を行っていたことを証拠立てる記録である。監査法人が自らの決算内容に不正があるとして、弁護士に調査を依頼するなど、それだけで大きな醜聞であるからだ。

筆者は若林氏への質問状を作成し、人を介して取材を試みた。あまり大きな成果は得られなかったが、若林氏がこうした内部調査を実施したことを認めたのが疑惑を解明する数少ない手がかりだった。

トーマツ監査委員だった若林弘樹弁護士(アンダーソン・毛利・友常法律事務所のHPより)

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