ロシアも中国「過依存」に警戒感
中国の急速な大国化により、米国のグローバルな覇権は大きく揺らいでいる。米バイデン政権は、中国を米国にとって唯一の長期的な戦略的競争相手と位置づけており、特にインド太平洋地域を主要舞台とした米中の大国間競争はますます激しさを増している。そのなかで船出した岸田文雄新政権は、安倍晋三元首相が果たせなかった北方領土問題と、停滞する対ロシア外交をどう再構築すべきなのだろうか。10月のヴァルダイ会議に参加し、プーチン大統領の最新の発言から探りあてたロシアの微妙な変化とは。=10,300字
コロナ禍との戦いに明け暮れ、わずか1年で退陣を余儀なくされた菅義偉政権に代わって誕生した岸田新政権が直面する外交・安全保障上の最大の課題は、安倍晋三政権の遺産である「自由で開かれたインド太平洋」構想を継承・発展させ、米国との外交・安全保障上の関係を維持・強化しつつ、米日豪印のクワッドの枠組みなどを通じて、さらにそのネットワークを拡大する。これにより中国との勢力均衡(バランス・オブ・パワー)を維持し、経済安全保障の観点からハイテク分野を中心とした中国経済との部分的なデカップリングの動きに対処しつつ、その経済な損失は可能な限り最小化することにあると言えよう。
「政権交代でも日露の利害は変わらず」
ところで、安倍政権が積極的に取り組んだもう一つの外交課題に対ロシア外交がある。安倍首相は7年8か月の在任中、プーチン大統領と実に24回(第一次政権時を含めれば27回)もの首脳会談を重ね、積極的な対ロシア関与政策を展開した。その最大の目的が日露間に横たわる長年の懸案である北方領土問題の解決と平和条約の締結にあったのは言うまでもない。だが、それは中国の急速な大国化を念頭に、日米同盟を基軸としつつ、ロシアとも関係を強化し、日本に有利な戦略環境を構築するという戦略観に基づくものでもあった。
ところが、そんな最中の2014年に勃発したウクライナ危機は、米露関係を劇的に悪化させ、その結果、ロシアは中国との戦略的関係の強化に踏み出した。さらに後述するように、米中対立が本格化した2018年以降、露中の戦略的関係は新たな段階へと突入している。
また、日露の平和条約交渉も2018年11月、安倍首相は日本政府の従来の方針を転換し、1956年の日ソ共同宣言に(以下、56年宣言)基づく色丹島と歯舞群島の2島返還を軸とした交渉(シンガポール合意)へと舵を切った。だが、ロシア側が「ロシアによる4島の領有は第二次世界大戦の結果」との歴史問題と日米同盟の存在に絡めた安全保障問題を盾にこれを押し返し、2019年初頭には平和条約交渉の停滞は決定的となった。
では、このような米中露関係や日露平和条約交渉の現状を踏まえ、岸田新政権はどのような対ロシア外交の方針を取るべきなのか? この問いに答えるには、プーチン・ロシアが米中の大国間競争の中で日本をどのように位置づけているのか、その正確な現状分析が不可欠であろう。
そのような問題意識を持って、筆者は、この10月18~21日、2年ぶりにソチで開催されたロシア大統領府傘下のヴァルダイ・クラブ年次総会(以下、ヴァルダイ会議)に参加し、特に最終日に行われるプーチン大統領との特別セッションでのやり取りに注目した。
コロナ禍の影響で2020年のヴァルダイ会議の会場は、毎年恒例のソチではなく、モスクワだった。また筆者を含め、例年100名前後いる海外からの招待者の大半はリモート参加だったが、2021年は世界的にワクチン接種が進んだこともあり、現地とリモートのハイブリッド形式で開催された。
過去2016年と2018年の2回、筆者はヴァルダイ会議の特別セッションの場でプーチン大統領と日露の平和条約問題について直接、質疑応答を行っている。今年、日露平和条約締結の見込みについてプーチン大統領に質問したのは日本からリモート参加した神奈川大学特別招聘教授の下斗米伸夫氏だった。その回答は次のようなものだった。
・日本の内政の結果、政権が目まぐるしく変わっているが、日本とロシアの利害は不変のままである。その根底には平和条約の締結による両国間の問題の解決への意欲であり、日本で誰が政権についても我々はこれに向かっていく。
・つい先日、10月7日に日本の(岸田)新首相と電話で会談した。彼は非常に経験豊富で、外相として日露関係にも関与していた。
・また彼は政治的に安倍元首相とも近く、ロシアとの相互関係においても日本の立場が継承されると見ている。
・安倍政権時代、我々には露日関係を新たなレベルに引き上げるべく、一連の共同作業が配置されていた。私は、今後も同様の文脈でこの作業が続くことを望んでいる。
さて、このプーチン発言を正しく評価するには、安倍政権下でシンガポール合意が具現化しなかった原因をまず確認する必要がある。その根底には、平和条約締結のタイミングを巡る日露間の時間軸にズレがあったと見る。