「差別」改善、熱冷めるジレンマ

藤兵衛伝 第Ⅷ章 1

「差別」改善、熱冷めるジレンマ

「人の世に熱あれ」から100年、水平社宣言の熱は冷めた。差別をテコにした同和利権も糾弾行動も時代遅れとなりつつある。地域格差改善と差別意識の希薄化は歓迎すべきだが、組織は解消か否かのジレンマに立つ。それは差別をアウトローの供給源としてきた暴力団も同じ。闇社会を仕切る「必要悪」のはずが、警察の締め付けで生存権を奪われ、組員が激減している。=敬称略、約1万1,500字

 

第Ⅷ章天智〈前編〉

 

同和運動が停滞している。2002年に同対法(同和対策事業特別措置法)体制が終焉を迎えた以上、宿命的な流れといえるが、善くも悪しくも部落解放同盟が荊冠旗(イエス・キリストが十字架のうえで被せられた荊の冠をモチーフにした団体旗)を押し立てて糾弾活動を行い、企業、団体、行政、マスコミを畏怖させた頃の勢いはない。

勢い薄れた水平社100周年集会

2022年3月3日、差別のない平等な社会を求めて、部落解放同盟の前身の全国水平社が創立されて100年となったのを記念して、創立大会のあった京都市で、「水平社創立100周年記念集会」が開かれた。約1000人が参加、インターネット上に絶えない差別を助長する書き込み問題への取り組みが確認され、マイノリティの人権確立へ向けた法整備を実現させるという決意が表明された。

100年前の1922年3月3日には、岡崎公会堂に約3000人を集めた創立大会で、創立メンバーの駒井喜作が「水平社宣言」を読み上げた。<人の世に熱あれ、人間に光あれ>という言葉で結ぶと、「三千の会衆みな声をのみ面を伏せ、歔欷きょき(すすりなき)の四方に起こる」(機関誌『水平』)という状態だったが、今その熱はない。

むしろ、それは当然で、同和運動団体が闘いの熱を失っていくのは、差別環境が改善されていくのと比例しており、差別解消のための団体の究極の目標は、団体が存在意義を失って解散することである。

部落解放同盟主催の「水平社創立100周年記念集会」では俳優の峰蘭太郎が水平社宣言を朗読した
(2022年3月3日、京都左京区岡崎のロームシアター京都で)=毎日新聞社/アフロ

政府が同和問題の意見を聴取する3団体のうち、旧社会党との関係から現在は立憲民主党との関係が深い部落解放同盟は、「今後も差別をなくすための法整備、生活改善と差別教育、冤罪事件の狭山闘争(殺人犯とされた石川一雄の再審を訴えている)の三つを主なテーマとする」(片岡明幸・部落解放同盟副委員長)という。

全国水平社を同根としながらも、同対法体制への取り組みの違いから1970年に袂を分かち、以降、解放同盟とは犬猿の仲といっていい存在の共産党系団体は、全国部落解放運動連合会(全解連)を発展的に解消、2004年の段階で団体名から「部落」を外し、全国地域人権運動総連合(全国人権連)としており、「以降、自然環境、福祉や介護など地域社会の人権と、障害者、女性、外国人など個別主体の人権、双方の問題に取り組んでいる」(新井直樹・全国人権連事務局長)という。

救済措置を欠く部落差別解消法

そして自民党系の自由同和会は、上田藤兵衛副会長が「最後の仕事」と位置づけるのが、人権擁護法の制定である。

「同和問題に特化した部落差別解消法(部落差別の解消の推進に関する法律)が2016年末に成立し、第六条に規定された部落差別の実態調査によって、今や同和問題が解決の過程にあることが証明されました。我々はこの法律の有効活用で完全解決に繋げたいのですが、気がかりな点があります。それは理念法で救済措置が明記されていないこと。それに対し人権擁護法案は、人権救済を図る目的で人権委員会を設置、人権侵害に苦しむ人たちが委員会に救済を求めることができる。それにより泣き寝入りさせず、早期に人権問題を解決できると信じています」(上田)

部落差別解消法は、自由同和会が自民党の二階俊博幹事長に働きかけたことにより、委員会が立ち上がって法案作成に取りかかり、与野党賛成多数で可決された。その第一条に「目的」として、部落差別が存在することを認識のうえ、<国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、相談体制の充実等について定めることにより、部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現すること>を、挙げている。

部落差別解消法を成立させた二階俊博自民幹事長(椅子席左)を囲んで、その左が自由同和会の上田藤兵衛、
後列中央が平沢勝栄・自民差別問題特別委員長、椅子席右が部落解放同盟の組坂繁之・中央執行委員長

国と地方公共団体の責務とした点は大きいが、上田のいうように、理念法であり国と地方の「責務」は決められていても、目標であって罰則はなく、救済措置もない。こうした個別法での対応は、政府の方針に沿ったもので、当時、障害者差別解消法、児童虐待防止法、高齢者虐待防止法、いじめ防止対策推進法、男女共同参画社会基本法、ヘイトスピーチ解消法のような形で制定されていった。

そうではない被害者救済を図ることを目的とした人権擁護法案は、前章で述べたように一度は廃案となり、二度目は古賀誠、二階俊博といった大物の推進で、議案を本会議にかける寸前まで行きながら、党内の反対などもあって見送られた経緯がある。それでも上田が執念を燃やす理由と今後の方法については後述する。

ネット上で増えた「旧同和地区」暴露

では、部落差別解消法が定めた実態調査によって判明した「解決過程」とは、どのような状況なのか。

実態調査は以下の4項目について行われた。

①法務省の人権機関が把握する差別事例

②地方公共団体が把握する差別事例

③インターネット上の部落差別の実態

④一般国民の部落問題に関する意識

①については、部落差別関係の人権相談の件数(調査は2015年~17年)は年間400件前後、人権侵犯事件では(13年~17年)は100件前後で横這いである。ただ差別関係は、人権相談件数の0.2%前後、人権侵犯事件の0.5%前後と、全体のごくわずかだった。問題とされたのは、ネット上の差別事案の増加であり、その大半が識別情報の摘示(旧同和地区の表示)だった。

②については、相談件数は、調査期間(13年~17年)に2000件強で推移、類型別では、差別表現が最も多かった。13年の440件が17年に582件と増加、ネットの書き込みが増えている。問題とされた結婚・交際に関する相談は、最も高い年が15年の103件、最も少ない年が17年の40件だった。

③のネット上の部落差別の実態では、部落差別関連ウェブサイトを閲覧したことが確認された人のうち、1万117人に対してアンケート調査を実施、875人から回答を得た。そのうち「部落差別」「部落問題」という言葉を聞いたことがあるという人が大半で、ウェブサイトを閲覧したきっかけについて尋ねると(複数回答)、自分や身内の引っ越し先、自分や身内の交際相手や結婚相手、近所の人の出身地など、差別的な意図が疑われる動機が23.9%にのぼった。

④の一般国民の部落問題に関する意識調査では、日本国籍を持つ人のなかから1万人を抽出、調査員が調査票を配布・回収する方法で実施され、6216人の有効回答を得られた。調査内容は多岐にわたるが、興味深いのは「旧同和地区出身を気にするかどうか」という設問だろう。

2020年6月に法務省人権擁護局が発表した「部落差別の実態に係る調査結果報告書」より

「近隣住民としてどうか」については4.5%が気になるとし、79.8%が気にならない、残る15.7%がわからないか無回答。「交際相手・結婚相手」については15.8%が気になるとし、57.7%が気にならない、残り26.5%がわからないか無回答。「求人の応募者・職場の同僚」では、4.7%が気になるとし、81.0%が気にならない、残り14.2%がわからないか無回答だった。差別相談や人権侵犯に結びつく事案は減っているものの、心理面の偏見と差別意識は残っている、ということだろう。

住環境・就労などハード面は改善

同和問題に関する全国調査が実施されたのは、27年ぶりのことだった。前回は、総務省地域改善対策室が1993年度に行ったもので、同和地区関係者6万世帯を抽出して行い、ほぼ100%の回収率だった。この時点で、同対法施行から24年が経過、かなりの予算措置が講じられていることもあって、ハード面の対策は進んでいることが証明された。

なかでも、住宅や道路などの物的基盤整備事業は、「一般地域との格差はほぼなくなった」という結論が出ていた。高校進学率では少し差があったものの、一般が96%であるのに対し同和地区が91%で5ポイント差。就労面では「常雇用」が一般の65%に対し56%と、こちらは少し差があった。大きく変わったのは、同和地区の混住率の変化で、夫婦とも同和地区関係者が25%、夫婦いずれか一方が地区外が16%、夫婦とも同和関係者でないが59%だった。部落差別解消法における調査は「意識」に限り、実態調査は行っていないが、その差はさらに縮まっていよう。

いずれにせよ27年を経て、住環境、就労・教育環境は間違いなく改善しても、「差別意識」は残る。それにどう取り組むか。

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