トヨタ焦らすグーグル「モビリティ都市」
富士の裾野に建設されるトヨタの「ウーヴン・シティ」のイメージ(トヨタ提供)

トヨタ焦らすグーグル「モビリティ都市」

トヨタがモビリティ実証都市の建設を決めるほど世界のモビリティ革命が進展している。 自動運転で世界最先端のグーグルは街づくりでも大きく先行した。 ロサンゼルス市交通局は自動運転時代を見据えて次世代交通システムに着手した。コロナ禍でそれはどうなるのか。

2020年3月24日、トヨタ自動車とNTTはスマートシティの実現に向けて業務資本提携に合意したと発表した。1月にラスベガスで行われた電子機器見本市「CES」で、トヨタは東富士工場の跡地(静岡県裾野市)に自動運転、MaaS(Mobility as a Service)、パーソナルモビリティなど最新のモビリティを取り込んだ実証都市「コネクティッド・シティ」(その後「ウーヴン・シティ」と命名)を建設すると発表したが、その構想をさらに発展させる取り組みがNTTとの提携なのだ。

100年に一度といわれた自動車産業を巡るモビリティ革命は、自動運転に代表されるCASE(Connected, Autonomous, Sharing, Electrification)から、公共交通手段をシームレスに利用するMaaSへとシフトしたが、実はその先の動きが始まっている。なぜ世界有数の自動車メーカーであるトヨタがNTTなどの異業種とともに街づくりを行う必要があるのだろうか。スマートシティへと進展しつつあるモビリティ革命の最新の世界動向を解説するとともに、このままでは大きく立ち遅れかねない日本の現状について述べたい。

グーグル「サイドウォーク」の挑戦

グーグルが取り組むモビリティの分野と言えば、自動運転の子会社Waymo(ウェイモ)が有名だ。2009年から自動運転の研究開発に着手したグーグルは、自動走行による実走行が2千万マイル(=約3200万キロ)に達し、シミュレーションでは数百億マイルに至っていることをCESで公表した。10年かけて達成した1千万マイルの実績をたった1年で追加達成するなど、他社を大きく引き離す圧倒的な実績には改めて驚かされる。

アリゾナ州では完全自動運転による配車サービスWaymo Oneが有料の実サービスとして提供されており、一部ではアシストドライバーを乗車させない無人運転によるサービスも提供されているなど、自動運転の実サービス化でも大きく先行している。

そのグーグルが街づくりを行う子会社として15年に設立したのがサイドウォーク・ラボである。都市生活の劇的な改善をめざし、都市問題に関わっていた元公務員、建築家、都市開発・都市計画の専門家、システムエンジニアなど、多様なバックグラウンドを持つ人材を世界中から集めた新会社だ。同社が17年10月から社を挙げて取り組んでいるのがカナダ・トロント市の再開発プロジェクト「サイドウォーク・トロント」。市はオンタリオ湖の湖畔に面したウォーターフロント地域の再開発に取り組んでおり、ここをイノベーションの拠点とするマスタープランの策定をサイドウォーク・ラボに委託している。

トロント市などによる公社が公募による選定プロセスで選んだ際に、サイドウォークは①マスタープランのために5千万ドル(約55億円)を拠出する、②マスタープランが実現しなかった場合でも返金義務なしを許諾している。グーグル系とはいえ、民間企業1社が街づくり構想策定のために50億円を超す巨額の資金を拠出すること自体がこのプロジェクトの壮大さを物語っている。

サイドウォークが昨年6月に公表したのが1500ページを超えるMIDP(Master Innovation and Development Plan)という壮大なマスタープランだ。このプランにはモビリティ、IT、ビッグデータなどグーグルの得意分野の提案だけでなく、歩行者中心主義の道路空間、環境にやさしく工期の短い最新型木造高層ビル、ネット通販との親和性の高い新しい商業施設、家族構成の変化や高齢化に伴って住み替えていける集合住宅など、仕事や生活の場である「街」に必要となるあらゆる機能の提案が盛り込まれている。

図1トロントの再開発予定地であるウォーターフロント地域(左)と現在の様子(右)

車道や駐車場を大胆に減らすシステム

MIDP発表後に時間をかけてその内容を読み込んだが、単なる未来予想図ではなく、現実解と将来ビジョンを程よくバランスした内容には大いに感銘を受けた。全貌を説明するには紙面が足りないので代表的な構想に絞って紹介したい。

交通分野で「スマートシティ」というと、自動運転車やパーソナルモビリティなどが縦横無尽に走行する「近未来的な」イメージのものが多いが、MIDPでは社会的課題の解決をめざした現実的な取り組みを中心に交通分野の提案が行われている。

トロント市は北米の全都市の中で人口増加率が1位、都市圏の人口増加率が2位という屈指の急成長都市であるが、渋滞の悪化、地価や賃料の高騰などの社会問題が発生している。そこでMIDPでは移動のマイカー利用率を23%まで減らし、徒歩、自転車、公共交通で移動できる街づくりを目指している。その代表的な取り組みが道路空間の再配分とその柔軟な利用である。

図2左で紹介するのは歩道と車道の段差をなくし、歩道と車道の境界を可変にした新しい道路空間の提案である。通勤時間帯はバス、タクシー、ライドシェア、自家用車など数多くの車両からの乗降が行われることから歩道の部分に路肩を増やすが、昼間や夜の時間帯にはカフェやショップなどにスペースを割くため歩道スペースを最大限にとるという内容になっている。また、図2右の提案は自動運転技術の進展に伴って車道を減らしていくというものだ。マイカーやタクシーなどが多く走行する2025年時点では路面電車、車道、路肩、自転車道、歩道に道路空間を割り振るが、自動走行車が当たり前のように走行するとしている2035年時点では路面電車と自動走行車が同じ車線を共有することで車道を無くし、その代わりに歩道を大きく広げるとしている。

自動運転やシェアリングなどが進展していくと駐車需要も変化していく。そこで上の階から順番にオフィスフロアに転換していくことが容易になるように設計された立体駐車場の提案も行われている。

図2(左)車道と歩道の境界を可変とし、朝夕で使い分ける提案(右)自動運転技術の進化に伴い道路空間の割り振りを変えていく提案

高層木造建築やモジュール化も

MIDPには交通分野以外でも様々な魅力的な提案が盛り込まれている。域内に建設される予定のオフィスや住居は、強度を大幅に強めたCLT集成材という木材を活用した高層建築とすることを提案している。森林大国であるカナダの木材を活用することで環境負荷の低減、地産地消、新規雇用を創出するという観点だけでなく、長い工期の原因となっているコンクリートを固めるというプロセスを無くすことで4割程度の工期短縮を実現し、結果として安価な住居を提供することを狙っている。この高層住宅は内装も含めて全てのパーツをモジュール化し、コンピューター上でシミュレーション可能とすることで、様々なニーズに対応したスペースを構築することが可能になるという。

街に賑わいをもたらすには充実した商業施設の存在が欠かせない。一方で、アマゾン・エフェクトと呼ばれているように実店舗からネット通販へのシフトが急速に進んでおり、北米のショッピングモールには瀕死の状態に陥っているところも少なくない。そこでサイドウォークは30近い小規模店舗のオーナーへのヒアリングを行った結果として、革新的な商業施設のコンセプトを提案している。そのポイントとなるのが壁や床を簡単に取り外せるモジュール型の外壁材、床材、内装材だ。

店舗オーナーの多くが店舗開設までの期間や改装経費が掛かり過ぎるという不満を抱えていることが判明したことから、レイアウトや内装を変える際に壁紙を剥がし、壁を壊して配線や配管をやり直すという従来のプロセスを抜本的に改め、図3左にあるようにモジュール型の壁材を取り外すだけで簡単にレイアウトを変更できるようにするというコンセプトを提案している。

図3右に示すのは内壁だけでなく1階と2階の床もモジュール式にすることで容易に吹き抜け空間に変更することもできるStoaと呼ばれる商業施設のコンセプトだ。このような商業施設が広がると短期間・低コストで店舗を開設することが可能となるため、ポップアップストアのように3カ月ごとに場所を変えて出店し、商品やサービスの認知を高めながら最終的にネット通販に誘導するといったことがやりやすくなる。

図3リノベーションが容易に行える構造(左)、革新的な商業施設のコンセプト(右)

居住しながらビジネスのネタを探す

トロントの再開発エリアにはグーグルのカナダ本社を移転させることも計画に含まれており、海外を含めて域外からの優秀な人材やエンジニアを呼び込むことも狙いとしている。その核となるのが「ヴィラーズ・ウエスト」というグーグル・カナダ本社のキャンパスが建設されるエリアである。ここには「アーバン・イノベーション・インスティテュート」という都市開発のための非営利組織が併設される予定となっており、異分野のイノベーターたちがコラボしながら都市の様々なイノベーション活動に従事していくことをめざす。トロントの再開発地域を、スマートシティの実験都市にしていくという構想なのだが、驚くべきは彼らが描いている構想を実現できた場合の経済的なインパクトや社会的なインパクトもしっかりと試算していることだ。

例えば2040年までのGDP(国内総生産)の押し上げ効果は、サイドウォークの関与がないケースと比較して約7倍にもなり、関連業務も含め9万3千人の新規雇用が可能としている。また、トロントで完成させた技術やシステムを他の都市で販売できた場合は、サイドウォークの収益の10%を10年間、トロント市に還元するとしている。従業員やその家族が居住しながら次のビジネスのネタを発掘する場所を「リビング・ラボ」と呼んでいるが、サイドウォークはトロントの再開発地域を世界有数の「リビング・ラボ」にすることをめざしているのだ。

サイドウォークの壮大な街づくり構想の一部を紹介したが、彼らがこのような構想を策定するに至った背景には米国を中心としてMaaSの普及や道路空間の見直し議論が起きていることがある。日本では禁止されているライドシェアだが、北米ではウーバーやリフトが生活の一部となるほど広く浸透しており、今ではライドシェアの増え過ぎが渋滞悪化を招く事態となっている。また17年頃からLime、Bird、Sp inなどの電動キックボードシェアリング(e-scooter sharing)が急速に普及し、街中の歩道上に電動キックボードが溢れ返るという事態が発生している。欧州発で誕生した乗り捨て型のカーシェアリングは路上の駐車スペースを貸し出しスポットとしているため、同じく路肩を使いたいマイカー、タクシー、ライドシェア、運送車両などとスペースを取り合う関係にある。このようにライドシェア、カーシェア、電動キックボード・シェアリング、バイクシェア(自転車)などのMaaSが普及したことによって歩道や路肩の取り合いが激化しているのだ。

かくて欧米(特に北米)では道路空間のあり方について議論が積極的に交わされている。全米の大都市交通局担当者によるコンソーシアム、NACTOでは、車道を減らしバス、自転車、歩行者に道路空間を優先的に割り振っていく新しい道路空間の提案を数多く盛り込んだガイドブックを発行するなど、これからの交通と道路のあり方に積極的な提案を続けている(図4)。

図4車道を減らしバス・自転車・歩道に空間を割り振る提案を行うNACTO (出典:NACTO Global Street Design Guide)

車両情報をリアルタイム把握

NACTOにも加盟するロサンゼルス市交通局では、街中に突然出現した多数の電動キックボードを管理することを目的としてリアルタイムに車両の状態を把握できる仕組みを構築しようとしている。その第一歩として18年10月に市内全ての電動キックボードの位置情報、利用の有無、故障の有無、移動情報などに関するデータをリアルタイムに提供することを電動キックボード・シェアリング企業に対して義務付けている。

また、提供されたデータを交通局が交通管理で利用できるようにするため、MDS(モビリティデータ仕様)と呼ばれる統一的なデータフォーマットを定め、事業者にはMDSへの準拠を求めている。MDSが実際に機能するようになると図5に示すように電動キックボードの位置、速度、充電状態、提供企業だけでなく、交通状態、放置車両、使用頻度の高いエリアがリアルタイムで把握できるようになる。

ロサンゼルス市交通局ではこのMDSを電動キックボードだけでなくライドシェア、カーシェア、バイクシェアなどの様々なサービスに拡げ、将来的には自動運転車にも適用しようと考えている。同時にインフラ側である標識や路肩表示などのデジタル化も積極的に進めることで、インフラと交通の全てをデジタルで融合し全体最適で管理できる仕組みを実現しようとしているのだ。またMDSを全世界の他都市に展開する活動として19年6月にOMF(Open Mobility Foundation)という非営利コンソーシアムを設立している。

地方自治体の交通担当部門の一つが、道路・車両・モビリティサービスの全てを把握できる仕組みを構築し、それを他都市に横展開する活動を行うことによって、民間の領域にも大きく踏み込んで全体最適を目指す行政の姿は日本では到底見られないものだ。ちなみにライドシェア大手のウーバーやリフトは、MDSの義務化は民業圧迫・プライバシー侵害につながると反対の意を示しており、同市交通局と軋轢が生じている。

図5ロサンゼルス市交通局はリアルタイムに車両情報を把握できる仕組みを構築

がんじがらめ規制で日本出遅れ

これらの事例から分かることは、民→公と公→民の双方の活動が、ひしめき合いながらモビリティ、交通システム、街づくりのイノベーションが力強く推し進められているという北米の実態だ。

一方、日本では、タクシー業界の猛反対でライドシェアは禁止。電動キックボードはそのままでは車両として公道走行を認められないことから限定エリアでの実証実験にとどまる。乗り捨て型のカーシェアリングは車庫法の規制によりサービス導入ができない。自動運転は国の実証プロジェクトの終了とともにトーンダウンしかねない。

ないない尽くしでモビリティ分野のイノベーションは大きく停滞したままだ。サイドウォークのような民→公型のイノベーティブな街づくりも、ロサンゼルス交通局のような公→民型のイノベーティブな交通システムの構築も起きそうな気配は全くなく、公と民の境界は行儀良く維持され続けている。

そのなかでトヨタが自ら街づくりへの挑戦を始めたのは、世界トップ企業の「余裕」ではなく、モビリティ分野で圧倒的に先行する北米の動きを意識した「焦り」とみるべきである。自動運転のように先に数多くのトライアルと実装を行った企業がモビリティ分野で先行していく姿をまざまざと見せつけられると、世界有数の自動車メーカーとしては街づくりへの挑戦に入ったグーグルの動きを意識せざるを得ないのだろう。しかし、工場跡地という「私有地」で公的セクターの関与のないままテーマパークのような実証都市を作ることになると、他地域に横展開できる新しい社会システムや街づくりにはつながらない。

サイドウォークを見習い、様々な公的セクターの経験者とあらゆる業種の民間出身者が特定の地域において共同でのイノベーションに取り組む「現代版天領地」のような場所が必要というのが筆者の意見だ。失敗事例として葬られた第三セクターのような概念を今の時代に合わせて制度から再設計することで、公と民の強みを活かしたイノベーションを進めるというやり方も考えられる。いずれにせよ日本のGDPを支える大黒柱の自動車産業が競争力を維持しているうちにしかるべき手が打たれる必要があるのではないか。■

 

<編集部注グーグルは2020年5月7日、トロントで進めていたサイドウォークのプロジェクトを、新型コロナウイルス感染症の蔓延を理由に中止すると発表した>
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