東レ日覺社長「灯台下暗し」四半期決算廃止論の是非
      東レのHPで「新しい価値の創造」を唱える日覺社長

東レ日覺社長「灯台下暗し」四半期決算廃止論の是非

米欧で四半期決算開示に見直し論強まる。日本でも内閣参与の「公益資本主義」の重要目標に。東レが旗振り役だが、不祥事続きで「イチジクの葉っぱ」の恐れ。

行き過ぎた株主至上主義を反省するのはいい。が、それに便乗して上場企業の四半期決算開示廃止を求める声が強まってきた。企業にとっては経理部門の事務量が重荷なうえ、短期利益追求の近視眼経営になりがちだという。投資家にとっても、任意開示の「利益予想」が達成のための利益操作を誘発しやすく、業績予想修正が激しい値動きを生じさせる難点が指摘されるが、発行体の利益調整を防ぐ面もあって慎重論は根強い。

米国では、財界首脳の要望を受けてトランプ大統領が昨年8月、得意のツイッターで米企業の決算開示義務を四半期から半期にするよう証券取引委員会(SEC)に要請したと公表した。欧州連合(EU)はいち早く2013年10月に開示義務を廃止、英国は14年、仏独は15年に開示義務が半期ごとになっている。もっとも大半の企業では、任意で四半期決算発表を続けている。

日本でも、トランプ発言を受けた2018年9月、関西財界のシンクタンク「アジア太平洋研究所」(所長・宮原秀夫大阪大学名誉教授)が政策提言で「近視眼的な利益調整という副作用」があると四半期開示廃止を求めた。関西経済連合会も今年3月に「開示の義務付けは廃止すべき」との意見書を公にした。

金融庁の森長官を真っ向批判

だが、非合理な市場慣行が現存し、JPX(日本取引所)ぐるみでディスクロージャーを出し渋った日本では隠れ蓑にしかならない。

日本で四半期開示廃止論を説いてきたのが、内閣府参与で「アライアンス・フォーラム財団」代表理事の原丈人である。原は株主利益優先の資本主義のアンチテーゼとして、中長期的投資や従業員への還元などを重視する「公益資本主義」を掲げている。

その政策目標の一つが四半期開示の廃止だ。自著『「公益」資本主義』(文春新書)で、四半期開示廃止で「企業はコストを削減して付加価値を生む活動に集中でき、目先の短期的な経営判断や株価変動から解放されます。『我が国は今後、短期的・投機的利益追求の風潮を認めない』という決意を世界に先駆けてアピールする効果もあります」と述べた。

この「公益資本主義運動」の旗を振る財界人の代表格が東レ社長・日覺昭廣なのだ。

日覺は、日本の資本市場に浸透する社外取締役の導入やROE(自己資本利益率)重視の経営といった欧米流に否定的で、原の財団が14年に開催した研修では、日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードを「投資家の視点に立った管理強化、もしくは、当事者である企業の自主性を無視した、欧米の性悪説をベースとした管理規制強化である」と真っ向から当時の森信親金融庁長官を批判した。日経ビジネス(写真左上)などでも社外取締役の不要論を唱え、「欧米流を押し付けるな」と言って憚らない。

企業不祥事を教訓として森長官肝いりの改革を足蹴にできるほど、東レのガバナンスはご立派なのか――。

18年11月、東レは環境・エンジニアリング事業セグメントの水処理システム事業部の営業専任主幹だった社員Fを懲戒解雇し、今年2月、警視庁中央署に有印私文書偽造罪などで刑事告訴したばかりである。

社長の印鑑証明流出の赤っ恥

発端は3年前。同事業部がバングラディシュ向けに水処理装置を販売する予定だったが、16年7月に首都ダッカで発生したテロ事件で頓挫。宙に浮いた水処理装置をトレックスジャパン(社長・濱田光雄)という会社に販売した。同社は連結外だが、東レの代理店や「東レマンション」の管理などを営んでいた。

トレックスとの取引は押し込み販売とみられ、在庫を長期間抱かせておくことはできなかったのだろう。そこで同事業部は、オリエントコミュニケーション(社長・小黒康夫)に買い取らせることにした。

17年7月オリエントは東レと債務保証や製品買い戻しを約した「業務協力協定書」を締結し、同年9月ごろ、約5億6千万円でトレックスから水処理装置を取得した。売買代金の一部をソーシャルレンディング(ネットの融資仲介)で借り入れ、東レが連帯保証した。

その後、水処理装置の買い手は見つからず、東レ保証で7社から計20億円を調達する羽目となった。18年秋、ついにオリエントが債務不履行となって、あろうことか、日覺社長の印鑑証明書が市中に流出する騒ぎとなり、“不正”が日覚、いや発覚する。

東レは社員Fを、①自部署の予算達成のため、東レの立場を利用し関係会社・協力会社を巻き込んで不適切な取引を実施した、②会社の印鑑を不正に使用し、決裁権限に反して独断で当社に多大な損害を与える各種契約を締結した、③事案調査時に真実を説明せず、問題を複雑化させた――として解雇処分にした。一方、金融業者に対しては、債務保証契約や業務協力協定は全てFが偽造したと主張して、債務保証などの履行を拒絶している。

この事案は二つの側面があり、まず17年3月期に計上したトレックスへの販売取引と、18年3月期から19年3月期の間にFが様々な金融業者と締結した債務保証ないし製品買戻契約である。後者が全てF個人による偽造なら、個人犯罪として企業会計に影響はない。しかし前者は押し込み販売という不正会計問題である。だが東レは調査委員会を立ち上げていない。取材には「警察の捜査への影響」を理由に一切の回答を拒んでいる。裏では「中央署のへ資料提供を十分に行っていない」(社会部記者)というのだ。

ここ数年、東レでは品質データ改竄や、社員の架空発注による詐欺や横領などの不祥事が続いており、ガバナンスは褒められたものではない。東レの役員24人のうち女性役員はゼロ、社外取締役はわずか2人である。

燈台下暗し――とはこれを言う。「公益資本主義」がイチオシの四半期開示廃止は、恥部隠しのイチヂクの葉っぱではないのか。不祥事対応が不透明な経営者に、情報開示を後退させろと訴える資格はない。(敬称略)■