「産廃」の関心領域シリーズ 1
豪雨で露床、豊橋市役所は事なかれ
カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー国際長編映画賞・音響賞を受賞した映画『関心領域』は、アウシュビッツ収容所と背中合わせの所長邸を舞台に、静謐で平和な日常が描かれる。壁の向こうの不気味な騒音には誰もが無関心。われわれの日常にも潜むこの空白の関心領域が、故郷の山河を虐待している。愛知県の中核市、豊橋の「産廃」不法投棄からレポートしよう。
産業廃棄物処理業者の遵法意識の欠如と地方自治体の事なかれ体質がもつれ合い、誰も知らないところで大きな環境問題が浮かび上がった。「実際にあったこと」が自治体の裁量によって「なかったこと」にされ、その責任は誰も取らず、地中の暗闇に沈められようとしている。
愛知県はタテガミを振り上げた馬が西に向かって疾走しているような形をしている。その後ろ足の付け根辺りを走る東名高速道路を豊川インターチェンジで降りて、隣接する豊橋市の中心部を一時間ほど南下すれば遠州灘を望むことができる。
海水浴場が東西にいくつも連なるこの地域は天気のいい日には陽光があふれ、遠州灘の遥か向こうには太平洋の水平線が広がる。視界を遮るものは何もない。オリンピックのサーフィン競技には、田原市から豊橋市に連なるこの地の波と風を愛し、わざわざ練習拠点をこの一帯に移した選手もいるほどだ。
この豊橋市は37万人の人口を抱え、豊田市、岡崎市、一宮市と並んで愛知県に4つある中核市の一つだ。中核市では都道府県が行う行政サービスの一部を、人口20万人以上の市が市民に直接提供できる行政上の区分。豊橋市が中核市になったのは、99年のことだ。身体障害者手帳の交付などの福祉事務、保健所の設置による保健衛生事務、そして産業廃棄物処理業者を指導する環境行政も担っている。
しかし豊橋市の産廃処理業者に対する管理・指導能力に疑問符が付く事態が発生した。
建築廃材やドラム缶など
この地に台風2号が上陸したのは2023年6月上旬のことだ。豊橋市とその周辺に線状降水帯が居座って記録的な大雨を降らせ、河川は氾濫して市中は水浸しになり、道路は崩落した。
土砂崩れも起きた。冒頭で触れた海水浴場のひとつ、七根海岸から200メートルほど北にある雑木林の一部である。高さ10メートルほどの斜面が崩れ、海水浴場につながる道を覆い、海に注ぎ込む水路を塞いだ。幸いにも周囲にはキャベツ畑やビニールハウスが広がるばかりで民家はなく、怪我人はいなかったようだ。
豪雨は被害者こそ出さなかったが、その代わりに“不都合な真実”を露わにしてしまった。汚泥やドラム缶、建築廃材など、ここに埋められていてはいけないはずの違法な廃棄物を白日の下に晒したのだ。環境行政に対する疑問符は土中から表れたといっていい。
まずは土砂崩れ現場の正確な位置と、状況を確認しなければならない。土砂崩れを起こした箇所を住所で言えば、豊橋市西七根町松前谷。
この地の外観が土砂崩れ前と、土砂崩れを起こした後、そして廃棄物を埋め直した後の順に現場写真を見てもらいたい。写真①は土砂崩れが起きる前の23年1月に写された現場写真で、問題の斜面が木や雑草に覆われていたことが確認できる。
写真②は土砂崩れ後、間もない頃のもので、むき出しになった廃棄物が見て取れる。しかも土砂崩れの斜面を注意深く見ると中ほどからはみ出るように廃棄物がのぞいているし、ドラム缶や建築廃材と思しき瓦礫は泥だらけ。誰かがここに置き捨てにしたのではなく、以前から埋められていたものが表出したとみるのが自然だろう。
写真③は土砂が道路に流れこんで通行止めとなったところが写っており、夏の海水浴シーズンを前に地元民やサーファーは浜に通じる道を塞がれて困ったことだろう。
写真④は昨年10月に重機を使って埋め戻している場面で、写真⑤は埋め戻し作業がすっかり完了した11月上旬に写したものである。
動画もある。2023年10月、埋め戻し作業中の作業員に地元民が現場で話を聞いたもので、埋め戻したのは何か、誰の指示で埋め直しているのかといった作業員の声が残されている。不法投棄物を埋め直す行為も、廃棄物処理法違反である。
土地所有者は成和環境代表
この土地の所有者は、産業廃棄物処理業者である成和環境(豊橋市、小島達也社長)の豊田能史代表(当時)である。このすぐ近くには同社の処分場があるが、土砂崩れを起こした箇所は廃棄物の処分が許されている土地ではない。
先にここを雑木林と書いたが、謄本を調べると、この地は農地として登記され、三菱UFJ銀行によって根抵当権が付けられていたが、2020年に債権回収会社に債権譲渡されており、同銀行から縁切りされたか。
この土砂崩れをカメラに収めたのは豊橋市民だが、少なくとも同市役所で環境行政の一翼を担う廃棄部対策課はこうした市民の信頼を得られているとは言い難い。
これまで市民の通報に迅速に対応していないし、この種の通報を受けても積極的に動こうとしなかった前例があるからだ。日々の新聞やテレビの報道では1トン前後の廃棄物を不法投棄した業者が逮捕されるといったニュースがあふれているうえ、「廃棄物処理法は罰則も明確に規定されている厳しい法律」(環境問題に詳しい弁護士)なのに、豊橋市は事を荒立てまいとするのか、産廃業者に対してはなぜか不自然なほどに寛典で済ませてきた。
こんな話がある。
廃棄物を回収する専用車両をパッカー車と呼び、その汚れは日々洗い流さなければならない。そこで生じた汚水は有害物質を含んでいる恐れがあるために、廃棄物処理法では用水路や河川に流してはならないことになっている。ところが昨年6月頃、同社の社員がパッカー車を洗浄した際に出た汚水を未処理のまま水路に投棄した。これを見咎めた豊橋市民が市役所に通報した。
市民の通報に「現行犯でないと」
そのとき豊橋市役所環境部の廃棄物対策課がどう対応したのか、通報した市民に電話で説明する様子が音声ファイルとして残っている。
「川に流していたということは、不法投棄にならないか」と問う市民に対し、同課職員は「そういったところは確認できなかったので、川の下流の方も確認したところ、そういうものはなかった」「警察でも難しい」と答えている。現場に出向いたときには不法投棄や洗車は行っておらず、現行犯ではないという意味らしい。
しかし廃棄物処理法では、現行犯でなければ不法投棄を取り締まることはできないとの規定はない。納得しかねたこの市民は「産業廃棄物処理のプロが不法投棄を行い、それを社長も社員も認めているのに何のお咎めもないのか」と廃棄物対策課担当者に電話で食い下がった。これに対して、同課職員は「うー……」と少し返答に窮しながらも「(廃棄)物がそんなになかったことと、今後やらないということなので、それ以上(厳しいことは)言えないのかな。証拠がないので」と苦しげに説明している。
私は「現行犯でなければ、こうした事案は取り締まれないのか」と環境省に問い合わせてみたところ、「現行犯でなければ取り締まれないかどうかは別にしても、警察に通報するという手はある」という(環境省のHPにも通報窓口が設置してあるが、これも各自治体に転送されるだけだ)。
市役所がこんな調子だから、この土砂崩れ箇所から大量の廃棄物が表出していると通報した人物も、当初豊橋市役所ではなく、人を介して愛知県警に通報した。ただ、県警本部では「豊橋警察署が動くべき事案」としてわざわざ幹部が豊橋署に連絡し、「この日に通報者が豊橋署に出向くから対応して欲しい」と告げた。2月下旬のことである。
豊橋署もたらい回し?
豊橋署の担当課員は県警本部からじきじきに連絡が来たことを訝しみ、通報者に「どうして県警本部から?」と問いつつ、通報者の話を聞くことになった。豊橋署では一応、話を聞きつつも、
「放っておいていい事案ではないが、まずは市役所が動かないと」
として、担当課員は豊橋市役所に面会のアポを入れ、通報者と連れ立って出向いた。実は通報者が豊橋署ではなく、愛知県警本部を頼ろうとしたのも、過去に同種の問題を豊橋署が握りつぶしたことがあると聞いていたからだ。今回は握り潰しこそしなかったが、体よくたらい回しされたようなものだった。ただ、豊橋署の名誉のために言えば、彼らは通報を受けて現場の状態を確認しに出向くくらいのことはした。
こうして通報者が豊橋市役所西館5階の環境部廃棄物対策課を訪れたのは3月に入ってすぐのことだ。同課はその名の通り、市内の廃棄物行政の最前線に立っており、対応したのは課長補佐である。通報者は「課長補佐は親身に私の話を聴き取り、私も現場の写真を渡したり、スマートフォンで動画を見せたりした」という。
ところが、同課は通報者に対し、豊橋署とは一切情報を共有しないと伝え、同署を蚊帳の外に置いた。
それから1カ月ほど経った4月8日の午後、筆者らが同課に取材に向かった。通されたのは同課の片隅にある小さな会議室だった。雑多な資料などを詰め込んだ段ボール箱といっしょにテーブルと椅子が並べられており、ここに取材対応に現れたのは課長補佐以下、計4人である。
同課には事前に質問項目を文書にまとめて送付してある。その趣旨は、①土砂崩れ箇所から不法投棄物が出たことを、豊橋市役所は地元民の通報で知っていたのではないか②廃棄物運搬車を洗浄した際、汚水を垂れ流しにしていたことを市民からの通報で把握していたのに見て見ぬふりをしたのではないか――である。
スチャラカ課長補佐
この件の担当者である課長補佐に話を聞いたが、取材は期待したほどの収穫がなかった。通報は店晒しにされており、まったく手を着けていなかったからだ。この通報を担当している前出の課長補佐は不法投棄した産廃業者に対する聞き取り調査はもちろん、「受け取った写真に目を通していなかった」というスチャラカぶりだったのだ。通報者が親身になってくれたと感じたのは、最初から裏切られていた。
どうやら土砂崩れの現場も満足に確認していなかったのか、実際の現場の様子とは食い違いの多い、どこかトンチンカンな話が返ってくるばかりだった。不法投棄を知っていたのではないかという問いには、「道路を管理する課が対応しており、廃棄物対策課は知らなかった」といい、汚水の垂れ流しについては「水路の上流まで調べたが、汚染物質は出なかった」とのことだった。成和環境の社長が垂れ流しを認めているのに、口頭での注意にとどめるという、あまりにも寛大な処置だった。
痺れを切らした私は「こういう写真が出回っています」と言いながら土砂崩れを起こした斜面に転がる建築廃材やドラム缶などの写真を見せる。中堅課員の一人が写真を手に取ると、思わずつぶやいた。
「こりゃ、ひどいな……」
私は<我が意を得たり>とばかりに課長補佐に「通報者からはこうした写真を受け取っていないんですか?」と問うと、課長補佐はますますしどろもどろになるばかりだった。私は<最初からやる気がなかったのだな>と思わずにはいられなかった。
この日の取材が終わりかけた頃、私は課長補佐以下に「近く記事にするつもりです。次の豊橋市長選では争点の一つになりますよ」と告げると、私は彼らの顔色が少し変わるのを見逃さなかった。11月には豊橋市長選が行われ、浅井由崇市長は再選を目指すだろう。浅井市長には秘書課を通じてこの不法投棄問題について、二度、三度と対面取材を申し込んでいたが、諾否の返事さえ来ず黙殺されている。
周囲のキャベツ畑などに影響
そうしたなかで成和環境での勤務歴が長い関係者に話を聞くことができたのは幸運だった。4月下旬のある朝、私はその人物宅を訪ねた。私は問題の経緯を説明しつつ、現場の地図や写真を見せて尋ねてみた。
「この周辺はキャベツ畑やビニールハウスが広がっており、廃棄物が土壌汚染を引き起こしていたら農業への影響も考えられます」
この人物は土砂崩れの箇所で自身が不法投棄を行っていたかどうかは明らかにしなかったが、「(成和環境の)上司の指示で自分も投棄を行っていた」と認めつつ、「ただし、今ほど法律が厳しくなかった頃の話で、専門の業者に頼んで土壌調査をしてもらったが、その時には汚染物質は検出されなかった」との話だった。
その人物が特定されるのを防ぐため、詳細について触れるのは避けるが、その人物が成和環境に勤めていた期間は決して短くはなく、そのぶんだけ成和環境の不法投棄は相当な期間にわたっていた可能性があるだろう。
また別の関係者への取材では「成和環境は目立たないように夜間に廃棄物を埋めていた」とも仄聞している。
不法投棄は推計60万トン?
実は不法投棄はこの土砂崩れの現場だけではなく、この産廃業者が所有する他の土地も合わせると「60万トン」(関係者)に及ぶとみられる途方もない量の産業廃棄物の山である。国内の不法投棄事件として、まず名前が挙がるのは90年代初頭に事件化した香川県豊島での不法投棄だろう。故中坊公平弁護士が弁護団長となって戦ったこの事件は、「豊島事件」として全国に知れ渡った。「木屑や食品汚泥でミミズを養殖するため」として、産廃業者が関西の都市部から運び込んだ廃棄物の総量は約91万トンに上った。
99年には豊島を上回る過去最悪の不法投棄が明るみに出た。青森県と岩手県の県境で不法投棄が発覚した不法投棄事件である。豊島事件を大きく上回る125万トンが主に首都圏から持ち込まれ、産廃業者が逮捕・起訴された。
私の取材では豊橋市西七根の不法投棄は、これらには及ばないが、国内で指折りの規模になる恐れがある。成和の小島達也社長にはこの件で再三取材を申し込んだが、女性社員から「不在」との答えが返ってくるばかり。最近になって重い腰を上げた市役所への対応に追われているのだろうか?
次号では成和環境と豊橋市役所の周辺で起きている不可解な動きをお伝えしたい。(続く)■